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社かいと交わる

「女性の社会参画ぅ?」


 いわゆる女子会ともいえる高位貴族女性の招待制サロンで飛び出た言葉にノルウェットは思わず母親の背に隠れた。

 サロンへの招待を受けた当人である先代ローズ公爵夫人ロゼリンは、貴族女性らしい服飾その他趣味嗜好の流行に話題の重きを置いている娘の委縮を察しながらも当たり障りなく優雅に挨拶をこなしていく。主催はメイディアナ王妃の側使えを務めるところであり、参加者のめいめいが側妃と近しい。ノルウェットが宮中晩餐会に招かれた際にメイディアナ王妃が関心を寄せていたらしい事柄への観測気球を兼ねているのだろう、とあたりをつけながら教養の引き出しを探った。


「お母様、私もう帰りたい…。」

「あらまぁ。社交界の花を目指すという志はどこへいってしまったのかしら。」


 招待を受けた母の誘いに頷き意気揚々とサロンへ乗り込んできたはずのノルウェットは、早々に庭先に逃れぐったりと打ちのめされていた。今更ながら学院で同世代の相手をするときは爵位が、公爵夫人としてウィルオストと自門を駆けずり回っていた際には先代公爵の娘に対する配慮が、また立場のある紳士として余裕をもって年若い令嬢を丁重に扱ってくれていたのだと気付かされてしまったのだ。

 令嬢から夫人へ看板を背負いなおし貴婦人の戦場にでてみれば、先代ローズ公爵の顛末を嘲られ、若輩者と侮られ、王子落ちのウィルオストの引き取り先として憐れまれるばかりか一緒になって奔走していることさえ労われる始末。どれもこれも直接的な言葉ではない。あんたらが噂の京都人なの!?と叫んでしまいたい煙に巻いた嫌な言い回し。女の醜悪さを煮詰めた鍋にぶち込まれた気分だ。

 人間関係を円滑に構築する武器である愛想と記憶力は前提の敵意と世代格差による話題の切り口が鈍くどうにもやりずらい。けろりとしている母をよそにノルウェットは八方塞がりだった。


「ノルは賢くて難儀なことねぇ。皆さんご丁寧に口元を隠してくれているのだから、腰の引けた嫌味なんて字面のまま受け取っておけばいいのよぉ。」

「それができるお母様を尊敬してますよぉ。目元口元文化の違い? 口元隠してたって目付きで悪意ビシビシだし。てか何、散々働くのが恥!って詰ってきて議題がアレ? ダンジョキョウドウサンカクシャカイキントウホウって中身あったっけ? 専業主婦の家事時給換算はどうのこうのって類のイチャモンつけてほしいわけ!? 専業主婦してる貴族女性なんていないでしょうけど! あああもういっそムカつく…!」

「あらあら、気も品も放り投げてしまって。…メイディアナ王妃陛下の肯定派を作りたいようには思えないのよねぇ。だから忖度しようにもどちらにつけばいいのやらみんなわからなくて困ってしまうのよぉ。八つ当たりだわぁ。ふふふ、お気の毒様。」


 ロゼリンはにこやかに肩をすくめる。公爵夫人として家令を伴い屋敷内での催しや接待、貴婦人として奉仕活動に幾度か赴いたことはありこそすれ、王宮に仕えたこともなければ賃金を得たこともない。それが必要であったこともない。これからそういった活動をしようともしたいとも思わない。

 少なくともこの国で貴族の婦女であるならば、令嬢として父に養われ、夫人として夫に養われる。王宮へ召し上げられ従事しようとも個人宛てに給金が下りたりはしない。所属元の家長が取り仕切るもの。大成した商家の女将でさえ伴侶がいなくては融資もままならない。

 令嬢として教養を身に着けて娶られ、夫の子を成し、庇護下で己の居場所を整え、己に見合った人々と関わり有閑に暮らす。貴族女性としての生き方になんの疑問も抱いてこなかった。夫が投獄のち処刑の憂き目にあって身の振りにいくばくかの不安も過りはしたが、それも結局うまく取り纏められて恙無く過ごせている。ロゼリンの人生にこれといった登りも下りもなかった。

