第41話 強盗団と宵闇の姫【2】
「何で俺たちが、ここに来たかって?」
繰り返された疑問に、フィシュアは頷いた。
「そう。宿屋で会った人たちは、強盗団――あなたたちエネロップが現れたのは最近だと言ってた。でも、あなたたちの動きを見る限り、強盗業を最近はじめたばかりだとは思えない。それに、カルレシアはここではなくアエルナ地方に多く生息する植物。他の毒ではなくカルレシアを使ったのは、あなたたちがそれを手に入れやすい環境――アエルナ地方か少なくともその周辺で活動していたからでしょう? だとしたら、カルレシアが少ないこの地域へわざわざ移って来たのは、移らざるを得ない不都合があなたたちにあったということ」
違う? と問いかけるフィシュアに、頭はパチパチと手を叩いて拍手を送った。
「ご名答。さすが歌姫さん。その通りだ。俺たちはアエルナのほうから来た」
「やっぱり」
「三ヶ月くらい前か? 妙な技を使う奴らが俺たちがなわばりにしてた街にやってきたんだ。そりゃあ、もう、訳がわからないうちにこてんぱにやられそうになってなぁ。命からがらその街から逃げてきたんだよ。逃げ足だけは早いからなぁ、俺ら。勝てないとわかったら見切りをつけてとんずらする。勝てそうだったら勝負を楽しむ。損はしたくねぇんだ。それが俺らの主義だからな。逃げる俺らを見た街人はみーんな泣いて喜んでそいつらに感謝していたぞ? けどなぁ、俺らは見ちまったんだよ。街が燃えるところを、丘の上からな。あいつらは、感謝する街人たちごと圧倒的な力で焼き払ったんだ。な、俺たちより性質悪いだろう? そんな奴らがいる場所に長く留まる謂れなんてないからな、早々とアエルナから離れたってわけよ」
「……住人が焼かれるのを見たの?」
「火に囲まれて逃げ惑う奴らはな。せっかく運よくまぬがれたんだ。のんきに最後まで眺めて、こっちまで巻き込まれるなんてまっぴらだろ。だが、ありゃあ、間にあうもんじゃない」
「そう」
フィシュアは口を引き結んで思案する。
アエルナ地方でいくつかの街が突然消された理由。当初、フィシュアも調査するはずだった謎の答えが強盗団の男によって告げられた。
エネロップが現れた時期から見て、何がしか関係があるかと踏んでいたが、事件そのものを目の当たりにしていたことはいささか予想外だった。
被害にあったアエルナ地方の街はすべて焦土と化し、原型をとどめるものがないほど徹底的に焼かれていたと報告を受けている。
報告された内容と一致する男の証言に恐らく嘘はないだろうと確信できた。
ただ、同時に別の何かが引っかかった。
これで終わりだ、と伸びをする強盗団の頭を眺めながら、それが何だったのかを確かめるため、聞いたばかりの話をもう一度反芻する。
違和感の正体に思い至った瞬間、フィシュアは息をのんだ。
「妙な技を使う“奴ら”って言った?」
「そうだ」
「一人じゃ、ないのね?」
「少なくとも、三人はいたな。その後ろには手下か監視かわからんが、何もしない奴らも何人かいたけどなぁ」
告げられた答えにフィシュアは歯噛みした。
妙な技とは、恐らく魔法のことに違いなかった。ロシュは無事だろうかと不安がよぎる。
現地の者が先に検分を行った上で、報告と調査依頼が自分たちにまわって来たのだ。事が起こってから、既に髄分と日数も経っている。強盗団の頭が語った者たちに遭遇する可能性は低い。
それでもロシュ一人で向かわせたことに少ない焦燥が募った。
相手が一人ならまだしも、魔を退ける護りであるラピスラズリを持たない彼に、魔法を扱える者が三人というのは危険すぎた。もし彼らと出会ってしまった場合、ロシュが対処しきれるのか予測がつかない。
「どんな奴らだった?」
「どんな奴らと言われてもなぁ」
「腕に黒い紋様があったか? シェラートと――昨日私といた仲間と同じような」
「あぁ、そういえばあったな。それがどうした?」
魔人、か。
フィシュアは眉根を寄せた。
砂漠で案じていたことが現実になってしまった。しかも、一人ではなく三人、いや、それ以上と考えておいたほうがよさそうだった。
魔人が街を複数で襲うなどこれまで聞いたことがない。まわりにいたのが契約者ならば――この襲撃に何らかの意図が介在するなら厄介なことこの上なかった。
「どうしたんだ? 歌姫さん。あんなの街いる若い奴らがしているのと変わんねぇだろ」
不思議そうな頭に、フィシュアは顔をあげた。
「変わらない? 魔人の腕の紋様の方が明らかに複雑だったでしょう? 一目見ただけでわかるはず」
「そうか? 全然違いなんてわからなかったぞ?」
「まさか! まったく違うじゃない!」
