急に襲われる
「そのような元低爵位の小娘をなぜほしがるのです?それならばわがアゲンストの器量良き娘をご用意いたしますのに」
「アルザ辺境伯子息の捧げる角とやらですかな。捧げられたのはライオネル公爵令息殿でしょう?王家の権力でもって取り上げて第一王子殿下に据えるのですか。いやはや王権などやはり恐ろしい」
阿りも、悪態も、王妃を撫でただけだった。猫のように目を細めた桃花色の美女は、息子であるオルガイアの頬を撫ぜる。
「先代王兄殿下ともあろうものが…もう、蟄居したほうがよいのではなくて?ローズ公爵はお分かりですものね。横取りも失敗して悔しい?悔しい?うふふ」
色気を振りまきながら妖しく撫ぜ繰り回す王妃に対し、どこまでも無垢に愛情を享受するオルガイアのギャップ。異質ではあるものの愛し愛されている母子の光景の眩しさにアルハは目を眩ませた。自覚させられた胸の虚が疼く。
あぁ、ギルスナッドに会いたい。
「メイディアナ陛下」
「分岐ある未来の一筋の見通しなんてずれてしまえばそれまで。ね、ローズ公爵。アルザの捧げてくれた角は素晴らしいわ。この娘、存在しない社会を知ってるのだもの。論じれるのだもの。不気味で、不思議で、素敵よね。あげないわ。ふふふ」
ひと時の青春の道筋を網羅していたところで、と。ローズ嬢を貶しているのか。
畏れ多くも咎めるような声色のライオットの呼びかけでも王妃は捕まらず、容易く晒された本質にアルハは震えあがった。同時に、ライオットから怒気が漏れる。
「メイディアナ陛下、我が父をお呼びいたしましょうか?」
苛立ちを隠さない低音がようやく高貴な猫の首根っこを掴んだ。
「いやだわ怒らないでライオット。わたくしは嬉しいの。この娘の見識を吸ってオルガイアの器はより大きく育っていくわ。わたくしは政事を話題にできる話し相手ができるかもしれないのよ?使えるじゃない。だから愚弟を近付けるだなんて酷いことは言わないで」
よよよとしな垂れる王妃にライオットは半眼。オルガイアはよしよしと慰めている。アルハは色々と飲み込めていない。
アゲンスト子爵は会話に入れない。スーヴェ公爵とローズ公爵はまだ余裕があるらしく何やらお上品に喚いていた。先代王兄は王位継承できなかった劣等感を抱いているようで頻りに王位を否定し、ローズ公爵はライオネル公爵家が王家を乗っ取っているあるいは操っているとみて非難を滲ませる。ライオットはただ王位を重んじる発言だけで立ち位置を示す。そのやり取りはだんだんとメッキが剥がれ、雲行きが怪しくなっていく。
「ねぇねぇアルハ、いつまで続くのかな?ぼくちょっとお腹空いてきちゃった…」
こそこそっと内緒話の天使殿下に癒されながら、アルハは何とも言えず唸る。オルガイアの心を折るという目標は現状すでに手詰まりだろうになぜいつまでもわちゃわちゃし続けているのかアルハにもよくわからない。せめて座らせてあげたいと思いオルガイアの許しを得て居室から椅子を二脚持ち出し、落ち着ける隅に設置したその時、懐かしい雰囲気を感じ取った気がした。
その名を口にしてしまったのも本当に無意識だった。
「いやあ長かった!王家がライオネルばかりを贔屓して、この私を!我がローズ家をないがしろにして。私の腹はねぇ、煮え滾っておったのですよ!娘がウィルオストが王位を継承して自分が王妃になるのだと息巻くから様子見をしていたけれども、どうやら失敗したようでね。準備を怠らなくてよかった!やはり公爵家たるもの、手段は二重三重に用意しておかなくてはなりません」
