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天の使い

 イフスエル王都学院。国名を冠したこの学院は王家公爵家侯爵家専用の幼稚舎(幼稚園)、伯爵子爵男爵位を加えた学園(小学校)、平民を交えた学院(中・高校)、と幼年から青年まで各種カリキュラムを揃えた国家の威信をかけた教育機関である。

 王都の中心である王城を中心に正面は商街区、脇に居住区、背面に学区があり、同心円状に中心から上級貴族、中級、下級。学区もあわせて幼、園、院と壁で分かたれている。寮は侯爵以上が幼稚舎側、以下が学院側にあり、アルハは男爵位ながらも公爵家の侍従として幼稚舎側の寮へ入ることになった。ライオットの寮室を整えるべくセレネアと奮闘した後、用事があるというセレネアを見送って隣接する使用人部屋に倒れこんだ。

 ばふん、とアルハを受け止めた寝具は実家以上ライオネル家未満といったところ。散々至極の寝具に甘やかされた身体は物足りなさを訴えるが、贅沢すぎると自省した。慣れとは恐ろしいものなり。

 ガチャン。

 おそらくライオットの寮室の扉が音を立てた。ライオットにしては雑な扉の開閉音にアルハは一気にまどろみから覚醒する。耳をそばだてつつ隣室とつながる通用扉に忍び寄ると、意外にも聞こえてきたのはひっくひっくとしゃくりあげる押し殺した泣き声で。

 そっと扉を開けてうかがうと、ベッドに突っ伏した学園制服の少年。ライオットよりも桃色がかった薄紫の髪が嗚咽に合わせてフワフワと寝具の上で舞っている。カツンと小さく鳴った足音に少年が振り向く。彼を怖がらせないようにアルハは膝を折った。


「・・・だれ?」

「ライオネル様の侍女のアルハ。大丈夫、騒ぎ立てたりはしないから」


 ベッドを背に並んで体育座りをし、少年の話し相手を申し出ると快諾された。少年はくすんくすんと性別の垣根すら超越した可憐な顔を濡らし、華奢な身体を震わせて事情を話してくれた。


「みんな王制は穀潰しの時代遅れの因習だから取り潰してしまえっていうんだ。僕すごく悲しくて、苦しいの」

「誰がそんなことを?」

「マッカーレ侯爵とかスーヴェ公爵とか、民主化推進派の人たちだよ」


 上位貴族が王制を否定した?首をかしげながらもアルハは問う。


「あのね、牛蒡や人参や芋が『根菜撲滅運動』とかしてたらどう思う?」

「牛蒡も芋も人参も根菜なのに?」

「うん」

「ちょっと意味わかんない」

「ね、ちょっと意味わかんないよね」


 きょとんと首をかしげる可憐な美少年が眩しい。キュルルンって効果音が見える気がする。


「民主化って、選挙で平民から統治者を選び出して民意統治させることでしょう?民主化主導しながら自分たち特権階級の貴族の立場はそのままなんておかしな話。それじゃ民衆の意思じゃなくて貴族の勢力政治になるだけじゃない?それで結局貴族議会主義なら民主化とはいえないよね。ってことは民主化したい貴族たちは国民総平民化を願ってないとおかしいよね。君は王様に『平民になりたい貴族がいるよ!』って教えてあげればいいんだよ」

「そうなの?」

「貴族の領地は王様から預かってるものだから、王様がいなくなるならまず土地を分配をやりなおさないといけないよね。その人たちの領地も褒章品も皆で山分けにしないとね。欲がない清廉なひとたちなんだ」

「あれれ?マッカーレ侯爵はよく父上にもっと土地が欲しいっていうし、スーヴェ公爵はいつもたくさんキラキラしたものを付けて自慢してるよ?」

「おかしいよね、つまりその人たちは王様がいらないというより王様に成り代わりたいんじゃない?」


 少年の目が見開かれる。そう、君が悲しむような苦しむような真意なんてないんだよきっと。頭を撫でればうさぎの毛のような柔らかな感触で、手のひらにすり寄ってくるものだからアルハは表情を弛緩させて撫で繰り回した。そしてついでに自分にとっての王という存在へのリスペクトを聞かせてしまった。

