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補って充ちる

 反体制派の諸々杜撰だった襲撃事件。からのローズ公爵学生夫妻爆誕にスカイラーラの告白即撃沈事件直後のライオット失踪。長く濃い一日を終えて気怠さもひとしおの翌朝、アルハはライオットの部屋で目を覚ました。

 前世の創作物では男女同衾の朝チュンには大抵抱き枕にされて動けない描写が挿入されていたが、今世の主人は優しい。侍女であるアルハは抱すくめられて身動きできないと困ることもなく、掛布団の大半を持っていかれていることによる肌寒さで寝過ごすことなく覚醒することができた。…正直若干の虚しさに襲われている。

 もぞりとベッドを抜けて使用人部屋に戻り、自身の身支度とライオットの身支度の準備をしながら昨晩のやりとりを反芻するものの、結局ライオットの心境を察することはできなかった。とりあえず恋慕はスルーの方向なのか、傍にいろという。情けなくもその言葉だけでアルハの辞去の意思は容易く萎れてしまった。


「今日、空いているか」


 諸事を整えライオットの身支度も完了したところの言葉に、アルハはすぐに予定管理用に支給してもらった手帳を開き、大丈夫ですと元気よく返事をした。ライオットは気の抜けたように微笑んで、君の予定はと聞き返す。

 侍女から告げられる日常業務を雇用主はいともたやすくすげ替えた。


「今日は城下におりて人員の確保をする」


 指名手配犯でも捕まえるのかとアルハはぽかんと固まる。ライオットはさも必須履修の公式でも唱えるように続けた。


「人材とは、その辺に落ちているものだ」

「おちて、いる?」

「転がっているものは特に容易い」

「ころがっている」

「以前聞かせてくれた数多の話にも散見しただろう。貧民窟や路地裏は特に確率が高い。君の今日の業務は私の供だ」


 鸚鵡返ししかできないアルハにライオットは目元を細め、薄ら寒く笑んだ。



「ライオット様は、その、なにか特別な知識をお持ちで?」


 なんでそんなメタなの?と、アルハは問わずにはいられなかった。

 貴族要素を排除した動きやすさ重視の軽装で城下に降りるとひたすらそこかしこを歩き回ることになった。まるでオンラインゲームの初期クエストをこなすかのように、NPCの頭上に感嘆符でも見えているかのように次々と人間ドラマに割って入ってさらっと道を示し、施し、その心を掌握していく。

 例えば上層の路地に転がっていた一見行き倒れの男。一家離散の後とある貴族の屋敷の下働きをしていたらしいのだが、突然意識がなくなってしまう奇病持ちで迷惑をかけてしまうことが多くとうとう解雇通告をされてしまったのだと。ライオットが男のつけている不気味な意匠の腕輪と引き換えにライオネル家への紹介状を書いて渡すと腕輪を手放すことに多少の躊躇いは見せたものの、預かるだけだというライオットの言葉に泣いて感謝して去っていった。

 中層の大通りで捕まえたスリを生業にしていた少女。実弟と幾人かの子供を下層の貧民窟で養うために悪事を働かざるをえないのだと睨む少女に食料を差し入れながら住処まで案内させると、少女の帰りを待っていた少年少女たちが貧民窟の下卑た大人達に嬲られていた。難なく救出し、郊外にある養護施設の話をし、少女の中層に忍び込んだうえでスリを生業にできる身のこなしと技術を囲いたいだけだと告げる。頷かせた後通信機で部下を呼んで悪漢の捕縛と少女らの移送を命じていた。連れられて行く少女は幾度もライオットを振り返っていて、白馬の王子様に恋をしたのは明らかだった。

 下層の裏路地でカツアゲに勤しんでいたチンピラ。ライオットはふと目をとめてしばらく眺めた後、話しかけて紙と金を渡していた。聞けば彼は腕を負傷して退役した元下級騎士らしく、腐っているよりその傷をきちんと治療して実力を発揮しろと医院への紹介状と生活費を渡したらしい。荒んだ瞳に半信半疑ながらも光が差していた。

