プロローグ
「やりたい事は見つかったかい? 」
正面に座る男子生徒の言葉は、現在進行形で騒々しい思考の水面に一石を投じた。
「……ハァハァ、まだ、よく分かりません、よ」
またこの人は、こんな時なのに困った人だ。
チームごとに支給されるマイルーム、物語によくある中世ヨーロッパ風の一室に繋がる神殿を模した併設してある広大な面積が広がっている。
の城と、あたり一面を湖に囲まれた空間があり、オブジェクトではあるが白い鳥が数羽飛んでいる。
主に象牙色と鉛色が主な外壁を成し、刺し色に紺青色と黄金色による装飾、場内は讃美歌が流れていてもおかしくない大聖堂風な造りになっており、極めつけは軽く10メートルを超える縦長のステンドグラスがある。
羽の生えた人間、服を着て農家を耕している光景や、ベッド脇の雪が積もった窓から愛犬と共に外を眺めている羽の生えた少年が映っており、その縦長のステンドグラスは四季に対応している絵になっている。
当然その中に現代な甲冑姿に身を包んでいれば、目の前にいる人物はさながら聖騎士なのだと言われても納得してしまう。
その目の前で若竹色のコート風の軽装鎧姿を纏ってはいるが、肩で息をしながら洋剣を杖代わりにしている俺に先輩は、格上の人間こそが醸し出せる余裕の表情で訊ね、二人の出立が両者の立場を物語っていた。
「ボクは君を高く買っているんだ、その証拠にこうして僕らのマイルームに招待している。君は分不相応だと自覚をしている。覚悟も無いと言い張る。だが、かれこれ3時間ぶっ続けでボクの相手をしているのだけれど、本来2ndクラスの君が戦える相手ではないんだ」
「ふふ、先輩だってそろそろ疲れてきたんじゃないですか、剣を構える腕がさっきより下がってますよ」
「そうだね、君みたいなタイプは嫌いじゃない、寧ろ親近感が湧いてくるよ、でもそろそろ時間だからこれくらいにしておこう」
「分かりました」
俺は震える腕と足に力を入れ、よろめきながらもなんとか真っすぐ立ちあがり、深々と頭を下げた。
「ありがとうございました! それと、俺はやっぱり先輩や、彼女達の生い立ちの事を知っても……、それでもやりたい事を見つけて、それに向き合えるだけの覚悟、それに技術や知識もあって、必死に成果を出している……。それって何にも取り柄の無い自分には、その――、眩しいです」
「……眩しいね」
真剣に話しを聞き、眉を少し下げ、哀れむとも慈愛だけとも違う言葉。
先輩は少しトーンを上げ、ややふざけるようにわざとらしく胸を張り、舞台俳優のような大げさな身のこなしで、胸に手を当ててこう言った。
「まぁ、研鑽の途中だけどね、ボク達は己が目的の為に日々を費やしてきたからね、といっても必ずしも叶えられる願いとは限らないけどね」
言葉の後に目を瞑りながら先輩は首を横に振った。
「俺はいつも空回りばかりです。いつも『誰か』や『何か』を理由にして、面倒見が良い人間なんだって、そう自分に言い聞かせていたんです。」
俺は先輩の方を見て苦笑いをした。
「うん、誰だって自分と向き合うのは怖い。ただ、君はあの時彼女を助けようとした」
「あの時は、正直FBに言われるがままでした。でも、彼女を、緑彩を助けたいと自然と思ったんです。自分でも体が勝手にって動いたってやつです」
「なら、今もその気持ちは残っているかい? うちの毒舌お姫様があれだけ、君を庇って罵倒されて君はあの時どう思ったんだい? 」
ゆっくりだ、ゆっくりでいい、あの時の事を頭で再生する。
そして、徐々に湧き上がる自分の感情に幾つか該当する言葉が出てくる。
その中で、一番しっくりする言葉を名付けることにした。
「悔しいです。………でも、それは、また彼女と言う、『誰か』の為に思っているだけの感情です。だから……」
いや、だからこそ、今俺自身がやりたい事は勝って彼女の……
「勝って緑彩の努力を証明することです! 」
自然と目の前で握った拳に力が入る。それを見て微笑む笑顔が溢れる先輩は手を握り俺の目の前に突き出してきた。
「さぁそろそろ時間だ、彼女は君を待っている、それにボクとしても今君にやれる事はやったつもりだ。だから勝ったら正式に――、いや、これは勝ってからしよう、人生フラグを立てすぎるとろくなことがないからね」
「そうですね――、その時は俺から言わせてもらいますよ」
フフ、お互い笑みを浮かべ、まっすぐにこちらを見つめ静かに拳を差し出した。
自分の拳と、先輩の拳が真っすぐにぶつかりあう。
「やっと騎士らしい目になったね……、ではそろそろ時間だ」
俺は先輩に傷や体力を回復してもらい、メインルームに向かった。
部屋は金とワインレッドが基調とされ、部屋の装飾とマッチするデザインの円卓と、そのそばで空中に浮いている椅子がある。貴族の洋室と言わんばかりの豪勢な装飾が少し眩しさを感じる。
奥まで歩いていくと、部屋の一角に金色の円柱上の絡まるぶどうの蔓を巻いたデザインのワープゾーンがあり、俺はその中に入っていき先輩の方を向いた。
「それじゃ、行ってきます――」
自身を囲うよう円柱上に足元から上に光が伸び、やがてその光に包まれた。
目を開けた次の瞬間、さっきまでの笑顔の先輩の姿は無く、黒い空間の中、代わりに一人の成人男性と、長髪のこちらを冷ややかな目で見ている人物、そして、その横に付き従うようにいる背の高い大男。
最後に二人とは少し距離を開け、長髪の所々やや外側に跳ねた銀髪姿の女子生徒がいた。彼女はこちらに未だ背を向けたままだが、背後からでも気丈に立っているのが伝わってくる。
ゆっくりと、自分の足で歩み寄っていく。
近づくと彼女の口元が先に見え、ピクッと口角が動いたのが分かった。
次いで彼女の顔が傾き、やや前髪に隠れていた右目だけがこちらと合う。
「あら、やっときたの……。分かっていると思うけど、私、「「――たら・れば、ばかり言う人は嫌いだから」」
「だろ? 」
お互い目を見合って微笑し、目前の立ち塞がる二人に目をやった。