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ラピスラズリのかけら  作者: いうら ゆう
第3章 強い光
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第40話 強盗団と宵闇の姫【1】

「いや、なんで生きてんだよ!」

 重たい鉄の格子越し。昨夜と変わらぬ姿で颯爽と歩いて来た人物に向かって、男は驚嘆の声をあげた。

「あんた本当に化け物だったのか。今度こそやったと思ったのに。あんだけまわっといて、解毒剤が効くどころか、ピンピンしてるなんて嘘だろ」

「失礼ね。これでも結構大変だったんだから」

 牢の前に立ったフィシュアは腰に手をあて、中に座す男たちを見下ろす。

 バデュラの詰め所で一番広い牢は今、三十余人に及ぶ男たち――バデュラの街の住民を毎夜恐怖に陥れた強盗団エネロップに占められていた。格子のはまった小窓から入る朝日が埃で薄汚れた男たちの顔を照らしだす。

 きちんと清潔に掃除はしてあるものの、牢が持つ独特の雰囲気なのだろう。空気はどこか湿り気を帯びて陰惨だった。

「歌姫さん、わざわざこんなむさくるしいところに何しに来たんだ。もしかしてここから出してくれるのか?」

 調子を取り戻したのか、へらへらと笑って言った強盗団の頭に、フィシュアは溜め息をついた。

「牢に入っても相変わらずのようね。少しは反省しなさいよ」

「いやいや、ちゃんとしてるじゃんかよぉ。清く正しく生活してるぜ? 今日なんか朝早くから起こされちまったし。いつもなら昼まで寝てられるのになぁ。もうげんなりすぎてたまらんわ。で、何しに来たんだ?」

「見まわりよ。ついでに牢の衛生面とかもちゃんと見ておかないといけないの」

「ふぅん。あんたが立ちまわってる時点で、おかしいとは思っていたが、歌姫って歌うだけが仕事じゃないんだな」

「残念ながらね」

「なら、その首飾りが国宝級ってのも嘘か」

 掴まされたな、と頭は笑って、彼の背後からそろりと牢の隅に逃げようとした部下を後ろ手に軽く殴った。

「嘘はついていないわ。あなたたちが換金しようとしたところで正しく値がつけられるとは思わないけど」

「なんだ、金にならないのかよ」

「金になるもならないも、牢に入ったあなたたちには関係のないことでしょう」

 フィシュアの冷めた物言いに、頭は「違いない」と呻く。

「だがまさか歌姫さんが警備隊と繋がっていたとはなぁ。俺は見たことないが、先代の宵の歌姫なんかしとやかで有名だったはずだろう。なのに、あんたやんちゃすぎないか。率先して捕物に参加する上、こんなとこまで使いっぱしりにされるなんて。いや、ほんと、もう大変そうだな? うん、ご愁傷様」

「……今日の昼食と夕食抜きにするわよ?」

「えぇ!? それはないだろっ!」

「それだけが楽しみなのに!」

「ここの飯うまいんだよ、なぁ?」

「朝、食った時、ここに入ったの当たりだったかもとつい思った」

「ああ、こないだまで食ってたのよりも断然うまいもんなぁ!」

「あのねぇ、あなたたち本当に反省しなさいよ……」

 元強盗団達からいっせいにあがった緊張感のない抗議にフィシュアは額を押さえた。

「ところで歌姫さん。あんた、ここに一人で来たのか?」

 強盗団の頭領は首をのばして、フィシュアの背後を覗き込み辺りを見まわす。奥に常駐の見張りはいるが、他についてきている者はない。

「兄ちゃんと坊やはどうした? あの様子じゃ、昨日の今日であんたから離れそうにもなかったのに」

「まいて来た」

「は? また何で?」

 頭の問いに、フィシュアは一瞬言葉を詰まらせる。

「……だってあの二人、行かせてくれそうになかったんだもの。お腹が痛いからトイレに行くって言って来たの。そのまま籠っているふりして抜け出してきた」

 フィシュアが二人を出し抜いた方法に牢の男たちは腹を抱えてげらげらと笑い出した。目尻に涙が滲みはじめても、構わず彼らは笑い続ける。

「やるなぁ、歌姫さん」

「なんなんだその作戦は」

「いや、ほんと、それでも女かよ」

 笑いまじりの嘲りに、フィシュアは「あのねぇ」と悠然と笑みを浮かべた。

「何言っているのよ、女だから使える技なんじゃない。女性がトイレに入っているのを急かす男なんてそういないでしょう? なかなか恥ずかしい申告だから疑う人もまずいない。一応、怪しまれないように警備隊のみんなには協力して二人を見張ってもらっているから、今のところは安心よ」

「兄ちゃんたちも心配しての行動だろうに、当の歌姫さんがこんなんじゃ報われねえなぁ」

 フィシュアの言葉に、強盗団の頭はわざとらしく何度も上下にかぶりを振りながら、しみじみと呟いた。しかし、その声音とは裏腹に、顔はおもしろいものを吟味するように、にやけているのをフィシュアは見逃さなかった。

 頭領を筆頭に牢の中にたむろしている男たちをフィシュアは格子越しに睨みつける。

「もともと二人に心配かけるはめになった原因を作ったのはあなたたちでしょうが!」

「そもそも踏み込んできたそっちのほうが悪いだろうが……ま、どっちでもこっちは構わねぇか」

 頭の応じに、周りの者はしのび笑う。

 そんなことよりも、と彼らの笑いをようやく断ち切ったフィシュアは、エネロップの牢の前にしゃがみこんだ。格子に手をかけ、強盗団の頭と相対する。

「聞きたいことがあるのよ」

 昨夜と同じ鋭い光を宿した藍の眼差しに、頭はにやりと笑った。

「それが嘘ついて抜け出してまでする“見まわり”の大きな理由か。しかも、“まいた”というよりは、あの二人に聞かれたくなかったっていうのが本当だろう?」

 どうやら感が当たったらしく、黙り込んでしまったフィシュアに頭は口の端をあげると続けた。

「なるほどなぁ。歌姫さんは、よほどあの二人を信用してないらしい」

「違うわよ。――ただ、今度こそは巻き込みたくないだけ。それに……、このことはあの二人とはまったく関係ないの」

「“関係ない”ねぇ。歌姫さんが、俺らに何を聞きたいのかは知らないけどな。また一人で動いたら、怒られるんじゃねぇのか、あの二人に」

「今度は一人で動くわけじゃないから大丈夫よ。それに、あの二人とは次の場所でお別れだもの。事が起きるとしても、その時はもう二人はそんなこと知る由もないわ。だから、今あの二人が知っても意味をなさないの」

 そう答えたフィシュアの言い分を、頭は「ふ~ん」と聞き流した。探るようにフィシュアをしばらく眺めていた強盗団の頭は、結局、思索を放棄したのか、あるいはどうでもよくなったのか――後頭部で手を組むと再び楽しそうにしのび笑ったのだ。

「まぁ、いいか。俺に答えられることだったら、歌姫さんの質問とやらに答えてやるよ」

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