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王の子

 聞きなれない音。それはきっと異界の記憶を持つ者の共有事項なのだろう。やっとの思いで手に入れた愛しい存在を抱きしめて、この存在はここにあるのだと確認する。


「うそ、嘘よ。私は十二歳で、中学生で、過去の自分と今の自分を繋ぎ合わせて、どうにか、どうにかやってきたのに…あの人は、四歳、四歳で…自分の名前もわからないまま…ずっと」


 腕の中の愛しい人は、哀れに震えながらかわいそうだと呟いた。

 彼女が誰かを慮って心を痛めたのは初めてではないだろうか。四歳で成人の意識が覚醒したならば、積み上げた生も短く自我の融合に伴う苦しみも些細であったかもしれない。そう思い至らない未熟なところもまた愛おしい。ちょっぴり妬けるけれどあまり余って可愛い。

 自分を守ることに一生懸命なノルウェット。あざとくて、不安定で、頑張り屋さんな彼女。その関心を引くアルザの養女は女、異性愛者のノルウェットと同じ女だ。大丈夫、取られないと安心する。それに、アルザ嬢はあのライオットが手籠めたと憚らぬ女だ。大事な大事なノルウェットを連れ出してしまう心配もない。いい友人になってくれれば憂いはない。使用人に扮した部下に切り上げさせた茶会も、もうすこし続けてもよかったかもしれない。アルザ嬢がこちらに図った距離感はとても快よかった。

 アルザ嬢に内包された情報の危うさもライオットならばうまく調整するだろう。アルザ嬢にこれだけ自由に話させたということが、私は私で心して手綱を引けよという暗示だということも理解している。

 見くびるなと、脳裏にちらつく淡闇の男に告げる。仮初の第一王子の座を奪われても、仕えるに値しないと、オルガイア以下と判断されても、私にだってそれくらいはできる。


「ウィル、大丈夫?私が、あたしがアルハと話したいって呼びつけたから、魔王がチラついちゃった?だいじょうぶよ。だいじょうぶ。大好きよウィルオスト。私が選んだウィルオスト」


 揺らいでいたのはノルウェットであったはずなのに、抱きしめた腕の下から背に回る華奢な腕が情けない夫の背を撫ぜた。あやす言葉が『攻略(ろうらく)』するための『台詞』であろうと、その呪文の効果は抜群だ。


 ウィルオスト・ブルーム・イフスエルは、王妃が離宮に蟄居してすぐにこさえられた今上陛下初の御子だった。産んだのが子爵位であるブルーム側妃であることなど関係ないほどに望まれた第一子、それも男児。

 高貴な紫の発現を求められる瞳こそ黒いが、強く光が当たれば紫が濃すぎる故に黒く見えるだけだということがわかり、髪こそこれ以上ないほどに艶やかな紫を纏っている。誰しもが納得の第一王子だった。そう扱われ、教育されてきた。自負していた。自分は第一王子、王太子となりいずれ王座に就くのだと。

 側近候補として最初に引き合わされた一つ上の不愛想な公爵令息はしかし、第一王子であるウィルオストを認めてはいないようだった。ウィルオストのみならず王族そのものに敬いの気配がない。そんな不遜な公爵令息はいい競争相手だった。いつもどこか違うところに関心と思考を彷徨わせている浮世離れした彼は、意外にも年相応に煽れば煽られた。鳩のようだと髪色を揶揄えば顔色は変えずに蜂蜜色の鬘を被りだし、一人称や口調が公爵にそっくりで見目も併せてまるで複製品だと笑えば嫌がらせのように自分の真似をしてきた。

 自分が十の努力で威張るところを、彼は四くらいの意地で並んでくる。潜在能力的には劣っているとわかっていた。それでもよかった。愛想も阿りも単なる気遣いもなく良き好敵手を務めていてくれたのだと思う。

 そんな彼が、産まれて間もないオルガイアに膝を折った。

 彼の瞳が変わった。虚空を漂っていた彼のすべてがオルガイアに向かったのだ。同時に、ウィルオストは全てを失った。第一王子という立場も、不愛想な兄をもつ小生意気な弟のような関係も、周囲の関心も、すべて、すべて。

 必死に取り戻そうと足掻いた。剣も勉学もこれまで以上に己に鞭打ってそれなりの成果を叩きだした。しかし、零れ落ちたものは何も拾えなかった。ようやく自身を担いでいた周囲の祝福や期待の全てが陛下の思惑のない的外れなものだったことに気が付いたのだ。認められなかった。認めてほしかった誰にも。


 そんな、ただ優秀な第二王子でしかない元第一王子を掬い上げてくれたのがノルウェットだ。胸の虚を慰撫し、欲しかった言葉をくれた。陶酔して然るべきだろう。なにより彼女の抱えるものは己と酷く似ているのだから。


「アルハってネトウヨってやつだったのかしら」


 互いに心を落ち着けて、雑務を後回しにして中断した茶会は夫婦の語らいの時間となる。

 ノルウェットの紡ぐ言葉の意味を解きほぐしていくと、アルハの示唆する仄暗さとはちがう薄ら寒さがウィルオストの背を這った。


「もうさ、戦争なんてまずやっちゃだめじゃん?人がいっぱい死んじゃうし。過去に日本が悪いことしたのは事実なんだからさ、嫌な思いさせた後進国に多少の援助とかして喧嘩にならないならもうそれでいいじゃないねえ。いろんな国の人が、いろんな国で生きてて、そこに国境の意味なんてあるのかしら。そういう未来的でグローバルな視野を持つ人たちとか、差別なく平等な世界を謳う人とかを攻撃するのがネトウヨってやつ。詳しくは知らないわ。たまにテレビで取り上げられるからなんなくイメージ湧くけど。アルハって女性だったんだろうしなんで穿った政治思想なんて持ってるんだろ、モジョってやつかな?根暗ババアは陰険さの捌け口に拗らせちゃってたのかなー」


