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『彩生世界』の聖女じゃないほう  作者: 月親
第二章 フラグ判定確認中
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12.ナツメの提案

 センシルカの街。大通りに面した宿屋。

 今夜の宿泊場所に一人先にやって来た彩子は、自分と美生が泊まる予定の部屋に大きめの鞄を持ち込んだ。今朝邸を出る際にロイに頼んでおいて、先程彼に持ってきてもらったものだ。

 中から扉を閉め、その場で鞄の中身を取り出して検める。

 男性物の上着、下穿き、そして帽子。彩子の要望通りの内容だ。

(よし、これを着れば美生たちにバレずに尾行出来るわね)

 イスミナの時と同じくルシス再生計画の一環として、今日はこれから美生がセンシルカの街を巡ることになる。ここで一泊して明日から王都ルシルサに向かうため、彼女とクジ引きで選ばれた同行者が買い出しも兼ねることになった。慌ただしいが、ルシルサの魔獣が今日から増える可能性があるので、急いだ方が良さそうだというルーセンの判断だ。

 彩子は早速着替えようと、服を掛けられそうな長椅子の側へ移動しようとした。

 コンコンコン

 と、そこへ外から扉をノックする音が鳴る。

「アヤコさん、いますか?」

(ナツメ?)

 次いで聞こえてきた声に、彩子は目の前の扉を開けた。返事をしないままにそうしたせいだろう、驚いた顔のナツメがそこに立っていた。

「あ、驚かせてごめん。丁度、ここにいたものだから。それでどうしたの?」

 扉を開け放ったままで、彼に尋ねる。

「それが、ロイさんからこれをアヤコさんに渡して欲しいと頼まれまして」

「うん? あっ、外套。なるほど、気が利くわね」

 ナツメから外套を受け取り、彩子はそれを広げてみた。

 これなら身体の線が隠れるので、より男装がそれっぽくなって見えることだろう。

「それを渡された意図がわかる辺り、今アヤコさんが持っている衣服も彼が用意したものですか?」

「そう、ちょっと変装する必要があって。ロイくんの服を借りたのよ」

「……は?」

「数時間使うだけの服を調達してもらうのもあれだなと思ってて、そこでそう言えばロイくんと私って殆ど身長が同じだったなって思い出したのよね」

「却下です」

「え?」

 一瞬何と言われたのかわからず反射的に聞き返している間に、素早く衣類と鞄が取り上げられる。

 彩子は空になった手を見て、それから呆けたままにナツメを見た。

 ここでようやく、今し方ナツメが言った言葉が頭に入ってくる。

「えっと、何で?」

「何でって……」

 ナツメの手でロイの服が適当に鞄に押し込められる。鞄は外套と一纏めに、入り口側の壁際に置かれた。

「その……ああ、ほら、自分の服が女性に丁度合っているのを実際目にしたら複雑ではないですか? 彼は多感な年頃ですし」

「あー……」

 ナツメの答えに、忘れていた記憶が蘇る。

 あれは中学生の時のこと。成長期を迎えグングン身長が伸びていたクラスメイトの男子が、新調した学ランをどうだと自慢気に貸してくれたのをピッタリ着こなしてしまい、彼は泣いた。

 ロイが自身の身長を気にしているという設定は無かったが、単に美生の方が背が低いので話に出なかっただけかもしれない。新たな地雷を発掘してしまう恐れもあるので、ナツメの言う通り止めておいた方が賢明そうだ。

「うーん、でもそうなるとどうやって尾行しよう?」

「尾行ですか?」

「そう、美生とカサハを尾行する必要があるのよ」

 美生の同行者としてクジ引きに当たったのはカサハだ。これは公式でもあったイベントで、現時点で最も好感度の高いキャラが当たる仕様になっている。

(今のところ順調にカサハルートに向かってるみたいね)

 このイベントで幾つか選択肢が発生し、すべて成功判定ならひとまずカサハの個別ルートに入ることが出来る。よって、こっそり後をつけてフラグが立つかどうかを確認しなければならない。

「例の物語の進行の判定が関係あります?」

「大正解」

 相変わらず鋭いナツメに、彩子は頷いてみせた。

「事情はわかりましたが、彼らを尾行するのは難しくありませんか? ミウさんはともかく、カサハさんには三分と経たないうちに気付かれると思いますよ」

「え? あ……そう言えばカサハって、要人の護衛が本職のキャラだった……」

 カサハは、一度の葉擦れの音で正確に相手の位置を割り出すような男である。そんな彼を尾行というのは、ナツメの指摘通り無理がありそうに思えた。

 かといって、尾行しないわけにもいかない。何せ、イベントが起きるタイミングは美生とカサハだけで行動している時。他のメンバーもいるグループ行動になってしまうと、状況が変わってしまって恐らくイベントが発生しない。

「困ったわね……」

「……つまり、ようは彼らが二人きりで、かつアヤコさんが二人の様子を見られる距離にいたいわけですよね?」

「そう、それ。……うーん」

 端的に述べたナツメに同意しつつも、そう聞くとそんな都合の良い状況を作れるものなのか。彩子は唸った。

「それなら、アヤコさんは俺の恋人として俺とデートしましょう」

「は?」

 真面目に悩んでいたところをナツメに妙な提案をされ、彩子は間の抜けた声で彼に聞き返した。

「デートだと二人に言っておけば、俺とアヤコさんが彼らと同じ通りを歩いていても不自然ではなくなります。買い出しもデートも店を見て回るものですからね」

 けれど続けられたナツメの説明に、「なるほど」と納得させられる。

「俺は、初日に一人で行動しないようにと忠告したにも拘わらず一人でここまで来た誰かさんの様子がわかればいいので、お互いの目的にも適います」

「うっ、悪かったわよ。けど、確かにそれならいるのがわかってもカサハも気に留めないわね。ナツメのその提案に乗るわ」

「では見失わないうちに、カサハさんたちと一旦合流しましょう」

「あ、二人は広場の露店を見てると思うわ」

「わかりました」

「わっ」

 突然にナツメに手を取られ、彩子は思わず彼の顔を見上げた。

「貴女は今から俺の恋人ですよ」

 直後、ナツメにそう返され、そういう趣向かと理解する。

 カサハに対するカムフラージュもさることながら、ナツメならこちらの事情も知っている。何とも頼もしい協力者と言えよう。

「そうね。それじゃあ今日は一つよろしく!」

 彩子はナツメに笑顔で答え、彼の手を握り返した。


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