 等々そういった具合で人の弱り目を利用して恩を売りライオネル家傘下の施設に誘導し忠実なる駒に仕立てていくのだという。城下以外の街でも定期的に部下に人材拾いをさせているらしいが粗悪品を拾ってしまうことが多いため、ライオットが動けるときは直接補充に赴くらしい。直接恩を売った方が扱いやすいのだと。

 まさにその一人であるアルハは納得してしまった。スリの少女に同情するほど同様にきっちりカタに嵌っている自分に笑えて眉尻が下がる。


「知識というか()()だな。私はこんな男だ。君を助けたことも、そこまで特別なことではない。だから…」


 身も心も召し上げられて、それは特別なことではないと。ズキリと痛む胸を握りしめてアルハは無理矢理笑った。


「わかっています。身の程は弁えていますから」

「…過度に恩を感じる必要はないということだ。君は私のことを買い被りすぎている」


 手広く恩を売っているからなんだというのだろうか。それで助かる者達にとっては己が束の内の一本であろうと掬い上げてくれる人は聖人君子に変わりないのに。

 いまいち理解しないままアルハは頷き、ライオットは目を伏せた。

 その後も幾人か拾って、その手際の良さにポップアップ情報や吹き出しか何か見えているのではと勘ぐってしまう。どんな()()があればフラグ回収業者になれるのだろうか。


「ライオット様、ステータスオープンって唱えてもらっていいですか」

「すてーたすおーぷん?」


 数拍の静寂に包まれた。どうやらなにも起きなかったようだ。

 何でもないと誤魔化すアルハから仔細を聞き出したライオットは今世の特殊能力システムの解説をはじめた。

 今世に魔法という魔力を源にして発現させる現象はないのだと。個々の能力は、生まれついての素地と成長過程で培われる素養が密接に関わる。素地に付随する特異能力を異能、素地素養を経て軌跡を辿り得た能力をすべと称しているのだと。肉体強化や技能スキル、第六感系スキルが存在するようだ。

 後天的習得術は勿論、先天的異能さえも研究して解析すればその奇跡を手にできることがある。「軌跡を辿って奇跡を得る」という言葉は割と一般的な一文らしい。発動の条件を推測しクリアしてスキル解放ということなのかもしれない。

 ライオットの能力は先天的な異能であり、主に視覚、ついでに嗅覚や聴覚にも影響を及ぼしつつ通常は読み取れない情報を知覚できるとのこと。謁見の間で消えた隠密は後天的な術。アルハはほおほおと頷く。


「視覚。すなわち資格ではないと。音にすると一緒ですねすみません。邪気眼、いえ第三の目!パーフェクトボンボンボーイは厨二設定に事欠かないということですか流石です!」

「何を言っているのかよくわからないが、私が理解できない単語と認識したうえで言い連ねているのはわかった」

「流石です!」


 揶揄も見破っているぞとじっとりした半目を向けられたアルハの視線が泳ぐ。ふっと小さく噴き出したライオットはそんなアルハを柔く見やり、アルハは眉尻を下げて微笑んだ。


「君は本当に…。心を読めると言っているに等しいのに怯えも畏れもしないな」

「はっ!そういわれると確かに大問題ですね…どうしましょう」

「どうもこうもな。羞恥の感情は読めても何が恥ずかしいのかまでは見えない。しかし空腹なら空腹だと言えばいいだろう。何か食べるか」

「見えてるじゃないですか!」

「飲食店なら厠もあるしな」

「ああもう、勘弁してください…」


 所持金がないことを気にするも、侍従に金を出させるなど主人に恥をかかせる気かと一蹴され中層の喫茶店に入った。上層まで戻ったほうが良いのではと気を揉むと、第一王子側近というライオットの役割柄王都滞在が主であるため城下の店のある程度の品質は把握しているという。流石というべきか小洒落た喫茶店の内装も、紅茶の香りも、軽食の味も文句なしだった。

 間を持たせようと感じたものはとにかく拾って感想を添えて報告し、咀嚼の際はさすがに静かに舌鼓を打ちつつ沈黙をも味わった。穏やかで心地よい。そんなアルハの幸福感の幾許かでも共有できていたら嬉しい。しかし、ほくほくとするアルハをライオットは容易く冷やす。


