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読んでも読まなくてもどっちでもいい

サイコトリッピン

作者: 阿部千代

 おれは混乱していた。その日、おれは混乱しつづけていた。周到に仕掛けられた罠に、ばちんとはまっちまった。おれならもっと単純な罠にでもはまっちまっていたことだろう。なにもここまでする必要はなかったのだ。だが、どっちにしろおれは、はまっちまった。あがけばあがくほど、強く締めつけられ、痛みが増していく。逃れる術はない。罠は無情だ。

 武装警官が目を光らせていた。交差点で。丁字路で。駅のホームで。電話ボックスで。ベッドの中で。おれは自分が狂ったのではないかと考えた。おれは狂っていた。誰もがみな狂っていた。

 おれが消えていくのを見た。一語一語、吐き出すたびに存在を少しずつ消し去っていった。夜の街を歩くたびに精神と肉体が離ればなれになった。おれは驚き、混乱した。落ち着くところを見失い、ゆらゆらさまよった。

 おれの前の現実は……なにかを隠していた。最後まで隠しとおすつもりでいやがるんだ。そいつを暴く気にもなれずに、ただただおれから漏れ出るニヒリズムの調べ、虚無の響きに……身体を任せて、ふらふら踊った。踊ってやった。

 連中、おれを囃すだけ囃し立てて、すぐに飽きてテレビを見に帰っていった。連中、未来および過去に閉じ込められ、テレビを見て、泣く。疾病のようなものだ。意識を縮小させて、伝染病をばらまきながら、合理的に狂っていた。上品に礼儀正しく、非理性的な行為に耽ることを知らぬまま、大通りの舗道でばらばらにくだかれた。その破片のひとつを、おれはつまみ上げ、手のひらに乗せ、転がしてみた。ペネタ形のそれは、分解前の本体からは想像できないほど、綺麗で、純粋で、ずしりと重い。冷たい炎が体を突き抜けていった。おれは寒さに震えながら、ペネタ形のそれを上着のポケットに突っ込んで、灰色の街をふらふらと歩いた。

 行く当てなど何もなかったし、どこにも辿り着きたくはなかった。どいつもこいつも……そんな言葉が不意に口をついた。そんなことを言ったって、どうしようもないのはわかっていたが、どいつもこいつも、としか言いようがなかった。実際のところ、どいつもこいつも、だったのだ。その中におれが入っているのは承知の上で、どいつもこいつも……そう呟き続けた。

 もう止まらなかった。おれは探していた。ずっと探していたのだ。つまりは人間を。どいつもこいつも、その中には決して入らない人間を。そしてそれは異性であるはずだった。同性であるはずがなかった。だが、探したからって見つかるような性質のものではない。誤魔化すことは簡単だ。出会えたことにしちまえばいい。この惑星では頻繁に行われていることだ。そのへんの異性に、声を、魔法を、掛けちまえばいい。おれはその行為を好んでやってきたし、いまだってそんな気分ではあるのだ。だからと言って、そんなことをして、何になる? 虚無を呼び寄せるだけの行為を、して何になる? 誤魔化した末に蓄積された痛みは、確実におれの精神をこっぴどく傷つける。傷ついた魂は、落ち着くところを見失って、さまよう。さまよい続ける。さまよい続けた結果、やがては大通りの舗道でばらばらにくだかれ、ペネタ形の破片になるのだ。

 おれは見事に罠にはまった。周到に仕掛けられた罠、おれには上等に過ぎる罠。その時おれは、ちらりと現実をかいま見た気がした。気がしただけだ。あるいは、はじめて現実と接触したのかもしれない。確信はない。だが、それも束の間、おれはあっという間にばらばらに粉砕されて、無数の破片になった。その中のひとつは、見事なペネタ形だった。それだけのことだ。興味をそそるものは何もない。

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