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『彩生世界』の聖女じゃないほう  作者: 月親
第二章 フラグ判定確認中
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11.役目

「ありました、玉です!」

 丘の頂上付近を歩き回っていた美生が、彼女の様子を見守っていた皆の方へと振り返った。

 美生が玉があるらしき場所に手を伸ばし、

「あっ」

 イスミナの時と同様、弾けるような音とともに景色が塗り変わる。

「これが……そうなのか」

 消えて行く闇と現れる光に、カサハが呟く。

(彩生……)

 彩子は闇の中心部である領主の邸を見下ろした。

 キャンパスに描かれる風景画の早送りを見ているようなその光景を、初めて目にしたあの時も現実だと感じたはずだったのに。

(結局私はどこまでも、「わかったつもり」だった……)

 感嘆の声が上がる中、その声が向けられる美生を見る。

 彩生に喜んだのも束の間、また得体の知れない声に不安に駆られている美生。

「また、あの声が……」

 そうだ、普通見知った人がそんな状態になったなら、こんなふうに冷静に眺めてなんてないだろう。駆け寄って、少しでも不安を取り除こうとするだろう。

「あなたは誰? どうして私に助けを求めるの……?」

(私は、「今ここ」にいる皆が見えてない)

 彩子は手にしたままだったメモを、懐に仕舞った。

 頭を抱えその場にうずくまった美生の傍らに、ナツメが跪く。

 体調を尋ねる彼に、大丈夫だと美生が答えると、ナツメはやはり美生を気遣って側に来ていたカサハを見上げた。

「以前ミウさんが声を聞いたのも、セネリアの魔法発動場所でしたね。関係があるんでしょうか」

「助けを求める声、か。ルシスに封印されたセネリアが外に出せとでも言っているのか?」

「可能性はありますね」

「あ……女性の声だと思います」

「それはますます疑わしいですね」

「ミウはセネリアと波長が似てるからセネリアの精神に干渉出来る。でもそれって、逆にセネリアから発信された思念の影響も受けやすい……?」

 ナツメとカサハの会話に、玉のあった場所で思案顔をしていたルーセンが加わる。

「ごめん、ミウ。僕はそこまで考えて無かった」

「いえ、声が聞こえるだけで他は特にどうってことも無いですし。そう言えば、最初に聞こえたのは召喚された時でした」

「ルシスの神体は『交信の間』に在ります。これは殆ど声の正体について確定と言ってもいいかもしれませんね」

 ナツメが立ち上がりながら言い、考え込む。

「しかしその場合困りましたね。以前、対策を考えるとは言いましたが、遮断すると玉の感知が恐らく出来なくなります」

「あー、そういう話になるよね」

「だがあの女、セネリアは危険だ」

「あのっ、私なら本当に大丈夫です。声も長くは続きませんし!」

 カサハまで加わってまさに始まろうとしていた対策会議に、美生が焦って声を上げる。

 それから元気だと証明してみせるように、彼女はバッと勢いよく立ち上がった。

「本当に何とも無いのか?」

「ありません」

 再確認してくるカサハに、美生が大きく頷く。

「わかった。何かあったら必ず言ってくれ」

「はい、約束します」

「周辺の魔獣の掃討の前に、一度領主の邸の様子を見に行きたい。いいだろうか?」

 カサハの意見に面々が同意し、丘を下るため歩き出す。

 それを見て、彩子はゆっくりと逆方向――丘へと上った。

「ここは予言的に私が同行したら駄目だから、タイミングを調整して後で合流するわ」

 彩子の行動に振り返った皆に、手を振って見送る。

 先頭を行くルーセンの後ろを、美生と美生に歩調を合わせたカサハが並んで行く。

 やや離れてナツメがいて、そして三人とナツメとの距離はどんどんと広がっていった。ナツメがそのまま立ち止まっていたからだ。

「どうしたの?」

「どうしたのか、ですか? この場合、そう聞くのは俺の方かと思いますが?」

「え?」

 三人とナツメとの距離がさらに広がる。ナツメが彩子の方へと、引き返してきたから。

「今までも貴女がいると予言と食い違う場面があったはずで、けれどその時は貴女はわざわざそれを口にはせず自然を装って調整していた。今回に限ってそれを理由にしてきたなら、気になるのが当然でしょう」

