共に有る
「おーい、ライオットー。ねみぃー。アルハ返しに来たぞー」
満腹でアルザ邸を出たあとの帰路にて、以前実話系逸話を語った後に次はと思っていた異能戦闘系創作作品を語り聞かせたせいか、興奮と情報量過多も手伝ってギルスナッドは強い眠気に襲われている。それでも暗い寮棟を迷わず進み送り届けきったのはさすがというべきか。
まず報告をと思ってライオットの寮室をノックするも応答はなく、かといって使用人部屋にギルスナッドを通すわけにもいかず。アルハはライオットとの仲を考慮して合鍵を使いギルスナッドを寮室のほうに通した。ギルスナッドも慣れたもので上着や装飾品を脱ぎ散らかしながら遠慮なくベッドに突っ込んでいく。
ばふんと至高の寝具に包まれたギルスナッドが眠りに落ちるのは時間の問題だろう。アルハならば緊張の連続からの満腹と語り疲れもあり、きっと某青狸の友人が如き速さで夢の扉を開く。しかし、主のいない部屋で客を招きいれた状態で寝こけるなど侍女としてあってはならないことだと、散らばった物々を拾いながら緩い眠気を堪えていた。
「ライオットの部屋で寝るのもひさびさだぜー。ったく女囲ったとたんコレだ。男の友情とはなんなんだろなーアルハー」
「忙しかっただけですよきっと」
眠気に弛んだ声が酔っぱらいのような愚痴を零して、振られたアルハはゆっくりと目を瞬かせながら苦笑した。ライオットはいつも忙しそうではないのに、何かしら手を動かしてはいたのだ。それはやはり忙しいということなのだろう。
「そもそもライオット様とギル様はあらぬ仲と噂されるほど仲良しじゃないですか。ときどき愛称で呼び合っていますよね」
「おー?おー。俺のギルは呼ぶ奴多いけどよー、ライって呼ぶのは俺くらいだろなー。ライオットがオルガイアについたときに俺んちの立場がどうのこうのってんで直されたけどよ、正直ちょっと傷ついたんだぜ。第一王子に取られたって。今じゃライライとか呼ばせてっしよお」
ギルスナッド本人が気安い故に交友関係は広いのだろう。ライオットは恐らく真逆。毛色の違う気難しい猫が懐いて可愛さ百倍的な心境なのだろうか。会話も試合も楽しく、自らの思考では至らない物事を助けてくれて、女だったら嫁にしたかったとまで言い切るのだからよほど相性がいいのだろう。そんな相手をオルガイアに続いてアルハまで横取りにきたとなれば、本来恨まれる立場じゃなかろうかとアルハは首を傾げた。
「本来ギル様に充てられる意識や時間の一部を、私が掠め取ってしまっているのですよね…」
「バッカそんなんじゃねえ。俺ゃそこまでガキじゃねえよ。なんだ?もしかして俺相当恥ずいこと話してるかー?」
ふわあと大きな欠伸をしてもぞもぞと靴を脱いでいるギルスナッドはふにゃりと笑いかける。
「まぁいいや。しってるかアルハ。ライはな、バカが好きなんだ。単純バカ、正義バカ、ふわっふわバカ。アルハは遠慮しいで海老みてえに後ろに下がってくから根暗バカだな!仲間だぜ、ようこそライとおバカな仲間たち!ふくく。あー、やべー寝ちまうー…」
夕食に酒でも仕込まれていたのだろうかと疑ってしまうほどふにゃふにゃしている。とにかく口を動かすことでギルスナッドなりに寝落ちてしまわないように踏ん張っているらしい。冷気を求めてかベッドを這って窓の外を覗きはじめた。
「公爵令息どのの部屋は眺めがいーぜー。ん?ありゃライだな。おーい」
窓も開けずに手を振ったって聞こえないし気付かないだろう。と思いつつアルハも窓に寄ってみるも、暗くて何が何だかわからなかった。今世の街灯は膝丈の高さにあり、光も淡い。安全に歩くというより、馬車のための道標のようなものだった。見下ろしている学院内の中庭に馬車は来ないが全般にそういうものなのだ。
「あ、こっちむいた。どーせアルハに気付いたんだぜライのやつ…。ちぇっ、俺も青春してえなー。どっか降って湧いてこねえかなー、ライオットみてえに強くて頭の回る、アルハ並みに変な女。いねえかなー」
ウミバラとは結婚したくねえと零す横顔がすでに諦めているようでアルハは切なくなった。ギルスナッドがどういう種類の好意を向けてくれているのか結局わからないが、いずれにしろアルハにはギルスナッドの望みを叶えることができないのだ。
誰かが叶えてくれたらいい。ギルスナッドに似合うもっともっと素敵な人が現れたらアルハも嬉しい。
「お、お兄様に、よき縁がありますように」
言い慣れない呼称に吃りながら告げて、すぐそこで真剣に手を組んで念じるアルハを、数回の瞬きののちギルスナッドは情けなく笑ってから後ろから抱き寄せた。