「そういえば、リューン男爵家が取り潰しとなったことを伝えていなかった。あれらは存在しない。今後君になにを及ぼすこともないから安心するといい」


 取り潰し、存在しない、今後。その言葉の指すところを察して背筋が凍った。

 一応は親だった。紐づいた前世の両親への感情に引き摺られつつ別物だと戒めて、単純に人が死んだのだという悲しみと後ろめたさに胸が引きつり、しかしもう大丈夫だという安堵もあって。最後に残ったのは、ライオットにそれをさせたのだという申し訳なさだった。


「…お手間をおかけしました」


 アルハは粛々と頭を下げた。

 償わなくてはならないという贖罪も、責務も、忠誠も、願いも、すべてライオットに繋いで、縋るように纏わりついて。その醜悪さを自覚しながらも、差し出された手を全力で握って離さない。離せない。アルハには大事である救いはライオットにとっての些事で。それでも。


「弟のベルダとやらはキッツ家の系列で引き取っている。折を見て引き合わせよう」


 アルハの垂れた頭を持ち上げたのはライオットの気を遣うような声色で。弟、そう聞いて弟がいたのだと思い出すのに数拍要した。アルハは弟ベルダの出生によって見限られ軟禁されたわけではあるが顔を合わせたことはなかった。今更引き合わせられても正直赤の他人でしかない。


「温情に感謝します。ですが、面識は無いので無事の一報で十分です。ありがとうございます」

「そうか」


 無感情な声に顔色を窺うもアルハにはライオットのような異能はないためにその心情を推し量ることはできず、揺らめくような双眸に視線を縫い留められてしまうのみだ。


「…君は時折、まっすぐに視線を合わせてくるな。透けるほど淡いその色の示すところが分からないんだが。何かあるのか」


 ライオットに心底不思議そうに真正面から指摘されてぐわりとアルハの顔面に血が上る。瞬時に顔を伏せて視線を駆け回らせる間も、焦り、羞恥、などと澄ました顔で感情診断されて大変居た堪れない。早々に白旗を上げて白状した。


「あ、の、蝋燭の火などを眺めることと等しくですね、燻る煙を眺めるに等しくですね、その、ライオット様の瞳は水面のようで。揺らめいているようで、綺麗で、つい。すみません」


 耳まで熱く茹だった顔を俯きながらも扇いでなんとか冷まそうとするもなかなか難しく。ライオットの返答もなく居た堪れない沈黙が流れた。

 くすり、と漏れた音が嘲る。


「…きれい、か。昨日、自分は醜く歪んでいるのだとギルスナッドに吐き出したばかりだというのに」


 顔を上げれば、ライオットは目元を手で覆っていて、その口元は歪んでいた。

 見目麗しい少年のその内面は少々Sの気配こそ感じるものの基本的に優しく面倒見がいい、とアルハは感じているがしかし、まだ何か厨二要素でも隠し持っているというのだろうか。窺うも、話は続かなかった。


 店を出て、上層手前にある町外れの丘へ上がる。

 体力の尽きかけているアルハを慮ってかライオットの歩みはゆったりとしていた。たどり着いた丘の頂上には碑が建てられていて、それは共同墓地の象徴のようなものらしく周囲の人気のなさも頷ける。街を囲う壁の向こうに巨人が存在していたら自分は絶対死ぬだろうなと意味のない想像をしてしまった。

 眼下の街を眺めるライオットは目にみえてリラックスしている。景色に癒されるというより閑散とした場所故に、眼の負担がなくて楽なのだろう。

 そして、逡巡し躊躇いつつもぽつぽつと話してくれた。己の肉体が陛下、王妃、父である公爵の三人でできているということ。王妃と公爵に至っては実の姉弟であるのに、という嫌悪感については欧州中世時代によくあった話ですねと他人事として難なく受け止められた。

 コンプレックスをどういう意図で話してくれているのかはわからないが、内情を話してくれるということが内側に引き入れてくれているようで嬉しく思う。スリの少女に差をつけたような優越感と同時に後ろめたさにも侵食されるけれど。

