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ラピスラズリのかけら  作者: いうら ゆう
第5章 継がれた名
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第80話 遊楽の道行き

 荒涼と風が吹き降ろす野の丘。

 絶え間なく吹き付ける強風が育成を阻むのか木はまばらだ。代わりに辺りに生い茂る背の高い草が、次々に波をつくり、うねりを広げていく。

 鳥や虫の声すら強風でかき消され、耳に入ってくるのは草が風に煽られる音ばかり。

 それでも遮るものがないこの場所だからこそ見えるものがあった。

 人の手を加えられていない野の向こう——高く澄んだ青空の下で皇都の象徴的な建物が昼間の日差しを反射し照り映えている。

 ひときわ大きな中央塔部を軸とし、対照的に広がる青と白で構成された建物群は遠くから見ても鮮やかであった。

 陽光に照らされた三つの青の紡錘形の屋根は、まるで巨大な手によって摘まみ上げられたかのように流線を一点で集約して空へとのびる。

 周りのこまごまとした建物よりも頭一つ分どころか山一つ分飛び出ているのではないかというこの壮麗な建物こそが皇都の要であり、同時にダランズール帝国の要でもある皇宮であった。

「すごいわ。本当にあっというまね」

 今まで何度も転移を経験してきているはずなのに、旅の終わりを告げる皇宮を目にしたフィシュアは感慨深く呟いた。

「うっわぁ! なんだかあの屋根、一生懸命、卵白を泡立てた時にできる“つの”みたいだね」

 初めて見る雄大な皇宮の姿に興奮しているらしいテトは、両手をめいいっぱい広げ、その大きさを示した。

「僕とお母さんじゃ、ああはうまくいかないんだけど、エリアールおばあちゃんがケーキをつくると本当にあんなふうに綺麗な“つの”ができるんだよ」

 どこか浮き立った調子で、テトはフィシュアとシェラートに言った。

 皇宮の屋根に対するテトの例えは、今まで聞いたことのない思いもよらなかったもので、フィシュアはテトの発想に感心しながら「確かに」と返す。

 青いという点を除けば、テトの言う通り、皇宮の屋根は泡立てた卵白やクリームを落とした形に見えなくもない。そう思うと妙にあの景色がおかしかった。

「まさかあれ全部ラピスラズリでできてるのか?」

 同じく皇宮を眺めていたシェラートは、その中でもひときわ濃い青に目を留め、フィシュアに尋ねる。

 どこか嫌そうな顔をしているシェラートに対して笑いながら、フィシュアはシェラートの推測を否定してやった。

「いいえ。あの皇宮は三番目の姫(トゥッシトリア)魔神ジーニーにラピスラズリを与えられる以前に建てられたものだから、他の青の顔料を漆喰の壁に混ぜ込んで色をつけてあるだけよ。屋根と飾り壁の方もラピスラズリ以外のいろんな種類の青の石や陶器のタイルを集めて組みあわせたものね」

 へぇ、とテトが興味深そうに声をあげる。

「じゃあ、もしも魔神ジーニーに教えてもらった後だったら、全部ラピスラズリでつくったのかな?」

「どうかしら。ラピスラズリが魔力を弾くと知った後に皇宮の青をすべてラピスラズリとその顔料で塗り替えようとした皇帝もいるにはいるらしいんだけどね。宝石でもあるラピスラズリですべてをまかなうには、とてもたくさんのお金が必要になってくるの。結局は資金が用意しきれず、断念したと伝わっているわ。だからはじめから知っていたとして使えるのは極一部だったかも」

 きっと反対の声があがったでしょうしね、とフィシュアは言い添える。

「第一、例え皇宮だけが守られて残ったからって、都がやられてしまったら全然意味がないでしょう? なら皇宮にお金をつぎ込むより、都全体、国全体にまわした方が私は国を守るためにはいいと思うわ」

「それは、宵の歌姫としての見解か?」

「そうね。この国をまわってきた者として、この国に暮らす民の一人として、そうあってほしいと願っているわ」

 背を押すように後ろから吹いてきた風に、前へと流れた横髪をフィシュアは耳へとかけた。まろびそうになったテトの肩を、シェラートが支える。

 眼下に広がる皇都の風景は傍目から見たら平和そのものだ。フィシュアはひとまずそのことに安堵し、連れの二人へと微笑みを向ける。

「フィシュア、海はどこ?」

「テト、ここからじゃまだ見えないの。だけど、ちゃんと連れていってあげるから安心して。今からヴィエッダさんとの約束の品も見繕わないといけないしね」

「いいのか? 何か報告しなきゃならないことがあるんだろう?」

「そっか。そうだった。フィシュアはお仕事で旅をしているんだもんね」

 宵の歌姫は帝国の代わりに国内をまわり視察している。それこそがフィシュアの裏の仕事であり、本来の仕事でもある、と。テトを含めて、昨夜、フィシュアは改めて二人に話していた。