思わぬお兄様呼びに眠気もふっ飛んで、ライオットから聞かされたアルハの情報を思い起こす。遠い記憶にあるリューン夫妻とは似つかぬアルハの明暗入り乱れた暗金髪は、遠い国境の辺境の集落でみられる特徴らしい。顔のパーツは牢で確認したリューン夫人の素顔の面影がないわけではない。リューン夫妻の夜の饗宴に裏の業。知れば知るほどにアルハの境遇を己と重ねた。
宛がわれた夫婦の、愛の外側で産み落とされた命。血こそ繋がっていても白けるほどに希薄な親子の絆。その孤独に寄り添いたかった。寄り添ってもらいたかった。大勢を往来させる偽りの境界線、人懐っこい外面の裏側にある本物の境界線の内側で。
それは恋によって成されるものなのだと思った…ときには、アルハはすでにライオットの手中にあった。ライオットは境界線の内側から手の届くほど近くにいる無二の友だ。アルハとライオットの視線が重なっているならば、それを断ち切るような真似ができるはずはない。どちらも掴んでいたい我儘を持て余していた。
捻り出した手段が養子縁組だった。生まれて初めてジジイに頭を下げて、アルハ本人の了承も取らずに勝手に籍に加えた。しかし籍に加えて何になるというのか。一緒に暮らすわけでなし、本当にライオットが娶るための手段に過ぎないではないかと巡礼の間、自問自答し続けた。二人して手を繋いで己のもとを去ってしまわれたら、中立のアルザ家では追いかけることができない。オルガイアのもとへ行かれたら辺境伯の爵位では近付くこともできなくなる。アルハを女として想うことを放棄してでも繋がりを作っておくくらいしか思いつかなかった。
その上で、形式だけでない家族になってくれと、二人の輪に俺もいれてと縋ることしかできないのだ。
「…ライオットのこと頼むな。あいつは駒は多いけど仲間が少ねえから」
裏腹な言葉に声が震える。初めて抱きしめたアルハの身体はライオットから聞いていた通り、令嬢にしてはしっかりとしていた。ノルウェット・ローズのように華奢で折れてしまいそうなんてことはない。それでも、殴られれば吹き飛ぶ身体だ。軟弱な男達に抗えず組み伏されてしまう弱い身体だ。守りたい、愛おしいと思わせる女の子だ。
アルハの腹に回している手が包まれる。
「承りませんよ。ギル様も一蓮托生ですから」
「いちれんたくしょう?」
「一説ですけど、死んだ魂は天国の蓮の花の蕾に送られて、その蓮が花開くことで天国に産まれ直すんです。同じ花の蕾に送られるほど同じ道を一緒に歩みましょうってことですよ」
「…つまり、一緒に死ぬのか?」
「あ、いや、それはちょっと困りますね…。私は一抜け希望なので」
一抜けとはどういうことだと首をひねるもアルハは苦笑うのみだ。
「ギル様とライオット様はどのくらいからの仲なのですか?」
誤魔化すような話題転換ではあったが、あえて追及せずに乗ってやる。
王家を支えるライオネル公爵家と国境を守るアルザ辺境伯家は一見距離があるが、共に王からの信頼が厚い。ライオネル家は王の妻の生家であるし、アルザ家は後継問題が顕著であったため目をかけられていた。二家にそれぞれ男児が生まれたとあって王は大層喜んだという。アルザの抱える主敵への対処にライオネル家の特色が役に立つかもしれないと、協力関係を育むためにもとよく引き合わされていた。
「_ってことで、物心つく前から年に数回引き合わされる仲だった。ジジイの参勤に連れてかれるとそこにいる一緒に暇潰す奴って感じだ」
最初は単に同じ空間にいただけだった。世話係に同じ空間で世話されてるだけの赤子。自我が芽生えたときには警戒心もなく適当に過ごしていた。
「何歳か忘れたけど、ジジイに本格的に鍛えられ始めてたからよ、引き合わせ先で剣の素振りをしてたんだ。したらな、いきなりライのやつが消えたんだ」
ライオネル家の特色であるカゲとしての術なのだと知ったのは後日。気配を消したことを察知されるのは未熟さの証らしい。俺は興奮して躍起になって探した。ライオットは察知されたのが癪だったのか頑なに紛れた。それが互いが互いを明確に意識した瞬間だった。
唐突なかくれんぼをしたその日以降、ときにチャンバラを試みたり、そのまま白熱して喧嘩をしたりと、たまに同じ空間にいる奴からたまに会える友人へと関係が変化していった。
「幼馴染っていうほどの頻度でもねえし、完全に心開いてもねえし、割と中途半端だったな。六歳になって学園に入ってから、一緒にいるのが一番楽な奴って気が付いて今こんなかんじ?」
「ギル様とライオット様の喧嘩ですか。想像できませんね…」
「今よりずっとガキだったしな。そら喧嘩くらいするぜ」
「ライオット様に初めて会ったのが…思い出した時だから四歳、ギル様はライオット様二回目だから六歳くらいでしたかね」
