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生めいの理

流血表現がありますのでご注意ください。(暴力的なものではありません)

 ギルスナッドに俺の妹宣告されたり、オルガイアと衆人環視のなか踊る羽目になったりと怒涛の出来事を乗り越えたアルハはご褒美ともいえる御馳走に舌鼓を打っていた。


「おいしいね!アルハ、ライライ」

「オルガ殿下、こちらの鴨のスモークみたいなのも美味しいですよ!」

「カモってなに?あーん」

「はいどうぞ。すみません鳥の名前のつもりでした」

「スモークとは」

「燻製のつもりでした」


 どれも一口大に食べやすく上品にまとめられていて食べやすくされている。皿に盛った分がなくなり次の獲物を物色していると平然の向こうにローズ一行が現れた。若干気まずそうながらも見下すような目を向けられるが、互いの視線は中間の一点に着地する。そこには桜田麩(でんぶ)とマグロの漬けを想起させる可愛らしい手毬寿司のようなものがあったのだ。


「「米っ!?」」


 互いに素早く駆け寄り、皿に取って口に放り込み、項垂れる。その動きは合わせ鏡のようにシンクロしていた。


「これはビターバレー?大麦かな…惜しい」

「米じゃない…こんなのお米じゃない…」


 TKG、味噌汁、納豆、カレーと交互に会話にもならない単語を小声で零しあい、溜息すらも重ねてようやく顔を上げる二人に各々の外野は困惑顔だ。アリスとライオットの視線だけが尖っている。

 アルハとローズは声を潜めあって互いの食歴を探り合うも和食は見当たらず、故郷の味に関しては協定を組もうというローズの提案を蹴ったアルハに再び陰険ババアの称号が投げつけられた。一応同郷のよしみで先ほど合鴨ロースを発見したことを伝えれば、喜色も一瞬に鴨の独特の味は苦手だと首を振られる。くたばれの一言をすんでで飲み込んだアルハはコソコソしたやり取りを打ち切り、偽手毬寿司周辺の幾つかを皿に取ってその場を脱した。オルガイアのおかえりに笑顔で応えつつ物申すライオットの視線に貫かれ肩が跳ね、これは後が怖いなと心中で頭を抱えるアルハの視界をギルスナッドがのぞき込んで遮ってきた。


「アルハ、勝手に妹にしといてなんだけどよ。巡礼の前に俺んちきてくれね?一応顔見せするから」

「へ、え?はい。ライオット様…」

「私も同行する」

「おい、家族に水がはいるだろ遠慮しやがれ」

「主だからな」

「ふっふっふ、俺はお兄さまだぜ」


 由緒あろう辺境伯家に悪徳男爵家の名を乗せさせてしまったのだ。戸籍に泥を塗らせたお詫びをしなくてはならないだろう。ただでさえ幼少期に両親が迷惑をかけているらしいというのに。

 アルハが手土産を買う金すらないことに項垂れる様をみたギルスナッドが過去の件もあり来訪はむずかしいかと頬を掻く。ライオットはなんとなくアルハの懸念を察して呆れていた。

 学び舎の建前上酒類のない夜会は粘る学園生も目を擦り始めるシンデレラタイムには御開きとなる。

 不思議とオルガイアに令嬢その他からのお伺いはなく、そのオルガイアを盾にするためライオットも離れず、一通り満喫し終えたギルスナッドはコンラードを呼び寄せ、マゼンダがフォルクスと共に合流し。広がる輪に他人事のように感慨深さを感じていたアルハは解散の流れをライオットの差し出された手によって察した。夢のような時間だった。たった一人きりで漫然と日々を消化していた自分が、逃げ出して、縋って、差し出されるいくつもの手を伝うように歩かせてもらっている。

 気軽い挨拶を残して帰路に散っていく背中を思わず呼び止めてしまっていた。


「ギルスナッド様!ナイトマン様、ワグナー様。今日は、いえ、いつも、本当にお世話になっています。ありがとうございます!」


 ギルスナッドはアルハを友だと気をかけてくれる。フォルクスは孤立したアルハをなんだかんだフォローしてくれているし、初対面のマゼンダは言葉こそ鋭いがアルハの至らないところを指摘してくれて。色々言いたいことがまとめて呼び止めてしまった所為でつっかえてしまい、気持ちを上手く渡すことができない。ライオットに片手を預けたまま前世の新入社員のように身体を直角に折った礼をとったアルハにギルスナッドは片手をあげて応え、マゼンダは目眉を吊り上げつつもふっと微笑んで淑女の礼をとり、フォルクスは呆れたように肩を上げてマゼンダにひっぱたかれながら去っていった。

 後方を歩いていたコンラードは振り返って声をかけようとするアルハを自らの唇に指を立てて制し、柔和な微笑みで紳士の礼をとってから軽く手を振って別れた。

 オルガイアとライオットとアルハの三人で寮室に着く寸前、駆け寄ってきた近衛の青年が渋るオルガイアを宥めすかして連れ帰り、残った二人で部屋に入る。


「ライオット様も、いつもありがたく思っています。拾ってくださって、手元においてくださって、日々様々なご配慮をいただいて」


 ピシリとした直立から両手を腿の上に滑らせながら淑やかに腰を折る。ライオットの知る淑女の礼とはかけ離れたその仕草はしかし確かに気品ある淑女の礼だった。

 アルハのいう書庫の存在が否応なく彼女を隔て包んでいるようで悋気が走る。三拍置いて戻ってきた顎をつまんで、狼狽えたじろぐアルハを誘導する。ぐきりと歪な音と共に背から倒れ落ちた身体を受け止めた寝具。混乱し揺れるモスグリーンは既視感を抱いているだろうか。ライオットは頬の痣花に手を添えた。


