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言わぬ訳

 あれよとあれよと促されるままに政界の卓につき散々知ったかぶりを吐き散らした挙句、割入ったライオットにより中座する有様。あちらもこちらも角が立ちやしませんかと心中呵責の渦に吸い込まれながら、ライオットに手を引かれごく自然についてきたオルガイアとともに空き部屋へ連れ込まれた。

 いつかのように三節のアンプルを割って放ったライオットはその内側でアルハに詰め寄る。


「君に求めているのは私への献身であって、国家への寄与ではない。」


 剣呑さこそなくとも、ライオットからの叱責にアルハの血の気は一挙に床を這った。己は言い訳のしようもないほどに調子に乗っていたと自覚していたからだ。

 目に見えて狼狽し謝罪を紡ごうと震える口を動かさんとするアルハの頭を己の肩口に押しつけて、ライオットは忌々しく目を伏せた。王陛下に招致されたのだ。責を問うなど理不尽でしかないとわかっている。


「君の自発行動ではないにしても、黙す選択も取れたろう。…いや、そもそもが私の不手際か。」


 今後あれらに応じることはない、そうアルハに言い含めたところで。

 苛立ちに眼光を尖らせるライオットの上着の裾をオルガイアが引いた。


「だいじょうぶだよ。アルハは決して定めたりしないもん!ねー!」


あくまで提案にこだわり、採決を委ねながら仮定の過程と具体的益不利益を挙げることで選択肢を絞っていく。卑怯者の思考誘導に等しい。利を捨て責から逃げてなお言葉を紡ぐのは、負えない責と自覚もなくこれぞ正道と断じるよりは誠実なのかもしれない。

 だからといってそれを肯定するつもりのないライオットはオルガイアに談判する。


「殿下、『書庫』による発展は不要です。」

「ぼくはみんなと幸せになりたい。」


 ライオットの揺らめく水面と、オルガイアの澄みきった結晶が対で向かい合わさっている。互いを見つめ合うその間に何があるのかアルハには読めず、ただ距離をとってせわしなく視線を往復させた。


「いつかは誰かが思いつくんだよ? それで、やってみて、どうして?ってことがあるなら、先にどうしようかって、みんなでみんなの幸せを考えたい。」


 綺麗事でしかない薄い言葉に、確かな重みがのる。


「みんなのしあわせだよ、ライオット。」


 逸らされない次期君主の朗らかな瞳に、後見人はゆっくりとした一度のまばたきで恭順を示した。折れたとかしょうがないとかそんな感情の発露には見えず、ならば御意、と。それをみてとるからこそ、やはり王子王女達のいうライオットによる一辺倒な優位性はないのではないだろうかとアルハは思うわけで。

 恭順を見せたライオットにオルガイアは満足気に目を細めた。

 決着を見計らったかのようにノックが響き、半ば恒例行事となりつつあるルルスのお迎えでオルガイアを見送った二人は改めて顔を見合わせる。

 アルハの伺いの眼差しを読み取ったライオットは、年下に言い負けたなどという認識は全くない様子で小さく息を吐き、緩く瞬きを一つ。


「君の知見に関わる諸事業を予め我々の保持利権として掌握し、惜しまず共有し公共する。発起者が利益に先走らず公に革新案を挙げやすく、成果より公益性を熟慮する下地を作る。新興事業の流れの既定として刷り込む意図ともなれば否やはない。」


 アルハとの会話から書庫を読み取り、オルガイアが手ずから纏めたそれを陛下が『書国』と定めた。よって提議された事柄は第一王子に紐付けられ、事業も功績も手にしておきながら、終始アルハの懸念に引っ掛かれば臣下の不手際となる。限りなくリスクを抑え、万が一国家事業として損を被ろうが第一王子の過失にはなり得ない。


「殿下の本質は聡明であらせられる。」

「わかります。不意に天使から神様になりますよね。」


 これだけ小難しいことを「みんなの幸せ」と称してしまうオルガイアも、「みんなの幸せ」だと言われてこれだけの合理を組み立てるライオットも、アルハにとって等しく天上人だ。だというのに、その天上人たちがアルハに殿上人の扱いをするから…箍が外れてしまう。改めるべく、頬を叩いて唱えた。


