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『彩生世界』の聖女じゃないほう  作者: 月親
第三章 イベント回避の方向で
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幕間 聖女と恋

(落ち着かないな……)

 書斎から出て来た美生は、気分転換に前庭を散歩させてもらおうと、玄関へ向かった。

 今日は部屋でゆっくりと言われたものの、明日のことが気になり、少し前にルーセンを訪ねてみたのだけれど――

 『マナー? 気にしない気にしない。ルシスが選んだのなら、寧ろミウがマナーだよ』

 軽い感じで返された彼の台詞を思い出し、美生は溜息をついた。

(私がマナーって何だろう……)

 一応、意図的に不遜な態度を取らない限りは咎められないだろうと、聞けたことについては気が楽になって良かった。

 ルーセンが言うには、ルシスでは創造神ルシスが最高であり、王はその下に位置する。よってルシスに選ばれた聖女が王城へ行くのは、謁見ではなくあくまで訪問になるという話だった。

「あ、カサハさん」

 玄関の扉を開け、前庭へ出た美生は、少し離れた場所に立っていた人物の名を呼んだ。

 こちらに対し背を向ける形になっていた彼が、振り返る。

「どうした?」

「ああ、ミウさん」

「あ、ナツメさんとお話中だったんですね。ごめんなさい」

 カサハが振り返ったことで、彼の向こうにいたらしいナツメの姿が見えて、美生は慌てて謝った。

「いや、お前とアヤコへの伝言ということだったから、丁度良かった」

「伝言ですか?」

 どうやら自分にも関係のある話だったらしい。美生はカサハたちの方へと歩み寄った。

 側まで来ると、ナツメが大きめの手提げ鞄を持っているのが目に入る。これから出掛けるつもりなのだろうか。

「俺はこの後、回復魔法を希望している患者の家を回る予定なんです」

 美生の視線に気付いたナツメが、そう説明する。

「結構大きな荷物ですね」

「今は中身は空ですけどね」

「?」

 ナツメの返事の意味がわからず、美生は首を傾げた。

 その隣でカサハが複雑な表情をしていて、それぞれの反応にナツメが口元だけで笑う。

「俺のことは置いといて、伝言の内容を言いますね。滞在中は、一階西側の衣装部屋にある服を自由に着て下さい。何日かいることになるでしょうから、家の者に頼んで何着か見繕って買わせて、運んでおいてもらいました」

「ありがとうございます。彩子さんにも伝えておきますね」

「それから、ついでなので言っておきます。明日の王城への訪問は、ミウさんがこの世界に喚ばれた際に着ていた、異世界の服を着用して下さい。ルーセンさんから聞いた神託の情報では、「聖女は異世界人」とあったようなので、その方が効果的と思われます」

「わかりました」

「ナツメ。何故、ミウたちのサイズを知っている?」

 頷いた美生の横で、カサハが怪訝な顔でナツメに問う。

「正確なサイズはわかりませんが、既製品なら大体のサイズがわかればいいので。大体なら、今着ている服の上からでも見ればわかりますよ」

 さらりと答えたナツメに、美生は思わず自分の胸を手で隠した。

(ナツメさんがそういう目で見ているわけじゃないとは、わかっているけど……)

 わかっていても、ほんのり顔が熱くなってしまう。

 そう言えば、神殿の邸に滞在していた時、イスミナの復活を祝った小さな祝賀会で、一度ドレスを着る機会があった。その時に自分は同じ邸の女性からドレスを借りたけれど、彩子の身長に合うドレスは無くて、彼女は確かナツメが用意したものを着ていた。そして彩子が着ていたそれは、身体の線が出るようなタイトなタイプだったと思う。

(で、でもあれも既製品だったし。だけど背中が全部ボタンのデザインて、自分だけじゃ着られないんじゃ……ううん、勿論、着替えを手伝ったのは女性だとは思うけど)

 美生は、妙な想像に行きかけた頭を小さく振って、それを振り払った。

「ナツメさん、彩子さんの様子はどうでしたか?」

「筋を痛めた感じは無かったので、そのまま休んで貰いました。夕食の時間には、回復していると思います」

 ナツメの返答に、美生は先程の彩子と彼の様子を思い返した。

 仲睦まじい二人を思い出している内に、ふと自分がカサハの背におぶさる姿を想像してしまい、また小さく頭を振る。

「そう言えばアヤコと交際しているという話だったが、ルシス再生計画が終わったらここに移り住むのか?」

「いえ、住むとしたらイスミナですね。今いる神殿の邸からも近いですし、セネリアの事件直前まで勝手に住んでいた俺の実家もあるので」

「勝手にとは?」

「俺は事情があって養父に預けられていたんですが、彼とは不仲で。なるべく彼の近くにはいたくなかったので、神殿の邸から家出をして実家に帰っていたんですよ。ですが、街の人の話では、どうもその時既に母は長期間行方知れずになっていたようで。仕方なく近所の方の世話になりながら、一人で実家に住んでいました」

「……待っていたのか」

「五歳の子供の考えることですから。今はもう、さすがに生きているとは思っていません」

「……そうか」

 何気なく聞いたのだろう。気まずそうにカサハが目を伏せる。

 美生も過去のナツメの心境を慮り、カサハの反応と似たものになった。

「しかし、住居がどうという前に、アヤコさんからルシスに残るという言葉を引き出すのが、先ですね」

 けれど間髪入れずに来たナツメの次の台詞に、カサハは元より美生も驚きに彼を見た。

 ナツメと彩子の恋人報告を聞いたとき、彩子は何て思い切りの良い女性なんだろうと、そう思っていたのに。まさかそんなオチがあったなんて。

「それを聞く前に交際を始めたのか?」

「何か問題ありますか?」

「無いわけ無いだろう」

「俺は寧ろこの順序の方が、相手にとっても好都合ではと思っています。とは言え、俺も二人を召喚した直後なら、カサハさんのように考えたでしょうね。実際、食堂でミウさんの話を聞いた時には、計画が終わったなら速やかに二人を帰さなければと強く思いましたし」