 現状の変化を望まない。おそらくはそんな自身の感想はこの比較的恵まれた夫人の集いにおいて多数派だろう。かといって、メイディアナ王妃が注視しているとあっては表立って反論することも避けなくてはならない。そうやって惑えばこそお手軽なノルウェットで憂さ晴らしをしてしまうのだ。下に置かれたことのない娘の苦戦に苦笑すらこぼれてしまう。

 それでも参加した以上仕方ないのだと言い含めてロゼリンは娘の手を引いた。


「だったら女性当主も当たり前になるのかしら。」

「女性に選択肢がないから男性が威張っているだけなのよ世の中なんて。」

「並の男性を凌いだ稀代の女性騎士も結局は貴婦人の警護にしか宛てられなかったものね。」

「男だから女だからと、こうも待遇に差を生んでいるのは実のところよくないことなのでは。」

「所詮貴族の女なんて政略結婚の道具にされるのが常…それが変わるのかしら。」


 よく動く口を持て余している者達に感心してしまう。女だからと見くびられたくはないが、女だてらと勤しむ気もないくせに。大抵の女はただ認めてほしいのだ。(じつ)がなくとも立派な()であると。男はそれをこそ嘲り、そういった女の面の皮の厚みを果肉を啜るように味わうのだと思い至らない様はいっそ可愛らしい。稀にメイディアナのような厚い実の内に(たね)を持ち、無警戒に齧りついた男の歯を砕きかねない女性もいる。それをアタリと褒めそやそうがハズレと吐き捨てようがつまりはやはり稀にかわらず。大抵の女性は誰かがやるだろうという他力と、やっている誰かの属性をかさに着てさも我ぞあらんと膨らませた胸を押し付けて、手管や口先をもって男に甘え続けるのだろう。

 歯を砕かれたとして女の(たね)を土に埋めて芽を出す機会を与える寛容さを男が持ち合わせるならば、女の高慢さはようやく毒になるのだろうとロゼリンには思えた。


「ローズ夫人もそう思いませんこと? あぁ、ノルウェットお嬢様とお呼びした方がよかったかしら。お母様と一緒のご参加ですものね。代を譲れば当代のために遠慮しそうなものですけれど、ロゼリン様は…ふふふ。いえ、なんでもありませんのよ。」

「そうだわ。ロゼリン様こそ前向きに考えられてはどうかしら。色々と手を離れた今ですから、ね?」

「結果的に公爵家に嫁がれて本当に良かったですわ。王室で一連の有様でしたら国家の一大事でしたもの。元公爵の体たらくを差し置いて、ロゼリン様はかくも美しく堂々としてあられて。」

「ローズ夫人はウィルオスト殿下…いえ、当代ローズ公爵と一緒に懸命に奔走しておられますでしょう? ぜひ働く女性の視点を聞かせていただきたいわ。ほら、ここが平民の集まりであったなら多くの語り手があったのでしょうけどあいにくですから。」


 観測気球どころか忖度が暴走して一方的だわぁ。と、ロゼリンは口撃に口端を上げ、寄ってこない友人(とりまき)たちを視界の端で数えた。そして意味もなく勢いづいている口さがない女性たちを一瞥して首を傾げる。そんな必死に取り繕って、仮にメイディアナに阿って、なにを得られるのかしらと。

 空気を読んでせがまれるまま「働く女性」としての言葉を紡ぎだしたノルウェットの言葉を遮るように、ころころと笑う。表情は好意的に模り、声色は無垢を知らしめるように。


「皆様ものすごく意欲的なのねぇ。私なんて、娘にはもっと楽をしてほしいと思っているのに。」


 メイディアナ陛下がそれに否を唱えているのになんてことを。すわ二大公爵の反目かとざわめく会に対しロゼリンの心中は凪いだままだ。物心ついた時からこの疎外感とは切れぬ仲であるがゆえに、敵味方構わず心にもない愛想を振りまける。


