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『彩生世界』の聖女じゃないほう  作者: 月親
第三章 イベント回避の方向で
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23.レテ

 右から彩子、ナツメ、ルーセンの順で、三人は横並びで図書館の廊下を歩いていた。

「そうそう、ナツメ。さっき聞きそびれたけど」

 ルーセンがナツメに話を振る。

 彩子はチラリと二人を見た後、また前を行く美生に視線を戻した。

「王都の境界線がデフォルトだとすると、イスミナとセンシルカの方に写影の魔法が使われてるってことになるよね」

「ええ」

「じゃあその闇は「いつ」の過去の記憶だって話にもなるよね」

「そうですね。あれは夜のような「暗さ」ではなく、まるで果てのような「くらさ」をしていました」

 ルーセンに答えながら、ナツメが思案を巡らせる。

「あ、それは僕も思った。けど、過去の記録を見ても、あれだけ大規模な果てがセネリアが生きていた時代に発生したって記述は、見当たらなかったんだよね」

「俺も調べましたが、結果はルーセンさんと同様です」

「玉を見つけました!」

 不意に、前を行っていた美生の声が廊下に響く。

 思いの外大きな声が出たと思ったのか、美生が慌てて自分の口を両手で塞ぐ。既に閉館近いからか、幸い咎める人間はいなかった。

 彼女の側へ寄る皆とともに、彩子も彼女の方へと近寄る。

 さすがにこの距離で見続けるのは、不審がられること請け合いだろう。彩子は美生から視線を外した。

「今思ったけど、王都の果てが塞がってて助かったよね。果てのままだったら、境界線を取っ払った時に、ミウが果てを発生させたって誤解されるところだった」

「! それは困ります」

 意地の悪い顔をしてみせたルーセンに、美生が目を丸くする。

 それから彼女は何かを思い出したように、「あっ」と声を上げた。

「魔獣の行動は、ルシスのためなんですよね。だとしたら、私がここに来る神託を出したのもルシスなので、果てが塞がったのもルシスが望んだからなんでしょうか」

「あー……旧王都を壊滅させるくらいの神だから、やりかねないかもね」

「うーん……望むは望むけど、私はそっちじゃない気がしてます」

「そっち?」

 聞き返してきたルーセンに、美生が「ほら」と人差し指を立てる。

「魔獣はルシスの自然治癒力なんです。人が怪我をしたらいつの間にか瘡蓋かさぶたが出来てるように、ルシスも望んだとしたら「早く治らないかな」くらいの望みだと思います」

「へ?」

 美生の答が余程予想外だったのか、ルーセンが間の抜けた声を出す。

「それは……また、人間くさい神というか、何というか。――うん、そうかもね」

 それから彼は苦笑いして、最後に少しだけ楽しそうに笑った。

「ところで、ミウ。大丈夫? これまでのパターンから行くと、この玉を還したらまたセネリアっぽい声が干渉してくる可能性高いけど」

「そう、ですね」

 美生が玉があるらしき宙を見て、それからルーセンに向き直る。

「――はい、大丈夫です。もしかしたら、セネリアもルシスを助けたい一人なのかもなんですよね。私、もしまた聞こえたら、今度は怖がらずに耳を傾けてみようと思います」

「! ミウ」

 カサハが美生の肩に手を置き、強張った顔で彼女を見下ろす。

 その手に自分の手を重ねた美生が、カサハを見上げる。

「……カサハさん」

 彼の名を呼び、そこから先は何も言わない。

 暫くそうしていて、

「……わかった」

 美生の揺るぎない意志に、カサハは彼女から手を離した。

「――行きます」

 美生が、宣言する。

 その言葉を合図に、彩子は再び彼女に目を戻した。

(美生……)

