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名無しの冒険譚 第三部  作者: ラウンド
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序:旅の始まり その前に

 ニクシーとの一件の後、ビアンカは、皇立学術院の大図書館にある、歴史研究室を訪れていた。この部門は古代魔法文明時代全体の研究からアーティファクトの平和利用研究まで、様々な分野の研究者たちが集まっている。

 その中に設けられている一室。その出入り口横には、表札として「古代遺物研究室」の木製看板がはめ込まれている。

 その部屋には、蒐集家に有名な装飾品型アーティファクトの模倣品や、研究用に譲渡されたと思われる防具型アーティファクトがそこら中に配置されており、研究者はその間を忙しなく歩き回っている。

 以前、この研究室の噂で、“中に入ってちょっと見回すだけで室名に納得できる”というものを耳にした覚えがあったが、まさにその通りだと、訪れてまだ四半刻と経っていないビアンカを納得させてしまった。

「待たせましたわね」

 来客用のソファに座って待っていた彼女の前に、一人の白衣女性が姿を現した。紫色の髪を後ろにテールスタイル纏め、顔には眼鏡を掛けている。

「ようこそビアンカ、古代遺物研究室へ…なんて」

 その女性は、ビアンカを見て恥ずかしそうに微笑した。

「ああ、久しぶりだね。ヴィオラ。聞いたよ。学術院の講師に昇格したんだって?おめでとう」

「ええ。有難う御座います。この前の魔物についての論文が認められたみたいです。ビアンカの知識提供のおかげですわ。さて、と…」

 ヴィオラもソファに腰かけると、わきに抱えていた本をテーブルの上に置き、眼鏡を外した。その動作に、ビアンカが不思議そうな表情を浮かべた。

「あ、この眼鏡は伊達眼鏡です。ただの雰囲気作りですわ」

「ああ、やっぱりそうなんだ…。あ、んで。今日の用事なんだけど…」

 眼鏡の事に一応の納得を得たビアンカは、早速鞄から、件のニクシー由来の指輪型アーティファクトを取り出した。元から蒼い光沢を持っていた指輪だったが、今は謎の力による淡い輝きも帯び始めていた。

「こ、これ…!」

 声を思い切り上げそうになって、直ぐに自分の口に手を当てる。

 一応、間仕切りのある空間とは言え、大声を出せば他の人を呼んでしまうことになる。部屋に属している研究者の性質から考えて、本物のアーティファクトを前にどのような反応を示すか、分かったものではなかった。

「すみません。これは…、あの指輪ですよね?」

 そして出来る限りの小声に落とし、ヴィオラは改めてビアンカに尋ねた。

「そうそう…。それで、何日か前の話なんだけどさ…」

 そこから、ビアンカはここ最近にあった出来事を、可能な限り説明していく。

 かつて、魔神の一部として出会った少女。その少女と同じような外見的特徴と名前を持つ、人間の少女ニクシーとの出会い。彼女との旅のこと。そして、白尽地帯での出来事や、なし崩し的に行われた光仁回帰派との交戦。ニクシーと指輪の融合。

 ただし、謎の多く残るグリージョアとセプターの話は伏せた。現在もアーティファクトは謎が多く、予断を許さない分野だからだ。

「…と、まあ、そんなことがあってね」

「はー…。何と言いますか。相変わらず凄い経験をしていますわね。ビアンカは」

 それなりの情報量を有する話を、まさに、最短距離を全力疾走するが如き勢いで駆け抜けたビアンカを見て、ヴィオラは苦笑と共に、少し羨ましそうな感慨の混ざった、大きなため息を吐くのだった。

 しかし、直ぐに研究者としての興味が勝ったのか、腕を組み、足を組み、思考から分析までを数珠つなぎで行う態勢に入ってしまった。

「まずこの指輪ですけど…。恐らく、魔神“白塗”の姫であるニクシーとの融合によって、休眠状態から再起動した、という感じでしょうか」

 指輪の輝きに目を光らせ、ヴィオラが情報からの推論を述べる。

「それで、その光仁回帰派の術師たちの方は、魔神“白塗”を刺激して白尽地帯をさらに混乱させ、それを闇楽浄土派に擦り付けて潰そうとしていた、と…。面倒ですわね」

 そして一気に表情を曇らせたうえで、面倒臭そうにもう一つの案件に対する感想を述べた。

「この指輪の力で纏めて吹っ飛ばしたから、その後どうなったかは知らないんだけどね」

 ビアンカは、その時のことを思い出しつつ、指腕の見せた力の凄まじさにも思いを馳せる。

「そう言えば、成り行きで“魔法”を使ったのでしたね?ど、どんな感じだったのですか?」

 曇った表情から一変。ヴィオラは再び研究者の顔に戻ると、目を輝かせて勢いよく身を乗り出した。ビアンカは特に驚いた様子も無く、ただ苦笑を浮かべた。

「あれは、流石に凄まじかったよ…。魔法文明が滅びたのも納得さ」

 彼女は静かな口調で語る。

 ニクシーは、かつてほどの威力は出ないと謙遜していたが、それでも、大きな運動公園ほどもある広場一帯を問答無用で吹き飛ばすような暴風を、一個人の力で繰り出すことが出来るというのは、痛快であり、また恐怖でもあった。

