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告げるけっ白

 なんやかんやののち、アルハのみが帰寮を許された。その後、襲撃の後片付けを終えたお偉方の集まりにて、結局黒幕の処遇より前にオルガイアレポート閲覧会が行われた。結果何故か禁書として封印されたらしく、来訪したしょげた天使を慰めた。そして、オルガイアの来訪からしばらくして帰寮したライオットに無言のままチョーカーを装着される。なにやら特殊な製法で外さなくても色々大丈夫なのだと。すなわち外すなと。首輪だろうか。とりあえず天使がかわいいと褒めてくれたので人間でいられそう。

 オルガイアはアルハの背中にまわってひょっこりと顔を出し、じっとライオットを見つめていた。その表情はつぶらだが、行動はレポートノートの封印への抗議なのだろう。ライオットは無表情のまま呆れた声を出した。


「殿下は禁書の閲覧ができる立場にあります。保管場所が変わっただけと説明さしあげましたが?」

「禁書庫はお部屋から遠いもん!」

「教科時間がひとつ、アルハとの会話時間になります」

「やった!ぼくいっぱい書き留めるね!」

「ということだ。アルハ、君は殿下の教師のひとりになった」

「やややややや無理ですそんな畏れ多い!」


 一瞬で好転した天使殿下のご機嫌はさておき、突然取ってつけられた役職と重責にあわあわと辞退申し上げるも、決定事項に否やはありませんが何かといったライオットの態度や嬉しがるオルガイアの様子に受け入れざるをえなくなる。今まで通りの歓談をするだけだと言われてしまえば、できないわけがないのだから。


「重鎮たちが書庫の一部に気を取られている隙に、陛下は今件の黒幕の裁可を下してしまいたいらしい。殿下が眠気に負ける前に諸事を終わらせるため今一度謁見の間に集合だ。後ろを向け」

「え?ちょっ!」


 アルハはライオットによってお仕着せから訪問着レベルのドレスに手早く着替えさせられてしまう。芸術的センスはなくとも手先は器用であるらしい。

 オルガイアも気兼ねなく手伝うのだから、いもしないコンラードの溜息が聞こえるようだ。


「両陛下に正面から謁見する際に侍女服はない。君はすでに辺境伯令嬢だ。そして、殿下のレポートの出典であるということは、それなりの注目を浴びるということ」

「そんな大袈裟な。や、といいますかお恥ずかしながら私はまだ作法が身についていなくてですね…」

「構わない。事情は伝えてある。しかし…」


 これから先、誰が寄ってきても君は私のものだという姿勢は崩すな。

 至極当然真面目に告げられた言葉にアルハは苦笑する。それはきっとアリスが暴力をもってアルハから情報を引き出そうとしたように、未知の情報を求める輩が寄ってくるということで、つまりはアルハの身の安全のための訓告なのだろう。真意を拾いながらも、ただ文章としての意味が面映ゆい。

 当然です。私はライオット様のものですから。

 返した言葉に頷かれるだけで、もう、アルハは満ち足りてしまってどうしようもないのだ。


 部屋の外にいたルルスと共に本日二度目の謁見の間の扉を開け放つ。そこには王陛下妃殿下に側妃だろうか数人の見目麗しき子連れの女性達、ウィルオスト率いるローズ・ノルウェット一行、きょどるフォルクスを連れたギルスナッドとコンラード、その他役人など。上座にいる両陛下とその脇に控える王子王女側妃達を除いた者たちが適当に散らばっているその真ん中の赤い絨毯を、ライオットは切り開いていく。アルハはその後ろで上機嫌なオルガイアに手を繋がれており大変居た堪れない思いで胃を軋ませていた。最後尾のルルスはそんな二人に緩みそうになる表情を取り繕っている。

 ライオットが両陛下に礼を取り、アルハ達も続く。そして王が玉座から立ち上がり今件について誠に遺憾であるという日本人なら割と聞き覚えのある語句を発した。制裁も報復もしないできない結局無抵抗(やられっぱなし)の代名詞である遺憾砲に懐かしさを感じた。

 同郷のノルウェットを見やるが、彼女はそれどころではないらしい。逆ハーレムズに支えられながら切羽詰まった表情で怯えている。

 王は自ら朗々と今回の反乱の一味を明かし、粛清の内容を曖昧に提示し、反乱組織からの協力者のフォルクス・ワグナーを褒めてつかわしつつ王国への忠誠を説いた。

 王が合図をすると捕縛されたローズ公爵と他二人が引きずられてきて転がされる。ますますノルウェットの顔色が悪くなり、不意に目が合うも憎々し気に睨まれてしまった。


「さて、今件における貴殿らの処遇が決まった。残念だが、取り合えず主犯格である三人は処刑せざるをえんのだ」


 王の調子はどこか軽いながらも冷たく人々の間を通る。


「甥のくせに伯父を裁くというのか!私は先代の兄であるぞ!継承権も持っておるのだぞ!」

「わ、私共は主犯ではありませぬ!私共は騙されたのです!」

「そ、そうだ!あの小娘がっ!もががっ」


 喚きだした三人に轡が嵌められ、内二人の前にそれぞれ紙とペンが用意される。インク壺を持った兵士が二人に侍り、彼らの小指を斬ってその血を壺に注ぐ。


「爵位とは貢献の証だ。我が王国に傅き尽くしてきた者達に託された責と信頼。それを一代の過ちでなかったことにするのは真に遺憾である。貴殿らもそうであろう。よって私は二人に温情を与える。各々、爵位を息子に譲るとよい」


