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ラピスラズリのかけら  作者: いうら ゆう
第5章 継がれた名
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第98話 夕星の灯し風【5】

「で。どうすればいいんだ」


 酔って収集がつかないシュザネを賢者の塔に放り入れ、自室に戻ったシェラートは寝台の縁で頬杖をついた。

 シェラートの衣服を握りしめたまま、フィシュアは短剣を片手に寝台でまるまって眠りこけていた。

 愉快そうにしていたロシュの忠告に誇張は一切なかったらしい。

 何度も指を外そうと試みたが、剣を扱うせいなのか無駄に握力の強いフィシュアの手は頑固すぎて離れない。そういえばフィシュアが老師せんせいと呼び慕うシュザネも大概力が強いよな、と考え気が滅入った。

 自分の寝場所を貸すのはこの際、仕方がないが、動けないのは地味に辛い。助けを請おうにも、向かいの寝台で気持ちよさそうに眠るテトをこんなことで起こせるわけがなかった。

 暗がりに慣れたせいか、欠けた月でも窓越しに光が差し込む部屋は存外明るい。

 すぅすぅと規則正しいテトの寝息に合わせ、フィシュアは不機嫌そうに顔をしかめてますます身体をまるめていく。

 外套を着たままだからそれ以上は寝苦しいだろうと思っていたが、存外寒いのかもしれない。

 いくらか離れた場所にあった掛布を引っ張ってきて、フィシュアの身体の上にかけてやる。

 シェラートはもう一度だけ、衣服を握るフィシュアの指を外そうとして諦めた。酔っているせいなのか触れる指先の温度がいつもよりも高い気がする。

「フィシュアのが……」

 正しくランジュールがもたらしたものであればいいと、重ねた指先から手を離し息を吐く。

 今も彼女の胸元にあるはずのラピスラズリがそうであるか、シュザネから話を聞いた後、密かに確かめたがシェラートにはいまいち判断がつかなかった。

 フィシュアもシュザネも、魔人ジン魔神ジーニーに会ったことがなかったと言っていた。そう関わらないものであるならいい。

 この先もこれまで同様出くわさないのなら、それに越したことはなく、そうであればラピスラズリの効果の差異も問題ではなくなる。

 やたらとヴィエッダに気に入られていたことは気になるが、あれからは戯れに危害を与えられることもないだろうと長い付きあいから思う。

 そう、思いはするが。

「あまり自分から厄介ごとに首を突っ込むなよ」

 聞き入れてもらえなさそうな願いを口にする。火照りを眦に宿して眠るフィシュアが寝苦しそうに唸って、シェラートは首まわりにもたつく掛布をくつろげてやった。



 手持ち無沙汰だったせいか、いつの間にか微睡んでいたらしい。

 シェラートが目を覚ましたのは、呻き声が聞こえたからだ。

「フィシュア?」

「……な、さいっ。ナ、さま」

 喉を引き攣らせたフィシュアが、シェラートの衣服と短剣を固く握りしめる。

「いや。やだ。お願い、ロシュ。死なないで」

 強く握りしめすぎているせいか血の気を失った爪は暗い部屋の中でも白々として見えた。

 フィシュア、とシェラートが諭せば、死んじゃいや、と顔半分を敷布に押し当て振るわせる。

 泣いてはいない。けれど、顔を歪めて必死に懇願し続ける痛々しさに、シェラートは眉をひそめた。

 フィシュアが見ているのは、護衛官が死にかけた昔の記憶だろう。

「ロシュなら無事だ」

 慰めが夢の中に届くはずもなく、固く目を瞑っているフィシュアは身を縮ませ唸る。あまりに悲壮な響きだった。母を失った時のテトにもよく似ていた。

 いっそ起こしてしまったほうがよいだろうかと、指先でフィシュアの前髪をかき分け、これまでよりもずっと顕になった瞼に、シェラートはふと手を止めた。

 同じようにロシュへの悔恨をフィシュアが口にしていた夜だ。具合が悪いはずなのにいつまでも寝ようとしないから、眠りにいざなったことがある。割と強く転移を使った時にはあっさり弾かれたのに、それよりも軽かったはずの魔法は、まもなくフィシュアに眠りをもたらした。