 前世を掘り返すノルウェットは()()()の口調であどけない。今までにない観点の異界に関する口述はアルハとの会話から引き出されたものだろう。であればこの差は何なのか。

 動揺する己を叱咤して手綱を握らねばと気ばかりが急いてしまう。


「ノル、異界のことなんて思い出さなくていい。口に出しちゃだめだ。私のことだけ考えてくれないかい?」


 少し声が震えたが、大丈夫。この程度の機微ならばノルウェットは気付かない。


「アルハにも言ってたけどどうしたの?あたしたちの前世の社会なんて空想と一緒じゃない。そんなに警戒しなくても。車とか銃とかそういうチートな知識じゃないのよ?」


 ああ可愛い。いたいけで無垢なノルウェット。しっかりしなくては。もう失わないように、取りこぼさないように、理不尽に奪われないように、私がしっかりと手綱を引かなければ。


「ノル。君の持つ記憶の異界の文明がこの世界に先んじていることくらいは容易く察せてしまうんだよ。異界での過去に捉われているときの君は、この世を見くびっているのがありありとわかる」


 気まずげにそんなことないと震える唇を指でそっと抑えて、責めている訳ではないことを柔く染み込ませる。過去を捨てろとは言わない。私の君もあたしの君も等しく私の求めるノルウェットだから。


「アルザ嬢の言葉を思い出して。彼女の述べた選挙という手段での民主主義は、情報を操り扇動すれば権力者を取り込むより容易く傀儡を据え置けることを指している。伝聞の情報で判断し票を投じ国の統治者として信任する。すなわち武力戦争ではない情報戦が待ち受けているのだろう。それは侵略にも防衛にも重要な知識だ。今後新たな統制制度を他国や自国で取り入れるにあたり、その落とし穴を塞ぐも広げるも思いのままだ。わかるかい?

 新しい遊戯を発表する。本来ならば徐々に生み出され枝葉の広がるように発展し熟成されていく常套手段や裏技や反則技を君だけが網羅している。となれば、利用したい輩が我先にとその遊戯を求め、君からすべてを聞き出して口を封じようとするだろう。君たちの持つ情報にはそういう怖さがあるのだよ。

 だから黙しておいてくれないか。忘れなくていい。ただ、秘めておいて。愛しい君の安全のために」


 もとより周囲を警戒し黙していた彼女だ。危険性の具体理由をかみ砕けなくても、危険性自体は再認識してくれた。神妙に頷いて両手の人差指二本を交わし口元を戒める。なに、それ、すごくかわいい。

 ノルウェットの記憶によれば異界は平和だった。アルハは不穏を匂わせた。悪いことをしたから戦争に負けた?悪か正義かで勝敗が決まる戦争など物語の中だけだ。知りたい。異界の王家王国が歩んだ歴史、危機と打開のすべてを。


「ねぇノル、私たちはとても危うい立場なのだ。敵性勢力に担がれそうになった私と、その主犯格の身内である君。本来ならまとめて処分されても仕方がない。ただ君がアルザ嬢と同じ書庫を知る者として殺すに惜しく、放逐するには危険で、私と都合よく取り纏められたのが実際のところだ」


 さっと血の気の引いた頬を包み、唇を合わせた。


「そんなこと、私には僥倖でしかないけれどね。だから一生守らせて。愛してる」


 恥ずかしがり屋の君がまだ明るい午後の東屋だってことに思い至って突っぱねてくるまで何度も味わう。

 ライオット。一度は私を見捨てた君が、助けてほしいと縋った手を掴んでくれるとは思わなかった。さらには救出は自分でやれと突き放してそれなりの力を認めてくれた。陛下に忌憚なく物申せる君が、巡礼の呪を受けた君が、一つ年上の王妃の生家の公爵令息が、何を意味するのか察せないほど私はもう幼くない。

 ノルウェットは、君の愛妾とはまた違う視点を持っている。私も、妻も、王家の一端である公爵位としてただ助けられたままでは終わらない。ローズ公爵の開墾した人脈や物流を使ってイフスエルに利をもたらしてみせる。私は公爵位となって担ぎ手がいなくなろうとも第二王子だ。自分の持つすべてを使ってノルウェットを守る。そして誉れ高き王族としての務めも果たす。かつての恋敵も上手く配してみせよう。私は、私を認められる。


「んっ…もう!白昼堂々と!…ウィル、なんか雰囲気変わった」

「そう?」

「うん。頼もしいというか…漢になった?急にどうしたの?」

「もとより男だけど、君の夫となった実感を噛みしめて頼れる旦那様として覚醒したのかも?」


 なにそれと笑う君が愛おしい。


「我が愛しき妻よ、そろそろ仕事に取り掛かろうか」


 ぶすくれた顔も可愛いらしくて、手を引きつつもついつい足を止めて啄んでしまう。

 全く困ったひとだと笑ったのはどちらだろうか。

幕間でれでれ第二王子でした。登場の予定は未定ですが第四王子まで存在しています。ヒロインズは元第二王子と思っていますが、廃嫡とかいう話は特にされてないので継承権は第二位のまま。ウィルオストも自負として元と自称しない雰囲気です。

第一王子が盤石すぎて継承順位の見直しとか誰も深く考えてない平和な王家。

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