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『彩生世界』の聖女じゃないほう  作者: 月親
第四章 意味と願いと選択と
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25.追憶

 彩子は、コントローラーのボタンを断続的に押していた指を止めた。

 ゲーム機を繋いだテレビ画面に、選択肢が表示される。

 一つ目は、

 『ルシスに残る』。

 二つ目は、

 『元の世界に帰る』。

 その選択肢が表示される画面左下には、思い悩む美生の姿が描かれている。

 彩子は既にこの場面を、何度も見たことがあった。

 そして何度もそうしたように、止めていた指を動かす。

 『ルシスに残る』

 カーソルを合わせ、決定ボタンを押す。

「私……あの人の傍にいたい」

 美生のグラフィックが、微笑んだものに変わる。

 この先の幸せなエピローグを思い、彩子は軽快に文章を送っていった。

 チクリと胸を刺す、小さな棘には気付かない振りをして――



 温かく、柔らかいものに包まれている。最初に、その感覚があった。

「……ん?」

 次いで、小さく声が聞こえて、それが自分のものだと気付く。

 彩子は、ゆっくりと瞼を開いた。

「アヤコさん!?」

「ナツメ……?」

 やけに近い位置から声がして、彩子はまだぼんやりとする目で声の方を見上げた。

 そして自分の状態を知る。声が近いのもそのはず、彩子は胡座をかいたナツメの上に、横向きに抱えられていた。

 目が合ったナツメが安堵の笑みを浮かべて、しかしそれは一瞬で、直ぐさま彼の眉が釣り上がる。

「アヤコさん、俺を庇いましたよね? 貴女が知る物語では、俺が滑落していたはずです。違いますか?」

「!」

 ナツメの指摘に息を呑む。

(そうだ、私、考えなしに……)

 本当は、もっと不自然ではない代替え案を練るつもりだった。

 けれど、三回目の雷光を見た瞬間、それが頭から抜けてしまっていた。

 本来いないはずの自分が直接関わるなど、最も不自然な愚策だ。

「……今回のは、本編には影響無いはずだから――」

「そういう問題じゃないでしょう!」

 ナツメに答えたというよりは、自身に言い聞かせようとした彩子の言葉を、ナツメが遮る。

 珍しく声を荒げたナツメに驚き、彩子は彼を見たまま口を噤んだ。

「何故、あんな真似をしたんですか。怪我をすれば痛いんです、一瞬で治療出来るわけじゃありません。以前、貴女自身が回復魔法は思っていたより時間が掛かるものだと、言っていたじゃありませんか」

「そうだけど……」

 彩子は意識が無くなる直前に見た、血だらけの手に目を向けた。

 そこにはもう傷一つ見当たらなかった。全身の痛みも嘘のように無くなっている。

「でも今の状況を考えると、怪我をしたのが私の方で正解だったと思う。私はこうしてナツメに治してもらえるけど、ナツメは数時間苦しんでいたから……」

 おそらく自分は打撲、最悪骨折もしていただろう。目が覚めたら治っていた自分と違い、ナツメは長時間苦しみ続ける。それを考えると、背筋が凍る。

「……貴女は理解していない」

 ナツメが彩子から目を逸らし、苦しげにそう口にする。

「わっ」

 そして次の瞬間、彩子の顔はナツメの胸に埋まっていた。

 突然の事態に反射的に身を起こそうとして、けれど強く抱き締めてくるナツメの腕に、それを阻まれる。

「俺が数時間苦しんだところで、きっと今より苦しくなんて無かった。お願いです、アヤコさん。今後はその『ナツメ』を参考にするのは止めて下さい、それは俺じゃありません」

 ナツメのくぐもった声が聞こえ、さらに強く抱き締められる。

「貴女を知らない『ナツメ』を、貴女が覚えている必要なんてない。忘れたっていいことです。――いえ、忘れて下さい。他の男のことなんて」

(ナツメ……)

 ナツメの顔は見えないはずなのに、彩子はどうしてか彼の表情が手に取るようにわかった。

 それはゲーム本編では見たことが無い表情で、それ以外にもここにいるナツメだけの表情を、自分は知っている。

 ナツメが言うように、『ナツメ』とナツメは違う。

 何より自分が、『彩子を知らないナツメ』を違う人間だと思いたい。

(そうだった)