「いまごろ陛下は崩御されておりますかのう。ふぉっふぉっふぉ。甥御に先に逝かれるとは王家とはやはり因果なものよ。王妃殿下も、オルガイアも、すぐ陛下に会わせてさしあげるのでな」
ルルスは剣を抜き、嫌な事態ばかりある程度正確に把握できる自らの考察力を嘆いた。
記念日でもなんでもない今日という日は反王制派の反旗が翻る日に制定されていたらしい。陛下が襲撃を受けているという。第一王子殿下と王妃殿下がこの場にいて、叛逆勢力のトップもこの場にいる。付き従うカゲも勿論いるだろう。おそらく騒ぎにはならない。陛下と殿下を排し第二王子殿下を据えて頂きを制するつもりなのだ。
イフスエル王国のカゲは諜報に特化し、暗殺能力は低い。隠密術の発動要件が自制と不殺であるからだと聞いたことがある。しかしローズ公爵は外界とのパイプも厚い。
「貴公らが各国の暗部やライオネル家に連なるカゲを引き入れ、今日の簒奪劇を仕組んだことならばすでに対処している。手数を増やした結果尻尾を掴まれる有様では賢いと言えませんよ公爵閣下」
「ふんっ、対処できますかな?ライオット君の一番の懐刀の隠密は誰にも打ち破れますまい!私共も罠にかかってくれたからこそ寝返りの暗示を施せたのであって、かの姿は未だ捉えられておりませんぞ!」
「…あれは殺めない」
「それを強いるのがこの私の授かった異能です!遠ざけられ、不遇の間に王家の色を宿すこともなくなったローズ公爵家が手に入れた異能!私にこそ授けられた力!私は選ばれたのだ!
さあ殺せ!この私をないがしろにする不遜な王家に天誅を!」
わっと姿を現した数人が近距離から覚束ない動きで襲い掛かり、ざざっと素早く動く人影が物陰から飛び出す。前者がイフスエル王国のカゲで、後者は自他国の暗殺者なのだろう。
「ルルス!殿下だけでいい!」
「そんな無茶です!」
カゲ達は一撃を弾かれるとローズ公爵の異能から解放されたのか手を止めたが、間を縫うように迫る暗殺者に斬りつけられたりもしている。おそらくは一撃浴びせられれば御の字、所詮は死角を作り出すための捨て駒だったのだろう。
ルルスは、役職としてはオルガイアの護衛ではあるが果たして王妃殿下を蔑ろにしてよいものかという疑問と、圧倒的多勢に無勢に四苦八苦しながら暗殺者の殺意を捌く。
「カゲの中に一人だけ殺傷力を持つ者がいる!油断するな!」
「えー!反則じゃないですかそれー!そーれ!っとくらー!よいしょー!」
ライオットは器用にカゲを柄や峰で打ち、暗殺者を切り捨てている。ルルスは肩の力が抜けるような掛け声のわりにオルガイアを小脇に抱えて護衛を第一に素早く立ち回っていた。
「ライオット様申し訳ございません…命を以て償います!お斬り捨て下さい!」
「立て、動け!お前の誓いはその程度か!命ある限り私に尽くせ!」
「っ!…御意に!」
我に返ったカゲの幾人もが覚醒の混乱の中で動けずにいたり、あるいは泣き崩れ謝罪を叫ぶ者もいたが、ライオットの言葉で立ち直り形勢は徐々に逆転していく。持たされた武器で人を襲うことには不慣れでも無手での制圧術は、呆気に取られているローズ公爵がはなからカゲに捕縛を命じて暗殺者に止めを命じたならばすべてがうまくいったのではないだろうかと思えるほど圧巻の腕前だった。
ライオットは敵の手を掻い潜りつつ切り伏せながら視界を回す。と、視界の端でアルハが廊下の脇で椅子を持ったまま唖然と突っ立っていた。何をやっているんだという疑問と殺陣の外にいる安堵とが内心でぐちゃぐちゃに混ざり合い意味もなくその名を叫ぶ。すると、はっとしたアルハがライオットを認識し視線が交わった。
「ライオット様!あの!セッ、あの、いた!会えたんです!呼んでしまって!そしたらシーって、行っちゃったんですけど、あのっ」
