閑の話
夜会から三日後、ライオットとギルスナッドとその他が巡礼とやらに旅立った。
告知から早急に壁の外へ旅立った一行は指定された地域と地点を巡り、降りかかる試練を乗り越えて未来の厄災に対する光明を見出しながら各地の現状を把握していく。らしい。
各地を見て回り人々の声に耳を傾け問題解決に勤しむのは貴族子息による民衆の信頼獲得のためのパフォーマンス兼実地任務なのだろう。指定された地域や地点は異変の兆しが出やすい箇所であるか陳情のあがっている場所か。パレードなどで派手に送り出さないのは成果のハードルを設けないためなのかもしれない。
「夢も希望もない見解をありがとう。また一段大人の階段を上がった気がするよ」
ただ、巡礼による試練でこれから起こるとされる災厄への光明を見出すというのはなんだろうか。災厄の芽を摘む、というわけではないのか。道中の出来事で一行の成長を期待するには強すぎるうたい文句だろう。
「巡礼中に襲ってきた生息域外の魔鳥が巡礼後に起きた蝗害に効果的だったとか。巡礼者が罹った病気が後に大流行したり、巡礼中に遭遇した変異植物の蜜が巡礼後に発生した疫病の特効薬だったーとか。そんな感じですね。目立たないわりに命かかってるんですよ」
なんというご都合主義。大規模予防接種的異世界危機予兆システム。
「それでも未来の厄をすべてカバーできるわけでもないから、漏れをつつかれたり逆恨みされたりしないように『巡礼』で通じるのは貴族界だけ。民衆は学院が生徒に課外活動をやらせてるってくらいの認識だね」
「良くも悪くも結果を評価されますけど、貴族界では巡礼者抜擢は大変な名誉とチャンスなのです」
「ていうか無知」
「こらユユギ!すみませんアルハ様」
アルハはオルガイアの友人三人衆の協力で巡礼について把握していく。オルガイアが執務があるからと躊躇いなく置いていった所為で友人の友人同士で中継ぎもなしに間を持たせなくてはならない。アルハにとっては精神的に大変過酷な状況となっていた。喫緊の話題である巡礼の把握が完全に終わってしまうともう何をどう話せばいいのかわからない。共通の人物であるオルガイアについて何か掘り下げたり評価したりとかそういうかんじだろうかと変な汗をかいていた。
「それにしてもライオネル様かっこよかったな。殿下と繋がったお陰で初めて会話した!痺れた!」
興奮するエンシュロンは瞳をきらきらと輝かせながら夢心地に浸っている。知己の名が出たことでこれを逃す手はないとアルハは会話の糸口を手繰り寄せた。ライオネル家もといライオットに仕えていながら、その家柄も当主や令息本人の評価も何一つ知らないアルハに学園生達は代わる代わる吠える。
イフスエル王国の公爵家はローズ、ライオネル、スーヴェの三家。スーヴェ公爵家は先代の王兄が臣籍に降りたもので子孫もなく潰えるのがほぼ確定なので割愛し、ローズ公爵家は表を、ライオネル公爵家は裏を担って王を支えているという。商家や他国と金の絡んだ強い結びつきがあるローズ公爵家と、謎多く王家の暗部を担うライオネル家。わかりやすいほどの陰と陽。隆盛華やかながらも王族の血は大分薄れている陽と、目立たないながらも王家との距離が近い陰。上手くバランスが取れているらしい。
大抵が影としての道を歩み表舞台に出てこないライオネル家の人間。次期当主として表に道を敷かれたライオットは中二心をくすぐる珍獣なのだろう。それがあの麗しさでもって文武を修めているとなれば憧れるに難くないと。
ローズ公爵家ではめっきり発現していないという王家の紫を淡くも冠する他人を寄せ付けないミステリアスパーフェクトボンボンボーイ。エンシュロンの憧憬も納得のスペックであった。
「ライオネル様の隣って大体アルザ様で、オルガイア様は後見としてかよく面倒見てて、あとはキッツ家の後継ぎくらいなんだよ交友関係。物好きな令嬢の間で野薔薇の君疑惑が熱いくらい浮いた話が一度もない」
「数多の令嬢をことごとく袖にしていますし。さらにはあんな風にアルザ様と踊られると、ね」
夜会でのダンスがより発破をかけている、となれば野薔薇の君とはベーコンレタスと同義だろう。ライオットが同性愛者ではないと身を以て知っているアルハでさえ、あれは容易く誤解できる威力があった。息の合った動きに加えて笑みまで浮かべていたのだから。
