進む路は
ライオットは調理場に軽食の用意を言付けるようカゲを走らせてから剣を納めた。多勢を相手取って大した傷がないことに吃驚だが、大したことのない傷はある。血糊の散った頬を見たアルハが差し出したハンカチを受け取って拭ったあと、オルガイアを小脇から抱っこに抱え直したルルスに目配せをして歩き出す。アルハはとりあえずライオットに付いていくのみだ。
「ライオネル様、知っていたなら教えてくれてもよくないですか?自分有能ですけど万能じゃないんですから」
「教えるという行動で察知されて尻込みされると面倒だった。長引かせて利はない。それに」
ライオット曰く、アゲンスト子爵とスーヴェ公爵はもちろんローズ公爵も一連の黒幕ではないという。踊らされていた一人だと。そして、陛下の襲撃の方にそれが向かっているだろうということ。
「王妃陛下はかくれんぼついでにそっちにむかったってことですか!自分たちも急がないとっ!」
「いや、陛下には陛下の臣がいるのだから任せておけばいい。くたばったらオルガイアが王位を継ぐ。何も問題はない」
なんてシビアな。ルルスもあまりの言い草に絶句している。
調理場で軽食の入った籠を受け取ってアルハに持たせ、オルガイアに給餌させながら辿り着いたのは謁見の間。その重厚な扉を開く前に後方から声がかかった。
「ライオット!」
ボロボロの体で駆け寄ってきたのはウィルオストだった。逆ハーレムズでノルウェット・ローズの救出をやり遂げてきたらしく、他の面々は救護室にいるのだとか。
ノルウェットが何故救出が必要な事態に見舞われていたのかは謎だが彼女のことだ。きっと事件ではなく催物なのだろう。それよりも、事が起こると大抵合流するギルスナッドがいないことが気になる。襲撃があるのなら真っ先に迎え撃つのに参加しそうなものなのだが、巡礼に選ばれた経緯もありノルウェットの方に付き添って救護室にいるのかもしれない。
「もしかしてギル様もウィルオスト殿下一行と?」
「アルハ嬢か。いや、ライオットに話を持ちかけたときはそれを期待していたのだが断られてしまったのだ。お前たちも力ある令息の集まりなのだから自分たちで何とかしろ、とね」
「その通りだろう」
なんてシビアな。ウィルオストも肩をすくめている。
「ではギル様はいずこに?」
「コンラードと一緒に他陣営の監視だ。大した動きはないとは思うが一応な」
「ローズ公は伝手が多い。他国の誰かしらに唆されていたなら便乗した国境侵犯も…」
「いや、今件で他国は動かないだろう」
疑問符を浮かべるアルハとウィルオストを放ってライオットは謁見の間の扉を開け放つ。ある程度片付けられているものの、そこにはつい先ほど遭遇した騒乱の惨状が同様に広がっていた。ただ、見覚えのある桃花色の美女が青髪の王様の後ろに隠れながら菫色の髪の怪しい紳士を威嚇している。
「あねうえ、姉上、姉上ぇっ!そんなヤリチン野郎は捨てて僕のもとへ帰ってきてほらほらハァハァ!もういちど抱き上げてあげるよハァハァ!王城は危険で汚いよ?僕は浮気しないよ?姉上だけをずっと愛しているんだ!さあ!」
発情期の雄猫のような変態が凄惨な場の雰囲気を台無しにしている。
そろりとライオットを窺うと、物凄い表情をしていてアルハは慌てて顔を逸らした。ルルスとウィルオストは慣れているのか茫洋としていて、オルガイアはなんと変態でしかない紳士に声をかける。
「おじちゃーん!」
「オルガイア!!新しいパパだぞー!」
満面の笑みで両手を振るオルガイアにでれでれな笑顔で手を振り返した変態でしかない紳士はライオットにそっくりな造形で。あまりの表情、行動の違いについまたそろりとライオットを窺ってしまうが目が合ってしまって慌てて顔を逸らした。
ふ、と。オルガイアの隣の息子にようやく気付いたライオネル公爵はすんと一瞬で落ち着き払い、先ほどまでの醜態が夢幻であるかのように冷ややかな声を発する。
「ライオット、無事殿下をお守りできたようですね」