 アルハが前世で心打たれたエピソード。漫然とした生活の中に埋もれた皇国の誇りに染まったきっかけ。


「私ね、前世の記憶があるの。まぁ夢か物語に感化された女の妄言だと思いながら聞いてくれる?」


 それはとある島国の話。他の国が栄枯盛衰を繰り返し国名や民族の血を幾度も幾度も塗り替え合っている中で、同じように争いながらも一本の根幹の芯を連綿と繋いできた日本という国の話。二千五百年を超える皇紀を持ち、白人跋扈の侵略と強奪の時代を終わらせた猿と蔑まれた誇りある黄色人種の国。


「__肌の色の違いで争いが起きたの?」

「発展した国の人間の肌が白かったから、彼らは白くないものを支配下に置こうとした。宗教や麻薬や武力を使ってあらゆる国を支配していったの」

「日本は?日本は勝ったの?」

「負けたよ」

「えー!日本は滅びちゃったの!?」

「日本はそのまま白人列強国の属領として天皇の系譜を終わらせ国としての終焉を迎える予定だった」

「そんなあ!」

「天皇陛下と国連軍の総統が対面した時、陛下はどうしたとおもう?普通、敗残の王が敵将に何を願うと思う?」

「自分と家族の保護を願ったんじゃないの?服従と隷属を誓って命乞いをするんじゃないの?」

「だよね。でも陛下は、国民の命を乞うたといわれているの。咎はすべて己にある。国民を助けてくれと」

「ふわぁ!」


 仔細に記憶している訳じゃないけど、それをネットで知った時の衝撃と言ったら。アルハは前世に思いを馳せた。

 白人の脅威に下手くそに抗った我が国は民も皇も誇り高く、皇を奪えば危険だと思わせるほどの関係を築いていた。ちょっとオカルトだけれど、新興国が決して手にできない永き血と時間を畏れたのではないかと。嫉妬にかられた排他と支配の()とやらが、許容と迎合に長けた八百万の神々にたたらを踏んだのではと。


「色んな要因が重なっての結果として日本は存続した。その一因は気の遠くなるような歴史と懸命に繋いできた皇の血、その皇が持っていた心。それを私は誇りに思った。ちっぽけな自分がその国の人間として存在していることに歓喜したの」

「・・・!!」

「白人主義の根源たる女王と白人主義の先兵たる宗教の教皇。黄色人種で負け犬の日本の天皇は、国際社会で彼らと肩を並べられるの。そのすごさがわかる?」


 実際の前世の自分はただの総中流階級のド中流の一般人だけれど、あの興奮はスポーツで自国のチームが栄誉を掴んだときのようなものなのだろう。


「結局は民主化されたし、隣国の世話を押し付けられたし、負け犬根性を叩き込まれてるし、ポチ扱いだし。でも、歴史も文化も残った。だから、私は王室は至宝だと思うよ。悪政は排除して長く続けば続くほどいいと思う」

「でも民主化したら王様も平民じゃないの?」

「私のいた国では国と国民の象徴になったよ。そもそも皇室はその歴史の中でずっと権力を持っていたわけじゃなかったし」


 国を作った神の子孫、実際は世を整え統一した賢人だったのだろう。彼らはやがて貴族に、武家に、遂には選挙で選ばれた民衆に、流れるように権力を譲っている。彼らは帝という支配者というより、神事を司る祭祀としての側面があった。だからこそその系譜に混ざりたい権力者はいても、その系譜を終わらせられる権力者はいなかったのだろうか。オカルトでしょうか、あぁ夢が広がる。

