07.イスミナ周辺
召喚されて十日ほど経ち、イスミナ地方の調査も大詰めとなった。
朝に荷馬車で邸を出発し、四人プラスαで魔獣を討伐しながらやって来た元境界線の末端。日暮れの林。
担当した水汲みを終えた彩子は、カサハが張ったテントの側の草むらに座った。今日はここで一泊するらしい。野宿初体験である。
ちなみにナツメに服装の注意を受けた翌日から、彼が用意した服をちゃんと着ている。丈が長めのチュニックに脛の辺りが膨らんだデザインの下穿き。これで杖を持ったなら見習い魔道士を名乗れそう。そんなファンタジーぽい感じの奴。
カサハと美生は山菜と薬草を採りに行き、ナツメはキャンプ周辺に結界を張りに行った。彩子は自分と同じくここに残ったルーセンが、小型テーブルに置かれた鍋の中身を杓子でかき混ぜる様子を眺めていた。
「ルーセンて、料理が出来たのね」
「出来るって! 君もナツメも失礼だから!」
鍋が載せられているのは、魔法で熱を発生させる金属板。オフにするまで載せた物が温かいままという優れものだ。
魔法のランプも日常的に使われているし、この金属板以外にも魔法道具に分類される調理器具は多いらしい。よく魔法と科学は対比されるが、ルシスにおいても魔法は現代の電気のような感覚で使われているようだ。
「私は純粋に、ルーセンは料理をする機会なんて無かったんじゃないかって思っただけよ」
料理担当に名乗りを上げたルーセンに、間髪入れず「俺の解毒魔法は完璧です」と言い放った男と一緒にしないで欲しい。
「邸で初めて作った時は、味見で倒れてナツメの世話になったけど」
「ナツメの台詞は体験談だったの……」
「今は大丈夫だって。――よし、美味い」
ルーセンがスープの味見をして――いや、がっつり飲んでいるのが目に留まる。
「ルーセン、味見で全部無くなるとかそういうギャグはリアルでは要らないからね?」
「あ、僕はこれでいいから先に貰っただけ。アヤコたちはカサハたちが採ってきた山菜入りの完成品を食べるといいよ」
「それでいいって、持ってきた乾燥野菜しか入ってないじゃない。折角、カサハがこの辺りには食べ応えのある大きなきのこがあるって――あ、そういうこと。きのこが嫌いだから先に入ってないスープを飲みたかったわけね」
指摘に少し咽せたルーセンに、確信する。そう言えばルーセンは、きのこ料理全般が駄目なキャラだった。
「……今ので思い出したけどさ、アヤコ」
「うん?」
彩子の側まで来たルーセンが、内緒話でもするように顔を寄せてくる。
「初日に君が言ってた僕の「隠しておきたい秘密」って、僕がめちゃめちゃ隠しておきたいアレのことなわけ?」
実際、内緒話だったようだ。
「多分、そのめちゃめちゃ隠しておきたいアレのことだと思うわ」
「……僕の嫌いな物は知っていたみたいだけど、じゃあカサハの嫌いな食べ物は?」
「カロテ」
カロテは人参みたいな野菜らしい。
「じゃ、ナツメは?」
「ウリス」
ウリスはピクルスみたいな食べ物だとか。
カロテもウリスも実物は見たことがないので、ゲーム中で美生が思っていた感想以上の知識は無い。
「ちょっ、予言者本気でやばいでしょ! 絶対僕の秘密言わないでよ!?」
「だから言わないってば」
そうこうしている内に、カサハたちが戻ってきたのが目に入る。
「「おかえりー」」
ルーセンと声が揃う。それも抑揚までそうなったものだから、美生に笑われてしまった。
「それが噂の食べ応えのあるきのこなんだ」
早速鍋に放り込まれる大きなきのこへの興味に、彩子は立ち上がって鍋の近くに寄った。エリンギに似ているが、お化けサイズだ。カサハがナイフで二等分にした片割れが普通のエリンギくらいある。
「いっぱい採ってきたね……」
四等分のサイズで次々投入されるきのこに嫌そうな顔をしながらも、ちゃんと鍋の番をしてくれるルーセンだ。
カサハの横で美生が洗い終わった山菜を入れてくれる。
「カサハさんたちも戻ってきていたんですね」
ルーセンが「もうよさそう」と杓子で具材を掬ったところで、結界を張りに行っていたナツメも戻ってきた。
「はい、アヤコ」
「ありがとう」
まじまじと鍋を覗いていたせいで余程空腹と思われたのか、真っ先にルーセンに出来上がったスープを手渡される。
彩子はそれを持って、元いた場所にまた座った。
美生、カサハ、ナツメの順にルーセンがスープを渡して行く。
それからルーセンがそのまま鍋の側に――彩子から見て左斜め前の草むらに座り、ナツメは鍋からある程度離れた右斜め前に、カサハは鍋を挟んで正面に座った。
美生は――カサハの右隣に座った。
ということなので、懐からメモを取り出し、広げたそれにペンで該当箇所にチェックを入れる。
『カサハのルートが進行した場合』。チェックを入れた小見出しの子階層に書かれた文章を目でなぞる。
(っと、いけない。スープが先ね)
つい読み耽りそうになり、彩子は一度メモを仕舞って無意識の内に脇に置いていたスープの器を手に取った。
器に入った状態で一緒に渡されたスプーンで、ゴロッとスプーンからはみ出るきのこを持ち上げる。
スープとともにパクリと一口。
もぐもぐ
もぐもぐ
これが「もぐもぐ」という擬音かなと思うほど、とにかく噛む。
硬いわけではなく、もちもち食感という奴だ。きのこよりその手のパンに近く、その手のパンよりさらにもちもちしている。その割にスープの味付けによく馴染んで、このきのこが入っただけで、色んな料理が主食に早変わりしそうだ。