「そ、んなこと……」

 目の前まで来たナツメに図星を指され、彩子は目を逸らした。

 その目が心境に引き摺られ、自然と伏せるものになる。

 戦闘が終わり、彩生が終わり、次のイベントが発生する。

 それは一続きのようであって、だから過去も未来も自分はすべて知っているような感覚で、だけどそれは違っていた。

 戦闘が終わった後、彩生までの間にカサハの治療が入った。

 彩生の後、物語では直ぐに次のイベントの場面へと飛んでいたから、美生の様子を窺いながらカサハが歩いていたことは知らなかった。

 今、足下に広がる真新しい踏み跡が残った草も、考えてみれば当たり前であるのに、知らなかった。中には彩子自ら付けたものも、あるというのに。

「別に、何でもないって。ナツメは細かいからね、考えすぎよ」

 何でもない顔を装えたと思えたところで、彩子は顔を上げた。

「――そうですか」

「わっ」

 上げたはずが、ナツメに後ろ頭を引き寄せられ、額が彼の肩口に当たる。

「なっ、何?」

 驚いて離れようとすれば、ナツメのもう片方の手で腰まで捕らえられ、彩子の身動きは完全に封じられた。

「別に、俺も何でもありませんよ」

 明らかに言葉と行動がちぐはぐなナツメに、彩子はそれを指摘しようと口を開いて――その口を閉じた。

 俺『も』何でもないのだと彼は言った。

 ナツメの行動がおかしいと感じるのは、ナツメが自分に対してそう感じているということだ。

 彼にしていることを、自分はそのまま返されただけ。

「……さっきの戦闘」

 自分が逆の立場なら、やっぱり彼から理由を聞き出したいだろう。彩子は苦笑し、話を切り出した。

「カサハは、私の……怪我をしてこいって指示に、嫌悪どころか驚きもしてなかった」

「貴女の指示は、毎回正確ですからね」

(正確……)

 そう、手順は間違ってない。

 知っている手順を踏めば、必ずエンディングまで辿り着ける。

 けれど――

「私は、私は本当は、こういった戦略を考えるのが全然得意なんかじゃなくて。こんなろくでもない指示しか出せない私より、もっと良い策を、皆が傷付かないで済む策を考えつく人が大勢いて……」

 自分のは、ただステージをクリアするためのものでしかない。皆の安全を少しも考慮していない。

 「正確」であっても、「正しく」ない。

 自分ではなく、そういった正しい策を知った人がルシスへ来ていたなら――

「その誰かがルシスに来ていたところで、その良い策とやらは実行されていませんよ」

 まるでこちらの心を読んだかのように、ナツメが言う。

「忘れましたか? 貴女の策が実行されたのは、俺が口添えしたからです」

「――だったらなおさら、貴方が負傷者を減らす策を見逃すはずないわ。言ってたじゃない、私の策が「怪我を負わないこと」を最重要としたものだと思ったから、見てみたいと思ったんだって」

 確かに「怪我を負わないこと」を重要視はしていた。けれどそれは『彩生世界』のシステムの都合だ。回復魔法の使用にはデメリットがある、だから極力避けた。それだけのことだ。

「ナツメは勘違いしてる、私がそうしたのは貴方が思うような優しい理由からじゃない。皆のことを、結局は物語だとしか思ってない私の都合なのっ!」

 一息に言い放ち、その直後、ビクリと彩子の肩が跳ねた。

 彩子の頭にあったナツメの手が、彩子の髪を梳る。

 頭を撫でるような、髪で戯れるようなその感触に、すべての意識が向けさせられる。

 落ち着かないそれが、繰り返されるうちに不思議と彩子を落ち着かせて行った。

「俺が思うような優しい、というのがそれこそが勘違いですね。俺は治した側から怪我をされる不毛な作業に飽き飽きして、そんな現状をどうにかして欲しかったというのが大きかったですから。俺も大概、自分の都合で口添えしたわけです」

(ナツメが優しくないなんて、嘘ばっかり)

 ナツメはあの時自分に対して、治療「出来てしまう」と言っていた。本気で周りに辟易している人間は周りを悪く言うもので、そんな言い方はきっとしない。

「どうにかしたかったのなら――」

「どうにかはしたかった。しかし迂闊に鵜呑みにしては、現状より酷くなる可能性もゼロではない。だから、貴女でなければ実行されなかったんですよ。貴女が「夢でも怖ければ逃げる」と言ってみせなければ、俺を名指しで柱の間隔を尋ねなければ、俺は興味を引かれなかった。貴女でなければ、いけなかったんです」

