弁慶の抜き所 ~大和撫子な幼馴染みが書いたBL本でまさかの大トラブル!?~
「嗚呼……義経様。我が身は常に義経様と共に―――」
「弁慶殿……かのような辛い想ひをしてまで…………」
義経を庇い、怪我をした弁慶は地面に座り義経の手当てを受けていた。傷は深く流石の弁慶も苦痛の表情を隠せない。
「さ、追っ手が来る前に…………」
弁慶に肩を貸し、森を進む義経。
──ペラッ
頁を捲ると、何故か二人は森を歩いていた格好のままベッドでいきなり朝チュンを迎えていた―――
「何故楓のBL本は唐突に朝チュンが入るんだ!?」
「良典様、これは全年齢故に御座いまする」
「弁慶の抜き所は!?」
「泣き所、で御座います良典様……」
「この場合は抜き所で良いんだよ!! と言うか登校時に如何わしい本を俺に見せるなー!」
「良典様。全年齢故にいかがしさ等何処にも御座いません……お気を確かに」
「うおーーーー!!!!! 俺がおかしいのかーー!!!!」
やいのやいの騒ぎながらも、仲良く登校する二人。
酷く汚いオンボロハウスに生まれた男【山里良典】
そして隣を背筋を伸ばし歩き、大和撫子由来のたなびく黒髪をかき分け、【月見里楓】は今日も美しく奥ゆかしい佇まいであった。
彼女の家は古来より伝統や古風な暮らしを重んじる家系であり、テレビは勿論の事、スマホやゲーム、ネットの類いですら観る事を禁じられていた。
……しかし彼女は腐女子であった。
「―――と言う訳だ。委員長、責任を取れ!」
良典と楓のクラスの委員長である【佐藤知美】は、楓に腐を吹き込んだ張本人であり、今は良典の友達である【村西達夫】と四人で屋上にて昼食を食べていた。
「月見里さんのは素敵なBLよ! 文句を言われる筋合いは無いわ!!」
「委員長のも素晴らしいかと……」
楓がもう一冊薄い本を取り出し、良典に見せる。
「ほぅ、どれどれ……―――ああ、次は金剛杖だ。そうだ!もっと強く叩いてくれ!!弁慶の金剛杖で俺の鎌倉幕府がドンドン開けそうだ!!―――」
何気なくその薄い本を読み上げた良典だったが、酷く下品な物言いに、思わず楓のBL本がとても可愛らしい物に見えてしまった。
「これ……BLって言うか…………」
「ホモだな」
サンドイッチ片手に、達夫は脇からツッコミを入れた。
「何よ失礼ね! これだって立派なBLよ!!」
プンプンと怒りながら頁を捲る知美。そしてクライマックスの頁を「見ろ」と言わんばかりに良典に押し付けた。
「…………よ、義経殿……そこは抜き所で御座いますぞ……! 良いでは無いか。その山伏の振りをするにはこれが一番良いのだ……」
山伏に化けた弁慶に、義経が指南を施しているとても薔薇色な絵がデカデカと描かれており、それは紛れもなくホモだった。
「……おえ」
「Oh……」
良典は本を閉じ無言で知美に返した。そして楓の方を向き「どうかこのまま綺麗なままで居てくれ」と優しい笑みを溢した。
昼休みが終わり、5時限目は化学。良典が唯一真面目に授業を受ける科目である。
「中和反応の方程式ncv=n′c′v′を用いて、0.5mol/Lの塩酸50mlを中和させるのに必要な水酸化ナトリウム水溶液は―――」
化学担当の野乃先生の話を聞きながら、良典は何時になく真剣にノートと向き合っていた。黒板の半分しか届かない合法ロリな野乃先生の授業は、まるで子どもに教わっているかのような感覚になり、生徒の大半は気が抜けてしまっている。
──カキカキ
「んー、良典君。何時になく真面目ですねぇ♪」
「ふぇ!?」
「どれどれ~……」
野乃先生が良典のノートを覗くと、ノートの1ページに大きく書かれた野乃先生の似顔絵が描かれていた。真面目に受けている呈で実は野乃先生の事が好きなだけなのであった。
「…………良典君?」
「……はは…………」
「……めっ!」
「は、はい……」
子どもに窘められた大人の如く、良典はしゅんと大人しくなり真面目に授業を受け始めた。
しかし6時限目の数学は殆ど突っ伏して爆睡しており、良典はその日化学以外真面に授業を聞かなかった…………。
―――そして帰り道、事件は起きた
「良典様ぁぁぁぁ!!!!」
ドタバタとなり振り構わず慌てふためき駆け付ける楓。良典は帰宅寸前で楓に呼び止められ、息の上がった楓は暫く口も聞けないほどに呼吸が荒く、良典は背中を摩り楓が落ち着くのを暫く待った。
「よ、良典様!! 大変で御座います!!」
ようやく落ち着いた楓は、怯えた表情で良典の目を見る。
「どうした? 何が起きたんだ!?」
「それが……御ほもの書を落としてしまいました…………」
「…………」
良典は顔を手で覆い、首を振った。まさかのまさか、どうやらBL本を学校内で紛失したようである。
「義経と弁慶のアレか?」
「あれとは別に作りました私と知美様の合作の物で御座います。知美様が「いやぁ、あれは流石に人には見せられないわ(笑)」と申しました故に内密にしておりましたが、何かの手違いでカバンから消え失せてしまいました! あれが人の手に渡ってしまったら……!!」
「……あまり考えたくないけど、因みに中身は……どんな感じなの?」
「知美様曰く『弁慶の勧進帳(意味深)に飛び六方(意味深)との事です……』」
「……(笑)」
委員長の趣味が全校生徒に知れ渡るのは猛毒をばら撒く行為に等しい所業なので、きっと何か有れば委員長の来世はハエにでも生まれ変わるだろう……。
「良典様お助け下さいませ! あれが世に知れ渡ったら……私…………!!」