「いや、本当だ。まぁ、複雑だったかと言われればそうだったかもしれないが。……ん? じゃあ、あれか。あの兄さんは魔人だったってわけか。珍しいもんに会っちまったなぁ。俺はてっきり兄さんもあいつらのことも魔法使いか何かかと思ってたからな」
「それはないわ。この世界には魔法使いと呼ばれる者――つまり魔法が使える人間ということだけど、それは魔女と賢者しか存在しない。彼らと彼らの師匠弟子を含めて現在は十七人しか存在しないはず。彼らすべての居場所もわかっている。黒い腕の紋様があったのなら、なおさら魔人としか考えられない」
「そんなもんなのか?」
いかにも興味なさそうに呟く頭領に、フィシュアは再び問いを重ねた。
「他に何か覚えていない? 何でもいい」
けれど、頭は両手を広げて肩を竦めた。
フィシュアは頭の後ろの男たちへと目を向ける。
男たちも同様に肩を竦め、首を振りながら、他の仲間へと視線を送った。その中で、ただ一人、口に手を当て、しばらく考え込んでいた男が口を開いた。
「……確か、魔人の後ろの奴らが笑いながら“皇都へ行く前の腕試し”とか言ってたぞ?」
「本当? 確かにそう聞いたのね?」
「いや、残念だが、耳で聞いたわけではない」
「どういうこと?」
いぶかしむフィシュアに頭が親指で男を指しながら説明した。
「こいつは読唇術が得意なんだ。遠くから獲物を探すときに重宝するくらいにはな。だから俺たちが聞いてない言葉も“読んだ”んだろう。安心していい。こいつのは、かなり正確だ。九割がた当たってると考えていいぞ? 剣はからっきしだが、これだけは取り柄だからな」
ひでぇ、と抗議する男の後ろで、ちげぇねぇ、と笑いが巻き起こった。
けれど、その中でフィシュアだけが笑っていられる状況になかった。小窓から漏れる朝日が石床に作り出した光をじっと睨む。
――皇都へ行く前の腕試し。
皇都からは何か事件が起こったなどという剣呑な報告はまだ受けていない。
今のところは安心してもいいだろう。だが、近いうちに不穏な事態に陥るとしたら。
皇都が魔人の標的にされるなど前代未聞だ。
一刻も早く皇都へ戻って準備を整える必要があった。
だが今は、テトの村へ行かなければならなかった。
エルーカ村へ行けば少なくとも五日は到着が遅れる。
テトの村へ行くと決めた時から、そんなことは理解していたはずなのに、知らず焦りはじめた自分を落ち着かせるため、フィシュアは軽く目を瞑った。
だからこそ、ロシュを先に行かせたのだ。ホークもいる。皇都へこのことを伝えるのは彼らだけで充分可能だった。フィシュアが皇都へ着くころには準備もすっかり整えられているだろう。
自分の最優先事項を見失ってはいけない。エルーカ村の奇病の現状を把握すること。奇病が広がれば先の魔人たちと同じくらい脅威となる。そして、それが最も迅速に行えるのはここにいる自分だけだった。
それだけを素早く整理して自分に言い聞かせると、フィシュアはもう一度息を吐き出してから立ちあがった。
「礼を言うわ。おかげで助かった」
「協力したんだから、ちょっとは短くなるか?」
「なるわけないでしょう。それとこれとは話が別よ。しっかり働いて罪を償うのね。刑期中、真面目にやれば早くて十年。そうじゃないなら長くて三十年」
げぇ~、と牢の内からいっせいに不満の声があがる。フィシュアは強盗団の男たちを睨みつけた。
「三十年でもあなた達がしたことに比べれば軽い方よ。――まぁ、そうね、出てきた後、仕事先がなかったら皇都へ来なさい。私が手配してあげるから。ただし、私の下で働く気があるならね」
「三十年も経ったら、歌姫さん、皺くちゃのおばさんじゃねぇか。何の楽しみもねえ」
「安心して。その時はあなたたちもよぼよぼのおじいさんだから。大人の魅力がついた頃の私に会いたいのならせいぜい労役に励むことだね」
「ちゃんときれいな美人に成長してくれんのかよ」
「つくづく失礼な人たちね!」
「ま、いいや、それも楽しそうだしな。よろしく頼むとするか。俺はノーグだ。ちゃんと覚えておいてくれよ?」
「わかった。ちゃんと伝えておくわ」
「あ、歌姫さん、俺の名前覚える気ないな」
「というより、覚えておく自信がない」
「なら、どっかに書いとけよ」
「書いた紙をなくしたら、意味がないじゃない」
「ひでぇ、なくすの前提かよ」
「わかった、わかった、覚えておく」
「ずいぶん投げやりだな。何か俺に恨みでもあんのかよ」
「あのねぇ、私を殺そうとしたのはどこのどいつよ。恨みならありあまっているくらいよ」
そうだったけか、とうそぶくノーグに、フィシュアは溜息を落とす。そのまま踵を返した彼女は、ひらひらと手を振って牢を後にした。