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仲は違わず

「…王妃陛下の言に乗るわけではないが、より堅実に君を確保しておく手段として成婚してしまいたい。それでなにをしろという話ではなく、今まで通りでいい。君が私のものであるという揺るぎない地位を受け取る気はないか。」


 事後の提案にアルハは朦朧としながら首を傾げた。忠誠を誓い、婚約者の看板さえかけて、今まで通りでいいのなら今まで通りでいいということではないかと。なので身を弁えて、「すでに受け取っております」と自信をもって答えてから睡魔に意識を委ねた。


「…そうか。」


 三拍の沈黙を経てライオットは湯あみに向かった。



 幾日後、ライオットは王宮にあるウィルオストの私室を訪ねた。

 ローズ公爵夫妻は揃って学生であるから勿論ではあるが、非公式ながらノルウェットは書庫に関わるものとして、ウィルオストはその監視として王都に留まることが良しとされている。公爵領との連携は元恋敵連中の家門のツテや掌握したローズ家門の人員、個々として信頼できる第二王子陣営の人員やらを総動員して何とかやりくりしている状態だ。表面的な舵取りは安定しているので、後学のためにライオットの策謀のいくばくかに関わりたいとのことで呼び出しを受けていた。

 が、実際話を詰めてみれば、余力の貸し出しを受けるよりローズ家門内の混乱に乗じた情報収集や取りこぼし案件の回収で独立した両家混成部隊を立て連携を試みることで互いに益がでるとの結論になり、ウィルオストは肩を落とすこととなった。


「…助力を申し出たのに、かえって助力を受けることになるとは。情けない限りだ。」

「表の最大家門に手を入れるまたとない機会だ。互いに案件に噛み合い益を引き出すことの何が情けない。」


 お前だからここまでできているのだろう、と何気なく付け加えられてウィルオストの脳内に祝福の鐘が鳴った。

 内心の興奮を抑えられず取り留めのない話を並べ立てて捲し立てるウィルオストに、冷静で端的な返答を返すライオット。二人が座っている応接セット近くの執務机で山積みの書類と格闘しているノルウェットは、ライオットの表情に「こいつよくしゃべるな」と脳内でアテレコしてしまった。はしゃいでいるウィルオストの様子とのギャップに微笑ましさと哀れみが並んでしまうので努めて目を逸らし平静を装っている。


「__それはそうと、メイディアナ陛下も言及してはいたが君はいつ公爵を継ぐつもりだい? アルハ嬢との婚姻は卒業後にでもといったところか?」

「拒まれた。」


 ウィルオストが瞠目した状態で数拍。適宜処理しきれなかったために聞き返すもライオットは同じ返答を繰り返した。何故と首を傾げれば、さあと首を傾げられる。


「ただ私のものであるために、と。いずれ公爵を継いだとして君に何をさせるつもりもなく、何をしなくてもかまわない、と。それでも次期公爵夫人の地位は腹の底から眼中にないらしい。」

「左団扇を確約したのか君は! アルハ嬢もそのうえで断るだって!? 互いに相手に対して無欲すぎないか!?」


 理解できないと首を傾げる男二人の会話内容に、ノルウェットは話題の人物を思い浮かべてつい零してしまった。


「あーなんかわかるかも。」


 と。

 引き寄せられた二対の視線がノルウェットを問いただす。


「んっ、んん…失礼いたしましたわ。ライオット様、僭越ながら述べさせていただいても?」


 転がりでた前世の口調をさっと摘み隠し、うら若きノルウェット公爵夫人の皮を被る。ウィルオストにとってはかわいらしすぎる一連の仕草をライオットは気にも留めず、目線で続きを促した。


「前世でのアルハ嬢は社会人でしたでしょう。おそらくは大卒での就職、生家を離れての一人暮らしもしていたかと思います。」

「大卒…? 学院卒くらいかい?」

「いえ、私たちの前世では三歳以降の幼児教育を受けてから、7歳より義務教育範囲である当国学園と同様年数の小学校、学院の半分の中学校へ通います。そして、大抵がもう三年学ぶべく高校を受験する。さらにその先の専門学校や大学に進学する者がおり、よりよい就職先を探すなりより学問を深めようと大学院にすら進んだりするのです。」

「学院を経てすでに十八歳だというのに? 分野の学士や研究者としてではなく?」


 そんなに知識を蓄えてまでどんな職に就くのか。稼働年齢の無駄遣いではとすら思うウィルオストに、ライオットはアルハの前世職は秘書というものらしいと告げる。侍従や家令を足して割った動きをすると聞いてウィルオストはますます大学の意味を測りかねて眉を寄せた。それらは乳兄弟や幼付の側近や現職者が世襲等で育むのが常であり、教育機関での勉学より実地履修が当然の流れではないかと。

