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『彩生世界』の聖女じゃないほう  作者: 月親
第一章 完全勝利目指します
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01.ステージ1

 螺旋階段を上がるルーセンの後ろを、美生、彩子、ナツメの順で続く。

「アヤコさん、先に言っておきます」

 十数段上ったところで、後ろからナツメに声を掛けられた。

「これは夢ではありません、だから怪我などに注意して下さい」

「忠告ありがとう。けど、心配しなくても夢でも怖けりゃ逃げるわよ」

「――確かに。もっともな答です」

 やや遅れてナツメから返事がくる。

 可愛げの無い返事で申し訳ない。なにぶん聖女じゃないほうなので。

 そう心の中で言い訳したタイミングで視界が開け、彩子は立ち止まった。後ろから彩子の隣へと位置を移したナツメもそこで足を止める。

 彩子はその場で辺りを見渡した。

「あー、やっぱり。ステージ1」

 そしてすぐに現在の状況を把握する。

 上ってきた階段、目の前のフロアに左右対称で規則正しく立ち並ぶ神殿の柱、柱同様に等間隔で壁に設置されている魔法の照明。魔獣は三体。そのどれもに彩子は見覚えがあった。正確に言えばゲーム画面はドット絵のため「見覚え」と言うと少し違うが、もし背景絵に描き直したらこんな感じという脳内変換が出来るレベルのゲーマーである彩子に死角は無い。

(ここならチュートリアルだし簡単。気に掛かるのは――)

 敵を警戒し身構えている面々を一人ずつ見遣る。

「ねぇ、皆は本当に私の指示で戦おうと思ってくれているの?」

 それから彩子は、気掛かりを彼らに率直に尋ねた。

「鵜呑みには出来ない。だが聞かせて欲しい」

「僕もカサハと同じ。参考にはしたいと思ってるよ。アヤコなら、ここをどう戦う?」

 大剣を構えたカサハ、二本の短剣を手遊びするルーセンの順で返事が来る。

 それを受けて、彩子は「このステージなら、一択だわ」と返した。

「ただ、それを言う前に確認したいんだけど、ナツメ、柱から柱までの幅って何メートル?」

「八メートルです」

「ゲーム画面でここの幅は八マス。ならグリッド一マスは一メートルか……わかった、ありがとう」

 もう一度フロアを見回し、彩子は目を閉じた。

「まず、カサハが三メートル南へ。そこで間合いに入る魔獣を西側から攻撃、これを撃破。美生は一メートルほど離れてカサハの真後ろに居て。ルーセンは南西へ三メートル、射程に入った魔獣に西から攻撃。それを美生がその場で魔法を打って追撃、撃破。次にカサハ、美生の順で二人とも二メートル南へ。その後にルーセンはカサハの西側の隣へ……」

 頭の中にゲーム画面を思い浮かべ、操作手順を口頭で伝えていく。

「敵が全員の攻撃範囲内に入ったら、ルーセン、美生、カサハの順で攻撃、撃破。これで終了よ」

 ステージクリアのファンファーレが鳴る幻聴とともに、彩子は再び目を開けた。

「……何だか、やたら細かい指示を出してきたね」

 ルーセンが片方の短剣の柄で肩を叩きながら、カサハを見る。

「確かにどう敵に当たるかを聞きたかったわけだけど、これは参考にするのが逆に難しいね。どうする? カサハ」

「……アヤコ、ミウにも指示を出しているのは何故だ?」

 ルーセンに話を振られたカサハが、やや間を置いて彩子に尋ねてくる。

 彼の言葉に彩子は首を傾げた。「何故」と問われても、『彩生世界』はそう言うゲームだ。彩子はオープニングからステージ1までの流れを今一度思い返してみた。

「私を喚ぶ前に、美生が魔法に目覚めて一緒に戦います的な話の流れになってなかった?」

「そんなことまでわかるのか、予言者というのは。だが……」

「あっ」

 言い淀み腕を組んだカサハに、ようやく彩子は彼の言いたいことが解りハッとした。カサハに向けていた目を美生へと向ける。現代を思わせる制服を身につけた彼女の姿を、彩子は思わずじっと見つめた。

(そうだ、カサハたちにとっては美生はただのか弱い少女なんだ)

 自分はゲームとして見ていたから何の不自然さも感じず彼女を頭数に入れていたけれど、その前提が無い状態であれば確かに美生を戦わせることには躊躇いがある。

(でも美生も戦わないと私の知ってる勝利パターンにならない。どうすれば……)

 彩子は手で口許を押さえ、視線を落とした。

 『彩生世界』の戦闘パートは小規模な戦略シミュレーション。一度に出現する敵は少ないが、プレイヤー側が操作出来るキャラも基本的に目の前にいる四人のメインキャラのみになる。物理攻撃と防御の高いカサハ、機動と回避が高いルーセン、魔法で遠距離攻撃の美生、そして回復担当のナツメ。それぞれ異なった役割を持つ為、代えが利かない。

 それに何より『彩生世界』のシステムが一番の問題だ。『彩生世界』は実は詰め将棋とも言えるシステムを採用している。何ターン目に何の行動を取ったか、その結果はゲームを周回プレイしても毎回同じものになる。一ターン目からステージクリアまで、手順を覚えてさえいれば、必ず勝てる仕様なのだ。

(けど、そんな事情なんて当人たちは知らないだろうし、言ったところで到底信じられないだろうし)

 黙り込んだ彩子をカサハが見てくる。彼はきっと美生を含まない作戦を考えて欲しいと思っているのだろう。だがそんな特殊なプレイスタイルを彩子は試したことが無かったし、何よりラストまで約束された勝利を自ら手放すことなど考えられない。

