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ラピスラズリのかけら  作者: いうら ゆう
第3章 強い光
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第43話 出立の前に【2】

「そういえばさぁ、さっきのあれ。絶対お腹の薬じゃないでしょう? ある意味お腹に効いたけど、どちらかというと昨日の解毒剤に近かった気が……。あれよりさらにひどい味だったけど」

「何だ。よくわかったな」

「やっぱりそうだったんだ! ひどすぎる!」

「勝手に抜け出すのが悪い。無駄な体力を使うなって言ってただろう? 元々飲ませようと思って用意してたんだけどな、しかも少しは飲みやすいようにしてやってたんだが……ちょっと腹が立ったんで濃度を倍にして元より苦くしてみた」

「何てことを! あのまずさは尋常じゃないのよ!?」

「自業自得だ」

「――!」

 フィシュアは文句を言おうと口を開いたが、やはりやめることにした。今回はどう考えても、どちらに非があるのは明らかだ。

「あぁ、もう! 悪かったわよ」

「それ、昨日も言ってただろう? で、次の日にこれだもんな。もう、いいさ。フィシュアのそれは当てにならないからな、テト同様注意して見張っておくことにする」

「ごめんってば! 勝手に抜け出すのはやめるからさ」

「その言葉を忘れるなよ? また同じことしたら、さらに苦いの作るからな?」

「――っう、それだけはご勘弁を!」

 再び机に突っ伏したフィシュアは、黙って抜け出すのはもうやめようと、心に深く刻み込んだ。

 もれなくシェラート特製の緑の液体がついてくるのだけは本当に耐えられない。あと一滴でもあれを飲まなければならない状況にまた陥るなど、考えただけでぞっとした。本当によく、二回も気絶せずに飲めたものだとフィシュアは飲み干した自分自身に感心する。

「でもやっぱり、シェラートの薬はよく効くわね。もう倦怠感すら無くなっちゃった」

「それ、薬の効果だから完璧に治ってるわけじゃないぞ? 毒が毒だったから大分魔法で効果を底上げしているしな。本来なら絶対安静だ」

 シェラートが再びガラス杯に注いでくれた水を受け取りながら、フィシュアはくすくすと笑った。

「なんだか、まるっきり砂漠の時と逆になっちゃったわね。あの時はこんなことになるなんて思わなかったな」

「あぁ、ここまで無茶苦茶な奴とは思わなかった」

 本当に呆れたように言うシェラートをフィシュアは一睨みして、机の下からシェラートの脚を軽く蹴った。とたん迷惑そうになった顔をフィシュアは見つめる。

「でも、まぁ、今回は本当に色々ありがとね。それから、昨日言ってくれたことも嬉しかった。昨日は言えなかったから、ありがとう」

 軽く頭を下げたフィシュアは、次に顔をあげた時、真正面に座る人物を見て目をまるくした。

 恐らくはじめて自分に向けられた顔だった。シェラートがちゃんと自分に対して表情を浮かべていた。それは、どこか小さな子を見つめるようなものでもあったけど、テトを見るような穏やかな眼差しに至極似ている気がした。

 ふわりと、自然に心が凪いだ。テトとシェラートと一緒に旅することを、一緒にいることを認められたのだと悟って、フィシュアは「ありがとう」ともう一度微笑った。


*****


「馬や食糧等は後でシェラートに転移してもらうよう頼んだ。いきなり消えると思うが、慌てないように。それから今から向かうエルーカ村は病が流行っているらしい。ここも割合近いから、状況を把握し次第、情報を送る予定だ。届いたら、ここから近隣周辺一帯に警告を出してくれ。ああ、あと何か入用になった場合もここへ知らせを送るから、用意ができたら知らせてほしい。

 こちらも用意が完了し次第、転移してもらう予定だから運ぶ必要はない。ここでかかった費用はすべて皇都の本部へ届け出るように。予算のいくらかをこちらにまわしてもらう。以上。何か質問のある者は?」

 フィシュアは全体を見渡し、問題がないことを認めると首肯した。

 門前にはバデュラの詰め所にいるすべての警備隊員が出揃っていた。

 申し送りをするだけだから見送りは数人でいいと伝えておいたが、隊長、副隊長に続く、見送りの“数人”を巡って、ついに代表選出武術大会がはじまってしまった。あまりにも時間のかかりそうなその選出方法に、フィシュアは呆れながらも全員の見送りを許可したのだ。

 結果、詰所の前には鍛え抜かれた精鋭の隊員たちがずらりと並び、何とも異様で仰々しい様子を醸し出していた。

 満足そうにニコニコと笑みを浮かべる隊員たちとは対照的に、詰所の前を歩く街の人々は、一体何事かといぶかしげな顔でこの奇妙な団体を凝視しながら通り過ぎてゆく。

 離れた場所でシェラートと一緒にその様子を見ていたテトまでもが、めずらしく何とも言えない表情を浮かべていた。

 テトの顔を見て、フィシュアはやはり判断を間違っただろうか、と思う。それでも純粋に嬉しそうな表情を向けてくる隊員たちに向かって、やっぱり帰れ、とは言えなかった。

 それに、フィシュアにも言っておきたかったことがあったのだ。

「あの時はみんな、よくも裏切ってくれたな。おかげでひどいめにあった」

 げんなりした顔で吐かれた恨み事が、何を指しているのを悟り、集まった隊員たちは苦笑いした。

 やはりこちらも苦笑しながらヴェルムが口を開く。

「確かに、あれは少し……いえ、かなりひどかったと思いますが、止めに入っても、止められなかったでしょう。恐らく全員でかかっても彼には敵いませんから」

「それは、堂々と言い張ることじゃないだろう……」

「はい、そうですね。私たちも訓練を増やさなければならないと考えさせられました。しかし、今回の場合はそれだけではありませんよ。もし、それだけなら、私たちはどうなろうが宵姫様をお守りします。ただ今回の場合、シェラート殿は私たちに危害を加えることはあっても、宵姫様に危害を加えることはない、と判断しました。はじめてシェラート殿と対峙した時、あなた様の護衛官と間違えるくらいには彼は必死でしたからね」

「……そう、か」

 フィシュアは黙り込んで、わずか足元へ視線を落とした。だが、次の瞬間には顔をあげ、何事もなかったように警備隊を見渡すと艶やかに微笑む。

「ここと、後は任せた」

「御意」

 いっせいに確固とした応答が返る。そこに浮わついた響きは微塵もまじっていない。

 フィシュアは満足気に頷くと、踵を返してテトとシェラートが待つ方へと向かった。

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