そこに私情は有りませんとでもいいたげなほど冷たい声と態度ではあるが、あの醜態の後ではあまりにも無理があった。崩壊していた体裁が整ったことでライオットとライオネル公爵の親子関係が明確に判断できるようになっただけである。
「陛下、顛末をお伺いしても?」
「部屋を移そう。ウィルオスト、ここはもうよいから想い人のもとへ行きなさい。ルイン、あれを頼む」
ウィルオストはがばりと頭を下げてから救護室へ駆けていく。陛下の言葉でさっと出てきた人影を見たライオネル公爵は、すべてを諦めたように力なく首を振って人影と共に姿を眩ませた。
「__で、顛末というほどの出来事ではないのだが、ウィルオストを王座に座らせて娘を王妃に据え、娘を背中から国を意のままに操る。もしくは民主制を掲げ王制を廃し貴族社会の頂点に君臨する己が実質の王に成り代わる。というのがローズ公爵の算段だったようだ」
「安直な。さらには王座が獲れなければローズ嬢を教会に送りその道中で破棄することも厭わないと駒を脅す有様。人質にしたが故に寝返られると思ってもいなかったとは粗末にもほどがあるな。あとは__」
奥に進んで王の執務室に入り、腰を落ち着けるなり王とライオットが口を開く。ライオットの父親についての話題はでることはなさそうだ。ライオットの王への敬意が薄いのも、敬語を使わないのも、見た目そっくりな父親という変態への忌避の表れなのかもしれない。
「ねぇアルハ、どういうこと?」
「あー…、摂政とか関白って覚えてます?日本の平安時代くらいの」
「うん!『この世をば、わが世とぞ思ふ、望月の、欠けたることも、なしと思へば』でしょ?」
「さすがですオルガ殿下!ローズ公爵は自分が王様になるか王様の摂政となってとにかく最高位の実権を持ちたかったみたいですよ」
「へえー!」
アルハとしてはこそこそと注訳をしているつもりだが、オルガイアは普通に会話を楽しんでいる。その声量は煩くはないものの静かでもない。故にライオットと王の視線を向けられることになったわけで。王はオルガイアににっこりと笑って詳しく言ってごらんと促し、オルガイアはキリっと得意げに諳んじてみせた。
女帝や幼帝などの弱い帝に政治を執り行う実権を託される摂政。関白は助言やご意見番として誘導するに留まるも実権者に多大な影響力を持つ。娘を嫁がせ、子を産ませその後ろ盾として孫を操り間接的に権力を得る。皇の座を奪えない強者たちがこぞって朝廷という本流に支流として己の血を繋いだ理由がこの摂政関白の座を得るため。栄華を極めた藤原氏は詠った『この世をば、わが世とぞ思ふ、望月の、欠けたることも、なしと思へば』と。
要するに、完璧さ満月のごとし!うへへ皇にならなくとも皇が俺の言いなりなんだから皆俺の言いなり!世は俺の時代、俺様の天下や!ということだ。
「__っていうのを摂関政治っていうんだよ!ローズ公爵はウィルルの摂政になりたかったんだよね!」
王は唖然とオルガイアを見つめていた。父親を驚かせてご満悦な息子は不可視の尾を振り回してアルハを見やる。
「イフスエル王国は建国六百年でしょう?王家の歴史も。アルハはね、二千年を超える王の歴史を知ってるんだよ」
二千年を超えるというか、ほぼ二千の西暦に六百年ほど足す計算。ということはイフスエル王国六百年は皇紀的には遠い西洋の地で処女から産まれたという男が処刑という死から奇跡の復活を遂げたあたりだろうか。年月の果てしなさに遠い目になるも、すぐにハッとする。あっけらかんとアルハの前世情報を曝け出したオルガイアにアルハはおろおろとライオットの顔色を窺った。
ライオットは大きく息を吐き、アルハを睨む。
「私はその話を知らないが?」
ライオットの慧眼はアルハから隠し事がばれた後ろめたさというものを拾えずにいた。睨まれて怯えるアルハは王を見やり、扉で待機しているルルスを見やり、ライオットを窺う。アルハの纏う困惑と焦りが描くものを察して肩から力が抜けていく。