 とにかく民衆の御旗なりうる王室より、特権たる貴族制度を畳む方が先だろうとアルハは思うわけで。


「王室は、国を救う力を持つことができる。より良い王は民の誇りになるんだよ。偉大な国はちっぽけな民の自信になるの」


 少年ははらはらと泣いていてアルハは焦るも、その表情が喜色に染まっていたのでどうやら元気づけることに成功はしたらしい。ほっと胸を撫で下ろした。


「ぼく、ぼく、頑張るね。みんなが誇ってくれるような王様になる!」


 感極まった天使が胸に飛び込んできたところで寮室の扉が開かれた。少し息を切らせたライオットが自室の光景を見て動きを止める。アルハは部外者と主人の部屋で駄弁っている愚図侍女具合に血の気が引き、可憐な美少年は__


「あ、ライライ!ぼくにアルハちょーだい!」


 満面の笑みで人ひとりおねだりした。が、ライオットは華麗に無視した。


「殿下、いや、アルハ説明しろ」


 殿下、その敬称に寒いものを感じながら、アルハは物音がして彼が泣いていたので会話に興じたそのままを伝える。抱き着いた殿下たる少年がアルハの胸にぐりぐりと顔を押し付けるが見目も雰囲気も天使なので特に抵抗感もなく、ライオットの無感情な視線のみがアルハを困惑させていた。


「殿下、行方を眩ませないでください」

「ライライごめんね!あのね、ぼくね、王様なってもいいよ!頑張るね!だからね、アルハちょうだい!」


 ぺかーっと輝く笑みに、ライライことライオットは驚いたように目を見開いて殿下の意思を祝福した。

 が、再びのおねだりは華麗に無視。ぷんぷんと頬を膨らませる殿下にアルハが口を挟む。


「恐れながら殿下、私は恩あってライオット様に絶対の忠誠を誓った身でございますので」


 その言葉にしゅーんと項垂れ、そっかぁ、と零されればアルハは罪悪感に苛まれる。アルハがつられて項垂れたのは一瞬、ビリリと電流のように危機感が脊髄を走ったので慌てて背筋を伸ばした。思わずきょろきょろとあたりを見回すも周囲には特に異変はなく、ライオットの無感情な視線もそのままだ。


「じゃあライライ、ときどきでいいから貸してくれる?それならいい?アルハの話がもっと聞きたいんだ」


 胸の前で人差し指同士をつんつんさせながら唇を尖らせながらの上目遣い。殿下が天使だからこそ成せる仕草であるといえよう。ライオットは諦めたように了承し、天使はアルハをぎゅむぎゅむ抱きしめながら喜んだ。一見腹黒を危惧する天使さだが、殿下は純白の天使。ありがちな黒オーラや笑顔のまま表情に影が差すことはないのだ。まことの天使は実在した。殿下の清らかなオーラとライオットから叱責がないことにアルハは頬を緩めて柔らかな髪を梳いた。

 ほどなく現れた殿下の侍従によってご機嫌さんな殿下は連れ帰られ、アルハは正座をしたままライオットの鋭い眼光を一心に受けていた。


「さほど疑ってはいないが再度確認しておく。物音がして、私の部屋に殿下が侵入して泣いていた、ので慰みに会話をしていた。以上か」


 こくこくと頷くと、少し肩の力が抜けたようだった。殿下ということはやんごとなき身分ですものね、またライオット様に迷惑をかけてしまったとアルハは項垂れる。


「すみません。殿下ということは、あの美少年くんは王族の方だったのですね。ライオット様にご連絡差し上げるべきでした。タメ語で話してしまってましたし、申し訳ありませんでした」

「・・・ためご、とは何だ」

「え、あの対等な言葉というか、敬語でない馴れ馴れしい話し方ということです」


 タメ語は前世用語だったらしい。アルハは会話のたびにライオットに前世でのみ通じる言葉を使って困惑を招いていた。そう、初対面のあの日から幾度も。ライオットは聞きなれない言葉をいつも興味深そうに聞き返すが、回答を聞くと満足するようで深くは追及してこないのがアルハにはありがたかった。ちなみに『逃げろイカヤキ君』についてもライオネル家滞在中に聞かれた。物語じみた童謡でうろ覚えの歌詞を話すと形容しがたい歪な表情をしていた。気持ちはわかる。