(でも、どう説明したら)

 考え込んだ彩子に、カサハは自分の言いたいことが伝わったと思っただろう。実際、彩子は気付いた。なら、その上で作戦を変えないとなると、彼の不信感を募らせることになるかもしれない。そしてそれによって結局勝利パターンに持って行けない危険性も出てくる。彩子はカサハに返す言葉を慎重に探した。

「――俺は、アヤコさんの作戦をそれこそ一度鵜呑みにしてみてはどうかと思います」

 不意に、ナツメが沈黙を破る。その場にいた全員が彼の方を見た。

「幸い、もし駄目でも体勢を立て直せる程度の敵です。予言の力を試すのも悪くないかと」

「わ、私も彩子さんを信じてみたいと思います! 私が夢で見た彩子さんも、さっきのように細かい指示を言ってました。そしてそれがピタリと当て嵌まっていたんです」

 美生がナツメに賛同し、ややあってルーセンが「そうだね」と頷く。

「折角、ナツメに喚んでもらったことだしね」

「……わかった」

 三人の意向を受けカサハも短い返事とともに、剣を構え直した。

「じゃ、仕掛けますか。先陣よろしくカサハ」

「ああ」

「頑張りますっ」

 彩子の指示通りに三人が駆けて行く。

「ありがとう、ナツメ」

 それぞれ戦闘態勢に入った後、彩子は自分とともにこの場に残ったナツメに話し掛けた。

 ナツメが彩子を一度振り返り、またすぐに視線をフロアの三人に戻す。

「いえ、貴女が「一択だ」と言った意味を俺なりに解釈したからです」

「解釈?」

「選択があるということは、貴女に見える未来は一つではなく複数なのではと思ったのです。そしてカサハさんたちに具体的に指示を出した貴女なのに、俺への指示は無かった。つまり、貴女が選択した方法は誰も怪我を負わない、もしくは戦闘後で済む程度の軽傷。違いますか?」

「! 合ってるわ。ナツメってすごいのね」

 外から見ている自分と違って、ナツメはこの世界の住人なのに。彩子はそう感心して、そのせいか大きくなってしまった声に驚いたらしいナツメが、再び彩子を見る。

 それから彼は身体ごと彩子の方へと向き直った。

「俺が治療出来てしまうせいもあり、特にカサハさんは自分の怪我を厭わない傾向にあります。だから俺は「怪我を負わないこと」を最重要とした貴女の作戦を見てみたいと思ったんです」

 そこまで言ってナツメが、ふと何かに気付いたように突然その場に屈む。そして彼は彩子の裸足の足の甲に触れた。

 予想外のことに、彩子はギョッとしてナツメを見下ろした。

「貴女の足は、普段は裸足では歩かない足ですね。石段で擦り傷が出来ています」

「あ……ああ、うん、そうね」

 五つも年下の綺麗な青年にかしずかれて――正確には違うが、この構図は何だかイケナイことをしている気分になってくる。そんな彩子の胸中など知らず、彩子の足に触れたままのナツメは何かを呟き出した。

「! あっ、待って」

 それが何なのかに感づいた彩子は、慌ててナツメを止めた。

「それ、回復魔法? だったら今はそれをやっては駄目」

「? どういうことです?」

 推測通り回復魔法だったらしく、詠唱を止めたナツメが彩子を見上げてくる。

「私が知ってる方法で勝利結果を出すには、戦闘中に決まった手順を踏むことが必須なの。だから戦闘中にナツメを私の都合で動かすことは出来ないわ」

「それは……俺たちは安全ですが、貴女はそうではないということですよね」

「え?」

 まったく予想していなかった切り返しをされ、彩子は首を傾げた。

「そこまでは考えていなかった、という顔ですね」

 考えるわけがない。普通はディスプレイの中で繰り広げられている小さな世界を外から見ているのだから。しかし言われてみればつまりそういうことになる。彩子は、明らかになった現実問題に唸った。

「……わかりました。俺たちのことで忙しい貴女を、俺が見ることにします」

「えっ、でも」

「勿論、貴女の指示は守ります。勝手に移動も魔法も行いません。その上でなら、口を出すぐらいはいいでしょう?」

 ザシュッ

 彩子はふとフロアを見た。丁度最後のカサハの攻撃が魔獣を消滅させた光景が目に入る。

「うん、まあ多分」

 戦闘中に会話が発生するシーンもあるし、こうしてナツメと話していても問題無くステージ1は終わった。彩子は、ナツメに頷いた。

「回復魔法をかけても?」

「え? あ、うん。もういいと思う」

 彩子が答えるや否や、改めてナツメが彩子の足に触れる。彩子は暖かな光を発している自分の足を見下ろした。

「回復魔法って意外と時間が掛かるのね。印を中心に徐々に広がるということは、大きな怪我だとそれに比例して掛かる感じか」

 ゲーム画面では、一瞬キラッと光ってパッと完了していた。でも、例えばグリッド十マスを移動するのにゲームでは一秒やそこらしか掛からないところを、実際は十メートル移動する分の時間が経過しているわけだ。

「あ、治ったみたい。ありがとう」

「どういたしまして。靴はすぐに手配しますが、ひとまず簡単な防御魔法を掛けておきます」

 言ってナツメが彩子の足に手を翳す。簡単なと言っただけあってこちらはキンッと一度硬質な音が出ただけで完了したようだった。

 ナツメが立ち上がる。

 それから彩子とナツメは、カサハとルーセンの側でへたり込んでいた美生のところへと駆け寄った。


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