「実際どうなの?ライオネル様付き侍女の見解としては」
問うユユギにアルハはどう答えるべきか腕を組み唸る。侍女とちょいちょいやっちゃってますよと告げるわけにもいかないだろう。アルハ自身の名誉なぞ捨て置くとしてもライオットの顔に泥を塗ってしまう。
「わたくしも気になりますわ」
ぐるぐる回っていた思考を花の香りと高く澄んだ声がふわりと持ち上げた。
振り返れば、晴れ渡る蒼天の髪に雲の如き白磁の肌、長く密度のある睫毛に縁どられた陽だまり色。無機質な人形のように整い過ぎた造形。王女スカイラーラが小首を傾げて佇んでいた。がばりと立ち上がり急ぎ臣下の礼を取るデザーディとエンシュロンに遅れて、ユユギはアルハに礼を取らせてから恭しく紳士の礼を取った。
「ご機嫌ようスカイラーラ殿下。いかがなさいましたか?」
礼儀正しいユユギにアルハは他二人と同に倣って腰も頭も下げたまま冷や汗をかく。
「頭をあげてください。この東屋は男女比がおかしくてつい覗いてしまいましたの。そしたら彼の麗しき方の名が呼ばれたのです。淑女として黙って通り過ぎることなどできませんわ」
「蒼天のスカイラーラ姫まで虜にするとは。麗しのライオネル様は罪な方だ」
「虜だなんて。でも、罪な方だわ確かにね」
張り付けたようなユユギの微笑みと精巧に笑みを象られたようなスカイラーラの無機質な微笑みが向かい合い、ふふふと共鳴している。それも数拍、立ち去る気配のないスカイラーラにユユギは一息ついて目配せすると、視線を受けたエンシュロンが席を譲った。立ったままのエンシュロンにアルハが狼狽え席を譲ろうとするも机下でデザーディに止められてしまった。呆れ顔のユユギが闖入前の問いを繰り返す。とっとと答えて去ってもらうぞと言わんばかりの棘を感じた。
「ライオット様の性的嗜好の話でしたら私には答え致しかねます。ただ、お仕えしている間、ライオット様が閨に誰かを招くのを見たことはありません」
知らぬとは言えないし、閨に招かれている張本人であるからして自ら第三者がごとく見かけることもない。今世において同性愛がどのような受け取り方をされているかは知らないが、下手にフォローするより知らぬ存ぜぬを通した方が無難だろう。スカイラーラは微笑みを深めて喜色を表した。そして。
「もちろんあなたも、招かれてはいないのよね?」
アルハの鼓動がひと際大きく鳴動する。嘘を躊躇わせる澄んだ黄水晶に背筋が寒くなった。
「ライオネル様は目をかけすぎているわ。野薔薇の君がアルザを巻き込んでまで侍らせる唯一の花なの。小さな小さな雑花」
九割九分の嘘も一分の真と交われば易く人を欺く。どこかで読んだ言葉が盾となり矛となる。九割九分の真に一分の虚を紛れ込ませればきっと。
アルハは動揺を畏れ多きが故と必死に思い込んで心の底の澱をさらった。
「私は、親の罪に塗れ、加害側であると等しくも害を被ることを知り、浅ましく逃げ惑っておりました卑しい小娘でございます。ライオット様は大恩ある方です。価値無きこの私めに絶対の忠誠を望んでくださいました。私は身命を賭してライオット様に仕えております。ライオット様は思慮深い方ですので、きっと雑草たるこの私めの挺身を使う機会をお考えでしょう。私は身に余る温情をその瞬間のための投資だと受け止めております」
私は使い捨ての駒ですよと告げれば、閨の関係に明確に答えなくとも理解してもらえるだろう。主のプライバシーを公言するつもりはないし、体の関係があるなしなどそもそも関係ないと。ライオットを慕うもしくは狙う令嬢の皆様方とは土俵が違うのだと。
スカイラーラは朗らかに笑んで席を立った。
「…よくわかりました。歓談に割り込んでごめんなさい。失礼いたしますわ」
茶菓子をひとつ摘まんで去っていったスカイラーラに、エンシュロンとデザーディはホッと一息つく。ユユギは恨めしそうに一息ついているアルハを見やった。
「この疫病神め。僕らはただでさえ反第一王子陣営の子息としておかしな行動をとっているのに、庶子腹の王女スカイラーラとまで通じていると思われたらどうしてくれるの」
すみませんと頭を下げるアルハ。デザーディが話を振った張本人であるユユギを窘める。エンシュロンはスカイラーラ様麗しい!と目をキラキラさせていた。見目が良ければなんでもいいのかとアルハは半眼で呆れるも気付かれもしない。八つ当たりの自覚があったらしいユユギは苛立たし気に溜息をついていた。
