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疑う問い

 公爵夫妻との茶会なのか和解というか称するに困る会談を終えて数日、改めてその会話内容を反芻していると今更ながら色々と疑問が出てくる。

 組むことが有り得ないというライオットとウィルオストの関係。

 スカイラーラが突入したという『隠しルート』。

 特にこの二つはなぜその場で詳細を聞き出さなかったのかアルハは動きながら頭を抱えた。こう、適宜理解し応答を重ねる無駄のない頭の回転力がほしいと切に願う。どうしてあとからあとからとほんとにもう、と。これでよく前世は秘書などやっていたものだ。

 己のスペックの体たらくに加えて、それらの苦悩をライオットがある程度把握しているという事実がアルハの膝を折るのだ。


「…。君にならば大抵のことは答えてやれるつもりだが」


 視線で気遣われて数日。ついに言葉をかけさせてしまった。

 よくぞ聞いてくれましたというよりは、視界に映るんですよね鬱陶しいですよねすみませんといった懺悔に近い白状である。アルハは抱えた疑問を吐露した。が、返答は的を射はしなかった。


「ウィルオストとの確執…悪いが思い当たらないな。あれはかつて第一王子の立場故か私に対し何かと騒がしくはあったが、仲違いするほどの仲ではなかった。殿下が第一王子となったことで縁は切れたに等しい」

「そういえば、なんでオルガ殿下が第一王子となったのでしょうか?」

「王妃の産んだ男児だ。当然だろう」

「ですよね」


 頷きつつ、王妃の産んだ第一子は…と思考が泳いだことで注訳が飛んできた。


「正真正銘の()()()()()王血の男児だからだ」


 さして変わらない声色には卑下も憤りもなく、むしろ懐かしんだのか口元が和らぐ。


「…殿下は、醜く淀みきった世界を清く照らす光だ。光は高みから多くを照らして然り。ゆえに私は殿下以外の王位継承を認める気はない。」


 普段オルガイアにとっている態度や表情以上に心酔していることを受け止めつつ、天使ですもんね、とアルハは頷く。オルガイアが倒れると魔王化(比喩)するというノルウェットの言葉は本物のようだ。同時に、張り合う相手であったライオットが敵陣営の旗本に立ったことがウィルオストにしてみれば裏切りと映ったのだろうという予想をつけた。

 その予想にライオットは首を傾げる。組むことがあり得ないとまで称するならば、そんなしょうもない一方的な感情よりも陣営の違いではないかというのがライオットの見解だ。その全く相手にしていない姿勢が相手をより意固地にさせているのではないだろうかとアルハは思うわけだが。

 次いでスカイラーラの件。


「隠しルート、か。スカイラーラの今顛末から率直に推測するなら婚姻相手である国王ガリブズだろう。年齢差が親子に等しくはあるが。ウィルオストに仔細を聞き出して共有するように通達しておく」


 国王ガリブズとやらはアラフォーのイケオジでありながら見境なく手が早いらしい。シーダ王国は女性の扱いがイフスエル王国より粗雑で、物品や資産に等しいのだとか。

 アルハは海外の爺さんが少女を娶っている画像を前世の記憶から引き出した。結婚妊娠出産を経てなお少女はまだ恋を知らないといった文言こそスカイラーラには当てはまらないかもしれないが、絵面の胸糞悪さは等しい。ロリペドに恋愛は許さぬとまではいえないが、然るべき年齢まで待ってから同意の上で事に及んでほしいものだと。


「あれは幼くとも毒婦と称するに値する肚を持っている。肩入れする価値はないと思うがな」


 かつて外見を上げ連ねてスカイラーラを扱き下ろしたライオットは、実は内面も許容範囲外だったらしく吐き捨てた。

 改めて思い起こせば、生母やその関係者が背後にあろうとも、上位貴族の狸たちを唆したうえで国家元首たる父親を手勢を連れて直接襲うような少女である。喋らず無表情で静かにと澄ましてみせてもライオットにしてみれば罵詈雑言を喚き続けているに狂人に等しい有様だっただろう。どんまいが過ぎる。

 あの年端で艶を含んだ秋波を送ってくる気色悪さを君は想像できないだろう、と言われればアルハは頷くしかなかった。奔放な生母の影響らしいが、間違いなく王血は入っているのだとか。男児は例の扉の開閉で判明できるとして、女児の血統の判断方法はなんだろうか。疑問は尽きない。


「疑問は尽きたか?」


 ライオットの言葉に、尽きないながらそれを聞いてどうするのと自問して口をつぐむ。不要な疑問は放棄して、聞いていいものか否か惑いながら恐る恐る口を開いた。


「…セレネアさんは、ご無事ですか?」


 暴力事件から姿が見えなくなって、襲撃時に一瞬の邂逅があったのみなのだ。しかし、カゲという職務を鑑みて聞けずにいた。己が踏み込んでいい領域なのかアルハには判断がつかなかったから。


「そのうち戻ってくるだろう。今少し待っていてやってほしい」


 ライオットからの答えは不完全ながらもあっさりとアルハの胸を温めてくれるものだった。ほっと気が抜けたのを見計らったように問われる。


「コンラードは別として。私を含め、セレネアやギルスナッドも身の内と外を隔てる境界線を幾分頑なに厚く引いている部類の人間だ。君は容易く超えているわけだが、理由に心当たりはあるか」


 ぱっと理解できない文章とその意味を解きほぐすこと数秒、口を開く前に「いや、いい。わかった」と言葉を切られ不興を買ったとアルハは青くなるが、ライオットの表情は凪いでいる。疑問符だらけの心中を見て取られたのだろうと思い至って胸を撫でおろすと、呆れたような柔い目が向けられた。