「アルハは一個下だから俺は七歳くらいか。懐かしいな」
「うろ覚えですけどね」
「俺は覚えてるけどな」
ライオットがわざわざ話しかけた。それに媚びるでもなく応対した。群れに飲まれるライオットを見送って、切り替えたその表情を垣間見た幼い俺は話しかけずにいられなかった。虚を抱えている者同士なのだと。期待した。傷を舐めあえると。だから気になった。手を伸ばした。仲良くしたい、そう思った。
「アルハはよ、自分の親のことどう思ってた?」
「リューン男爵夫妻のことですか。…こんな私で良家のお坊ちゃんを釣ろうとしたり、嫌われてるってのを解ってるだろうに色んな人たちにぐいぐい話しかけたり、すごい神経だなって」
「尊敬してんの?」
「いえ、どうしようもない人たちだなと思っていましたよ。けど、後ろめたさもなくただただ無神経に自分勝手に振舞えるのは自由で生き易そうだなと。話半分ですがギル様のご両親もそんな感じですよね」
「…確かにな。羨ましい生き方してるわあいつら。皺寄せ俺らがひっかぶってっけど」
「そうですね。ふふっ、お互い変な人から産まれちゃいましたね」
「変な人、か。くくっ、ふははははは!」
「ふふふっ」
アルハの後頭部に頬を乗せると、遠慮が解けたのか身を預けてくれて信頼の圧がかかった。苦にならない重みと温度が心地よく、互いに身と心を寄せて笑い合う。もういい。これでいい。諦めがついた?いや、満たされたんだ。母という産腹でも父という種馬でも祖父という師でもない。俺の家族ができた。もう独りじゃない。ジジイが塞いだ穴も、ライオットが塞いだ穴も、穴は穴だ。互いに指さして笑って、くだらねえと言い合えたらこんなに楽になるのか。
「もちっとまともな親がほしかった」
「できることなら普通に、子として愛されたかったですね」
「利用されるためじゃなく、ただ望まれて産まれてきたかったな」
「そうですね」
「だな」
種も腹も違っても、やはり似ている。抱えた古傷がわかる。分かり合える。満たしてくれる。
ミミズのような字を書き連ねて、裏切られたと憤って、コンラードに勘違いなのだと教えられて。ならば次会った時に仲直りすればいいと。そっからだと。
ずっとずっと求めていた。
『逃げんなよアルハ。けったいな親持ちかよって思っただけじゃん?あの揉み手小悪党の娘とか罰ゲームかよってドン引きしただけじゃん?怒るなよ』
初めて会ったこの日からずっと。
肩に置いて頰を突くことしかできなかった指が、同じ心に触れた。
やっと届いた。
「欲しがっていたものは手に入ったようだな、ギル」
「ひょああ!?」
「おごっ!?」
室内に潜り込んで様子を伺っていたライオットがようやく口を開き、びびって身を弾ませたアルハの頭突きが顎に炸裂する。衝撃で仰け反るままに倒れ、恨めしく睨むもライオットはどこ吹く風だ。
寝台で抱き寄せている体勢に嫉妬の欠片もなく落ち着き払っている様は手籠めの余裕か。俺の好意が劣情から離れたところに落ち着いたのを見て取られているのか。どちらも両方も有り得ておもしろくない。
微かに混じる愉悦の気配はアルハの狼狽を楽しんでいるのか、俺の不満を嘲っているのか。前者だろうおもしろくない。
「もういい!ライオットはあっちいけ!今日は俺の番だ譲れ!シッシッ!」
俺の追い払う仕草と言葉に、ライオットが破顔した。これにはさすがに俺もアルハもぎょっとする。するとさらにライオットは腹を押さえ、身体をくの字に折ってくつくつと笑い震えた。困惑のあまり振り向いたアルハと視線で会話する。ヤバい。おかしい。ライオットが壊れていると。
ライオットは数拍打ち震え、大きく息を吐いてから背筋を伸ばした。
「アルハ、部屋に戻って構わない。休め」
「は、はい!お先に失礼します!お疲れさまでした!」
許可を得て逃げたアルハを呆気のまま見送った。扉が閉まってからおやすみくらい言えばよかったと残念に思う。視線を戻すと幾分すっきりした顔のライオットがカウチに腰を下ろしていた。
「なに笑ってやがんだ」
「おまえたちは本当に静かで耳目にやさしいな、とな」
「バカにしてんのか?お?やんのか?」
「で、どうだった。ガグナード殿には受け入れてもらえたか」
「わかってんのに聞くと」
「あえてな」
軽口を叩いてお互いに抜けている肩の力をさらに抜くと、遠ざかっていた眠気が一気に回ってあっという間に意識をもっていかれる。
「ウィルオストが泣きついてきた。少し面倒なことになるぞ」
告げられた言葉は、意味を理解する前に途切れた。
ギルスナッド視点でした。
令和おめでとうございます。上皇陛下にはゆっくりとお休みいただきたいですね。