 加えて、もしも最盛期の威力が出せたなら、果たしてどの程度の事が可能になるのか。そう言う意味においても、興味と畏怖とが尽きることは無かった。

「しかも、急に術力を吐き出したおかげで気絶しちゃったしね?」

「そこまで凄まじいのですね…。確かに、あの異常な突風の再現が出来るとなれば、それもやむなしでしょう。ふむ…」

 そこで再びソファに背を預け、ヴィオラが思考状態に移行する。

「私個人の結論としては、この指輪の力は本物だと言えます。しかし、今日ここを訪れたのは、その確認のためだけではないのでしょう?」

「それじゃあ、本題に入るよ。単刀直入に聞くけれど、古代魔法文明の遺跡で、内部にアーティファクトが安置されている遺跡に心当たりはないかな?」

「アーティファクト安置型の遺跡…。地王の祭祀場みたいな感じの場所ですか?」

「そうそう。出来れば、まだ探査が進んでいない地の民の遺跡が良いんだけれど…。そう言う情報、ある?」

「地の民の遺跡で、アーティファクト安置型…。少し待っていてくださいね」

 そう言うとヴィオラは、先ほど脇に挟んだ状態で持ち込んでいた本を手に取ると、そのページを捲り始めた。

 気になったビアンカがちらと中身を見やると、そこには多くの付箋が貼られ、メモ用紙が挟まり、数多くの書き込みが為された、遺跡についての情報が記載されていた。

「これですか?昔の、とある研究者が、独自の探求で突き止めたという古代人の情報が纏められた本です。かつては相手にもされていなかった学術書らしいのですが、ここ数年のアーティファクト研究で内容の正しさが証明され、今、注目を集めているのです」

 目線は本の中身に落としたままだったが、気配でビアンカの視線を察知したのか、ヴィオラが本の内容についての大まかな説明を行った。

「そう言った経緯での、学論に対する軽重のズレはいつもの事ですから、驚きもしませんが…。ああ、見つかりましたよ。こことか、如何でしょう?」

 ヴィオラは本を開いた状態で卓上に広げ、注目するべき情報の部分を指し示した。

 そこには、海に浮かぶ広大な神殿の絵図が描かれており、その内部に緻密な壁画があるということを始めとして、その壁画の意味や、祭祀殿と見られる神殿中央部に蛇のような魔神が鎮座しているということ等が、絵図と文章とを交えた形で記載されていた。

 ビアンカは、全体を視界に収められるようにしつつ、文字だけを目で追い始める。

「この内部の壁画は、古代の宗教史及び戦争史の記録を描いたもの…。中央祭壇の蛇型の魔神は、祭器を抱く女神像に寄りそうように鎮座しており、遺跡と同時に祭器の守護も担っていると思われる、か…。確かに何かありそうだね」

「そうでしょう?如何かしら?」

「…そう言えば、この遺跡は何処にあるか、もう分かってるのかな?」

「場所…ですか。えっと…」

 ヴィオラは再び本を手に取り、今度は遡るようにページをめくっていく。そして、ある一ページでその手を止め、一点に視線を注ぎ始めた。

「ああ、これですわね。ウルブス・デ・ナーデと言う港町の近くに位置する、とありますわね」

「有難う。うん、その名前なら聞いたことが有るよ」

「え?そうなのですか?」

「ああ、うん。知り合いから聞いたことが有るんだ」

 ヴィオラの驚いた声に、ビアンカは少々曖昧な微笑を浮かべて肯いて見せた。

それも当然で、彼女が読み上げたその街の名前は。白尽地帯でのキャンプの際、グリージョアから聞いていた遺跡の情報と、そっくりそのまま合致していたからだ。

「ああ、そうだ。ヴィオラ、君も一緒に行く?」

「え?良いのですか?」

「うん。ほら、前に南の街に泳ぎに行った時の遺跡があったじゃない?その遺跡との関係性があればその繋がりで、或いはなくても古代史の研究に使えるかもしれないからね」

「はい!是非、お供したいですわ!ちょうど長めの連休に入りますし、予定としてこれ以上ないくらいの有意義さです」

 ビアンカの誘いに、ヴィオラが早速手帳を広げて、今後のスケジュールを確認し始めた。その嬉しそうな様子を見ながら、ビアンカはふっと微笑みを浮かべるのだった。


 これは旅の始まりで、その切っ掛け。新たな出会いとの驚き、喜びを探して。


新たな旅の始まり。その切っ掛けのお話は如何だったでしょうか?

お気づきの点、感想等ありましたら、お気軽にコメントして頂けると助かります。

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