 王の笑顔と共に血交じりの墨を浸したペンが二人に握らされる。用意された爵位譲渡の紙にはすでに王によって選定された後継者の名が記されているのだろう。政治とはまこと恐ろしい。有無を言わせぬ轡は黒幕である身内の名を告げさせぬためなのだろうああ怖い。

 項垂れて署名したアゲンスト子爵。ローズ公爵は書面と王を交互に見やって困惑している。そこに耐えきれなかったらしいノルウェットが不躾に発言した。


「陛下!私は黒幕ではありません!確かに私はウィル殿下をはじめとする有力貴族子息達を誘惑しましたが、父の不正幇助などもしておりませんし裁かれることなど何もしておりません!そうでしょう!?この私が断罪ルートだなんて嘘よ!折角廃嫡バッドルートから助かったのに!」


 叫ぶノルウェットを抱きしめるウィルオスト。彼女の逆ハーレムズは優しく彼女を慰め、嘆願を込めた眼差しを王に向けている。王はそんな彼らが存在しないかのようにローズ公爵に答えた。


「ローズよ、私は子供達を愛しているのだ。ウィルオストは今回第二王子の分をわきまえて貴殿の甘言に乗ることなく王国への忠誠を示した。誉れある我が子に褒美をやりたいと思うのは父親のさがだろう?」


 王の視界はぶるぶると震えるローズ公爵からウィルオストへ移る。薄ら寒い為政者から慈愛に溢れた父の顔を覗かせた。


「ウィルオストよ、ローズ・ノルウェットと婚姻し公爵家を継ぎなさい。背負うものは多いが得るものはあろう。やれるな?」


 呆然とするノルウェットを一層強く抱きしめてから翻り、王に優雅な礼をとったウィルオストは喜色を迸らせて是を謳う。ローズ公爵は恨めし気に彼らを睨みつけるが、控えた兵士に首元に剣を突き付けられてはどうにもならず屈辱に震えながら署名したのち床にペンを叩きつけた。

 跳んできたペンからオルガイアを庇ったアルハのドレスの裾にペン先が当たって汚れてしまい、アルハは内心絶叫する。急に抱き着かれたオルガイアは嬉しそうに抱きしめ返す。


「…へ?ウィルと結婚?幽閉塔じゃなくて?あれ?ハピエンルート?た、助かったの?あれ?ウィルルート?こんなんだったっけ?」

「ノル、君が誰でもない誰かを目指していたとしても、もう無理なのだ。観念して私を受け入れて」

「ウィル…?」

「愛してるよノルウェット。元第一王子は取りあげられることにも諦めることにも慣れてる。けど、私は君を手に入れることができた。…案外強かだろう?」


 二人の世界を作り上げている様子は確かにドラマかゲームの一幕のようで。周囲が王に視線を戻すなか、アルハは液晶画面の向こうのような二人を鑑賞していた。


「陰鬱な題目で皆に集まってもらったが、今日は実にめでたい日である。この場にいる者達には先に予定しておる夜会で公式発表することではあるが、国と国を結ぶ善き縁談を知らせておこうと思う」


 もう用はないと退場させられていったローズ公爵たち三人を見送った面々への次句を紡ぐ王の目は、ウィルオストに向けられていたものとは違い、父であるが為政者でもある厳しさを宿していた。


「我が娘スカイラーラとシーダ国王ガリブズとの婚姻が決まる」


 どよめきつつ疎らに鳴る拍手。我に帰るもまったく状況が分からないアルハはとりあえず話題の人物を探す。


「どうしてなのですお父様…」


 人形めいた美姫スカイラーラは愕然と父である王を見つめる。


「ウィルには愛した者を与えておきながら!なぜ!私にはくれないのです!?」


 叫び求めた視線を追って、アルハの胸が絞られた。視線を集めたライオット本人は何処吹く風な様だが。


「ライオット様、私は静かでしょう?煩くないでしょう?淑やかであるように努めてきました。貴方様に求められる女性になるようにと。声も感情も抑えて、抑えて、貴方の望む伴侶として相応しくあるようにと…!」


 頬を染め瞳を潤ませてライオットのもとへ歩み寄るスカイラーラは人形から女の子に戻るも、可憐さや美しさは損なわれずむしろ増しに増して愛らしかった。これでライオットが表情を綻ばせて抱きとめたなら、さぞ麗しい二幕目となるのだろう。