「私は凡夫、一般ピーポー。主とその主が神様でも私は人間なの。自覚なさい奉公なさい…私!」

「…殿下はともかく私を神聖視してどうする。」


 言外に最も俗な行為の相手をしている張本人だろうと半目になるもアルハに通じてはいない。自閉する様子に呆れながらライオットは再びアルハの手を引いた。


「国教に言及していたな。公で発言する前に君の考えを把握しておきたい。絡めてしまえば正否を問わず安易に発言するには危険すぎる。」


 どの世界も宗教組織の権力は大きなものなのですね。と感心するアルハにライオットは頷く。ことの重大さが徐々に飲み込めてきたアルハの血の気が引いていった。

 そうだ、日本でこそ神だ仏だカルトだと適当に笑って話せるのであって、TPOを誤れば刺されもするのがこの手の話のリスクなのだった、と。


「結構熱心だったりしますか。」

「貧しい者は信仰を捧げ、富める者は金を捧げる。それぞれの見返りはどこも同じようなものだろう。それこそ、君の書庫の内であろうと。」

「私の故国では…国教って定めが弱いんです。天皇陛下こそ国産みの神の男系直系子孫であらせられるので宗教色がないわけではないのですが、これぞ教義と謳う事柄もなく。我在る祖も我生きる(ことわり)もこれすなわち神的なアミニズム思想であるために他所様の一神教多神教も偏に八百万の一部にすぎず。

 加えて、各地の神社仏閣は表向きは政治に関わりませんし神の名を騙ることもないです。

 他国でこそ国教を定めて熱心に信仰していたり、国際的宗教組織があったりしましたけども。」


 故国に根付いたある種のアミニズム信仰は大抵、帰依を求める布教をいなしてしまう。救いを求めて入信する者はごく少数で、大体は所属することによるツテ・コネ・サークル活動が主たる動機とみえる。

 だからといって他人様の信仰を表立って貶すこともなく。外国人主導よる売国行為迷惑行為を棚上げすれば、法と秩序の下に信仰と言論の自由が確立されていた。

 しかしそれも国内の話。国外に出てしまえば各聖典を安易には扱えない。信仰は文化風習に根付き、件の同性愛など露見すれば差別どころか袋叩きに殺される地域だって存在したはずだ。戒律が外に牙をむいて妄信が蔓延り、個人の自由はおろか命の価値など存在しない過激な地域すら。


「…君は教会をどう捉えている。」


 ライオットの問いに、アルハは目を泳がせてから『蟲毒』を思い浮かべた。

 そもそもは口伝の知恵。昔話や逸話による道徳観念や歴史のあらまし、教訓などを子供でもわかるように解きほぐし、簡略化がために仔細を端折り、結論という『畏れ』だけを残して如何に至るかという由緒が欠落してしまったもの。それが宗教の原型であるように思う。

 牛を食べて散々な目にあった→牛は食べるな→牛は神聖だから食べるな。

 豚を食べて散々な目にあった→豚は食べるな→豚は悪魔だから食べるな。

 といった具合の。そこに意図が混ざり、謀略が注がれ、ひとつの器に生きた虫を閉じ込めるようにして食い合わせ取捨選択を繰り返した結果、思想操作の道具としての歪な『教典』ができあがる。ある種それも文化文明の形ではあるのだろう。がしかし、紆余曲折のない大味な理想を美辞麗句で飾ったものすら詭弁家次第で十分に効力を発揮するから厄介なのだ。

 耳障りのいい言葉で安易な同調を招き、調教して、協調させる。それが『宗教』であるとアルハは思っている。

 国家というものが物理主体での統治形式であるのに対し、宗教というものは非物理での組織構築を成してしまう。どちらもとどのつまりは集団の形成とその支配系統の確立なので突き詰めてしまえば相容れないものだろう。


「…教会、という単語になんとなくですが。福祉や信仰を武器に人心掌握してコネと寄付金で形作られた権威に上層部がふんぞり返るうさんくさい組織で、国家と権力の綱引きをしているイメージがあります。偏見ですけれども。」


 頭を下げしょげたアルハに、ライオットは概ね合っていると頷いた。

 一部辺境部族を除いた近代国家では大抵根を張っている聖教会たる団体は唯一神を崇め、神の加護を得た使徒こそが諸国建国者であると説いた。神の啓示と偉大さを広めながら使徒の国を見守り支える組織として各国で国名を冠し支部運営されているのだという。イフスエル王国ではイフスエル国教会として。


「乱世によって隆盛を誇り定着した。その手段の見当はつくか。」

「自由と正義の啓蒙と人道への尽力…といいたいところですが、内外向けの名目貸借ですかね。」

「いや、動乱の世界で各国に武器物資人材を融資だとばらまいて、戦勝国に乗り込んでは我らが神の威光ぞと喧伝してまわった。泰平を得て返済を終えたとして民心に溶けた信仰は取り除けないというわけだ。」


 国家が他国侵略の大義名分に宗教を抱き込んで、結局は金貸しと武器商人に振りまわされたような書国の他国事情との違いこそあるものの、宗教屋の落ち着いた姿としては書国での業界最大手と似通ったものらしい。

