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親と交える

不妊を蔑む言動・描写があります。ご注意ください。

侮蔑中傷の内容を是としているわけではないことを前提に閲覧いただければ幸いです。

 学院にあれだけ植えてあったものが王宮にないというのなら、それは過ち火遊びを犯した乙女達への救済措置なのだろう。

 月を呼ぶ草ギボジム。アルハが前世に存在しないその植物の存在と効能を知っていたのはリューン男爵家に植栽されていたからで。実家を嗅ぎ回っていた際、新入りメイドの少女たちが縋るように口にしていたのがそれだからだ。リューン男爵家の裏稼業と享楽の割に二人しかいない子供。諦観に瞳の濁った少女たちが半ば義務のように口にしていたのは、きっとそういう効能なのだろうと。

 ライオットからの慈悲をきっかけにはじまったご褒美という名の交わりに、避妊具の存在の有無さえ知らないアルハが身の程を弁えてライオットに捧げた配慮がギボジムによる避妊だった。用法用量を誤り自滅した挙句、ライオットに以後自重させてしまっている体たらくではあるが。


 王宮使用人寮の一室を借り受けてオルガイアの御側付き扱いとなり、行かなかった学院の使用人講習に行けなくなろうとも王宮侍女達の業務を観察できるようになり、その動きや手さばきをまじまじと見つめるアルハへオルガイアが手ほどきを指示したことで第一王子居室では手緩い実地訓練さえ実施されている。

 最初こそ遠慮したアルハも己の無能さもさることながら折々に指導を担う侍女達の一律した態度に吹っ切れるものがありメモをとりながら仕事を覚えていった。書付だらけの砂時計による紅茶の入れ方はもちろん、効率的な室内清掃の手順、疲れにくい待機の仕方や主人の顔色のうかがい方に至るまで、ライオネル家で齧った基礎の応用・発展を飛び越えた最終形態を学ばせてもらえている。

 セレネアもライオットもいない。だからこそ、セレネアにライオットに少しでも釣り合いのとれる自分になれるようにやれることにただ没頭していた。

 一日中オルガイアに引っ付いて歩き回った後、使用人用浴場で身を清め終わり、就寝前に猫足小箱の螺鈿細工を眺めていたところ。ふと、しんとした一人部屋の空気が慌しく歪む。振動のない地震のような現象に惑い立ちあがったその首を掴まれて壁に叩きつけられた。

 苦しさに思わず首元に伸びた手が宝物を手放していて、カシャンと響いた音にさっと血が下る。己の首元に駆け付けた手も目も落ちた小箱を探して彷徨うも、咎めるようにひときわ強く首が締まったことでようやくアルハは悪漢を認識した。が、その首にかけられた紐に気が釘付けられてしまう。

 狭まった気道からか細い音が鳴り、じんじんと脈動して心臓に成り代わらんとする頭が思考を放棄させていく。そんな不快な熱を冷ますような涼やかな音が意識を撫でた。


「ルインに、解放を要求。」


 感情のないセレネアの声。舌打ち、紐が擦れる音とくぐもった呻き声があがり、アルハは解放された。

 飢えた肺が恐慌を起こすのを駆け寄ったセレネアに宥められながら、思考部位であることを思い出した頭が未だ混乱中であるのに関わらず事態は進む。


「なぜ、そのような小娘にお前が配されている。」

「許可外の問答。」

「ライオットはなぜその小娘を」

「許可外の問答、敬称を要請。」


 生気のない表情での一辺倒に、この人形めと罵るが同時の蹴りはさっといなされ弾かれる。ルインと呼ばれた女性は心底苛立った様子で床に転がった小箱を踏み抜こうするもセレネアにさっと回収され、ただ地団駄を踏むだけとなった。

 拾った小箱に、落下の衝撃で吐き出されていた下手くそな螺鈿細工を納めなおしてアルハに手渡してくれた。


「あ、りがと…セ、…っちゃん…。」


 名を呼ぼうとして思い至り、無表情なままのセレネアがそっと人差し指を立てるのを見て言葉尻を誤魔化す。その結果が「セっちゃん」て。息も未だ整わぬまま眉尻を下げたアルハに、セレネアの目が喜色に綻んだ。

 そんな二人の様子にルインは赤色の瞳を淡く発光させながら、ますますの苛立ちを募らせる。


「ライオットともども卑賤な小娘に絆されおって。ふん、なにもできないではないか。

 異能もない、術もない、家柄もない、教養もない、知恵も回らぬ、力すら及ばぬ。きさまのような無価値な芥ごときがライオットの婚約者だと? 世迷い事も大概にしてもらわなくてはいかに力ある家門であろうと潰えてしまうだろうよ。」