 ウィルオストの蟠りを察したノルウェットは機会平等総平民階級による学歴偏重なのよと笑った。


「なぜ、女性が生家を出て一人で暮らす。アルハは捨てられたのか。」

「捨て!?…んんっ、そういう訳ではなくて。前世では社会人として働いて収入を経て自立することが一般的なのです、男とか女とか関係なく。

 アルハはバリキャリか社畜か…。相当な仕事漬けだったのだと思います。前世の日本…書国は、ほんとうに平和でした。戦後70年、世界三位の経済大国として復興して、戦争を忌み平和を謳い何不自由なく。なのに、アルハのあのネトウヨ思想…陰謀論に酔ったおっさんに感化されながらネットで拗らせたような言動…相当鬱屈した生活を送っていたに違いありませんわ。」


「…何が言いたい。」


「話がそれましたわね。女は男に娶られて家の女すなわち嫁になる、なんて数世代前の話で現実的ではないということです。男も女も生計を各々確立して、性差に縛られず、家に縛られず、対等に交際を経てお互いに永遠の愛を誓うのが私共の一般的な結婚観というか…。

 今世の貴族女性みたいな、人生丸ごと家長の言いなりで家族や嫁ぎ先に養われるしかない生き方とは早々縁がないんです。アルハの性格的にパラヒキニートも有閑マダムも無理でしょうし。」


 パラヒキニート、と繰り返したライオットに、ノルウェットは寄生・出不精・無職と説いて、内心で貴族女性の人生観からそっと一時的距離をとった。


「つまり、アルハ嬢は自立を重んじ夫婦関係に対等さを求めている。ライオットの庇護下にある以上は夫婦関係の構築が叶わないと尻込みしてしまうのだな。前世の価値観との齟齬が婚姻を妨げると。」

「そうよウィル! 前世のあたしもノルウェットとしての私も親の養育下で、当たり前に家があって、家族がある。ウィルもお婿さんだし、不本意ながら公務も盛り沢山で。でも、アルハには何もないじゃない。どれだけ表向きの肩書があったって、結局のところアルハって自分のこと一時保護されてる天涯孤独な住所不定無職って思ってるような気がするのよね…。住所不定無職って、前世の感覚では『終わってる』最底辺よ。

 自覚があるから色々やってるんでしょうけど色々やってるからこそお手伝いを脱しきれていないというか。一本化した業務でない以上は社会人感覚としての安定感は得られないでしょうね。妻になって主婦として家事を担おうにも公爵家なら使用人が全部こなしてしまうし…。何の責任もないって、価値がないみたいで怖いんじゃないかしら。

 あれ、なら、嫁いだ貴族女性って、嫁ぎ先で…どう居場所を確立させるんだろう…。」


 逸れて思案に至ったノルウェットの言葉に、ウィルオストは自らの顎を摘まんだ。


「夫人として家の内務を取り仕切る理由はそこにあるのかもしれないな。政略が絡んだ婚姻も見方によっては明確な立場を得るがためと。しかし、何より重要なのは後継者を産むことだろう。それが成せないからと言われてしまえば、妾や愛人を囲う輩に顰蹙は売れないものだ。

 …というか、ローズ公爵家を直系にしてしまっても構わないのかい? ライオット。」

「一向に構わない。王家の血など私にはどうでもいいことだ。」


 すげない返答にウィルオストは呆れながら王陛下の意向次第かと独り言ちる。そして改めて、表と裏二つの公爵家両方に直系男子が座るのだと思い至り、己の手には負えないと懸念を捨てた。


()()()としては、結婚すなわち出産って決めつけられると不快なのよね。けれど、()として理解もできるところが悩ましいところ。

 ライオット様が望んで孕ませてしまえばアルハも母親という立場に観念するかもしれませんが、そこのところは…?」


 下世話な話だと自覚しているのでせめて書類で口元を隠す。なんだかんだ関わりのある人様の事情というのは娯楽のようなもの、緩む口端を隠せても目元は正直だろう。そもそもこの魔王は諸々を知覚してしまうのだ。いっそ正直であったほうがいいかもしれないとノルウェットは感情をさらけ出した。