「…………分かった」
涙目で訴えかける楓を無下にするほど俺は落ちぶれてはいない、と大事な幼馴染みの為一肌脱ぐことにした良典。
「無くなったのはいつか分かる?」
「昼休みまではありました。放課後図書室から帰る際に無いことに気が付きまして……」
「今日は教室移動も無かったから……教室か図書室かその間の廊下だな」
「そ、そんな! 早くしないと……」
「俺は教室から図書室へ向かうから、楓は図書室から教室へくまなく探してくれ!」
「わ、分かりました!!」
良典と楓は直ぐさま校舎へと戻り、良典は教室へと戻った。教室には誰も居らず、夕焼けが教室へと差し込み黒板を染めていた。そして楓の机の傍に落ちていた黒いノートが目に留まった。
「……これか?」
良典が楓の机に手をかけ落ちているノートを拾った瞬間―――
「そこで何をしているザマス!」
「!」
良典が振り向くと、そこには歴史担当の口煩い女教師【座間州】が眼鏡に手を当て疑いの眼差しで良典を見ていた。
「月見里さんの机で何をしているザマスか!?」
「いや、こ、これは……」
「その手に持っているノートは何ザマス! まさか月見里さんのではザマス!?」
「い、いや……その……!」
良典は言葉に困った。中身が中身である以上楓の物とは言えず、自分の物と言えば何故楓の机の傍に落ちているのかと言う事になる。良典と楓の机は離れており、偶然を装うには些か厳しいものがあった。
しかし、楓の物と言えない以上良典はその厳しさを突破せざるを得ないのである。良典は必死で頭をフル回転させた。
「あー……これは俺のノートです」
「なんザマス!? そんな見え透いた嘘を!!」
「楓にノートを借りた際に、間違って自分のノートを返してしまったんです。それが何故か楓の机の下に落ちていたので……。何なら明日、本人に聞いてみても?」
やると決めたら突き抜けるしか無い良典。努めて冷静な表情で座間州と相対した。
「……それならば、そのノートの中身は何ザマスか? 言えるザマスよね?」
「……!!」
良典は途端に窮地に追い詰められた!
中身については楓からは聞いてはいるが、それを見せる事は死を意味する。どぎついBL本を持っている事が知れれば、お堅い座間州の事、直ぐにでも停学は免れないだろう……。
「……言えないザマスか?」
「……れ、歴史のノートです」
まあ、嘘は言っては居ない。しかし良典は座間州が歴史担当であることを失念していた。
「ならば見ても問題無いザマスね! さあ、見せるザマス!! 貴方のその汚い字で書かれたノートなら疑いは晴れるザマス!!」
良典は窮地から奈落へ落ちる思いがした。仮に数学や現代文と偽っても見られる事には変わりは無いだろうが、よりによって座間州の担当科目と言ってしまったことに、良典は酷く後悔した。
「さあ! 見せるザマス!!」
ジリジリと滲み寄る座間州。その時―――
「よ、良典様!」
楓が息を切らして教室へと滑り込んできた。
「む! 丁度良い所に来たザマス月見里さん!」
「……?」
「このノートは誰の物ザマス!? そして中身は何ザマス!?」
座間州が力強く指差す先に、御ほもノートがいらっしゃる。一先ず紛失したノートが見付かり楓は眉を上げて喜んだ。そして、見付かってしまった以上、良典に迷惑を掛けるわけにもいかず、楓は正直に白状しようと口を開いた。
「それは私の―――」
「お前が俺のノートを落としたせいで座間州先生に俺が盗った風に疑われたじゃーか!!!!」
楓の言葉を遮る怒号。良典は夕方の教室に似つかわしくない声で楓を罵倒した。
──ガッ!
そしてノートを丸めると思い切り楓の肩へと振り下ろす!!
2度、三度と叩かれる楓は眼に涙を浮かべ始めた!
「な、何をするザマス!!」
「先生! この通りそれは俺のノートです!!!!」
──バッ!!
良典は御ほもノートを大きく開き、座間州に見せつけた。座間州は見せられたノートを暫し見つめ、そして一言「分かりました……」とだけ放つと静かに去って行った…………。
「大丈夫か楓!?」
急いで楓の具合を確認する良典。
「怪我は無いか!? 頭打ってないか!? 意識はあるか!?」
「だ、大丈夫で御座います……」
その矢継ぎ早な変わり身にあたふたした楓だったが、一先ずいつもの良典であることに安堵を覚えた。
「いくらその場を凌ぐためとは言え、楓には申し訳ないことをした。すまん、許してくれ……」
「良いのです……良典様のお陰で今の私が在るのですから…………」
「楓……」
「良典様…………」
もうそれ以上言葉は要らなかった。
パサリと落ちたノート。二人がノートに目をやると、先程思開いた頁がはらりと開かれる。そこには義経が頼朝の幕府(意味深)を侵略(意味深)する構図が描かれていた。
――お前の鎌倉(意味深)ガバガバじゃねぇか!!―――
良典は目に入ったその台詞が頭から離れなくなった…………
(だから委員長のは唯のホモなんだってば……)
雰囲気をぶち壊す全年齢腐対象の合作御ほもノートは、その日以来有害図書として山里家に保管されることになった。
「だから、何で俺の家に置くんだよ!」
「申し訳在りませぬ良典様!! お許しを―――!!」
良典は深いため息をつきつつ、楽しそうに御ほもノートを増やす楓の笑顔に思わず笑みがこぼれたのであった。
読んで頂きましてありがとうございました!
これの続編も閃いたので、時間があるときに書きたいと思います。
(๑•̀‧̫•́๑)