13.尾行
大通りに並ぶ活気のある市場を、彩子はナツメとゆったり歩いていた。勿論、前を行く美生とカサハの尾行が目的ではあるが、このイベントで最初の選択肢が発生するのはもう少し後。故に、彩子は今は気を抜いておくことにしていた。
「ねぇ、ナツメは美生たちに私を好きになった理由について、有ること無いことたくさん述べてたわけだけど……」
ナツメに奢ってもらったドーナツのような菓子を食べ終え、包み紙を街角の屑籠へと捨てる。
「私が貴方を好きになった理由が「俺の顔が好きなそうです」だけってのは、どうかと思うのよ」
美生たちに「恋人報告」した時のことを思い返し、彩子は右隣を歩くナツメを見上げた。
年頃の少女らしく恋バナに食いついてきた美生に、想定していたのかナツメはスラスラと馴れ初め的なことを口にした。
それそのものの対応についてはさすがだと思ったものの、その内容が急ごしらえとはいえ不満は不満。ナツメの顔は確かに見惚れるレベルだが、ナツメの説明では自分はとんだ面食い女だ。あれほど有りもしないそちらの「惚れた理由」を考えられるくらいなら、こちらにももう一つか二つ用意しておいて欲しかった。
「それについては、すみません。消去法で顔以外に思い浮かばなかったんですよ。まさか俺のこの性格を好きになったというのは、無理があるでしょうし」
「そんなことないわよ」
眉尻を下げたナツメに、彩子は即答した。
「丘での戦闘で私が回復の指示をしようとした時、わざと茶化してくれたでしょう? 私が言い辛いとナツメは思ったんじゃない? それって格好良い性格じゃない。とても感謝しているわ」
「……本人に悟られてしまうとか、逆に格好悪いですよ」
ナツメが少し照れたような口調で答える。
それから一拍置いて、彼は真剣な眼差しを彩子に向けてきた。
「それに先程も言いましたが、本来礼を言わねばならないのは俺たちの方です。俺が今回の戦闘まで補助魔法だけで済んでいたのは、貴女の指示が的確であったからに他ならない。予言のカラクリを知った俺は尚更に、それを痛感しています。本当にありがとうございます」
「そ、そう。役に立てたようで良かったわ。それにしても、実際何も無かった場所に土地が現れるのはすごいわね。この世界の人たちにとっては、失った場所が戻ってきてもっと感動が大きいだろうし」
急に真面目な顔で感謝の言葉を述べてくるナツメに、今度は自分の方が恥ずかしくなった彩子は話題を換えた。
あからさまな話題転換ではあるが、今言ったことは彩子の実際の感想だ。
ゲーム画面では一丁上がりくらいの感覚だったが、実際目にするとあれは大掛かりなマジックショーのようで。ゲームでどよめいていたモブキャラたちと、自分はきっと同じ反応をしていたと思う。
「それは否定しませんが――今回のカサハさんのように本当の意味では失ったままというパターンもあります。やはりセネリアの所業は許しがたいものです」
ナツメが小声で言って、六、七メートルほど前方を歩くカサハの方を見る。
彩子もカサハの方へと目を向けた。
カサハの事情については、尾行開始早々ナツメへネタバレ披露と相成った。と言うのも、ライフォードの挨拶の際にカサハの不自然な態度に気付いたナツメから、大方合っている彼の推測を聞かされた後、事情を知っているかと問われたからだ。
「カサハはどう思っているのかしら。外見からは判断付かないけれど」
先程までの音量でも聞こえはしないだろうが、ナツメに倣い小声で返す。
「死んだと思っていた友人が生きていた、けれど友人は自分をわからない。複雑ですね。カサハさんならおそらく前者の喜びが勝るのでしょうが、しかし当時十歳の子供が殺すつもりでセネリアの後を追ったくらいです、今日明日で気持ちの切り換えは無理でしょう」
「そうよね」
「そういう意味でもミウさんの存在は救いですね」
ナツメがカサハを気付かれないように、カサハを指差す。
「あれは、「何にでも喜んでまるで子供だが、案内する張り合いはあるな」という顔ですよ」
「! すごいわ、ナツメ。一字一句違ってないわよ!」
彩子は驚きのあまり、バッとナツメの顔を見上げた。