「君は、男がドレスを贈る意味を知っているか」


 脱がすためですか。ぱっと思いつくもアルハが言葉を重ねる前にギルスナッドから贈られたネックレスのトップが首元から除けられ、上書くように鎖骨の間から喉元を舐めあげられる。ライオットはびくりと震えたアルハと額を合わせてねっとりと呼吸を奪った。

 日頃執務や勉学に追われているライオットも今夜の夜会で催したり踊ったりして気が高ぶっているらしい。


「これは私のものだと知らしめる。自らの所有物を、綺麗に包装して、自らが紐解くのだと」


 アルハとは気の高ぶりの方向が違うが、アルハが貰った興奮と喜びをひとかけらでも共有できていたらこの上なく嬉しい。と、被さるライオットの襟元を緩めたが最後。

 破るかのように性急に装いを解かれ、熱の湯に沈める勢いで追い込まれ、痣だらけの身体を作り変えるかのように穿たれる激しく情動的な欲の交わりにアルハの意識は初めて白く焼き切れた。


 __提携会社とのレセプションの後始末を終えてようやく安らぎの我が家である社員寮に帰ってきた。いつのまに挫いたのか痛む足首を慮りたいが、この全身の疲労感はたっぷりの湯船にゆったり浸からないととれないだろう。明日の出勤が何時だったか思い出せない霞がかった頭はアルコールの所為か眠気の所為か。どうにか湯を張って身を沈めると、ふはぁ、と極楽の溜息がもれた。

 こんな満ち足りた生活に慣れて大丈夫だろうか。優しい人たちに囲まれて。ライオット様は何を考えているかよくわからないけれど結果的に優しいし。こんな有象無象に紛れる女を相手に盛ってくれるなんて奇跡だ。人の三大欲求を満たす暮らしとか天国か。あんな天や雲の上もしくは画面の向こうな超絶イケメン殿上人が彼氏、いやセフレ?…なんだろよくわからん。そもそもライオット様って名前カタカナだし様付けだよ外人かよ。そういや高校生となんて犯罪じゃないか?私何歳だ?あれ、あれ、あれ…


「不純異性交ゆ…違うな。なんだっけ」


 起き抜けの譫言(うわごと)は漏れた先から揺らぎ消えて、目覚めたアルハは朝日に目を細めた。

 気を失ったのかと昨夜の出来事を振り返り不甲斐なく思う。ベッドにひとり残されたのは途中離脱してしまった所為で高ぶりを鎮めきることができなかったからだろうかと申し訳なさに眉尻も瞼も下がっていく。不思議と落としそびれた化粧の違和感もまみれた汗の不快感もないが、どうも下腹部が重くぬるついている。

 恐る恐るめくった掛布の内側を覗いたアルハは声にならない声をあげ卒倒した。


 ライオットが自室に戻って目にしたのは血に染まった己のベッドシーツと、絨毯に転々と垂れる血痕。起きてしまったかと惨状を把握しつつ後ろに控えていた抱えの老医師を部屋に招き入れる。


「セバスト殿に聞き及んでおりましたが若さ故ですかなあ。…ふむ、これは」


 シーツをあらためて眉を寄せる老医師を置いて血痕を辿り使用人部屋に消えたライオットは、浴室で蹲っていたアルハを抱えて戻り、その濡れた裸体を床に横たえた。意識のあるアルハは老医師の白衣に職を悟ったのか腹を押さえているだけで大人しい。下腹部を襲う痛みと出血の多さに思考能力を奪われているだけかもしれないが。


「お嬢さん。月の周期ではあるのかい?」


 押さえた掌の脇から何度か触診され、アルハは伏し目がちに是を示した。ライオットはその様子にひとまず安堵の息を吐く。


「坊ちゃんの相手をするのは初めてじゃないね。他にお相手がいるわけじゃあないんだろう?」

「…はい」

「閨のたびに噛まなくていいからね。月と月の間に一日開けて一枚を二度程で十分だ。しかしそれも毒には変わりない。後々授かりにくくならないとも言い切れないからお勧めはできないよ」


 歯切れの悪い返事をするアルハに老医師も困ったように眉尻を下げた。老医師は会話の意図を測りかねたライオットが口を開くのを遮るようにアルハに服を着せて寝かせるように指示し、起き上がろうとしたアルハは二人に制され身を整えられて自身の寝具に突っ込まれた。生理用品まで配してもらい身が縮まる思いをした挙句苦い薬を飲まされて撃沈した。

 後始末を一通り終えた二人は隣室に戻る。珍しく察しの悪いライオットに老医師は苦いものを噛んだ顔で扉の向こうの患者を見やった。孕まぬよう月を呼ぶ草を食んでいたが用量を違えていたようだと告げる。そこらの令嬢であるならば公爵令息の醜聞になろうともこれ幸いと子を宿し、愛や利益を求め庇護や婚姻を迫ったことだろう。よい娘ですな、と心からの評価を述べるも返事がなく老医師の視線がライオットへ移る。

 その老いて皺が寄り垂れた瞼がぱっちりと持ち上がった。


「坊ちゃん…」


 なんて表情(かお)を、とまでは言葉にならなかった。

 人生の過渡を終えて久しい老いぼれが引き込まれ、掬い上げる語句を用意できないのをただ申し訳なく思うほど。しばらくの沈黙に佇んだのちにライオットはぽつりと零す。産めばいい、と。老医師は努めて朗らかに、子を孕むに相応しい年齢と出産に伴うリスクを説いておいた。

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