(ほら、目の前の人を助けようとする貴方は、やっぱり優しい)

 彩子はギュッと両手を握りしめた。

 それからその手をゆっくりと開く。

「……ナツメの口の巧さは、よくわかったわ」

 軽い口調で言いながら、それと同じくらい軽い態度を装って、ナツメの胸を押し返す。

 優しいこの人に嘘をつかせてまで、納得の行く答えが欲しいわけじゃない。

「わかったわ。こうなったらもう楽観的に痛い指示を出してあげるわよ」

 外れたナツメの腕の拘束に感じた若干の寂しさを紛らわすように、彩子はさらにナツメの胸を押し返して彼から離れた。

「それでいいんですよ、貴女は。先を知る貴女が楽観視していたなら、それが俺たちを気楽にさせます、未来は明るいのだと。それだけでも大きな意味がある。何処に続くかわからない平坦な道より、目的地に着くことを約束されている険しい道の方が良いに決まっています」

 ナツメが微笑む。

 顔の造形が綺麗だとか、色香があるとかそういうのではなくて、ただ、この表情が好きだと思う。

 出来るなら、ずっとそうしていて欲しいと思うほどに、好きだと思う。

「それに、貴女は元々起こる不幸な出来事を、前もって知っているに過ぎない。それだけのことなのに、貴女は個人の苦しみを全員分苦しもうとする」

 微笑む彼が好きだと思いながら、自分のために哀しいと歪めてくれる表情も好きだと思うのは、何て矛盾なんだろう。

 彩子は口を引き結んだ。

 そうしなければ、自分を案じてくれるナツメに、場違いなことを口走ってしまいそうな気がした。

「酷な人どころか、貴女は他人のために自分が楽になれない損な人ですよ」

 言葉を締め括ったナツメに、彩子は曖昧な笑みを返した。

 右から左に聞いていたのは勘付かれていたのだろう、一度苦笑したナツメが「では、俺は先に皆と合流します」と足の向きを変える。

「貴女も歩きながら調整して下さい」

「わかったわ」

 それから彼は丘の防護柵を跳び越え、近道をして角を曲がった先の路へと降りていった。

 その背を見送り、彩子も歩き出す。

 歩きながら領主の邸を見下ろせば、闇に囚われていたらしき人たちとセンシルカの騎士たちが見えた。

(あ……)

 カサハたちの姿がよく見えるほど近くまで来て、彩子は足を止めた。

 騎士団長と思わしき人物の隣に、十一、二歳ほどの少年が立っている。

 騎士団長も少年も、初めて見る顔だった。

(この場面は……)

 けれど彩子には彼らが誰なのか、わかってしまった。

「本来なら領主である父が礼をせねばならぬところ、私のような者で申し訳ない。父は賓客の対応で手が離せないのだ。どうか許して欲しい」

 少年がカサハたちの前に進み出て、しっかりとした口調で彼らに話し掛ける。

「私たちの事情は騎士団長から聞いた。信じがたい話だが、よく知った者が知らない姿で現れたのだ、信じるほかない」

 少年が隣に立つ騎士団長に目を遣り、再びカサハたちへと目を戻す。

 彩子は胸に手を当て、カサハを見た。

「貴殿らは若いから、きっと我々のことを知らないだろう。見ず知らずの私たちのために尽力してくれたこと、父に代わって感謝申し上げる」

 少年の言葉に、カサハが頭を垂れる。

「――光栄です。ライフォード……様」

 誤魔化しきれない苦悶の表情を隠すように、深く、カサハは礼を執った。

 少年が騎士たちとその場を去り、完全に見えなくなってからようやくカサハが顔を上げる。

 彩子もそこでようやく、無意識の内に詰めていた息を吐いた。

 彼らに傷を負わせる策しか持たず、彼らが見たくない未来を避ける術も自分は持たない。

「目的地への案内が、私の役目……」

 それならせめて、目的地への案内だけはやり遂げよう。

 一度、深く呼吸をする。

 それから彩子は、再び歩き始めた。


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