ゲーム中ではカサハの心情が表示されるが、当然今はそれが見えていない。それなのにナツメは言い当てたのだ。感心を通り越して感動すら覚える。
「一字一句というからには、今の台詞も貴女の記憶にあったということですよね? 以前にも言いましたが、よく覚えていられるものです」
「何回も見てるしね。まあでも、今のはたまたま覚えていた台詞だっただけで、殆どは大体こんな感じってくらいにしか記憶してないから」
「これまでの貴女の言動から見るに、それでも充分かと思います」
「そうね、お陰で困らないで済んでいるわ」
彩子は言いながら、ナツメからカサハたちへと目を戻した。イベントの背景として描かれていた風景そっくりの地点に来たので、そろそろ美生たちは選択肢が現れる状況となるはずだ。
「それにしてもゲーム――物語では美生視点で話が進むから、こうして第三者として眺めるというのは新鮮ね」
「ミウさんの視点? ……では、貴女の世界では貴女がカサハさんと二人で出掛けたわけですか?」
「その言い方は語弊があるわね」
「しかし、カサハさんが貴女に話しかけてくるんでしょう?」
「「ミウ」って呼んでくる時点で私とは言えないし、それに美生が言う台詞も思いもあくまで彼女のものだわ」
ちょっと指先が触れただけで、「どうしよう、ドキドキが止まらないっ」なんて純情、自分には有り得ない。彩子はイベントのワンシーンを思い浮かべ、苦笑した。
「でも、カサハさんと出掛ける選択をしたのは、貴女の意思ですよね?」
「周回して全員分見たわよ?」
「全員……俺とミウさんが一緒に過ごすパターンもあります?」
「ええ、あるわ」
「……それを見て、貴女はどう思ったんですか?」
「どう……」
ナツメに問われ、彩子はナツメルートの今回のイベントに当たるシナリオを思い起こした。
市場を巡るところまでは、どのキャラも似たり寄ったりな内容だ。楽しげに街を歩く美生に、彼らもつられて楽しくなっている様子が描かれる。
ナツメの場合の個別シナリオは、宿に戻って別行動になった後の場面になる。ナツメが買ってきた物の仕分け作業を一人でしているところにルーセンがやって来て、美生と一緒に帰ってきた時の仲良さげな様子をからかってくる。美生のことが好きになってきたんじゃないか、と。そしてそれに対しナツメが「ミウさんはいずれルシスを去る身です。貴方が思う意味で彼女を好きになっても仕方がありません」と返すのだけど、そこを偶然通りかかった美生が立ち聞きしてしまう展開になる。この時点で美生にナツメを特別に想う感情は無いけれど、このことが後々二人の恋愛関係の進展を妨げる原因になるのだ。
そう、進展を妨げる。延々と、本当に延々と。始終ナツメは美生を元の世界に帰すの一点張りで、聖女の役目を終えたらすぐに戻れるようにと帰還の魔法陣まで描いてしまう。結局、世話を焼いたルーセンが魔法陣の一部を消して、それに対しほっとした表情をしたナツメにそのことを指摘。そこでようやくナツメは自分の気持ちに気付くことになる……てなシナリオなものだから、彼の恋愛イベントは全体的に他キャラと比較して糖度が低かった。
「正直……面白くなかったわね」
折角乙女ゲームをやっているのだから、もう少し色めいた話があっても良かったのに。彩子は溜息とともに「どう思った」かについて答えた。
そう、あくまでそれだけについて。だから彩子は目の前のナツメが「え?」と聞き返してきた意味に気付けなかった。ただ思ったより大きな声量で反応したナツメに、反射的に彼の方を見る。
「アヤコさんは俺がミウさんと過ごしてて……面白くなかったんですか?」
「えっ、あ、いや、ナツメは悪くないと思うのよ? 単にそういうもどかしい方向のシナリオで――って、そ、そんなにショックだった!?」
突然真顔になったナツメに、ギョッとする。
「いえ……違います。寧ろ――」
「あっ!」
さらにフォローの言葉を探そうとしたところで目に入った店の看板に、彩子は思わず大きな声を上げた。
バッと視線を前に戻し、そして駆け出す。
後ろでナツメが自分を呼ぶのが聞こえたが、それどころではない。
(一つ目の路地を右、次に二つ目を左、さらに一つ目を右……!)
『彩生世界』で美生が辿った道筋を思い出しながら、彩子は全力疾走した。