 偶然、間があったのかと思っていた。だがあの時のフィシュアは、熱に浮かされるに任せ、やたらと話したそうにもしていた。彼女の意思に反し魔法が効いた感覚があり、意外に感じたことを思い出す。

 シェラートはフィシュアの額へ手を伸ばす。

 瞬間、かざした掌の翳りのもとで藍色の目がぱちりと見開いた。

 反応する間もなく、一気に引き抜かれた短剣が迫る。

 首筋には押し当てられた鋭利な刃の感触があった。それでもシェラートが大声を出さなかったのは、テトが隣の寝台で寝ていたからだ。

「なーんだ。シェラートかぁ」

「おっ前はっ……! 第一声がそれかっ!? 何だじゃないだろう!?」

 両腕を掴んで押し留めるも、間近に迫った鋭い藍色の双眸は未だ剣呑な光を帯びていた。

「えーっと……ごめん、よね? ごめん、ごめん」

 状況を把握するにつれフィシュアが纒う雰囲気が気やすいものに変わる。にへらにへらと悪びれなく謝り、短剣を鞘に納めたフィシュアは「あれ? これ、ロシュのだ」と不可解そうに首を捻りながら、膝ついた寝台の敷布に短剣を置いた。

「何か殺気がしたのよね?」

「殺気って……ただ額を叩こうとしただけだ」

「どうして叩こうとするのよ。せっかくいい気持ちで寝ていたのに」

 どこがいい気持ちだ、とシェラートは毒づく。

「……覚えていないならいい」

 むしろその方がいいだろう、とどこか安堵した。

 ふいに伸びてきた両手が、逸らしたシェラートの顔を挟み込み引き戻す。敷布の上に膝をついたフィシュアが、不思議そうに覗き込んでくる。

「シェラートだ」

「……それが、どうした」

「元気そうでなにより?」

「今、危うく殺されかけたけどな」

「あはは」

 皮肉を込めて答えると、何がおかしいのかフィシュアはひとしきりけたけたと笑った。ごめんね、許して、とこめかみに口付けられる。

 ごつんと額を打ちあわせてきたフィシュアが、間近でふふふと楽しそうに笑う。シェラートは痛む額に憮然としながら、本当に酔ってるな、とフィシュアの背にかかる髪を掻き引いた。

「いたい。どうしてそう、すぐ引っ張るのよ」

「あのな。突然、頭突きされる身にもなれ」

 そんなことしてない、とフィシュアは不服そうに居直る。

「……と言うより、フィシュアはあれで痛くなかったのか?」

 フィシュアの額を掌の腹で辿るも、薄がりの中ではよくわからなかった。

 腫れてはいなさそうか、と呟けば、フィシュアはぼんやりと首を傾げる。ふと辺りを見渡したフィシュアが、傍を離れ、寝台から床へ降り立った。

 シェラートが見ている先で、彼女の足元からおぼろに伸びた影が夜の部屋を渡る。フィシュアはとたとたよたよたと対面の寝台に向かった。

「テトだわ!」

 はしゃぐ声があまりに嬉しそうだったので、判断が遅れた。

 フィシュアが両腕を伸ばし、眠るテトの身体をきゅっと抱き竦める。

 抱きしめたまま「ふふふー」と満足そうにテトの癖毛に鼻先を埋めたフィシュアの表情は、どこか覚束なく、とろりとしていた。

「うわっ、待て、フィシュア、寝るな! そのまま、寝るな!」

 気づいた時には、遅すぎた。

 フィシュアはテトを抱きしめたまま、するりと瞼を落とす。テトも触れた存在にきゅっとしがみついて、少し前のフィシュアと同じ状態になっていた。

 シェラートは目元を手で覆い息をつく。

 これはもう絶対に離れないだろうと確信して諦めた。

 抱きつかれる形でずり落ちかけているテトとフィシュアを抱えあげ、揃って寝台に寝かしつける。

 心地よさそうに寝息を立てる二人にそっと掛布を掛けやり、シェラートはやっとひと心地ついた。

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