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破れた瓜

性被害未遂表現があります。ご注意ください。

 午後、娘を攫った責任を弁償をと息巻いてきたリューン夫妻との話し合いを直接聞くことはできなかったが、ライオットはあっさりアルハの身柄の主導権を確保してきた。悪事を掴まれた小悪党には、要求を突き付ける、悪事の露見を匂わせる、要求を飲ませる、の三段活用で済むので大したことはないと気軽に言うが、いざやってのけるとなると人間相手のことお見事という他ない。そのうえで後日別方面から悪事にメスを入れるというのだから上流階級者というもの恐ろしい。

 アホを叩きのめしてすっきりしました、とでかでか顔に書いて口頭でもたいしたことなかった、と言われればさすがのアルハも少し肩が軽くなった。


 対外的にはライオネル家が保護している男爵令嬢ではあるが、アルハは紺色のお仕着せを着て見習い侍女をやっている。感情表現の乏しい侍女たちに細かい取り決めや紅茶の入れ方を習いながら、執事や近衛の方々から護身術や護衛術の指導も受ける。いずれはライオットの傍仕えとして動くことが求められているようだ。貴族令嬢としての立ち振る舞いは随分昔に途切れているものの、なんとか当たり障りなくこなせてはいる。前世の会社勤めが秘書方だったこともあり、なんとなくそれっぽい空気にも慣れていたことが幸いした。

 課題があるとすれば文字の読み書きであった。今世の言語より前世の言語に偏り、実家では自作の翻訳辞典を作成し慢心していたので話し語る分には一人前だが、綴るとなると書き出せる単語のレパートリーが乏しすぎた。単語の綴りを覚えつつもこりず翻訳辞典を再作成している。


「アルハ、掃除が終わったらライオット様に午後の紅茶を」

「わかりました」


 大抵ライオットの傍らに控えているので一番に信を置かれていると思われる侍女ミラース・ジェルル。栗色のひっつめ髪にややきつめの面差しに年は二十歳間近であろうか、彼女がアルハの侍女業務の主な教育係だった。ライオネル公爵家に代々仕えるジェルル子爵家の令嬢で、アルハを刺す剣呑な視線は日々研ぎ澄まされている。最初の着替えの際必要以上にアルハの体に触れたこともあり近寄りがたい女性である。今なおアルハのことは認めないとばかりに他の侍女に対しての態度と区別をつけ、つっけんどんな教育をしてくるが、敬愛するご主人が抱えた不良債権である自覚があるアルハは彼女の心情を慮りおとなしく従っている。

 ニートよろしく自室に籠ってぼーっとしていた過去とうってかわった忙殺される日々。充実感に満ちた暮らしを味わうこと二週間、アルハの顔色は芳しくない。ワゴンを押して執務室に入り、多少拙くも丁寧に紅茶を注ぐアルハを観察しながらライオットは声をかけた。


「辛いか」


 アルハはとんでもない、と頭を振った。


「日々新しい挑戦に充実しております。家では何をするでもなく過ごしていた身ですので」


 表情に嘘はないと確認しながらも、ライオットはアルハの目元を染めた隈が気になっていた。保護してから少しづつではあるが着実に濃くなっている。執事からの報告ではここ最近ぼーっとしたり立ち眩みでふらつくことも多くなってきているとのことだ。


「眠れていないのか、なぜ」


 ライオットの問いにアルハはたじろぐ。まだ環境に慣れなくて、という言い訳は嘘だと見抜かれた。寝具が合わないと嘘をつこうとしたした唇は本音を拾って称賛してしまった。言い籠るアルハにライオットは溜息を吐くと、無理はするな、と一言告げた。アルハは心配されたことが、させたことが、申し訳なくもくすぐったく嬉しくて、精一杯の感謝を述べる。紅茶時間(ティータイム)がおわり、ライオットが執務を開始したのを確認してそっと茶器を回収し、黙礼して退室した。


 諸々を終えて夜、夜会後運び込まれてそのまま宛がわれた自室に帰ってきたアルハは、前世の言葉で日記を、今世の言葉で訓練内容を書留めたあと、ベッドに転がった。極上の感触に身体を休めながらも、眠気が意識を霞ませるようになると掛布団をもって部屋の隅に縮こまって備える。

 あの夜会の後、ライオネル家に居ついた日以来、アルハは悪夢に苦しめられていた。

 今世でも前世でも夢の情景がどちらであろうとリューン男爵が迫ってくるのだ。ある時は一人で、ある時は母と二人で、あるときは奴隷に仕立てる哀れな侍女たちを率いて、あるときは見知らぬ老人や醜男(しこお)を連れて。追いつかれ組み敷かれ、服を破かれ、体をまさぐられる夢。下卑た男どもが一線を暴こうとしてくる夢。お初は自分のものだと嬉々として宣言しながら服を脱ぎ、爛爛とした狂気をはらんだ目でニヤニヤと手をかけてくるリューン男爵の、夢。両親の悪巧みを盗み聞きした日の悍ましさが、恐怖が、纏わりついて離れなかった。

