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『彩生世界』の聖女じゃないほう  作者: 月親
第三章 イベント回避の方向で
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15.王都ルシルサへ

 王都ルシルサは山中にある。

 何故そんな場所に王都がと思うが、ちゃんとした理由というか事情があるようで。

 昔、イスミナ地方に在った王都が何らかの原因で壊滅的状況に追い込まれ、住人たちがルシルサ地方の砦に避難。そのまま今の王都になったという。

 といった説明を、今まさにナツメが皆にしているところだ。タフにも山登りの真っ最中に。

(何らかというか、魔獣が原因なんだけどね)

 すぐ後ろを歩くナツメの乱れない声調に感心しながら、彩子は心の中で付け加えた。

 この時点では成り立ちの説明をしているナツメも含め、そこまでの情報を知っている人物は誰もいない。口を滑らせないよう気を付けなくては。

 もっともその口は、とても余計なことを言う余裕も無いわけだが。

「きつい……」

 王都へは最寄りの転送ポータルというものは無く、センシルカからまず三時間平原を歩いた。昼食を取り、少し休憩を挟んでさらに一時間平原を行くと、そこから山道が始まった。山道に入ってからは、おそらく一時間も歩いていないと思うが、彩子はかなりへばっていた。

 最初から荷物はカサハに持ってもらい手ぶらだと言うのに、この体たらく。足そのものより呼吸がつらい。典型的な運動不足の症状である。

「アヤコは元の世界で軟禁されてたからね……」

「いつまでそのネタを引っ張る気なのよ……」

 最後尾を歩くルーセンの呟きに、余力も無いのについ反応してしまう。

 からかいではなく、ルーセンは本気でそう信じているようなのが困る。

「王都に着いたらアヤコは休んでいるといいよ。どうせ暫く境界線探しをすることになるだろうし」

「彩子さん頑張って下さい。建物が見えて来ました、もうすぐ着きますよ」

「うん……」

 並んで歩く美生に励まされ、彩子は彼女に力無く返事をした。

 美生も同じ現代人――正確には現代人設定のはずだが、彼女の方は割と元気そうである。

(私も学生時代はもう少しマシだったかも。体育の時間で嫌でも運動する機会があったし)

 美生が見えてきたという建物を見上げる気力も無く、彩子はひたすら地面を睨みながら足を進めた。

「境界線の場所について、大まかにでも当てはあるのか?」

 先頭を行くカサハが、ルーセンに尋ねる。

「ルシルサも空まで境界線が貫いてたらわかりやすかったんだけど、言っても仕方ないよね。無いことは無いよ。ざっくり言うと、「マナが少ない場所」。前も人間の身体で例えたけど、息を吐き切ったところで呼吸を阻害した方が殺しやすいから。狙うならそういう場所だと思う」

「マナが少ないと言われてもな」

「境界線の中心部だったのは、イスミナは街の入り口の転送ポータルで、センシルカは領主の邸。転送ポータルの方は他の魔法道具と違って、使う人本人じゃなくてルシスに浮遊するマナを消費するという仕様が原因。領主の邸の方は、当時要人が多数呼ばれる催し物をしてたって話だったから、魔法衣を着ている人間の数も多かったんじゃないかと予想。あれもルシスのマナを消費するから、一時的にマナが少ない場所になっていた可能性が高いよ」

「ルシルサに転送ポータルは無く、魔法衣にしても、これまで人目に触れなかったような場所に、それほどの人が集まる施設があったとは考えにくい」

「今までの情報をまとめると王都の境界線があるのは、「魔法を掛ける範囲が一望出来る場所」で、「マナが少なくなりそうな場所」で。それから、セネリアは王族や貴族じゃないから「一般人でも入れる場所」ということになるかな」

「限られているようで、実際の対象範囲は相当広いのでは?」

「そうとも言う。行ってみて、地道に探すしかないね」

「骨が折れそうだな」

 溜息をついたカサハに、ルーセンとの遣り取りを聞いていたナツメが、「そうですね」と同意する。

「それに調査が長引いて、王都の騎士団に不審に思われたら厄介です」

「あ、その辺はミウが同行してたら大丈夫じゃないかな?」

「私、ですか?」

 唐突に自分の名前が出たことに、美生が歩きながら一度ルーセンを振り返る。

「そそ、聖女様のご到着です! ってね」

「ええっ!?」

「果たしてそれが通用しますか? 神殿の邸とイスミナの住人は当事者だからミウさんが聖女と知っていますが、さすがに彼らの噂程度が王都まで広まっているとは思えませんが」

 ルーセンの芝居掛かった台詞に、ナツメが呆れたように言う。

 けれどルーセンは、そう返されるのがわかっていたと言うように、「と、思うでしょ」とふふんとナツメに得意気な顔をしてみせた。

「下から上には広まらなくても、上から下へは結構あっと言う間に広がる、それが王都! 王は神託に出て来たミウを、今頃騎士団に捜させているはずだよ」

「神託の公表があったんですか。ルシスが去ったと言われてから久しく無かったはずですし、それは確かに広まるのが早そうですね」

「それはもう、バッと広まるでしょ。神託があったのは昨夜だから、早朝にも騎士団に城への召集が掛かってて、昼には民衆の耳にも入ってると僕は見てる」

「そうですね。おそらくその推測で合って――いえ、ちょっと待って下さい。神託があったのは昨夜だと言いましたが、そうだとしたらルーセンさんはいつそれを知ったんです?」

「うん? あー……それね。いやそれが僕も神託が見えちゃう体質というか、まあそういう感じで」

「は?」

 「あはは」と乾いた笑い声を上げていたルーセンが、足を止めたナツメの背中にぶつかる。殆ど身長差が無いため危うく頭を打ちかけたルーセンは、慌てて後ろへ飛び退いた。

「ナツメ、危ないからっ」

「ルーセンさん、貴方、王族だったんですか!?」

 ナツメの台詞に全員が足を止め、ルーセンを振り返る。

「えーと……それは言えない」

「言えないも何も、神託が聞けるのは王族だけなのは、子供でも知っていることですよ」

 ルーセンが気まずそうに視線を彷徨わせている間、彩子は息を整えることに意識を向けつつ彼らの会話を聞いていた。

(そうそう、こういう感じの会話。あったあった)

 この辺りは共通シナリオのため、二周目以降は大体スキップしていたのだけれど、案外記憶に残っているものである。

「しかし、本人が「言えない」なら俺たちも「知らなかった」で通せますか。別に気にすることも無いですね」

「ナツメのその切り替えの早さ、嫌いじゃないよ!」

「待て、それでいいのか? いや、まずいだろう」

 カサハが戸惑った表情で、ルーセンとナツメを交互に見る。

 美生も「王族」という単語にやはり反応し、カサハと似たような表情でルーセンを見ていた。

「何故です? 今まで、まずい態度を取っているという認識はしていなかったでしょう?」

「それは今までは知らなかったからであって――」

「今も「知らない」んですよ、俺たちは。だって本人は「言えない」んですから、知りようが無いですよね」

「うわー、ナツメの笑顔、めっちゃ胡散臭い。でもまあ、そう言うことで僕のことは気にしないで、うん。んで、話を戻すけど、ミウが同行してたら大抵の場所には入れると思うから。ミウ、よろしく!」

「えっ、は、はい。わかりました」

 ルーセンの勢いに釣られた感じで、美生が口早に答える。

 そして「はいはい、行くよ」と促すルーセンの声に、一行は再び歩き出した。


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