「食べるに困る生活ではないのだもの。あの人がむやみやたらに広げた裾野なんてある程度切ってしまってよかったのよぉ。それを身分に伴う責任のなのだと駆け回って。ウィル君もとても優秀だから、あの人の遺したものは恙無く引き継がれたわ。今日は名代を終えた娘を改めて皆様に披露したくて伴わせたのよ。」


 勤しんだ娘を、メイディアナの意向を、肯定しつつ否もちらつかせる。ロゼリンのあっけらかんとした様子に安心したのか、壁の花を担っていた友人たちがようやく壁から離れて寄ってくる。援護気取りの賛辞に滲む労働軽視と有閑自慢がロゼリンの目前で空滑りしていった。


「ロゼリン様は陛下の婚約者でありましたのにメイディアナ陛下に強請り取られてしまわれて、前ローズ公爵がロゼリン様を娶ったのも王家との繋がりが故などと噂されて、挙句の顛末はご存じでしょう。…私どもにはとても推し量りきれない心痛を抱えておられるのですよ。皆さま、もうすこし淑女としての配慮を嗜われてはいかがかしら。」

「っ!」


 友人(とりまき)のうちから漏れ出た憐憫の泥にさえ心動かされることはない。

 父親に反感を持っているはずのノルウェットの方が揺れたことに、あら、と片眉を上げて、でも、それだけだ。落ち着くようにそっと背中を撫でれば優秀な娘はきちんと心を鎮められる。


「あらそう? あの人が成し得たことを把握しているのは私だけなのかしら。」


 王室とローズ公爵家を対立させかねない言動を発した友人をそっと突き放して、心中の弛んだ縁の糸をぷちりと切った。含みのある言葉は面妖な思考回路を持つ人々の口を容易く塞いでくれる。

 ロゼリンの世代以上においては周知であるが、前ローズ公爵は才気あふれる大変に麗しい貴公子だった。その彼が王室に抱いた執着心の正体こそわからないものの、折角の細身を社交で樽のように変容させながら富を膨らませ続け、ついにはその樽と引き換えて王統の血を家門に引き入れた執念の成就には素直に拍手を贈りたいと思っている。それを誰に理解してほしいとも思わないが。

 夫も、メイディアナとその弟も、何かしらに熱をあげた野心家でロゼリンにはついぞ理解が及ばなかった。若かりし王子殿下であった陛下に零せば困ったように笑ってしまわれて、結局陛下との婚約は解消されて夫と結婚していたことについても、陛下に恋をしていたわけでもないのでどうこう思ったこともない。


「あの人は何不自由なく養ってくれて、授かった娘はウィルオスト殿下を射止めてみせた。私は他者に手を差し伸べられるほど己を不憫とも無価値とも思っていないのよねぇ。」


「…ローズ公爵家は、現状の貴婦人の立場に異論はないと?」


 主催の夫人がコツコツと踵を鳴らして近寄るのに皆が道を開ける。ロゼリンと夫人が面と向かう前にするりと躍り出たノルウェットが文句のつけようのないカーテシーを披露してみせた。


「前ローズ公爵が嫡女、当代ローズ公爵が妻ノルウェットがお礼をいたしますわ。夫人。この度は母を招いてくださりありがとうございます。お陰様で若輩者の私もこの華やかで有意義な集まりに紛れ込めましたの。」

「あらあらどういたしまして。慇懃無礼な様はお父様譲りなのね。個人的にはとても好ましいわ。次は貴女宛てにも招待状を出してもよろしくて?」

「ええ是非に。先日光栄にもメイディアナ王妃陛下の晩餐会にもお招きいただいて、皆さまが心寄せている話題についてはすでに聞き及んでおります。発案の口元とも特別な親交ある仲ですので、口出しを控えるべきかなと思っておりましたけれど。ローズとして心持ちを示すことで皆様が落ち着きを得られるなら、今、夫人の前で明言してさしあげることもできます。」