「っ、よくやった!」
わざわざ椅子を置いたアルハの精一杯の身振り手振りは何の役にも立たなかったが、ライオットは理解した。
カゲの使う隠密の術はある程度の距離で名前を呼べば解除される。故にカゲは名を明かさない。自呼称でもって何度も刷り込むように繰り返すあれが異常なのだ。まあそれも対象はアルハ一人。しかし、修練度の高い隠密の気配を察知したアルハには疑問だった。彼女には気配察知も含め能力といえる能力はない。妹分のひたむきな執着が成した結果かと苦笑する。
暗殺者に負わされた幾つかの傷を見てローズ公爵は勝ちは決まったとみているが、生憎毒など生来より積み上げた耐性とルルスの小脇に抱えられてはしゃいでいる生体浄化装置で意味をなさない。
「ライオット君、君も命は惜しいでしょう!ここに解毒薬がっ――ぎゃああああああ!!」
最後の暗殺者を突いて払い、交渉を持ちかけようとしたローズ公爵の足の甲を穿つ。絶叫で脇の二人の尻もちをついた音がかき消えた。
「あれ?王妃様?王妃様がいないんですけど!死んじゃった!?」
「母上はね、かくれんぼしてると思うよ!アルハはどこー?」
「ああそっか!ライオネル家の方ですもんね!あー、よかったー!自分まだ生きていられる!アルハ様は殿下のお尻の向こうにいらっしゃいますよ!」
能天気な会話に事態の終結を察しながら、何故と喚き散らしているローズ公爵を見据える。
なぜ計画がばれた。なぜ懐刀は現れない。なぜカゲ共にここまでの制圧能力がある。なぜ毒が効かない。なぜルルスは裏切らない。なぜ異能を手にした自分が敗れるのかと。
なんでもない今日というなにげない本当にただの日常で翻した反旗は、たしかに普通ならば気取られなかったかもしれない。しかし、国家の中枢が普通なわけがないだろうとライオットは思うわけで。
「その何故のすべてに明確な答えはありますが一言で片付けましょう。ライオネル家をなめるな、と。
表舞台で安穏と贅を稼ぎ貪る『陽』の貴方がたと我が家の担う『陰』が両極にしろ等しいわけがない。ウィルオストも、ルルスも、敵に回してはならない相手というものを心得ていただけだ」
「てか自分、皆様殺したあとの犯人役の尻拭いの捨て駒だったでしょ!察しますよ普通に!」
ルルスの補足は耳に入っていないらしく、ローズ公爵はこの場にいないウィルオストを恨みがましく呼び叫んだ。それが終局の合図のように雪崩れ込んできた兵士たちに捕縛されていく。私を誰だと思っている!公爵だぞ!と叫んでいたが、犯罪者に爵位など関係ないだろうに。
「ルルスー、おろしてー!」
「今は床が汚いので承服できませーん」
兵士が反逆者と負傷者を片付けていったあとは、使用人たちが汚れの片付けのためかわらわらと湧いて亡骸や汚れを片付けていく。
アルハは未だ疑問符を浮かべながら呆けていた。唐突に始まったとんでもない事態が収束して、ようやく少しずつ起こったことを推察し飲み込んでいける。反王制派によるクーデターだったのだろうと。先ほどまで命の危険に晒されていたのだろうと。ライオットに対してもオルガイアに対してもアルハは捨て身の盾すらできない立ち位置にいた火事場の役立たずだったのだろうと。
さあっと血の気が引き、頭を下げる。謝罪を口にしようと息を吸い込んだが、場に響いたのはアルハの謝罪ではなかった。
きゅるるるる…。女子力の高い間抜けた音に一同の視線がこの場に在る最も尊い人物に向かう。
「えへへ、お腹すいちゃった…」
血に塗れた絢爛な廊下であろうが、天使はどこまでも天使だった。
さらっと通り過ぎる山場。




