庇い護る
「巡礼の儀の完遂、まこと大儀であった」
日を改めて謁見の間に集められた巡礼一行。筆頭であるウィルオストが膝を折り首を垂れる先にはイフスエル国王陛下が。やや白髪交じりの鮮やかな青髪は、前世においてはっちゃけたお年寄りの染髪を思い出してしまうが、そのナイスミドルな雰囲気がアルハに噴き出すことを許さなかった。瞳の色はきっと紫なのだろう。王脈の男に現れる紫は王位継承に多少は関わるという話だ。
そして、王座から少し外れた脇に用意された豪奢な椅子には淡く落ち着きのある桃花色の髪の主、王妃殿下が座っている。隣にある同系統の椅子にはオルガイアが。何がどうなっているのか、アルハは王妃と第一王子の座す椅子の後ろで突っ立っていた。巡礼先の下級貴族や領主から礼状や協議した対策に必要な物資や人材の要望書やらがたくさん届いているよ。忙しいよ。大変だよ。と慇懃ながらも愚痴の混入を疑わせるお言葉が下賜されている。
陛下がひとりひとり名を呼び激励し終わると、空気はがらりと変わり、お祝いムードが四散消滅した。
「さて、此度の巡礼においていくつか確認しなければならないことがあるわけだが」
衛兵がローズ公爵の到着を告げ扉が開かれる。ノルウェットに多少似ている樽のようなおっさんは胡散臭い笑顔を振りまきながら拝謁の礼を取った。朗々とした挨拶を制し、陛下の脇の兵が文言を読み上げる。
今回の巡礼において王族を狙ったとみられる罠があったこと。秘匿されていた第一王子オルガイアの異能とともに、ローズ公爵令嬢が事前に知っていたような口ぶりであったこと。そして高位令息と他一部の内々の人員であったとはいえ、軽々しくオルガイアの異能を言いふらしたこと。読み上げられていく項目にノルウェットの顔が青く染まっていく。
しかし、ローズ公爵は何でもないことのように答える。
「我が娘は多くの令息君、その中でも尊き第二王子殿下と懇意になるほど器量良き娘に御座いまする。本人に自覚はないのでしょうが先見の異能でもあるのかもしれませんな。親として鼻が高く嬉しく思っております。第一王子殿下の異能を晒したことも、なにせライオネル公爵の息子殿の命がかかった場でのこと。致し方なしとご容赦いただけるものと思っております」
ホッとするノルウェット。想定していたのか、陛下はごく和やかに言葉を発した。
「さすがはローズ公。目耳の速さ正確さに変わりないようだ。私も未来ある優秀な少女を重く咎めたくはない。しかし、秘匿すべき情報が漏れてしまったのは事実。この異能は人を狂わせ、場合によって我が国に危機をもたらす。今件によってオルガイアは生涯王城を出ることは叶わないのだ」
かわいそうにと陛下はオルガイアにちらりと視線をやる。しかし、一同の視線を集めたオルガイアはきょとんとしていた。天使には哀れみすら通じないのか。
「今件が広く知られることとなれば、王城すらオルガイアの居場所としては危うくなろう。特に国外へ持ち出されることは許されない。よって私は今件において公ただ一人にこれを述べている」
陛下の言葉に、ようやくローズ公爵の表情が歪む。
「私は、あらゆる立場において第一王子オルガイアが害されることを望まぬ。公も子の親、私の憂いを共有できると信じている」
「…勿論でございます」
「よし。多忙な公をこれ以上引き留めるは国の損となりうる。下がってよいぞ」
「では、これにて失礼いたします」
「公の娘も下がるがよい。敏き娘と誇る公の鼻を折らぬよう、よくよく学びなさい」
「は、い。失礼いたします」