 一連の行動を読み取りながら、さして興味もなくライオットは続ける。


「アルハは不妊だと鑑定の異能を持つ者が確認した。私としてはこれもどうでもいいことだがアルハはいたく気にしている。」

「オルガイア殿下に治してもらう…とか…」

「アルハの不妊を治し、私の子を産むがために婚姻を結べと迫れというのか。悍ましいことを。そもそも私は結婚などという空事の儀式に嫌悪感すらあるというのに。」


 結婚したいのかしたくないのかどっちなんや、と夫妻が揃って疑問符を浮かべた。ウィルオストがそのまま問えばライオットは眉間を抑えて、諸問題の解決を図るとなぜか最終的に結婚が手段として妥当だという結論に至るのだと苦々しく述べた。

 ウィルオストは結論云々よりも苦悩するライオットの様子に、君も人間なんだなぁなどと感心する始末。ノルウェットはなんとなく、アルハが求婚を喜べない理由がわかった気がして深く同情した。


「ライオット様の拘りはよくわからないけれど、何もしなくていいから結婚しないか、でなくて、お役目として結婚の必要があるからするぞって言った方が受け入れやすいのではないかしら? アルハなら。」

「それも虚しいものだね。愛しているから結婚しよう、では駄目なのかい?」

「え、それは前提じゃないの!? …あぁ、それは前世での前提だわ。まって、まって、そもそもライオット様はアルハをどう思っておいでで?」

「ノル、確認の必要はない。内々では周知だ。」


 あらまあと頬を染めるノルウェットの視線を躱してライオットは吐き捨てた。


「なぜ、愛しているすなわち結婚に至る。」


 己の肉体組成に言及しないまでも、貴族間での政略結婚や王陛下と王妃側妃達の在り様への嫌悪を零せば、絶句していた新婚夫婦の肩の力が抜けていく。


「いや、ライオット様は王陛下でも政略結婚でもないんだから、そこ、気にする必要なくない?」

「結婚は相手と自分の人生を束ねる手段だからさ。手続きの効力さえ得られれば意義理由その他は各々の裁量で構わないだろう。」


 ぽろ、ぽと、と。ライオットの眼から鱗が二枚剝がれたようだった。


__君は、無意識下で本来の立場に縛られているのではないか?

 ウィルオストは喉までせりあがった言葉をすんでのところで飲み下した。なんとなく察してしまっている王室の秘事、ライオットの出生の秘密。それをライオットが受け止めているか否か、どのような影響を受けているか何もわからない。あまりにもウィルオストはライオットについて知らなさすぎるのだ。

 聞きたい。認められたい。支えたい。駄々をこねる幼少の欲求を自覚し丁寧に畳んで仕舞う。オルガイアの生誕によって零れ落ちていった以上に、オルガイアが王位継承を決めてからウィルオストは贅沢なほど望んだものを手に入れられていた。この奇跡に甘えて溺れてはいけないと己を戒める。


「私はライオネル家門に杞憂を割いたりはしないよ。君とアルハ嬢との仲についても憂慮すべくことはないだろう。オルガイア付きである以上今後社交関連は避けられないだろうが、ノルに支援の意志がある。だろう、ノル。」

「ええ、社交界でのバックアップは任せていただいて結構よ。アルハのあの性格で気移りの心配なんてするだけ無駄ですし、ライオネル家の護衛もついているならもう怖いものなしですから。」


「…そうか。」


 腹の底に落ちたものを確認するような短いライオットの返答に、ローズ夫妻はしっかりと肯定を示した。

 話題は当初の堅苦しいものに戻り、ノルウェットは安心しつつため息交じりに己の業務と向き合う。今後暗躍させる両家混成部隊の人員の選別やそれらの関わる案件の検討をしながら、多々意見交換をしたのち、ライオットはウィルオストの部屋を去っていった。

 期待と緊張を込めての「ではまた」という言葉に「ああ」と肯定の返事を得られて、閉じた扉を前にいつまでもふわふわしているウィルオストにノルウェットはついにくすくすと笑ってしまう。

 照れくささに首を振って困ったように振り返ったウィルオストは絡んだ視線に甘えるように歩み寄った。


「私は本当に贅沢者だ。だろう、ノルウェット。」

「そうねぇ、働き者のかーわいいお嫁さんがいること? それとも、疎遠になってた憧れの魔王様との距離が縮まったからかしら。一緒に仕事ができて嬉しいわね?」

「ふふ、全部だよ全部。さぁ、愛しい妻と仕事をしようかな。」

「わあうれしい。」

「茶を入れさせるよ。」


 何かしらの納得を得られたらしいライオットの様子に一安心のローズ夫妻であった。が、後日。ライオットの下した結論にローズ夫妻はそろって天を仰ぐことになる。

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