「そう、ではお願いしようかしら。ローズ夫人の個人的に親交のある仲の発案の口元、アルハ様の目の前でどうかしら。」

「のぞむところですわ。」


 即答に目を見開いた夫人へ、ノルウェットは茶目っ気たっぷりに笑ってみせる。

 押そうとも引こうとも手ごたえのない幻の花と揶揄される母親と違い、ノルウェットは敵意にも構わず擦り寄って絡めとろうとする猫だ。

 社交界でフォローすると約束したことなどなんのその。プロレスリングの相手側コーナーに召喚されたような格好の、その内心を隠すことなく疑問符を撒き散らし困惑と緊張でガチガチになって登場したアルハへ気負いなく歩み迫り、ノルウェットという知人を見つけて目尻眉尻の情けなく垂れた小心者に胸すら張ってみせた。


「アルハ、私は現状でも私たち貴婦人が活躍していないだなんて思わないけれど?」


 出会い頭に突き付けられた言葉にアルハはきょとんと瞬きを繰り返し、夫人に耳打ちされて及第点のカーテシーを披露してからひとつ頷いた。


「ええ、はい。それは喜ばしいことです。えっと、ですが、ノルウェットさんは、所属を自由に選び自立したいと主張する女性たちを否定しますか?」

「しないわ。」


 愛想をひっくりかえしたノルウェットの言い草に緊張を解いて平然としているアルハの様相は、二人の気兼ねない関係を浮き彫りにする。


「アルハこそ、勤めに出ない女性は家畜か穀潰しかと断じるつもり?」

「とんでもないです! 社会的に常態しているので意義役割は確立されています。貶める意図は全くありませんっ!」


 否定したアルハに周囲は視線を彷徨わせた。賛意を示せばいいのか否定を示せばいいのか結論はどこにあるのかと。誰に従い、どうご機嫌を取ればいいのか測りかねて惑っている。


「じゃあなんで男女共同参画社会均等法みたいなこと言うの!?テストに出すため?」

「言い得て妙ですが認知させて世論を動かす意義はあったんですよソレ。問題は時代に合わせた縮小や活動内容の取捨選択が杜撰すぎてハコモノという愚に収まるばかりか公金搾取のスキーム化してこども家庭庁という受け皿おかわり…んんっ、結果として政の愚の象徴だとは思いますけど…」


 聞き馴染みのない言葉の羅列が周囲を置き去りにしていた。そんな全体の雰囲気をまとめなおすようにロゼリンはアルハに声をかけた。


「メイディアナ王妃陛下は選択肢を与えてくださるおつもりなのでしょう?」


 挟んだ口にビクリと肩を跳ねさせたアルハの顔がありありと「どちらさまですか?」といって固まっていることにロゼリンの気が抜けそうになる。虫食いのように色の抜けた髪も相まって、ライオネルの愛で花のなんと素朴なこと、と。


「アルザがライオネルに捧げし角、アルハ令嬢ですわね。ノルウェット・ローズの母ロゼリンですわ。」


 娘がいつもお世話になっているようで、ああいやこちらこそ、という定型じみたやり取りを終えて「本当に仲がいいのね」と嬉しそうな母親の顔をすればアルハは心安く苦笑した。出入りの商人のような気安くも阿る雰囲気。ノルウェットのわざとらしくふてぶてしい物言いを含め、なんとなく距離感を察する。


「話を戻しましょう。メイディアナ王妃陛下は積極性を持て余した女性の後押しをされたいと?」


 ロゼリンの問いにアルハは言葉を練ってから頷いた。


「…勤労意欲の昇華というよりは多様性の容認といいますか、メイディアナ王妃陛下は禍根なくかつ貴賤を問わず全ての女性の選択肢を拡げたいとお考えのようです。」

「それ、アルハ的にどうなの? 逆じゃない? 女は家庭で産めよ増やせよ的な思想でしょう?」

「国体的にある程度は産んで増えてもらわないと続かないので間違いではないですが、だからといって独身主義の方や子なし夫妻、一人二人っ子家庭を非難するつもりもないです。多様性を認め寛容であるからこそ故国は罰則でなく優遇措置をとっていたわけですし。推奨と排斥は対にあらずというか。メイディアナ王妃陛下もその辺りは同意のようでした。」