ローズ父娘の退場で少し空気が緩む。が、オルガイアの立ち位置と己の立ち位置を計り、戦々恐々とする者が大半だろう。アルハもその一人だ。しかし、そんなアルハを目の前の椅子の主がちょいちょいと招く。躊躇うも無視するわけにはいかず恐る恐る傍らに侍ると、オルガイアは一応声を潜めて先ほどのやり取りの解説を求めてきた。アルハはたぶんですけど、と前置きしてオルガイアに囁く。
オルガイアの秘密をばらしたノルウェットをローズ公爵を招いて目の前で責め、ローズ公爵は事情は知っていますよと罰するに値しない情状だと娘を庇った。話しぶりからして娘から状況を把握したわけではないのだろう。内情把握はお手の物なのだと牽制を交えて責を躱した。しかし、陛下は見越していたのか、これから先オルガイアの秘密が漏れたらローズ公爵の所為だからねと、これからの内外の対処を全ておっ被せたのだ。オルガイアに危険が差し迫るようなことがあった場合、取り合えず真っ先に咎めるねと。あらゆる立場においてというのは父としても国王としてもということ。公私含めて念押ししておくから、何かあったらわかってんだろうなマジギレ必須だからな、と。いやはや推定ではあるものの恐ろしい。
「陛下が、ぼくのこと大事だよって言ってくれたんだね!そっか」
ふふふと幸せそうに笑うオルガイアにアルハもほっこりする。同じ父親として子は大事だよねというくだりに不穏なものを感じはしたが伝えるのは憚られた。建前かもしれないがオルガイアが王城に軟禁だなんてことも言えるはずがなく。
オルガイアが納得したところでそそそと壁に張り付きに戻ろう身を引く際、ふと目線を上げてしまう。
王妃と目が合った。
瞠目するアルハを映す濃紺の瞳が細められ、するりと陛下の方へ戻る。その一瞬がとても長く感じた。
「__君たちも心するように。我が国の安寧を支える一柱に成長してくれると期待している。ライオット、よくウィルオストを守り抜いてくれた。礼を言う」
偉い人のお褒めの言葉に対し目礼のみのライオットにおろおろさせられつつ、拝謁が終わって謁見の間を脱した。ノルウェットの取り巻きが顔を青くしているのを眺めながら緊張で凝った心身を解すアルハだったが、ギルスナッドの言葉にピシリと固まる。
「アルハ、巡礼の出発が早すぎて顔合わせできなかったろ。親呼んどいたから今から俺んとこのタウンハウス行くぞ。ライオット、おまえは留守番だ。オルガイアもいいな!」
「行ってらっしゃーい」
憮然とするライオットと両手を大きく振るオルガイアに見送られ、王城を出て徒歩で上位居住区を歩く。ときおり馬車が通るのをぼんやり眺めながら、閑静な住宅街という定型句を思い浮かべた。人がいない。
アルハは実家を思い出して上位も下位もドアTOドアなんだなと一人納得して何度も頷いていた。
「アルハはよ、ライオットのこと好きなんだろ」
ギルスナッドにしてはぽそりとした控えめな断定の言葉に、アルハは脊髄反射で是を示す。
「俺も。んで、アルハのことも」
感情が乗っていないのかと思えるほど澄んだ声に、アルハは会話の意味も深みも捉えきれずにいる。好きとは友愛か恋愛か。アルハの肯定した好きもどっちなのか。そもそも好きとはふたつしかないのか。
「ライは頭回っから、俺の出来ねえことちゃちゃっとやってのけちまう。かといってモヤシでもねぇ。駄弁っても試合っても楽しい。文句なしだ。女だったら嫁にしてた」
アルハにはわからない。泉で朦朧としたままのライオットに口付けたときに掘り返された想いは、試合がしたいとか、一緒にいて楽しいというものではなくて。前世のリア充みたいなきゃっきゃうふふなど論外で想像すらできない。
「アルハはおもしろいと思った。欲しいと思った。けど、嫁にはできねえ。俺跡継ぎだから」