色々大変なんだなと感慨深くなってしまう。十五年呆と過ごしてきたアルハと、十年足らずでも貴族令息として目耳を研ぎ澄まし考え抜いて生きてきた少年たちとでは背負っているものの重さも価値も違いすぎる。
「まさか、スカイラーラ殿下はライオネル様のことを!?」
「僕はアルハ様への釘刺しのようにも思えましたけど」
「令息三に令嬢一は突かれて然るべきだ。スカイラーラが出張ってくるとは思わなかったけどね。ったく、オルガイア殿下を庇護するライオネル家令息に懸想するなんて不毛な真似はやめてくれよ…」
ユユギの苛立ち様に首を傾げるアルハにエンシュロンが耳打ちする。第二王子ウィルオストから伝え聞いた王家の意向として王女スカイラーラとマッカーレ侯爵令息ユユギの婚約の動きがあるのだと。婚約後ならば関わりの面目も立つが、婚約前の関わりは望まない憶測を呼んでしまう。
三角関係と呟いたアルハをユユギが般若の形相で射抜いた。弁えていて醜くない相手なら誰を娶るも構わないが、誰ぞに懸想している女となんて面倒くさすぎるだろうというのが本音らしい。貴族の結婚のなんと虚しいことか。なんとなく前世の記憶が蘇った頃を思い出した。
「ユンユン、エロン、ディ、アルハ!おまたせー」
「ユンユンはやめろおっ!!」
「ユユギ!?」
「どうしたユユギ!?」
一難、否、一姫去ってからようやく戻ってきたオルガイアの呼びかけにらしくなくガチギレしたユユギに友二人が慌てふためく。オルガイアはふわふわと笑い、アルハは九歳の少年に憐憫の情を抱いた。
アルハから天皇の役割や祭事を聞きかじったオルガイアは思うところがあったらしく、年々省かれていく王室内々で執り行われる祭礼を掘り起こして実行しているらしい。
やる気に溢れていて大変微笑ましいが、故にその後もアルハは度々友人三人衆に預けられた。侍女としての仕事もないとはいえないが、第一王子殿下専属侍女たちの完成された連携の中でアルハができることなど微々たるもので。ライオットの寮室の管理も主がいなくては手の入れようもなく。自室でもある使用人部屋すら未だ帰らないセレネアを想って無力さに気が沈んでしまう。講義に出るとギルスナッドから言付けられているのか、フォルクスが友人の輪から離れアルハに寄ってきてくれるので申し訳なくて足が遠のいてしまった。
オルガイアの隣以外に居場所がなかった。上手く慣れ合えなくともわずかな時間でも傍を許してくれる年下の少年達に身を寄せながらオルガイアの戻りを待つ日々を過ごす。
「アルザ様今頃大活躍でしょうね。正直同行したかったです」
「デザーディはアルザ様推しか!わかるぞ!強い男はかっこいいものな!我が従兄ウィルオスト殿下も負けてないが!」
「ふふふ。僕は運動はからっきしなので憧れてしまって」
「ギル様はわけへだてなく人と関わられますし、場を明るくされますよね」
「そう!そうなんです!」
「アリス嬢は跳ねのけてたけどね」
さりげなくアルハの参加できる話題を挟んでくれる三人衆に気を使わせているなと有難く申し訳なくもなるが、それだけでは収まらない。
「失礼しますわ。ふふふ、やはりこの東屋はおかしくて覗いてしまいますの。こたびの話題はアルザですね。淑女として黙って通り過ぎることなどとてもできませんわ」
アルハが交ざれる話題には高確率でスカイラーラが寄ってくるのだ。顔を歪めるユユギに諦め顔のエンシュロンとデザーディを見て、アルハはますます身を縮めることになった。穏やかな口調の反面感情の乗らないガラス玉のような瞳にただただ苦手意識が募るばかり。気力の削れていくアルハに気付いたのかオルガイアが極力王城にもアルハを伴うようになり、それはそれで居た堪れないが近衛の幾人かと扉の前で沈黙を保つのは苦にはならなかった。
そんな生活を半年送ってようやく、巡礼一行の帰途の知らせが駆け巡る。
ユユギ・マッカーレ侯爵令息 → 学院初日にオルガイアを口撃した貴族の息子。
エンシュロン・ブルーム子爵令息 → ウィルオスト第二王子殿下の生母の実家の息子。
カクタス・デザーディ伯爵令息 → 実家が民主化主張中。
第〇王子は出生順ではなく王位継承権順位です。