 つまりはどういうことなの? という空気にロゼリンが杭を打った。

 サロンの参加者に響くように、打ち手を目立たせもしないように、耳障りよくふんわりと。


「イフスエルの品位の底上げを図りたいのね。それも女性の側から。」


 その言葉を待っていましたと言わんばかりに主催の夫人が喜色を浮かべる。アルハを半ば押しのけて、ロゼリンの手をそっと持ち上げ周囲に親愛を示した。


「流石でございますロゼリン様! メイディアナ陛下は向上心ある方々の後押しを考えておられますけれど、人と違う道を歩こうとすれば口さがない囀りに見舞われることが世の常というもの。その煩わしさをメイディアナ陛下は取り去りたいと願っておられるのですわ。」


 よろめいたアルハを支えたついでにノルウェットは声を潜めて当たり散らした。前世ですら専業主婦と共働きの確執はリアルSNS問わず存在し、近代でありながら男女の給与格差はあって当然で業務内容すら棲み分けがなされていたというのに、それを()()()()()で是正に持っていくだなんて到底無謀だろうと。

 改革を掲げるならばまず民主主義を取り入れ、貴族制を撤廃し、私たちのいた現代まで照らし導いてあげないと。未知の理想へはそれからだろうと。

 アルハは静かに首を振って否を示した。

 イフスエル王国を故国そのものにする必要はない。貴族制だってひとえに悪手と断ずるべきでなく、すべては是々非々であり、模倣より最善を探るべきだと思うからだ、と。


「ノルウェットさん、メイディアナ陛下は血統異能の保存意図を除き男女の差分は必要ないと考えておられます。王妃陛下の意向に公爵位が乗れば主流を染め変えるのは前世より容易いと思いませんか?」

「お母様は私に楽をしてほしいと言ったわよ。」

「はい。ロゼリン様は現状維持で構わない層に『それでいい』と肯定を与えられたので。意図はどうあれメイディアナ陛下の望んだ姿勢をとってくださいました。」

「…ああ、そういうこと。品位、ね。『いじめダメぜったい』って? 革新と保守の確執がぶつからないように、どんな道を選んでも見上げず見下さず、互いにそれがなにか?って受け流せる下地を協力して作っていかないかってこと? 無謀だと思うけれど。前世でも無理だったのに。」

「そうなんですよね。共通認識の構築を自制心と併せて普及だなんて相当ハードル高いんですよ。王妃陛下の主目的は実家か婚家に所属が絞られる貴族女性の自立独立の道の確保ですが、お貴族様を平民の一般就労に放り込んだところで落差軋轢地獄でしょうし、新規に立ち位置を作ってそれこそ故国のハコモノ縁故天下りに至ると百害ですし。報酬を個人渡しにすると収入の減る当主勢の反発必須で家制度の崩壊を招きかねず…。

 交通の発達なりに伴って進んだ核家族化によって、田舎のしがらみや親族関係の煩わしさから解放されながらも頼る身内や近隣住民との縁も切れて孤立が進んだ故国に等しく、良くも悪くも扶養の形態が揺らぐわけで。働く働かないの選択に伴う対立意識解消以前に、女性の孤立に差し障らない治安環境も含めて何をどういう順番で改革していくつもりなのやら私にはさっぱり…」

「…何言ってるかわからないけど、あえて理解したいとも思えないわね。」


 公爵位というけれど、ライオネル当主や夫人の意向は大丈夫なの? と半目で見やるノルウェットにアルハは気まずそうに乾いた笑いを零した。自身も同様の疑問を呈したことを思い出して__




「__そんなこと。ローズさえ引き込めたら、私とあなたで事足りるじゃない。愚弟は論外だし、現ライオネル公爵夫人代理なんて、あんな偽物の立場はあってないようなものよ。未来の公爵夫人が気にすることないわ。」