 美生が玉へと手を伸ばす。

「あっ!」

 何かが弾ける音がする。それはこれまで通りだった。

 だが今回は、彩子を始め、誰も境界線には目を向けていなかった。

「「助けて」……? 誰を……助けるの?」

 皆が美生に注目する中、突如ぐらりと彼女の身体が傾く。

「ミウ!」

 糸が切れた操り人形のように、重力のままに倒れた美生を、カサハはすんでの所で抱きとめた。

「誰……を、誰……」

 自身の状態に気付いていないのか、美生がカサハの腕に身を委ねたまま譫言うわごとのように『誰か』に問い続ける。

「ミウ? しっかりしろ!」

「ああ……そう、だった。助け……タスケテ、ワタシ……」

 そしてその言葉を最後に、美生は意識を失った。



 ナツメの邸の美生に宛がわれた部屋。未だ意識が戻らない美生が、カサハの手でベッドに寝かされる。

 ベッドを囲むようにして、皆が彼女を見下ろしていた。

「ナツメ、ミウはどうなんだ?」

「前回のようにマナの流出が原因というわけではないようです。考えられるのは――」

 カサハとナツメの遣り取りが始まったのを見て、彩子はルーセンの肩をツンツンと突いた。

「ルーセン、ちょっと」

 振り返った彼に小声で言って、部屋の隅まで手招きする。結構な広さの部屋なので、充分に離れればこちらの会話は聞こえないはず。

「ルーセン、身体は大丈夫? 昨日も昼まで倒れていたでしょう?」

 この辺りでいいだろうと思った場所で、彩子は話を切り出した。

「えっ、いやいや昨日のあれは惰眠を貪っていただけで――って、あ、アヤコは知ってるんだった……はい、そうです。その通りです」

 降参といったように、ルーセンが両手を挙げる。

「でもまあ、貧血みたいなものだよ。そういうのあるでしょ? 人間だって(ヽヽヽヽヽ)

 次いで彼は彩子に顔を寄せ、声を潜めて言った。

「――そうね」

 そうしたルーセンに釣られて、彩子も彼に顔を寄せ囁く。

 そして間近にあったルーセンの顔に、彩子は何とはなしにその額に手を当てた。

「! ちょっ」

「うーん……熱とかが出るわけじゃないか」

 ルーセンの額に当てていた手で、今度は彼の首の脈を診る。

「アヤコ、ちょ、アヤコっ」

「ん? 速くない? しかも汗掻いてない? やっぱり体調悪い?」

「それ絶対違う理由だから。ねえ、アヤコ、心配してくれるのは嬉しいよ、嬉しい。でももうあっちに戻っていいかな? 僕さっきからナツメに視線で射殺されそうなんだけどっ!」

「え?」

 さらに脈を速くしたルーセンの訴えに、彩子はナツメを振り返った。

「こっちを見てないみたいだけど」

「見てなくてこの殺気!? もっと怖い!」

 ルーセンが彩子の手を外し、元いた場所に駆け足で戻っていく。

 その足音に反応してか、それまで美生だけを見ていたカサハがルーセンを見て――それから彩子の方へと大股で歩いてきた。

(え?)

 理由がわからず、呆然と近付いてくるカサハを見る。

 だが不意に、彩子の視界は何かによって遮られた。

「アヤコ! ミウはどうなっている、無事なのか!? 知っているんだろう、答えろ!」

 何かの向こう側から、カサハが叫ぶ。

「アヤコさんは答えられません。知っていても、です。その理由はカサハさんもご存じでしょう? 大局を見誤らないで下さい」

 何か――ナツメが彩子の代わりにカサハに答える。

(あ……庇いに来てくれたんだ……)

 立ちはだかったナツメの背の向こう、カサハのその剣幕は想像に容易い。彩子は張り詰めた空気に、安心感を求めてナツメの背中にそっと触れた。

(温かい)

 布越しに体温が伝わるはずがないのに、感じるはずのないそれを、彩子は感じた気がした。

「ミウ! 目が覚めたんだね」

 一人ベッドの側に残っていたルーセンが、上体を起こした美生に声を掛ける。

(あ、本編開始だ)