 ライオットの表情には嫌悪が滲んでおり、イフスエル国教会に対していい印象はないのだろうことがうかがえた。


「ライオット様は国教信仰を疎ましく思っていますか。」


 そのままに問えば眉を顰められた。不正解または不快だったかと焦り目を伏せるアルハを一瞥し、ライオットは吐き出す。

 厳密には現国教会長を排したいのだと。単なる敵視であれば捨て置くものの、杜撰な反乱を起こしたローズ公爵の後ろにいたスカイラーラ、そのさらに後ろに国教会長の気配をみた。ライオットが読み取ったということはすなわち確定なのだろう。間接的にしてもオルガイア個人に牙を剥いたのでライオット基準で処すことは決定事項なのだが肝心な動機が不明瞭なのだという。

 すでに国教と国家の間に築かれた権益を前に、オルガイアとウィルオストが左右する損益とは。仮定を並べこそすれ、なにをもってそちら側へ立ったのか推定できない。国教会長の動きが個人的なものなのか組織的なものなのか。どうせならば即物的に対処して葉茎を千切りとるよりは根を絶やしてしまいたいのだと。

 国教会長の懸念、望み、狙い。アルハはたった今与えられた情報だけでふわっと想像するがままに垂れ流す。


「…オルガ殿下は天使で神様ですからね、王座でより一層輝かれたらもう偶像化一直線ですもんね。崇められちゃったら教会肩なしですよねぇ…」


 なんじゃそら、とでも言いたげな顔をするライオットに気づかずアルハは腕を組んでうんうんと頷く。


「宗教屋の堕落といえば信徒への劣欲発散をはじめとした人身取引…いや、まさか殿下をそういう意味で狙ってるなら言語道断イチモツ剥いで死刑一択ですよ。異世界転生乙女ゲームヒロインは聖女にあらずなのかな? ウィルオスト殿下に王座を与えて恩を着せるにしては杜撰な…オルガ殿下を手中に収めたいなら…でも…」

「なぜ、殿下を。下卑た欲をぶつけるにしても、偶像として飾るにしてもリスクが過分だろう。」


 国教会長は王室や王国との敵対を加味せず私欲に走るほど愚かな奴ではないのだけどね、と続く言葉にアルハの言葉が重なった。


「え、だって癒しの力って宗教的に一番おいしいじゃないですか。」


 はた、とライオットの動きが止まる。

 アルハにしてみれば創作もので教会=聖女=癒しの奇跡は鉄板である。わかりやすい救済の奇跡だ。老若男女貧富問わず心奪われる至極の光。

 異能と術という特殊能力を広く備え持てる今世においても、オルガイアの異能は王室が国家権力を以て秘匿しておくほど。つまりは希少かつ貴重なものなのではないだろうか。

 浄化と治癒。その利用価値を並べ立てようとするアルハの思考を、ライオットの衣擦れの音が中断させた。


「…目星がついた。」


 そう言っておしまいにする雰囲気にしておいて、少し考え、アルハを見ながら眉を寄せ、ライオットは半ば諦めたように首を振った。


「国教会長は随分と前から殿下の異能を把握していたのだろう。スカイラーラを煽り、ローズ公爵を唆したのは殿下の王位継承に賛意がないからだ。ウィルオストが王位に納まればお役御免の殿下を引き受ける。巡礼時の罠にしても殿下の異能を引きずり出し教会として蘊蓄を謳って囲う一石だったのだろうよ。その先に共通する狙いは国教会による国権の収奪、いや、それすらも手始めの…」


 簒奪劇の諸々の杜撰さは、謀った者共の欲するものがてんでバラバラであった歪みが遠因たるのだろう。嫉妬と自己顕示欲に囚われた公爵と、恋欲に癇癪を起した小賢しい幼姫、ボヤ騒ぎさえ起こればそれでよかった国教会長らの足並みが揃おうはずもない。

 ただ、殿下の囲い込みが国教会組織あるいは聖教会としての企てなのか、国教会長他別個単独の目論見なのかはこれから内偵をもって探るところではある。が、どちらにせよ結論として現国教会長は要らぬ。そう断じたライオットの表情からは人間らしさがごっそりと削ぎ落とされていた。


「汚らわしい寄生虫の分際で分不相応な真似を。

 …しばらく雑事に囚われそうだ。君は学院のことは忘れて殿下と共にあるように。できるだけ目立たないでほしいが難しいだろうことは想像がつく。あまり気負わず、いっそ好きに振る舞うといい。」


 どうせ殿下や陛下が君を好き勝手に振り回すのだから事後補助も担っていただくことにする。そう、うんざりしながらほんのり目尻を下げ方針を共有させてくれるライオットの双眸の奥底に、しっかりと冷徹をみたアルハはそっと目をそらした。

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