 ただ、吐露されたコンプレックスにそれほど重さを感じられないのが申し訳ない。


「三人でその、あの、致して出来ましたっていう話なら、私の方がたくさん混じってそうな気もするんですけど…」


 なんせおそらく薬物乱交狂宴の産物である。アルハの言葉にライオットは緩く否を示す。


「ギルにも指摘されたが、違う。男女ともに幾人と交わろうが、命は一対の素で実る。君もだ。この眼で夫婦とその子を映し、不貞の子だなといらぬ内情を知ってしまうことも少なくない。しかし素は一対だ。それが私には当てはまらない。王妃は勿論、陛下も公爵も私を己の息子と認識している。そしてそれは正しい」


 聖生泉の間の扉の仕組みを教えられたアルハはいくつか質問をした。認識機器があるのか、切り取ったものは作用するのか。認識機器についてはライオットの回答を聞くよりも、前世の精密機械について曖昧な説明をする方が多くなってしまったが。結局あの扉は、触れる必要もなく生きた状態の王家直系男子すなわち王位継承資格保持者が特定範囲にいることで開閉が可能になるのだという。

 三つの遺伝子の保持、王家直系の生体反応。意識の向こうでぱらぱらと項の捲れるような音がした。


「バニシングツイン…?」


 ぽとりと転がり出た単語に推測が追いつく。御三方がスキモノなのか他の事情があったのかは知らないが、奇跡的に二種の精子が卵子と結合してなんだかんだで片方の遺伝子が奇形腫瘍として体内で息づいているなら、あるいはキメラとなった臓器の一つでもあればおそらく辻褄が合うのではないかと。

 どこから説明していいものか、果たしてそれが合っているのかもわからない。ただ、確かなことは伝えられる。アルハは解説を待っているライオットの拳に触れる。醜いだ歪だという言葉から守るように強く握って、そんなに気に病むことはないのだと伝わるように努めて明るく笑んだ。


「すごい、希少な、奇跡的な確率ではありますが、とにかく大丈夫です何の問題もありませんモーマンタイですご安心ください。ライオット様のお身体は普通に普通の人間です!」


 訝しげな眼がアルハのモスグリーンの瞳を捉える。その瞬間慧眼が見開かれ、双方がぶわりと風を感じた。


「…ライオット様?ライオット様大丈夫ですか!?」


 ライオットの青紫の双眸は波立つように荒れ揺れ、アルハの瞳の先を覗くように視点が遠い。気を取り戻そうと揺らすその動きにも合わせて視線を外さなかった。が、それも束の間、ぱんっと弾けるようにライオットは正気を取り戻す。


「だだだいじょうぶですかお気を確かにっ__!?」


 あわあわとするアルハの襟元をガッと掴んで引き寄せ、乱暴に唇を合わせたかと思えばバッと抱きしめてきた。アルハの肩に顔を埋めたライオットは伏せた瞳に渦巻く猛りを徐々に、徐々に沈めてやがて通常のやや気難しそうな無表情に戻る。

 ばくばくとした動悸と混乱に苛まれているアルハをそっと解放し襟元をささっと整えて、再び見つめ合ったかと思えば未だ混乱しているアルハが何かしら言葉を吐きだす前にもう一度、今度はそっと唇に触れた。

 完全に思考能力の焼き切れたアルハを見下ろして独り言ちる。


「鍵はあるべき場所に在り、書庫ごと君は私のもの、…か」


 苦虫を嚙み潰したような表情のライオットにアルハは正気を取り戻した。しかし、苦しむ主を慮る言葉は再び阻まれる。


「君は危険だ」


 心にぴしりと亀裂が走った。


「辺境伯の養女でも、公爵令息の侍女でも足りない」


 散ってしまいそうな己の心の痛みより、その心を砕かんとする男が心配でたまらなくて手を伸ばした。

 何が貴方を苦しめるの。何がそんなにかなしいの。どうして、


「私と結婚しろ」


 そんな苦しくて泣き出しそうな表情で、至極の言葉を紡ぐの。

遅々とした更新で申し訳ありません。

40p以下予定ですが先行きは不透明です。気長にお付き合いいただければ幸いです。

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