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ラピスラズリのかけら  作者: いうら ゆう
第4章 涼やかなる者
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第58話 水端の巫女【1】

 前を進むフィシュアの背を見ながら、シェラートは馬の歩を止めた。

 突然、後ろに聞こえていた規則正しい馬の蹄の音が消えたのを不思議に思ったフィシュアは振り向いてその原因の主を見た。

「どうしたの、シェラート?」

 シェラートの前に座り、揺れ続ける馬の上で体を支えてもらっていたテトも不思議そうに彼を見上げている。

「どうしたじゃない。道を外れて大丈夫なのか?」

 シェラートは怪訝気に目の前に伸びる皇都に続く道を顎でしゃくった。

 舗装された道を外れ、草地に馬の歩を進めていたフィシュアは、ようやくシェラートが立ち止まった理由を悟り「ああ」と頷いた。

「そういえば話してなかったわね。確かに道はないけれど、河沿いに進みたいの。ガンジアル地方で極端に水が減った原因を見ておかないといけないから。だから、こっちであっているわ」

「もっと歩きやすい道を探したほうがいいんじゃないか」

 河沿いに進むと言っても、この先は人が入っていない分、草が高く、低木も生い茂っているため、足元が見えにくい。馬で進むにしても、足をとられる心配があった。場所によっては、結局河から離れないと先に進めない場所もあるだろう。

 それならば、一度河から外れはするが、まわり込みやすい場所から河の様子を定期的に確かめたほうがよいように思った。

 シェラートの提案が妥当なのはわかっている分、フィシュアは「うううん」と微妙な顔をする。

「でも、地図で見た限りだと、こっちからの方が近そうなのよね。聞いた限り、崖になっているところもなさそうだし。そう道も悪くはないと思う」

「この先に原因があるとわかっているのか?」

 驚きがこもったシェラートの問いに、フィシュアは「ええ」と答えた。

「このペルソワーム河に沿って半日ほど行った村の周辺に原因があるらしいわ。なぜかそこだけ河の水嵩が減っていて、雨も降らないらしいの。だから水商人たちがこぞってそこへ出かけているそうよ。村から河を遡ってもいいんだけど、せっかく上流から向かうんだし、村に繋がる場所に何か原因があるかもしれないなら、先に確認しておきたいの。皇道から村に繋がる道を通ってまわると倍かかってしまうようだし」

 自分たちの知らない情報にテトとシェラートは顔を見合わせた。

 昨日も今日もフィシュアとは別行動はとらず、一緒にいたはずなのだ。

「いったいいつの間にそんなこと調べたの?」

 不思議そうに聞くテトに、フィシュアはおかしそうに笑いかけた。

「あなたたちがリシュトワの街でへばってる時よ」

 フィシュアの言葉でリシュトワの香油市場の強烈な匂いを思い出してしまったテトとシェラートは二人揃って「うっ」と顔を歪めた。

 何とも嫌そうなその表情を見て、フィシュアはさらにクスクスと笑いながら話を続けた。

「香油を精製する時には水が使われるのよ。植物から水蒸気を使って取り出したものを再び水で冷やして液体にするの。だから香油を扱う店は——特にその店自身で作っているところは水の情報に敏感なのよ。だって、水がなければ商売道具の香油が作れないもの」

「フィシュアは、ただ喜んではしゃいでるだけかと思ってた」

 感心したようなテトの呟きに、シェラートが同意する。

 二人の仕草を見たフィシュアは少し眉を寄せて言った。

「街へ下りて情報収集するって言ったでしょう? そりゃあ、ちょっとは……はしゃいでたかもしれないけど、自分の役目はしっかり果たすわよ」

 いや、あれはちょっとじゃなかった、という二人の視線を感じとったフィシュアは再び馬首を前に戻す。

「はい! じゃあ、行くわよ!」

 異論を申し立てたげな空気を振り払うかのように明るい声を出したフィシュアに、テトとシェラートは声なく顔を見あわせた。



 河沿いに馬を走らせていた三人は、ある地点で再び足を止めた。

「これは……」

 河原を見下ろす土手の上。

 信じられぬ光景にフィシュアが素早く馬を降り、川辺へとおりていった。その後ろをテト、シェラートが続く。

「何これ? どういうこと? どうなっているの?」

 理解できない、けれど明らかなる異変にフィシュアは、誰にともなく説明を求めた。

 シェラートは困惑を隠しきれないフィシュアの横を通り過ぎ、河岸に座って河の様子を確かめはじめた。

 同じように河を見ていたテトも呆然と呟く。


「……河がなくなってる」


 テトの声に同意するように、フィシュアは重々しく頷いた。

 テトの言葉が示す通り、ペルソワーム河は途中で忽然と切れてなくなっていた。

 せきが築かれているわけでもない。それなのに、幅の広い河の水量は段があるかの様にガクンと急激に減っていた。

 ある一方は、豊かでたっぷりとした水を湛えて——しかし、その水が悠々と流れていくはずのもう一方では、水がほとんど干上がり、普段は見ることができない深い河底の土が見えている。あとは心許なく幾筋かの水が流れているだけだった。

 そもそも大きな刃でスパリと切り取られたように水の断面がくっきり見てとれる不可解な光景自体が理解できるものではない。

 途中で消え失せた河の水はどこへ行ってしまったのか。

 人知の力では到底ありえないこの現象に、フィシュアとテトはひたすら唖然とするしかなかった。

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