 彩子は戻るようナツメの背を押して、ナツメは彩子を一度振り返って頷いた後、美生の側へと戻った。

 ナツメより先に戻っていたカサハが、やはり美生に声を掛けようとして、

「! ルーセン、そいつから離れろ」

 だが次の瞬間、カサハはルーセンの身体を腕で押し退けた。

「ええっ? いや妬くのもそれくらいに――」

 抗議の声を上げたルーセンの前で、カサハが剣を抜く。

 ギョッとしたルーセンがカサハを見上げ、しかしその剣は彼の予想に反して美生へと向けられた。

「え? え?」

 事態を呑み込めないルーセンが、カサハと美生を交互に見る。

「貴様――セネリアか?」

「……」

 カサハの声に美生が彼を見上げる。

 突き付けられた剣先が見えていないかのように、彼女は驚いた様子も見せず、カサハを虚ろな目で見つめた。

「私をレテの村まで連れて行って下さい」

 抑揚の無い美生の声に、カサハが温度の無い目で彼女を見下ろす。

「ミウはどうした?」

「……」

「答えろ」

 カサハの鋭い眼光にも、美生は変わらず真っ直ぐに彼を見続けていた。

 そのことにカサハが眉間に皺を刻み、そこで一瞬だけ、美生の瞳が哀しい色を帯びる。

「八色美生ごと、私を殺しますか?」

「……っ」

 剣先が揺れる。

 カサハを見上げる美生の瞳は、虚ろなままのはずなのに、彼以上に強い光を宿していた。

「レテの村に向かおう」

 返事はおろか息さえ継げないでいたカサハに代わり、ルーセンが言葉を返す。

「君も付いてくるといいよ、ミウと一緒に」

 あくまで『ミウ』が主体なのだと、彼には珍しい威圧的な物言いに、美生は臆するどころか微笑みで返した。

 直後、力無く美生の上体が前方へ倒れ込む。

「ミウ!」

 カサハが剣を手にしていない方の腕で、その身体を抱きとめる。

 カサハの腕に支えられながら、美生は「ん……」と小さく声を漏らした。

「ミウ、平気か?」

 剣を仕舞ったカサハが、ベッドの傍らへ片膝をつく。

 美生は先程よりしっかりとした目で、同じくらいの目線になった彼を見た。

「はい……セネリアの会話も、遠い感じでしたけど、聞こえてました」

「それ、セネリアの方も同じかも。さっさと行く真似をした方がいいかもね」

「ルーセン」

 美生を不安にさせるなと咎めるような口調で言ったカサハに、ルーセンが肩を竦めてみせる。

「レテの村か……。昨日の地震は、レテの村周辺が震源地ではと城で聞いたな」

 カサハが立ち上がり、美生が起き上がるのを手助けする。

 カサハの情報に、ルーセンは納得顔で「あー、あそこね」と言った。

「あそこはガラム地方だからね。図書館でも言ったように、昔から果てが発生しやすい土地で、レテが果ての拡大を防ぐために、人を住まわせる村を作ったはずだよ。で、レテを慕う者たちが子々孫々村に永住することを誓って住んでた」

「ああ、レテの村の人間は掟で村から離れてはいけない所以はそれか」

「! ひょっとしてセネリアは、レテの村の出身とか? レテの遺志を継ぐって言ったくらいだし」

「掟を破って出て来たのか?」

「――いえ、その村自体が無いのかもしれません」

 思うところがあったのか、レテの村の話題が出たあたりから考える素振りを見せていたナツメが、ここでようやく口を開いた。

「ルーセンさんが言ったように、ガラム地方が特に不安定なのは周知の事実です。だからあの地方は、定期的に王都から視察団が出されます。そして二十年前の報告で、「奇跡的にもすべての果てが塞がっていた」とあり、その後も新たな果てが発生した話は出ていません」

「まさか……全部、境界線……?」

 ナツメが語った事実に、喉を上下させたルーセンが導き出される結論を口にする。

 そんな彼に、ナツメは頷いてみせた。

「イスミナとセンシルカの境界線に写影した一面の闇――セネリアはレテの村を失った時に見たと、俺は考えます」

「そこが最初の境界線で、私たちにとって最後の境界線……」

 美生がキュッと握った手を胸に当てる。

「行きましょう」

 そして彼女は、迷いの無い声で言った。

(そう、ここから美生は『セネリア』を背負う……)

 『彩生世界』も後半。この世界でもやはり彼女は、『選択』することになるんだろうか。

 新たな決意を胸に顔を上げた美生を前に、彩子は彼女に向けていた目をそっと伏せた。


※次回の更新は、2019/10/06(日)12時頃を予定しています。

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