 自分はもう、充分直接関わってしまった。

 システムグラフィックのようだと思えなくなり、思いたくなくなった。

「ごめん……ありがとう」

 彩子はナツメの胸に寄せられていた顔を、自分の意思でさらに擦り寄った。

 それに気付いたナツメが、一層強く彩子を抱き締めて、それに応えてくれる。

「はいはい、ストップ。ナツメ、ストップ。怪我は治っても、今度はアヤコが窒息するから、それ」

 と、そこへこの場にそぐわない気の抜けた声が聞こえてくる。

「ルーセン?」

 驚くとともに、彩子はその声の主と思われる名を呼んでみた。

「あ、「いつからいたの」って聞きたい? ずっといたよ、アヤコが起きる前からね」

 相変わらずナツメしか見えない――というかナツメすら近過ぎて見えない視界の外から、ルーセンの返事がくる。至極呆れた感じの声で。

 一応ルーセンの指摘に自覚はあったのか、ナツメの腕の拘束は少し弛んだ。

「ああ、そうです。俺に怪我をさせられないのなら、ルーセンさんを身代わりにすれば良かったんですよ」

 その代わりに、まったく冗談さが感じられない提案が彼の口から飛び出した。

「どさくさに紛れて僕が酷い扱い!」

 それにルーセンが直ぐさま反応して、けれど間を置かず「って、言いたいところだけど」と彼が続ける。

「そうだね。今見た感じだと、僕もその方が良かったと思うよ。ナツメ、魔法の詠唱とちりまくって、本当にアヤコが死ぬかと思ったし」

「え?」

 自分が死にかけたという事実ではなく、彩子は別のことに対し先程以上に驚いた。

(ナツメが詠唱を失敗?)

 想像が付かない。何せ彼は、神殿の邸で顔色一つ変えず「重体患者の見放題」とか言っていた男だ。

 大量の疑問符を浮かべる彩子を余所に、「んじゃ、上に戻ろう」と、ルーセンが立ち上がる気配がする。

「アヤコが寝てる間に、比較的安全なルートを調べておいたから」

 ルーセンが服の汚れを払う音が聞こえて、彩子は自分の肩にあるナツメの手をトントンと叩いた。

 それでようやくナツメが解放してくれる。

「ナツメ、その傷!」

 そこで彩子は初めてナツメの状態を知った。

 最初に目に入った傷だらけの手の甲。ハッとして彼の顔を改めて見れば、額や頬にも切り傷が多数ある。さらに全身汚れた様子から、布地で隠れて見えないだけでその他も無数に傷が有ろうことが、容易に窺えた。

 彩子が落ちたのを見て、あの岩場を無理に駆け下りてきたのかもしれない。

 それなのにナツメは、「ああ、これですか」と何でも無いように彩子に答えた。

「戻りながら治しますよ」

「だからアヤコの目が覚める前に、治しておいたらって言ったのに」

「仕方ないでしょう。アヤコさんが気になって集中出来なかったんですよ」

「アヤコ……やっぱり次が有ったら僕を身代わりにして。いやほんと、遠慮無く」

「……考えておくわ」

 どう答えたらいいのやら。彩子は曖昧な返事で留めた。

 ルーセンが「こっち」と誘導して、彩子がその後ろを付いて行く。彩子の後ろをナツメが続いた。

「今は止んでるけど、途中小雨が降ってたから足元気を付けて」

「わかったわ」

 言われて足元を見れば、濡れた地面が目に入った。

 もしやと思い、今度は先行するルーセンの背中を見る。彼の服も一部色が変わっているのが見えた。

 そう言えばナツメの髪も少し濡れていたような気がする。

 彩子は自分の服を簡単に確認してみた。

 感触からいってそうではないかと思ったが、やはり自分は濡れていない。二人が雨避けになっていてくれていたのかもしれない。

「ルーセンもありがとう」

「うん、どういたしまして」

 何に対しての礼かわかった顔をしながら、それでいて軽い感じに返してくるのがまた、彼の優しいところだと思う。

「あ、そうそう。カサハは上で野営の準備をしてる。ミウも上に残ってもらった」

 岩場を登りながら、ルーセンがこの場にいない二人について話す。

 帰り道はルーセンが言った通り、彩子でも危なげなく登れるルートになっていた。

 慎重に歩を進め、ようやく滑落前の道へと出る。

「彩子さん、良かった!」

 到達するや否や、彩子は美生に抱き着かれた。ルーセンがルートを確保した際に一度戻ってきていたため、現れる場所がわかっていたのだろう。

(今日はよく抱き締められるなあ)

 自分より取り乱す人がいると冷静になれるとは、よく言ったもの。彩子は、涙目でぎゅうぎゅう抱き締めてくる美生の頭を撫でながら、苦笑した。

「もう少し行ったところに、カサハさんがテントを張っています」

「あ、もう日が落ちるんだ」

 美生の台詞に空を見れば、まさに落ちようとしていた太陽が見えた。

 今日はテントで一泊し、出発は明日の朝になる。奇しくも『足止め』は成功したようだ。

(何てことをナツメに話したら、火に油を注ぐだけだから止めておこう)

 彩子は、ナツメが登り切るのを確認した。

 器用な彼は言葉通り道すがら自分を治療したようで、既に怪我は見られなかった。

「行きましょう、彩子さん。休まないと駄目ですよ」

 美生が彩子の手を引いて歩き出す。

 彩子はそんな彼女の手をちょっと引き寄せ、こちらを振り向かせた。

 彩子の意図がわかったらしい美生が微笑む。

 そして大きく一歩踏み出した彩子は、そこから彼女と並んで歩き出した。


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