「裏表もある。違和感もある。何一つ突出しているわけでもない君ではあるが、さすがに読み取られていると察して安堵されたのは初めてだ」


 アルハは苦笑してから緩く首を振った。心理を読み解かれることは確かに疚しければ脅威だろう。


「ギル様も、キッツ様も、ライオット様の異能を信頼して受け入れていると思いますよ」


 その言葉にライオットの視線が尖る。


「私はあれらに異能の仔細を漏らした覚えはないが?」

「そうなのですか。以前皆さんの前で姿を消されていたのでてっきり…」

「…。隠匿の術はすなわちライオネル家と結びつけられるほどの標準能力だからな。私のいう異能とは慧眼のことだ。これはライオネル公爵家の一部と陛下こそ知りすれ、その全てを把握しているのは殿下と君だけだろう」


 私はその全てを把握していないと思います!と即座に脳内で叫んだ。

 人の感情すら視覚化し推察を容易くする人並外れた感受性。知覚したすべてを判断し処理できる頭脳あってこその異能。アルハにしてみれば人知の遥か高みに住んでいらっしゃる賢者のようなもので、その目に映る世界を推察することすら烏滸がましいというのに。


「私はただ、その。本心を本心かと疑われないこと、本心を本心だと証明する必要がないこと。人はそれを信頼と呼ぶのではないでしょうか。私は私の空っぽさをライオット様に見抜いていただけて助かってます」


 アルハは小さく頬をかく。

 暗愚による自己弁護ほど見苦しく判断の難しい証明はないだろう。ライオットに対してだけはあらゆる事態において自身の潔白を疑われることがない。誠実でさえいれば、冤罪を背負うことだけはないのだ。

 策謀のなかで、尽くし尽くされる者同士が横槍を気にしないで信頼し合えるというのは贅沢な話ではないだろうか。ライオットは慧眼により世界が醜く見えるというが、身の回りをそういった者のみで囲んでしまえば、誰よりも安穏とした空間を確保できるのではないだろうか。

 おそらくは、それが叶わぬほど人一人の抱える感情は複雑で雑多なものなのだろう。


「そうか。…そういうものか」


 呟いて、ライオットは一枚の羊皮紙を取り出し広げた。手招きに応じて寄るもアルハにはこの世界の奇怪な字は未だうまく判別できない。覚醒前にはある程度読めていたはずなのにだ。首を傾げるさまを見て緩く笑うと、別紙に短い文を綴って見せた。

 羊皮紙の一部を指し示し、別紙の綴りを書き写せという。こんな要求は初めてながらも何かのテストかと、言われるがままアルハは模様を書き写しはじめる。その間ライオットは通常の執務らしきことを続けていた。

 やっとのことで書き写し終わり羊皮紙を差し戻すと、ライオットはさっと紙を引き寄せ対のように空いた欄にささっと何かしらを走り書いた。これがなにかわかるか、問われアルハは素直に否と首を振る。

 ライオットは己の綴った筆跡をなぞり、己の名を紡ぐ。そしてアルハを双眸で捉えながらアルハの書き写した模様を辿り、アルハ・アルザと紡いだ。その先へ指は滑る。


「…『ここに婚姻を誓約し契る』。成ってはいない。誓う意味での誓約だ」


 事態を把握できずに固まるアルハに、ライオットは薄く嘲りを向けた。


「君の誠実さが共有できたとして、私は易く違えられる。それは対等でありはしない。それでも君は私に信頼を寄せられるのか」


 アルハはしばし呆然としてから困ったように笑う。


「寄せますよ。ライオット様が私に不利なことをしたこと、ないじゃないですか。でも、そうですね。私なんかと婚約なんてして大丈夫ですか?虫除けにはなれますかね。いやはや、病み上がりに養生してくださいと申し上げた翌朝に乾布摩擦に励まれたような心地というかなんというか…」


 困惑に滲む照れと申し訳なさと諦め。滲み出る色は拒否を示してはいないものの、指し示すものを受け取ってはいない。

 構わないというのか、そう象って零れた音をそっと拾い上げてアルハは肯定する。己に伴侶たる価値はなくとも、その名で貴方の何かを守れるならお使いくださいと。その答えにライオットは眉を顰めた。


「君は、君の価値を知るべきだ」

「如何様であろうとも、そのすべてはライオット様のものです」


 発せられるまっすぐな色は至極単純でありながら、なぜここまで快不快の両輪を引き回すのかとライオットは己のこめかみを弾く。


「疑うことを捨てたばかりか、望みすらもないというのか君は」

「…。今後も、私を、その、手放さないでほしいといえば…叶えてもらえるのでしょうか…」


 ライオットの脳内でギルスナッドが「結婚すればいいだろ」と呆れている。対して、己もそれが至極当然のことよなと頷いてしまっている。己の内で既存認識との乖離が起きていることに眉が寄った。

 婚姻という単語の持つ本来の意味と、実態の虚しさと、齟齬がもたらす嫌悪感を拭えぬまま何故受け入れようとするのか。疑いは見れば晴れるも自問に通じる手段はなく。


「出過ぎたことを申しました。この婚約はいつ破棄されますか?なにかご計画が…いえ、私は知る必要もないですよね。えっと、あ、そろそろ時間ですね、準備します!」


 しどろもどろなアルハを視界の端に捉えながら、迫る諸侯との会談のために切り替えた思考は、掬いかけた何かを認識することなく再び放ってしまった。

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