 一旦言葉を区切り、ナツメが片手を顎に当てる。

「けれど、俺はアヤコさんの話を聞いた時に、別の感想を抱いたんですよ。本人が否定したように、本当に軟禁生活を強いられていたわけではないと思います。それなりに生活を楽しんでいたようにも見えました。ですが、彼女の元の世界がその程度なら俺でも勝てるのではと、そう思ったんです」

「世界相手に勝負とは、それはまた大胆な発想だな」

「異世界から喚んだ人間は、元の世界への帰還を望む。顧みればそれは先入観だったわけです。元の世界に帰したからといって、帰った相手が幸せになる確証は無く、確かめる術も無い。それなら目の届く場所にいる相手に、最大限手を尽くした方がいい。満点でなくとも及第点を貰えれば、おそらく相手はルシスに残ります。未来に確証が無いのは、相手が自分自身に対してもそうですからね」

 ナツメが彩子が休む部屋の方向を見て、次いでカサハに目を戻す。

「まあそういうわけで、俺が多少行き過ぎたことを口にしていても大目に見て下さい。では、俺は出掛けてきますね」

 それからナツメは、ひらひらと片手を振ってみせた後、門の方へと歩いて行った。

(どちらの世界でも、未来には確証が無い。か……)

 ナツメの背を見送りながら、美生は彼の言葉を反芻した。

「「アヤコが」ではなく、「相手が」か。あの言い回し、わざとだな」

「――カサハさん?」

 考えごとをしていたせいか、美生はカサハの呟きを聞き取り損ね、思わず彼を見上げた。

「いや、何でもない。あいつもよく俺では考えつかないような発想をするものだと、思っただけだ」

「彩子さんの世界と勝負するって言ってましたね」

 今し方のカサハとナツメの遣り取りを思い返す。あれはカサハでなくとも、「考えつかないような発想」だと思う。

 けれど同時に、美生は「腑に落ちた」とも思っていた。

「彩子さんが、ルシスに残るかは先送りにしても、ナツメさんとお付き合いすることにしたこと、解った気がしました」

「そうなのか?」

 カサハが目を瞠り、こちらを見る。

 美生は、「はい」と答えた後、どう表現したらいいかと考えを巡らせた。

「その……人が見える世界って、結局「人」なのかもって、そう思いました」

 考えて、美生は彼に、自分が至った結論を最初に述べた。

「世界が人?」

「はい、人です。どんなにたくさんの人が周りにいても、知ってる人が一人もいないと、人は孤独を感じます。美しい景色も美味しい食べ物も、人は誰かとそれを見たいし食べたい。世界がどんな姿をしていても、人が見てるのはそこにいる人なんじゃないかって。私は、そう思ったんです」

 何とか言いたいことが伝わったのか、難しい顔をしていたカサハの口から、「ああ」と言った声が出て、彼の表情が和らぐ。

「だからナツメが世界と勝負といったのが、的を射てると思ったのか。世界が人なら、話は単純な女の取り合いになるな。なるほど、理解した」

 カサハが愉快そうな口調で言い、それから彼はククッと喉で笑った。

 そんなカサハの様子に、美生も思わず顔が綻ぶ。

「それによく考えたら、私や彩子さんの住む世界ってとても広いんですよ。同じ世界の人であっても、それこそ一度別れたら会えないほど、遠い場所に住んでいる人が大勢います。だから、実はそう有り得ない話でもないのかなって、そう思ったのもあります」

 ルシスには『果て』と呼ばれる世界の端があり、そしてそれは行こうと思えば行ける距離にあるらしい。ルシスの人たちから見た世界は、自分や彩子の感覚で行くと日本どころか県くらいかもしれない。異世界人は、例えば留学生、あるいは外国人観光客。こう考えると、案外身近な出会いなのではと、そう思ってしまった。

「偶然そんな人と出会う機会があって、好きになって、そしてお互いの想いが通じたなら、きっと私も恋人になりたいと思います。いつかその人が帰る遠い場所へ付いて行くかまでは、決められなくても。出会ってしまったことも、好きになってしまったことも、そうなった後では変えられませんから」

 言って、自分の言葉がすっと胸に入ったのを、美生は感じた。

 センシルカの街であの時感じた違和感は、元の世界での楽しい未来を思い描いても心が弾まなかったのは、もうその時に自分は知っていたから。

 買い物をして、お茶をして。『誰』とそうしたいのか、心は知っていたから。

「それじゃあ、私は彩子さんに伝えに行きますね」

「ああ」

 一人気恥ずかしくなって、美生は言いながら邸の方へと方向転換した。

 一瞬見えたカサハの僅かに笑った表情に、歩きながら自然口元が緩む。最初の頃は全然わからなかった彼の表情の変化が、最近はよくわかるようになった。

 カサハが自身の喜怒哀楽の表現を変えたわけじゃない。だから、自分の方が変わったのだ。

 美生は到着した玄関の扉に手を掛け、カサハの方を振り返った。

 こちらの方を見ていたらしいカサハが、不自然に顔を逸らしたのが目に入る。

 彼のその仕草がこそばゆくて、そして嬉しいと思う自分がいる。

(私は、あの人に恋してる……)


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