「陛下には書庫について説明しておく。ルルスにも知られて構わない。それより、私の知らない蔵書をオルガイアが知っている理由を話せ」
王は疑問符に感嘆符を加え浮かべてライオットを見やる。情報漏洩が失態にならなかったとホッとしたアルハの回答は簡潔だった。
そもそもオルガイアとの初対面で話したのがアルハの知る皇の武勇伝であったのだと。それ以降の皇に関する話題はその延長線にすぎず、王という未来を否定されたオルガイアに皇という王の話題で肯定を示しただけなのだと。
「で、書庫とは何なのだライオット」
「なるほど。世界ひとつ人生ひとつに値するほど多岐にわたるのだったな。理解した。しかし後ほど殿下に話したことは私にも共有しろ」
「わかりました、けど、すごく長くなりますし、思いつくところから話してるので子細には覚えていないと言いますか…」
「大体で構わない」
「ライライ!ぼくアルハから聞いたことまとめてあるよ!」
「「何っ!?」」
会話から弾かれていた王と弾いていたライオットが同時にあげた声に、驚いたアルハの肩が跳ねる。オルガイアと一緒に今世では空想に等しい地球の世界地図を一緒に描いたりした覚えはあるが、何をそんなに食いつくことがあるのかアルハには理解できなかった。
オルガイアのお手製レポートは自室に保管されているらしく閲覧は後日となるらしい。課外活動を誉められたオルガイアはドヤと胸を張っている。
「で、ローズ公爵家と幾つかの貴族たちの処遇はどう考える」
「木っ端は放置。上位爵支持層にはいくらかの見せしめを、といったところかと」
そして捕えた反王制派の処分に話題が移る。反徒の処理方法などは王側に任せ口出しはしないと前置きしてから、ローズ公爵家の存続をライオットは提案した。
捕縛された当主に捨てられた娘。正否の別れた親子をそのまま分断し、ウィルオストを婿入りさせるようにと。臣籍降下して新たに公爵位を与えるよりも乗っ取らせてしまえということらしい。ウィルオストの恋路をそのまま歩ませてやりたいと思っていたらしい王はうんうんと頷く。内外手広くやっているローズ公爵のその椅子に引継ぎもなく座らせることに対してはライオットはそれはそれは愉しそうに仄暗く微笑み、王は王で若き男女が手を取り合って死に物狂いで動き回れば仲も深まるし地盤も固まるだろうと朗らかに笑む。
オルガイアに真綿で包んだ解説を施しながら、アルハだけがウィルオストを慮って虚空を見つめていた。
「…本題だ。陛下、今件の繰り手をどうするつもりで?」
ゆらりと、見定めるように二つの水面が揺れる。
王はすっとぼけた顔で顎をつまんで数秒。目を閉じて唸って数秒。苦笑して軽やかに言い放った。
「どうもせぬ!不問!」
予想はしていたのか、ライオットは心底呆れたように溜息をつき胡乱な目で王を睨む。
「しょうがないだろう。身内には甘いのよわし」
「だからといって…」
「表沙汰にはせん。とはいってもな、さすがに仕置きの一つはする。追って沙汰を出すから今日はもうよい。よくオルガイアを守り抜いてくれた。これからも頼むぞ」
王の節張った手のひらがライオットの灰菫の頭をわしゃりと撫ぜた。ライオットの表情は見えないがされるがままで、見下ろす瞳は慈愛に満ちていて。王妃といい、王といい、ライオットをよくよく可愛がっているらしい。それが甥っ子だからなのか、オルガイアの後見人だからなのかはわからないが。
「…ならば、身内を増やすのはほどほどにしてください」
憮然と転がり出た敬語にライオットの信も厚いことがうかがえる。
なるほど、ライオットがこれでノルウェットは一臣民扱いなのだからローズ公爵の不満も噴出するはずだと納得した。しかし先ほどのライオネル公爵と思われる変態の醜態を鑑みれば、しがらみの多い王家相手とはいえライオットにちゃんと家族がいてよかったとも。
「いやなあ、でもなあ。…ナカ快きことは素晴らしきかな?」
偉い割にただのスケベジジイなのかもしれなくとも。