 しかし、ライオットはアルハの方へ一歩下がる。明確に拒絶を示されたスカイラーラの歩みが止まり、その表情は絶望に染まった。


「なぜ?なぜ?アリスは、ローズは、ライオット様と私が結ばれる運命があると…」


 運命がある。すなわちスカイラーラが主役であるときのライオット攻略ルートがあったのだろう。

 それを、ライオットは一刀両断した。


「私に幼女趣味はない」

「五年もあれば育ちます…っ!」


 潤みながらも真っ直ぐに恋慕を乗せてぶつけてくるスカイラーラの熱い目線を、ライオットは眉を寄せながらも受け止める。そしてさらなる拒絶の言葉で嬲った。

 世の中には揺かごから墓までという傑物はいるが、己は精神的身体的に釣り合う相手が最低条件であると。スカイラーラの胸部を一瞥し、胸はないよりあったほうがいいと。蒼天の髪を見て、王家に連なる色は好まないと。震える姿に、華奢すぎる身体は頼りなく食指が伸びないと。

 健気に恋する八歳の幼女を全否定してから介錯までしてみせる。


「私にいま、婚姻という手段を使って手に入れたいものはない」


 謁見の間が静寂に満ちた。あまりにも色々と酷い。

 その賛辞ばかり浴びてきたであろう容姿も、王女という立場も、スカイラーラという存在のどこにも魅力がないと断じられて折れずにいられるわけもなく。幼姫は頽れて泣き出してしまう。

 そして、泣き声が虚しく反響する空間で憎悪の炎を燃やす者がいた。


「おいライてめえ…アルハはどうすんだ。恩売って、側に置いて、手ェだして、そんで終いか…!」


 明後日の方向からギルスナッドが静かにキレた。


「そうなのです!猿の如く発情しておいてそれはないのです!」

「なんですって!?あの子が欲情したの!?」

「そんな…!ライオット様との初めてはっ…!」

「なんと、辺境伯の養女は妾なのか」

「あの年で愛妾を囲うとはさすがというかなんというか…かわいそうに」

「辺境伯と公爵家の繋ぎとしてあてがわれたか」

「我が娘だったら耐えられないな…」

「公爵家嫡子ともあろうものが…」


 ザワザワと囁かれる非難は轟々と重なり、侍女を憐れみ令息を貶めていく。


 やめてくれ、やめてくれと。アルハは叫んだ。


「一介の女が、好いた男に好きにされて何の問題があるのですか!」


 ライオットへの謗りは我慢ならなかった。アルハはライオットの所有物で、ライオットは所有物を扱いたいように扱っている。それにアルハは満足している。それ以上も以下もないのに。


「いずれ奥様をお迎えになるならばそのときはきちんと身を引きます!私は弁えています!

 …その時がくれば、ちゃんと離れます、から。今はただ傍に侍っていたいのです。役に立ちたいのです。矛になれなくとも肉盾にはなれます。私にはライオット様が必要なのです。どうか拠り所を奪わないでくださ…っ!」


 アルハはっと、自身の浅ましい想いが口から駄々洩れになっていることに気付き遅まきながら口を塞いだ。邪な好意などライオットに告げるべきではないのだ。アルハはただ絶対な忠誠で付き従うことが求められているのだから。

 独壇場にいたアルハが口を噤んだことで再びの静寂が。

 周囲の面々の視線が失言を後悔して俯いてしまったアルハから、間抜けた顔で固まっているライオットに移る。ぴくりとも動かないライオットだが、じわりじわりと首から朱に染まっていく。耳まで茹であがったところでばっと片手で顔を覆った。

 あれ?照れてる?アルハを除く周囲の面々の疑問が重なる。


「好き…?」


 ギギギと音が聞こえそうな動きでアルハを見やるライオットに、オルガイアが問うた。


「ライライ、自覚ないの?」


 スカイラーラを拒んだ言葉の指すところ。

 仕えている第一王子(ぼく)がねだっても譲れなくて、慎重で堅物な性分なのに唇も身体も重ねて、合理的冷徹さを持ちながらリューン男爵家断罪に必要以上の手間と時間を割いていた。他諸々。そもそもアルハの好意など毎日視界に映り込んでいるだろうになにを今更驚くか。

 オルガイアの発した意図を読み取り数秒、思い当たる節が噴出したのかライオットの瞳が渦を巻いた。

 アルハが申し訳なさそうに顔を上げると、茹だった顔がぼっと赤みを増し、仰け反った双眸の水面が揺らぐ。声にならない声を噛み殺し、事態を把握できない周囲とアルハを放って、あろうことかライオットは一同の視界から消えた。

 パタン、と。遅れて扉の閉まる音が響き空間は静まり返る。


「逃げた」


 小さな呟きは誰のものか。

真相や裏側が明示されなくて不快でしたらすみません。

ヤジにその場にいる描写のない人物が混じっている気がしますが、その場の者たちはそれどころじゃないので誰も気に留ておらず。

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