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ラピスラズリのかけら  作者: いうら ゆう
第2章 宵の歌姫
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第25話 名の由来【1】

「それにしてもリティシアさんのお嬢様は、きれいでしたね」

「まぁ、そんなことありませんわ。フィシュア様には敵いませんもの」

 フィシュアの言葉を否定しながらも、やはり嬉しいのだろう。リティシアと呼ばれた婦人は顔をほころばせた。


 結婚式が終わった後、今日の宿を探しに行こうとした三人に花嫁の母親だというリティシアは礼にぜひうちに泊まってくれと申し出た。

 勝手に歌わせてもらったのだから気にしないでくれ、とフィシュアは断ったが、それこそ気にしないでくれ、と押しきられた。

 一人娘がいなくなって寂しいのだ、これからは夫婦二人きり。

 今晩からどうしようか、というところに歌姫様が来てくれた、それが嬉しいのだ、と。

 結局、三人は、リティシアのお言葉に甘えてることにして、夫婦の家に泊めてもらうことなった。

 リティシアの言葉は嘘偽りのないものだったらしい。

 一緒になってフィシュアたちを歓迎していた彼女の夫は夕食の後、おもむろに席を立つと、窓際に座りこみ、外を眺めながら一人黙りこんでしまった。

 ね、こうなると思ったんですよ。こんな状態のこの人と二人だけなんて私には耐えられないわ、とリティシアは苦笑する。

「でも、結婚式を夕方に行うなんて珍しいですね」

 この国、ダランズール帝国では“二人の新しい門出”という意味にかけて、日の出とともに結婚式をはじめることが多い。

 もちろん、そうしなければならないという決まりなどはないが、その意味にかこつけて式をとり行う場合が大半を占めていた。

 半日かけて行われる式は、昼前までに神殿を出て、姿顕しをしてお開きとなる。あの時間帯に、ようやく寺院の前で姿顕しをしたリティシアの娘の祝いの儀は少なくとも昼を過ぎてから執り行われたことになる。

 朝以外に皆の仕事が終わる夜からというのもあるが、昼から夕方にかけて、というのは滅多にないものだった。

「変わっているでしょう? でもどうしても夕方がいいと言い張るもので。娘は黄昏時が一番好きなんです。だからそのころちょうど終わるように、寺院を出た時ちょうど橙色に輝く太陽が見えるようにって」

「そうだったんですか。でも、それって正解ですね。寺院も舞い踊る花びらもドレスも全部、陽に当たって煌めいていて溜息が出るほど美しかったから」

「そうですね、私もそう思います。夕刻の結婚式って私も初めてだったのですが、これから増えるかもしれませんね」

「えぇ、私の時も暮れ時がいいかも、やっぱり宵の歌姫だし……って、テト、そこ綴り間違ってるわよ?」

 隣で数字の書き取りの練習をしていたテトは「え、どこ?」と首を傾げた。

 フィシュアはテトからガラスペンを受け取ると間違っている箇所に修正を入れる。

「5は“フィチュ”じゃなくて“フィス”でしょう?」

「あ、そっか」

 自分でも、もう一度書き直しているテトの隣では彼の魔人ジンも同じく書き取りの練習をさせられていた。

 はじめは乗り気ではなかったが、テトに言われて渋々と、しかし、きちんとやるところが彼らしい。

「けど、数字の書き取りなんかしても無意味だろう。そのまま数字で書けばいいじゃないか」

「あら、そんなことないわ。この世の中には数字からできた言葉がたくさんあるもの。発音してみて?」

 フィシュアの言葉を受け、テトは書き上げた紙を目の前に掲げ、大きな声ではっきりと発音しだした。

1(アーネ)2(ネジュ)3(トゥッス)4(クレ)5(フィス)6(ポル)7(ソーラ)8(ヒュイ)9(パピ)10(ニッカ)!」

「はい、じゃあ何か気付くことは?」

 フィシュアの質問にテトは腕を組んでうんうんと考え出した。その隣ではシェラートも眉を寄せて何か必死に考えているらしい。

 けれども一向に何も思い当たらない様子の二人に、フィシュアは笑いながら一つの皿を指差した。

「ほら、目の前にあるじゃない」

「パピレイユ……?」

 皿の上には食後のおやつにと、リティシアが出してくれた木の実が入った甘いパイが並んでいるだけだ。

 これがどういう関係があるのかという顔をする二人にフィシュアは答えを教えてやることにした。

パピ(9)レイユ()でしょう?」

 あぁ、と納得していたテトの顔に一つの疑問が浮かぶ。

「だけど、どうしてパピ(9)レイユ()なの?」

 それはね、と口を開いたフィシュアの横から、「私が説明しますわ」とリティシアはナイフを取り出し、パイを一つ切り出した。

 そして、その断面をテトとシェラートに見せる。

「パピレイユはパイ生地と木の実を交互に重ねあわせて作るお菓子なんです。その時、パピ()、この場合はパイ生地のことですね。これを九枚重ねていきます。だからパピレイユというのですよ」

 なるほど、と頷く二人にリティシアが切り分けたパイを配る。

「それに、フィシュア様の名前も数字からですよね?」

 え、そうなの!? と、さっそくパイを頬張りつつ顔を向けてきたテトに、フィシュアは笑いながら答えた。

「そう、フィス(5)とアが訛ってフィシュアなの。“ア”っていうのは女性名詞や女性の名前につくことが多いしね。五番目の女の子っていう意味。まぁ、うちの場合は兄弟姉妹が多かったし、名前のネタが尽きたんじゃないかしら? 五人も女の子がいるところって少ないからフィシュアって名前も珍しいし」