「『あの美少年くん』はオルガイア・ライオネル・イフスエル第一王子殿下。私の父の姉の息子、私の従兄弟にあたる。我がライオネル家はオルガイア殿下の後見人だ」


 あの泣いていた王子の味方だとアルハは聞いてほっとした。王子はオルガイア含め四人、王女が二人。オルガイア以外は側室の子らしく、案の定どう考えても身の危険に晒されているらしい。オルガイア王子殿下の命を守り、擁立し、陛下となってからも終生支えぬくのがライオネル家の方針とのこと。


「殿下に乗り換えたいか?」


 ギラリと目が光ったような錯覚。アルハは即否定を表す。


「おまえはリューン家からライオット家に行儀見習いとして出仕していることになっている。それが王子付きともなれば__」

「私が、家の貢献に靡くと思っているのですか」


 アルハは顔が歪むのを止められなかった。アルハが実家を忌避していることはわかりきっているはずなのに、とライオットを捉える視線に険を込めてしまう。


「__弱みにつけこんで体を開いた男と離れられるうえ、他の男に見初められる可能性も高くなる。あれらを無駄に喜ばせたとしても悪い話ではないだろう」


 少し気まずそうなライオットにアルハはぽかんと口を開けて思考停止してしまった。あの()()に後ろめたさを感じているというのかこの人は、と。真面目か。いや、赤毛君が真面目堅物で珈琲が飲めないとか言っていた気がする。アルハは赤毛君の言葉が真実であると確信した。確かに珈琲を注いだことがない。


「ライオット様は、私がどうなる予定だったとお思いですか?私は半ば奴隷か性奴隷のようにどこかしらに嫁がされる予定だったのですよ!」


 しかもそのまえに父親に犯されるという(おぞ)ましいオマケつき。アルハは老人の相手か醜男の相手、条件が合わなければ侍女らと共に奴隷として出荷も有りえたこと、売られた如何様にでもできる女にどれだけの嗜虐の可能性があるか思いつく限りぶちまけた。前世のエロマンガやエロビデオやら兄の部屋に隠されていたアブノーマルは母と掘り起こしてドン引きした覚えがあるのだ。暴力的に、嗜虐的に、見世物のように、身体を欠けさせたり等々知る限りの性的嗜好を力強く紹介され、さすがにライオットもドン引きしている。


「__それがですよ、父の手の及ぶ前に!超絶イケメンの!ノーマル嗜好な人が!優しく!気持ちよく!抱いてくれたんです!どう考えてもご褒美です!本当にありがとうございました!」


 猛る想いのまま土下座した。悪夢から救ってくれたことも、そのあと放り出さずに面倒を見てくれていることも奇跡に等しいことでライオットは欠片も気兼ねる必要はないのだ。だからライオットにこそ尽くしたいと思うのだ。女の幸せなどいらない。ライオットがこの先思うままに歩み、ステキな奥方を娶り、子をなし、いつか潰えるその間、仕えるだけ仕えてその幸せの一助となりたい。

 その旨を必死に伝えている間に、脇に手を差し込まれ、立たされ、いつのまにか流れていた涙を拭われた。見上げた顔は怒っているような、笑っているような、嗤ってるような。双眸の揺らめきは水面のように清廉なのに、陽炎を錯覚するほどの熱を孕んでいるようにみえた。

 軽く押され、ほんわりと極上の寝具に受け止められると、間もなくライオットがアルハを組み敷く。


「褒美をやる」


 褒美を貰う覚えもないし、比喩だし、色々おかしいと反論することもできないまま、叫んだ内容をなぞるように、ノーマルに、優しく、気持ちよく抱かれてしまった。

ようやくタイトル回収。

アルハの前世語りはアルハの個人的な解釈ですので話半分に受け止めてください。

昭和の天皇陛下の逸話や序列ついてはよければ検索を。

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