 それを受けてのシェラートの問いに、フィシュアは頷き請け負う。

「大丈夫。どうせ通り道だもの。それに皇宮に行く前に詰所の方に寄らないと。馬はこの距離ならもう必要ないし、詰所に着いたらそこに馬を転移させてくれる?」

「わかった」

 シェラートに了承をもらったフィシュアは「じゃあ行きましょうか」とテトに手を伸ばした。

 すぐに柔らかな掌が触れる。当たり前のように繋がれる手をくすぐったく感じながら、フィシュアはテトと歩いた。

「いい? テト。皇都は今までの街以上に人が多いし、広いの。だから、迷子にならないようにね」

「大丈夫だよ、フィシュア。でもそれなら、シェラートも手を繋いでおこう? シェラートが迷子になったら困るからね」

 大真面目な顔でシェラートへに手を差し出したテトの姿に、フィシュアは口元を押さえた。

「ええ。でもテトの言う通りよね。はぐれたらきっと絶対見つけられないから。迷子になりたくなかったらシェラートもしっかりと手を繋いでおくのよ」

 真剣な口調で告げられた忠告とは裏腹に、フィシュアは噛み殺し損ねた笑いを押さえた手の隙間から零す。

「シェラート、早く」

 さも愉快そうにくすくすと笑うフィシュアに呆れながら、シェラートはテトに急かされるがまま素直に小さな手を握った。




「あら、フィシュア様。いつ帰ってらしたの?」

「おっ! 歌姫様、ちょうどいいところに! 今、いい魚が手に入ったところなんだよ。すぐに捌いてやるから、ちょっと寄って行きな」

「今回は帰りが遅かったから心配してたんだよ、フィシュアちゃん。ロシュ様は一人で戻ってらっしゃったし」

「フィシュア、新しい連れかい? ロシュと違って今度は随分と可愛いのまで連れているじゃないか」

「どうぞ、この花をお持ちになってください。フィシュア様」

「宵の歌姫の公演はいつやるんだ? 決まったら、すぐ教えてくれよ。あぁっと、場所を教えてくれるのも忘れちゃだめだからな! こないだは聞き忘れて散々だった」

 皇都に足を踏み入れ数歩も行かぬうちに、フィシュアにかかりはじめた声は次々と伝播し、新たな声を呼んだ。

 結果、老若男女どころか、道で行きあうすべての人が何かしら話しかけてきているのではないかというほど、四方から声が飛び交い、元々活気のよい都に、より勢いがついて賑やかな喧噪に包まれていった。

「……なんかいつにも増して、だな」

「一応ここが本拠地だからね」

 かけられる声を受けて流しながら、フィシュアは驚いているシェラートに向って答えた。

 テトはテトで目まぐるしく立ち変わる人や、皇都の大通りの様子に気を取られ、きょろきょろと辺りを見渡し歩いている。

 並び歩く二人を見比べ、確かにこの状態ではぐれたら人に紛れてすぐに見失ってしまうだろう、とシェラートは納得した。

 そのくらい彼ら三人は大勢の人々に取り囲まれて皇都の大通りを歩いていたのだ。

「もしかしてフィシュアって皇都に住んでる人たち、全員と知り合いなの?」

 テトの疑問に、フィシュアは考えるように少し首を捻った。

「さぁ、どうかしら。だけど、もしかしたら全員一度は顔を合わせてるかもしれないわね。皇都は広いけど、国全体に比べれば狭いから、まわれないことはないもの」

「そっか、そうだよね! じゃあ、僕も今度探検してみよっかな。おもしろそう」

「そうね。時間ができたら、その探検がてら、ちゃんと案内してあげるからね。でも悪いんだけど、今日はヴィエッダさんへの約束の品の買い出しと海だけで我慢してね。――あっ! ねっ、テト! ほら、あそこ」

 フィシュアはテトと繋いでる手を軽く引っ張ると、空いているもう片方の手で右前にある店の看板を指差した。フィシュアが示した白地の看板には絡まった蔦の装飾の中に、茶色い文字が浮き出ている。

 看板を見て、フィシュアの意図を理解したテトは頷いた。フィシュアを見上げ高らかに声をあげる。

「オクリア菓子店!」

「正解! もう字を読むのは完璧じゃない、テト! メイリィのために勉強したかいがあったわね」

 褒められたテトは「へへっ」と照れたように、誇らしげに笑う。

「よし。じゃあ、ご褒美にテトにもお菓子を買ってあげるから楽しみにしていてね」

「いいの!?」

 黒い瞳を燦然と輝かせ、今にも菓子店へ走り出しそうなテトに、フィシュアは「もちろん」と頷いた。

「心配しなくても、シェラートにだってちゃんと買ってあげるわよ?」

「いや、俺は別にいい。高いんだろう?」

「ダメよ、食べなきゃ! ちょっと高いけどオクリアの菓子はそれだけの価値があるの。皇都に来たなら無理してでも食べなきゃ。だから、遠慮なんかしなくていいわ」

 それに、とフィシュアはほくそ笑みながら続けた。

「さすがに高級菓子だから宵の歌姫の特権をつかって貰うわけにはいかないのよ。いくら料金はいらないって言われてもね。けど、今回はヴィエッダさんの分に、私たち三人の分を買うでしょう? おばさんのことだからきっとたくさんおまけしてくれるだろうし、今回に限っては私も気兼ねなく貰えるわ」

「そっちが目的か!」

 呆れた声を出したシェラートのことなど気にかけた様子もなく、フィシュアはウキウキと菓子店へ向かって歩を進める。

「何とでもおっしゃい。だって、すっごく美味しいんだから。テトだってたくさん食べられた方が嬉しいわよね?」

「うん! 食べたい!」

「なら、二人で頑張りましょうね。ああ、こっちが食べたい、でも、こっちも食べたいなぁって」

 フィシュアとテトは顔を見合わせると、同時に口元に笑みを刻み、深く頷きあった。



 そんな計画を知るはずもない気のいいオクリア菓子店の女主人は、久しぶりに皇都に帰って来た宵の歌姫と、ずらりと並ぶ菓子の前で一生懸命どれにしようかと悩んでいる少年に、彼らが買った菓子と同じくらいの量のおまけをつけてくれたのだ。

 だからシェラートはただ、予想外のおまけの多さに喜んでいるテトとフィシュアの姿を見ながら苦笑するしかなかった。

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