 先日、後宮で同様の疑問を呈したアルハにメイディアナはそう嘲笑った。

 そして、妙な外堀を掘り返す間もなく突如天窓が割れた。

 降り注ぐ破片は突如現れたカゲだろう人が庇ってくれ、同じく肉壁に庇われたメイディアナの笑い声が響く。同席していたカカロン側妃は慌てて机の下に隠れていた。

 動揺のあまり動けないアルハと違って、メイディアナは降りかかるガラス片を気にも留めずに爛々とした瞳で敵対者を捉える。


「あはははは!まだまだ身軽なのね、そうよね!孕ませてあげなさいと愚弟に言ってあげようかしら?んふふふふっ!お断りよ!お嫁さんにも嫌われてほんっとうに立つ瀬無いの!ふふっ

 お腹を痛めたわけでないばかりか母とも呼ばせなかった乳母未満が!ただでさえ忙しいあの子をこれ以上煩わせないでちょうだい!」


 掴んで投げた燭台は何にぶつかることなく放射線を止められる。その燭台の人為的な動きがなんとなしに頬ずりを連想させた。


「去ね!!!愚弟!!!!」


 くわっと嫌悪を爆発させたメイディアナの叫びで心底嬉しそうに姿を顕現させたライオネル公爵は、いざ濁った恋情を奏でるより先に、犬の躾もできないなんて見損なったわと吐き捨てられてつんのめった。相当ショックだったらしくあからさまにしゅんとして用件も言い出せず、手に持った燭台ごと姿を消した。天窓の向こうから縋るようなルインの声が聞こえたけれど、もうなんか、一瞬がもう、お腹いっぱいだった。


「ライオネル怖い…」


 机の下から聞こえたカカロン側妃の弱音に心中全力で同意した。こんな出来事が日常茶飯事ではないのがせめてもの救いなのだと側妃は身を縮めたまま力なくこぼしていた。

 愛は地球を救わない。愛がある限り世界から確執がなくなる日は来ない。純然たる事実を骨身に染み渡らせて、それでも大抵の人々が故国のような安全で安穏とした日々を送ることができればと、アルハは自身の両手を絡ませて虚ろに平穏を求め祈るのだった__




 と、回想するがまま遠い目をしたアルハの肩をノルウェットが軽くたたく。大変なのね、言外の慰めを察してアルハの肩はますます下がった。

 ロゼリンを利用したかったのか主催夫人のパフォーマンスは成功したのか否か、各々自由に歓談を再開すべく散っていく貴婦人たち。歓談というほど穏やかではなく、実態は周囲の意見との擦り合わせと己の立ち位置の把握と波打ったものの均衡を得るがための探り合いだ。

 社会に溺れてしまわないように息を合わせて手を繋ぐ。沈む隣人の巻き添えにならないように軽く、自分が沈んでしまわないように強く。溺れそうな気配を見極めようと探り、己こそは見放されないように礼節を駆使し笑顔を浮かべて。いざとなれば隣人を沈めてでもと悪意すら潜ませて。

 貴婦人はただでさえ寄る辺ありきの身だ。実家が、夫が、子が沈まないように諸々の爵位の上下も考慮して一層の神経を使うのだろう。煌びやかで談笑が和気あいあいを奏でるサロンであろうと、皆その腹の内は真剣そのものだ。


「公爵家に転生してよかったと今日以上に実感した日はないわ…。」

「上が少ないですからね。私も最底辺だった時は一律目上でわかりやすかったんですが…」


 トホホと気落ちするアルハの手をとってノルウェットはニヤリと笑った。


「さぁ、気を取り直しなさい。ローズ(あたし)に頂点にいてほしいなら、あなたも這い上がらないと! 私の家門に連なるご婦人を紹介するから王妃陛下側との顔通しをしなさいよね! いいわ、望むところだわ。折角叩き込んできた名鑑暗記を無駄にはしないんだから!」

「へ? あ、ちょっ」


 調子を取り戻したノルウェットは、野蛮なアルザと一級危険家門ライオネルの二枚看板を背負うアルハを盾に、ご婦人方へ懐っこく声をかけながら専門外な話題の諸々をアルハに押し付けかつフォローする体で上手く操縦してみせ、当初に侮られた印象をひっくり返して回った。

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