「多いって、いったい何人くらいいるんだよ?」

「ん? 十三人?」

「……なんで疑問形なんだ」

「え、だって、旅から帰ったら、また増えてるかもしれないでしょう?」

「……」

 どうしてそういう考えになるんだ、普通、今いる人数を素直に答えるだろう、と思ったがシェラートは口をつぐむことにした。

 どうせ言っても無駄であるということはこの三日間で充分すぎるほど、わかっていたからである。

 案の定、何かを飲み込んだらしいシェラートに何も気がつかなかった風を装って、フィシュアはテトに話を切り出した。

「テトは、テト(強い)ラン()だったわよね?」

 そう、とテトが元気よく頷く。

「強い光で自分の道を照らせるように、できるなら周りの人の道も照らせるようにっていう意味」

 そうなの、すごく素敵な意味ですね、とリティシアに微笑まれテトは照れたように頭をかいた。

「リティシアさんの名前は? どんな意味なの?」

「私ですか? 私の名前は両親の好きな花の名前からですよ」

「もしかして、リティシュルームアですか?」

 尋ねたフィシュアに「よくわかりましたね」とリティシアが笑う。

「リティシュルームアの小さな紅色の花を父が求婚の際、母に贈ったそうです。そんな由来ですから少し気恥ずかしいんですけどね」

 そう言ったリティシアにフィシュアは、「そんなことはありません」と首を振った。

「素敵な話じゃないですか」

「そう言っていただけると嬉しいですわ」

 頬を紅色に染めてふわりとはにかむリティシアはリティシュルームアの花そのもののように見える。

 彼女にぴったりの名前だ、とフィシュアは微笑んだ。

 テトもリティシアのほうへと身体を乗り出して言う。

「うん、素敵! それに、今日、歌ってたフィシュアの歌の歌詞とおんなじだね!」

「本当ね。あなたに花を贈りましょう、あなたの花を受け取りましょう。テト、よく気付いたわね」

 褒められてちょっと誇らしげな顔をしたテトが、今度は隣にいるシェラートを見あげた。

「シェラートは?」

「そうよ、あなたの名前はこの国のものじゃないものね。カーマイル王国とは文字は違っても、言語自体はほとんど同じはずなんだけど、あなたの名前はどこかの地方の言葉なの?」

 フィシュアの問いにシェラートはかぶりを振る。

「いや、この名はカーマイルの精霊の名からきたものだ。カーマイルには暦の日ごとに一日ずつ守護精霊がいるからな、生まれた日の精霊にちなんでつけることが多い。お前がしていた話に出てくる東の魔女の名もそこから来ているはずだ。サーシャは“たなびく者”という意味だっただろう? おそらく風属性の精霊の一人から来ている。俺の場合は氷属性の精霊の一人だな。“涼やかなる者”という意味だ」

「へぇ、おもしろいのね」

 初めて聞く話にテト、フィシュア、リティシアの三人は感心して頷くと、それぞれ感想を漏らした。

「やはり国によって、さまざまな名前のつけかたがあるのでしょうね」

「カーマイル王国って本当に精霊がいるんだね」

「まぁ、カーマイルには精霊がいる代わりに、魔神(ジーニー)魔人(ジン)がいないからな」

 テトの呟きに、何気なく返されたシェラートの答えにその場にいた誰もが驚いた。

 窓辺に座り込んで耳だけを傾けていた旦那までも振り向いて、こちらの方へとやって来たほどだ。

「それは本当なのですかい? 魔神(ジーニー)魔人(ジン)がいないなんて」

「あぁ。カーマイルがある大陸に住んでいる者は西の大陸、まあこの国がある大陸だな、に魔神(ジーニー)魔人(ジン)といった存在がいるというのは知識として知ってるけどな。あっちの大陸にとってはこっちに精霊がいないことの方が驚きだ。まぁ、でも、精霊も魔神(ジーニー)魔人(ジン)と大して変わらないだろう。違いは、そうだな、魔人(ジン)の場合は、もし契約することができたら願いを叶えてくれるくらいじゃないか。精霊は気紛れだから、契約するなんて聞いたことがないし、そもそも普通の人間には見えるものでもない」

「そう、なんですか……」

 今まで魔神(ジーニー)魔人(ジン)が存在することが当たり前と信じて暮らしてきた四人は、今まさにこの瞬間、その常識を覆され、しばしの間黙り込んだ。

「世界はやっぱり広いのですね……」

 しばらくしてリティシアの口から漏れた溜息のような囁きに、はっとしたフィシュアはシェラートに耳打ちした。

 この夫婦はシェラートの手首の紋様を街の若者がしているものとなんら変わりはないと思っている。

 魔人(ジン)は時に恐れの対象ともなりうる。余計な心配をかけないためにもシェラートが魔人(ジン)であるということは黙っておくことにしたのだ。

 だからこそ、フィシュアは聞こえない程度の小さな声で問いかける。

「でも、そうしたらあなたはどうなるのよ? カーマイル王国の出身なんでしょう?」

「そうだ」

「それなら矛盾するじゃない。だってあなたは魔人(ジン)でしょう?」

「そうだが、別に矛盾はしていない」

「でも……」

「それより、もう今日の講義はこれで終わりなんだろう? それなら明日進む道順を決めよう」

「……そうね」

 フィシュアは深く溜息をつくと、リティシアにこの辺りの詳しい地図を貸してくれるように頼んだ。



 シェラートはフィシュアの問いかけを拒むように先を遮った。

 もうこの話は終わりだ、という意味なのだろう。

 そうやって打ち切る者に、それ以上尋ねても無駄だということも理解はしている。

 フィシュアは自分にも言えないことがあるように、この魔人(ジン)にも言えないことはあるはずだと、ひとまず自身を納得させることにした。

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