「敬称を勧告、許可外の異能使用を確認、越権行為を咎めます。」


 侮蔑に機械的な声を被せるセレネアの目は据わっている。ようやく息の整いつつあるアルハはおろおろとしながら「はぁ、まぁ、たしかに、ええ。」と侮蔑に同意している有様ではあるが、ルインには届いていない。

 ルインという見上げるほどの長身を前に割って入っているセレネアへ視線を下げたアルハはあまりの体格差に気を揉んだ。加害を受けるなら小柄なセレネアよりも標準体格であろう自分の方が、と。セレネアを背に庇おうと歩み出たところでルインの燃えるような目が心底忌々しそうにアルハの腹を睨みつけ、阻むセレネアを突き飛ばして肉迫した。


「なによりこの腹は使い物にならぬ! 能なき小娘が一端の誘惑を成しえたとして注がれた種を育むことが叶わぬのなら妾の座すら望外であろうよ。愚かにも尊い子種を畑もろとも薬殺するなど万死に値する。擦り寄ったアルザに倣い、孕み腹程度の分と弁えておけばまだ利用価値はあったものを…っ!」


 要らぬなら捩じ切りましょうとでもいうのか、アルハの腹にルインの指がめり込む。その痛みより、なにより、言い切られ確定付けられた事実にアルハは打ちのめされた。

 不妊。

 ルインが投げつけてくる侮蔑は、常日頃からアルハ自身が己に刺し続けている楔だ。それでも、ギボジムで盛大に自爆した以降の懸念はあくまで懸念であり、突き立てることはできなかった。月の不順、不正出血、出血量の乱高下、疎らな鈍痛。突き付けられた結論は重くアルハに圧し掛かる。生来でなく、事故でもない。己の愚行によって引き起こした棄損なのだ。

 結婚しろと口にしたライオットの苦し気な顔を思い出す。


「接触の禁止、沈黙を要求。越権行為、許可外の問答を咎め…排除を実行」

「自惚れるなよ小娘。きさまにライオネル家の敷居を跨ぐ価値はない。ライオットは家門を背負い導き次代へ繋ぐ責がある。きさまは、ふさわしくない。わかるな? 所詮慰み者の身で分不相応な夢を抱かぬことだ。甘言に溺れぬことだ。弁えろ。きさまには日陰者の娼婦が似合いだということを常々胸に刻んでおけ!」

「黙るのです!!!」


 ついに吠えたセレネアに追い払われながらもルインは呪詛を刻む。目の前の取っ組み合いとボキリとした骨折音も呻き声も気にならないほどに、戒めの言葉は深く、深く、アルハの心身に染み込んだ。

 ルインが姿を消してから、セレネアがどれだけ慰めと励ましの言葉を並べようとも響かない。その気遣いだけ受け取って、ありがとうとぎこちなく返して、そのあとどのように就寝に至ったかアルハは覚えていなかった。

 気がつけば朝で、枕元には小箱があって、アルハはやっぱりひとりぽっちだった。



 出勤と同時に顔色の悪さを心配されながらオルガイアの日程をこなす。だんだんと公務に触りだしたオルガイアに専属の侍従を配する動きもあるらしく、学園クラス内外で立候補と推薦の声掛けの嵐にユユギがキレ散らかしていた。諫めるデザーディとエンシュロンの役割が固定化していてもはやお決まりコントの様相である。

 アルハに声をかけてくる小さき猛者もいないことはないが、ライオネル家もといライオットを示唆する言葉が横入りするので尻すぼみになって消えた。


「あーもう! 殿下、さっさと侍従も婚約者も決めてくれないか。うっとうしいたら…」

「もうすぐ進級ですし、殿下も十歳になりますし。これからが本番ですよぉ。」

「ユユギそういえば婚約までいかなかったじゃないか。次の候補は決まっているのか?」

「誰でもいいよもう!ほっといてくれ!!」


 やいのやいのとしたやりとりも昼を過ぎ王宮に戻るころには解散する。専門の教師との別授業をこなし、三時のおやつがてら王宮の食堂に入ったところで先客と顔を合わせた。


「お、オルガイアではないか。健勝でなによりだ。」

「オルガイア第一王子殿下にご挨拶申し上げます。」


 さっと立ち上がり礼をとったローズ公爵夫妻にオルガイアも元気な挨拶を返す。相席を勧めてきた夫妻に応じて席に座り、給仕へ指示を出すウィルオストを横目にやや緊張しているノルウェットをみてアルハは首を傾げた。そして、オルガイアの異能を露呈させた過去に思い至り苦笑う。