カサハが出掛けにきのこの名前を言っていたけれど、舌を噛みそうな名前だと思っただけで肝心の名前は忘れてしまった。これは自分だけでなく周りからも、例のもちもちきのことか言われて正式名称で呼ばれない代物に違いない。
「アヤコ、難しい顔をして食べてるけど、アヤコも実はきのこが苦手だった?」
両足を投げ出して完全に寛いだ体のルーセンが、尋ねてくる。
「ううん、美味しいわよ。美味しいけど……顎が疲れた」
完食し、一息ついたところでそう返せば、ルーセンに言ったはずが何故かカサハまで食事の手を止めてこちらを見てきた。
「食べるだけで疲れるなんて。アヤコ、軟禁生活長かったの?」
「それは難儀だったな……たくさん食え」
「だから軟禁されてたわけじゃないってば」
「回復魔法は要りますか?」
「ナツメは笑いながら聞かない」
「補助魔法でも試してみましょうか」
口の減らない男を軽く睨んだところで、ナツメが立ち上がってこちらへと寄ってくる。
まさか本当に魔法を掛けに来たのだろうか? 正面に跪き彩子の手まで取ってきたナツメにそう思った瞬間、
「わっ」
彩子は軽くぶつかるほど、彼の方へと引き寄せられた。
耳にナツメの息が掛かるほど、距離が詰められる。
これは一体どういう状況なのか? そう問うより先に、ナツメが「ところで」と話を切り出した。
「先程、先日書いていた予言を見ていましたよね?」
目敏い。
しかもちゃんと周りに聞こえないように、声を潜めてくれている気配り付き。
正面に来たのも補助魔法を試すという台詞も、カムフラージュだったようだ。
「うん。今回、美生が食事の時に誰の隣に座ったかが判定だったから」
「そんな些細なことで未来が変わるんですか……」
「些細……うーん、私の世界の物語では、意外と定番中の定番だったりするのよね。誰かと親密になった度合いによって物語が変わるっていう仕様」
「親密に、ですか? 今の話から行くと、誰かの隣に座っただけで親密になれると取れるのですが?」
「実際、物理的な距離と心理的な距離は比例するって話は聞いたことがあるけど、私は座ろうとする人がそもそも親密になりたいからそうする要因もありそうだと思うのよね」
乙女ゲームの選択肢なんてまさにそれだ。今回はこのキャラ狙いと決めて、それっぽい選択肢を選ぶことになる。
「一理ありますね。――貴女の隣に座っても?」
「ええ、どうぞ」
相変わらずの近距離で尋ねてくるナツメに返事をしつつ、『彩生世界』の選択肢を思い返す。
時々裏をかいた選択肢を出してくる乙女ゲームがあるが、『彩生世界』はそういうのは無かったように思う。戦闘要素でああだこうだすることになるので、その辺りは意図的にシンプルにしてあったのかもしれない。
「うん? どうかした?」
隣に座っていいかと尋ねてきたナツメに、いいと返事をしたはずがまだ密着しているナツメに、彩子は首を傾げた。
「……いいえ、何でも」
ようやく離れたナツメが、彩子の右隣に座る。
ナツメが移動したことで、正面で美生、カサハ、ルーセンの三人で話をしているのが視界に入った。
これは隣に座る相手をカサハにした場合の、公式通りの展開だ。一生懸命カサハに話し掛ける美生に、カサハが「ああ」とか「そうか」とかしか返していないのを見かねて、ルーセンが会話に参加する流れだった。
カサハ本人は出来るだけ長く美生が話しているのを聞きたくて短い返事になっているのだけど、プレイヤーにはそれがわかっても、美生やルーセンから見れば素っ気なくされているようにしか見えないだろう。
「カサハさんを熱心に見ていますが、彼の言動にも確認事項が?」
「ううん、単にちょっとこの時の内容を思い出して――」
言いながら彩子はナツメに振り向き、そのあまりの距離の近さに一瞬固まった。
いや、距離の近さだけを言うならさっきまでの密着具合の方がもっと近くはあった。あったが、顔が見えると見えないでは全然違う。とにかく、びっくりした。
「ナツメの顔って、やっぱり綺麗よね……」
こう脈絡の無いことを口走ってしまうほどに、驚いた。
「綺麗……ですか。複雑な褒められ方ですね」
そしてヘマをした。
今の台詞で思い出した。ナツメは自分の女性的な顔立ちに、コンプレックスを持っているキャラだった。
「そんなことないって。格好良いよりも綺麗な方が好みの人からすれば、それって最高の褒め方だって。私も綺麗派だから間違いない!」
「えっ?」
心の中で「ごめん」と謝りつつ、必死にフォローを入れる。まあフォローというより、事実を述べただけだったりするが。
「え、あ、そう……ですか。そう、ですか……」
それでも片手を口許にやったナツメがしきりに頷いてくれているあたり、多少は彼に響いてくれたのではないかと思う。綺麗だと噂する女性はいても、それが魅力だということまでナツメに言える強者は、これまでいなかったのかもしれない。
(おかわりしようかな)
ミスを挽回出来た安堵に加え、顎の疲れが取れたこともあって、先程味わったきのこの美味しさがふと蘇る。
彩子は立ち上がり、
「ナツメ、スープのおかわりいる?」
ついでに隣を振り返った。
「――えっ? あ、はい、そうですね。いただきます」
何か考え事でもしていたのか、一拍遅れてナツメが顔を上げる。
ナツメが差し出した器を受け取り、彩子は「おかわりとか信じられない」といった顔をしたルーセンの横で二人分のスープをよそった。