望む立ち位置は現在の侍女というものでしっくりときている。婚姻が絡んだとして亭主関白の妻といったところか。ついていきます、好きに使ってくださいというものだ。あるいは秘書を務めていた前世のメンタルがそうさせているのか。自分の名すら思い出せない記憶ではあるが、男性経験はなかったのだろうか。思い出そうとすればするほど疑問は多い。
「そもそも水中飛込接吻劇見せられたら割り込めねえよ。ってことでアルハ!」
隣から発せられた覇気のある声にビクリと肩が跳ね、振り向くなり肩をがしりと掴まれる。
「妹として、兄の俺のこと好きんなって」
何がギルスナッドの琴線に触れたのだろう。おもしろそうから一転裏切られる形になって幾年。忘れたころに降って湧いたと思ったら罪悪感を抱かせてくるというどうしようもない縁だったはずだ。なのに、身内に引き入れてくれる。これだけの想いを向けてくれる。それだけ心を割いてくれる価値があるのかと自問すれば申し訳なさが募った。
そして、がばりと抱きすくめられる。え、え、え、と混乱するアルハの鼓膜を縋るような低音が震わせた。
「俺が、兄として、アルハを守ってやるから」
内側に入れて、と。
「あの、ギル様は手紙をくれると言ってくれた唯一の方です。私のもとまで届かなかったけれど、書いてくれた唯一の方です。受け取れなくてごめんなさい。両親が迷惑かけてごめんなさい。謝罪が今になってごめんなさい。その」
「あ、待ってムリ。調子乗ったまじごめん勘弁して俺泣いちゃう」
ギルスナッドはずりずりとしゃがみこんで両手で顔を覆う。しかし、いっぱいいっぱいのアルハは構わず言葉を紡いでしまう。
「手紙をくれると言ってくれたことも、書いてくれたことも嬉しかったです。ギル様は、すでにそういう嬉しいをくれる気さくで優しい方だと私の中では確立されていてですね…」
「…あ?」
「私に何ができるでしょうか。私はギル様に何をお返しできますか?」
親から匿ってくれたライオットには忠誠を誓った。身を委ねた。アルハを大切に想ってくれるギルスナッドには何ができるだろうか。
ぽかんと見上げていたギルスナッドの視線が屈むアルハにつられて下がる。合わせた視線が水平になった時ギルスナッドの表情が輝いて、その瞬間、アルハの視界から消えた。
「いつんなったら入ってくんじゃオラァ!待っとんじゃこっちゃコラァ!」
馬車道に吹っ飛んだギルスナッドと吹っ飛ばした女性の間に身を置かれたアルハに影がさす。
「俺が?兄として?守ってやる?笑わせるわ!今この状況はなんなのよ?ウけるー!…失せなさい下賎な男爵娘!」
女性の振り翳した手が頰を張る前に、くっと後ろに引かれ、アルハは目の前を横切った赤い爪が抉った空の軌跡を追った。
「失せろ」
アルハの腹に腕が回り、耳の後ろから地を這うようなギルスナッドの声が女性を二歩ほど後退りさせる。化粧で派手に彩った顔を歪ませ女性は未だアルハを睨みつけていた。
「ツノナシ!このウミバラ回収しねえとぶっ壊すぞ!」
現在地はすでに目的地の目の前だったらしい。ギルスナッドの叫び声が聞こえたのか、やや絢爛な屋敷から出てきた赤髪のイケオジがウミバラと呼ばれた女性の相手をしはじめる。ギルスナッドに手を引かれたアルハは「困った奴め」「てへぺろ」というしょうもないやり取りをすり抜けてアルザ辺境伯王都タウンハウスに足を踏み入れた。
「先ほどの方々は…」
「俺のチチオヤとハハオヤ」
ギルスナッドの返答にアルハは来た道を振り返る。親に挨拶するための訪いではなかったのだろうかと。しかし、ギルスナッドは誰もいないはずの応接室へ彼らを待たずに招き入れた。
「親を呼んだって言ったろ?」
「は、はい」
「俺の親はこっちなの。ジジイ!連れてきたぞー」
そこには、紅蓮の髪を靡かせた矍鑠としたご老人が威厳に満ち満ちた風体で佇んでいた。
「ようこそアルザ辺境伯邸へ。お嬢さん」