「――それに、ジョッシュとシルブルムに国教会を任せるとは思わなかった。聖教会との折り合いは付けられそうなのかい?」

「母様の発案でね、ジョシュもシルルもがんばってくれたらうれしいな。教会本部の意向はライライが交換してくるって。」

「…交換、とな。」

「うん。投票権のない信者達をいっぱい抱えているのは一票が軽すぎる選挙制度とそう変わらない。血筋に寄らない内輪の公選だからこそ、かくらんしがいがあるって。潜り込んであばいて扇いでくるっていってた。」

「あぁ、それで…うちにも忍び込んできたのか…。アルハ嬢の知見を憂慮にあてず武器にすると…。ふ、教圏国との軋轢も心配する必要はなさそうだ。オルガイアもがんばっているのだな。」

「えへへ。ライライは教圏国含めてイフスエルが緩衝地になるように下地調整するつもりみたい。ウィルルはローズのしょうあくをほぼおえたってね。おめでとう!」

「はは、お見通しか。まだまだ後始末が山積みだが手札はある。そろそろライオットの計画に一枚かませてもらうとするよ。」


 至極和やかにロイヤルな会話をなさっているお二方を瞠目で見つめた後、そっと目をそらし女同士視線を合わせた。


「二人ともおいくつなのよって…」

「九歳と十五歳の会話ですよ…」

「「やばぁ…」」


 学園生みんなあんななの? と問うノルウェットにアルハはぶるぶると首を振り、それでも前世はあてにならないくらいに大人びた子たちが多いと告げる。

 国語算数理科社会という区切りのお勉強ではない貴族や領主としての教養・訓練の結果だろう。


「にしても顔色悪くない? 婚約したって聞いてるけどイビられてたり? 父親のラスター・ライオネル公爵は息子嫁になんて無関心だろうし…ルイン夫人?」


 ビクリと跳ねた肩に察したノルウェットは「今時嫁姑戦争なんて」と同情の眼差しでアルハを見やる。自分は婿取りだから無縁なのよね、とはしたなく頬杖を突く。魔王は不干渉なの?との問いにアルハは首を左右に振った。

 昨日の今日で知らないはずだし、知らなくてもいい。知らないでほしい。ライオットには他に気を割くことが多すぎるのだから。そう思い詰めて俯くアルハにノルウェットは大きくため息をついた。


「ノルウェットさんはその、仕草とか大丈夫ですか? いちおう人目がありますよ?」

「わざとよわざと。気心知れた仲だって見せつけてるのよ。」


 首を傾げるアルハにノルウェットは淑女然と可憐に微笑んでみせる。他者の目に触れることを完璧に考慮された微笑みに前世の学生感は欠片もない。

 アルハがほうっと見惚れたとたんに、にまっと年相応の女の子に戻った。


「公爵がああなって私だって内々で断罪こそされたけどね、表向きは第二皇子を婿取りしてGETしたばかりか粉かけてた令息全員傘下に収めたそれはそれは見事な魔性の女なのよ? 彼らに一生独身をおねだりして縛り付けるつもりもないから、有力でイイコのオトモダチに引き合わせることもできるの。だからね、なんだかんだ表を担う繁栄の象徴ローズ公爵家は健在よ。お母様の人脈も全部引き継いで、私はいずれ社交界の『至高の花』の座に君臨してみせるわ。

 そんな私が、貴女の、社交界での後ろ盾になってあげる。」


 影響力を誇示すれば薄暗いライオネル家の屋敷の中でも多少の光は指すでしょうと片眉を上げるノルウェットが頼もしく映る。


「これでも公爵令嬢として生きてきてるんだから、頼りなさいよね!」


 胸を張って威張ったところで、ウィルオストが微笑ましそうに水を差した。

 曰く、ライオネル家との繋がりを示し先代との差を見せつけることができれば、若輩ローズ公爵夫妻の地盤がより強固にできるのだと。つまり助力というより協力による両得。

 腹の裏をさらっと暴露されたノルウェットはわかりやすく拗ねて膨れた。双利益ならば隠す必要もないだろうに無意味なマウントを咎める気にもならなくて、憎めない。この可愛くて強かな眩しさが、ウィルオスト他数名が競い合ったほどに愛してやまないノルウェットの魅力なのだろう。


「もうっ! ま、そういうことだから。茶会夜会公爵夫人業にもばんばん引っ張り込むからよろしくね。ついでに今ちょっと孤児院運営で行き詰ってるところがあって…ちょっと聞いてるー?」


 ひとりじゃないよと言ってくれた気がした。ビジネスライクだとしても、その心はとても温かかった。

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