 逃げる、逃げる、見つかったら悍ましいことをされる。逃げて、逃げて、前世の社会人時代の独身寮に逃げ込む。震える手で鍵をかけてチェーンを刺して、奴がドアを叩いて興奮した雄たけびをあげているのが怖くてリビングに入ると母がいて、縋るように抱き着くも、耳元に囁かれる声はリューン夫人の声。捕まえた、ほうらあなた、つかまえましてよ、と玄関に声をかける。鍵もチェーンもかけたのに、現れる興奮した男ども。あっという間に四肢を絡めとられ、組み敷かれる。服を身体を弄られる。母はリューン夫人へと変わり、ケラケラと愉しそうに私と男どもを眺めている。リューン男爵が初物初物と歌いながら両手を縫い留める。気持ち悪い、いやだ、助けて、ライオット様―――


「____っアルハ!」


 アルハにしてみれば、いきなり両腕を縫い留める男の顔がライオットに代わっていた。扉脇に置かれ燭台が淡く照らたそのひとは秀麗な相貌を歪め、強く私に呼び掛けている。うまく呼吸が出来なくてはくはくと喉を震わせながらアルハゆっくりとライオットと目を合わせた。ライオットはそれだけでアルハが悪夢から逃れたことを察したらしい。


「何に苦しんでいる」

「なんでもな__」

「なんでもないわけがあるか!答えろ!」


 ライオットが怒っている。それがアルハにはショックだった。どうしようどうしようとそればかりが脳内を占めてしまって狼狽えていた。

 ガタン、と扉の方で音を立てたのは老齢執事のセバストだ。外から様子を伺ってくれていたらしいが、扉に男、それだけでアルハのパニックを呼び起こした。


「いやぁ!離して!あいつが来る!あいつが来る!いやっ!いやあ!」

「リューンのことか!」

「初物好きの変態!追いかけてくる!逃げないと!逃げないと!」

「セバスト、もういい下がれ。許可するまで誰も寄越すな」

「かしこまりました」

「助けて!ライオット様、ライオット様・・・」


 セバストが一礼し扉を閉め人払いをしたのを確認して、ライオットは尋常なく震えるアルハごとベッドに乗り上げた。寝間着のシャツはアルハが己が指の血の気が引くほど握りしめられ、縋って埋めた顔の涙を吸っている。身柄を預かってから日に日に窶れていく様子が気になって、寝付いているであろう深夜に寝顔だけ確認しておこうと部屋を訪なったのだ。リューン男爵の下衆な企みがここまでアルハを蝕んでいるとは思っていなかった。なんせ未遂で終わったのだ。アルハは一度たりとも穢されることなく保護できた。しかしそれは狙われる理由を保持したままの彼女を苛む結果となっていた。

 アルハが籠城していた部屋の隅には掛布団が取り残されている。ベッドの上には深緑の寝間着(ベビードール)に身を透かせたうら若き乙女。晒された薄飴色の肌は興奮で汗ばんだのかしっとりとしていて、押し付けられた胸は意外にも豊かな弾力を伝えてくる。やや広めの肩は少女の幼さや脆さを感じさせず、なだらかにくびれた腰は、滑らかな総丘を湛えた下肢は。とにかく状況はライオットを雄として奮い立たせるに余りあるものだった。

 丁寧に白んだ指を剥がし、シーツに縫い留める。褪せて疎らな暗金色の癖髪が白に踊りでて、濡れたモスグリーンにライオットが映りこむ。


「助けてやる」


 ライオットの言葉にアルハの焦点が絞られ、揺れた。しかしその意味は理解していないようだ。

 降ってきた唇に捕らわれ、口内を舐られ、ようやくアルハは身を捩るも、困惑と混乱と戸惑いで占められた抵抗は抵抗の体をなすこともできず。


「受け入れろ。身も差し出す、と私は確かに聞いた」


 と、言われてしまっては。アルハの四肢から力が抜け抵抗は終わった。探るような手つきにライオットも未経験なのかななどとぐちゃぐちゃな心の片隅で推察しつつ、もたらされる温度を受け入れていった。


 放られた寝間着が床に散らばり、荒い息遣いが部屋に満ちる。やがて訪れた痛みが確かに一線を貫いたことをアルハに教えた。これは主からの慈悲だと理解しているし、その慈悲をありがたく思う。幾夜も苛んだ下衆な男の影は薄れ、今楔を突き刺している高貴な主が我が身に心に満ち満ちていく。差し出した。身も心も召し上げられてしまった。


「これで、お前は、僕のものだ」


 私のすべては彼のものだ。

 あとはただ、二人でひたすら熱く溺れていった。

アルハは前世を含めると十分成年しています。ということで。

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