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交わり代わり

 陛下のお言葉という語句に、衝撃に沸いた会場はそう間を置かずに静まっていく。内心舌打ちするライオットとは対照的に、ギルスナッドは興味深そうに壇上を見上げた。


「陛下より『若き才溢る集いに期待と祝福を寄せるとともにイフスエルの繁栄と安寧を願う祭礼を行う』と。この私、王位継承権二位ウィルオスト・ブルーム・イフスエルを筆頭に以下の者は巡礼の勅命を賜った。呼ばれた者は壇上に上がれ!」


 首を傾げるアルハだが。


「選ばれし令嬢と令息が国の未来を導く『巡礼』を今年行うですって…っ!?魔物の繁殖、不作、疫病…何かしらの凶兆があったってことよね…不安ですわ…」


 マゼンダの言葉に大体の理解が進んだ。ローズの勝ち誇った様子からおそらくゲームのイベントなのだろう。読み上げられた名前はローズの取り巻き一行でほぼ壇上に揃っていた。

 そこにギルスナッドの名が加えられ、ライオットの名も告げられる。


「おっ!俺もか。ライオット、行こうぜ」

「御免被る」

「勅命だってんだからしかたないだろ!行ってくるなアルハ!我が妹よー」

「しばらくオルガイア殿下に付いておけ。ナイトマン嬢、連れて行ってくれるか」

「承りましたわ」


 一礼したマゼンダに手を引かれながらアルハは遠ざかっていく背中を視線で追った。勅命を受けた一行は会場の若人の関心を一心に集める見目も身分も申し分ない煌びやかな御令息女。名を呼ばれた令嬢は二人、ローズ・ノルウェットと見知らぬ美女は親密そうだ。ゲーム的にはサポートキャラか何かなのだろうか。さすがに令息集団に紅一点はやりすぎ感が否めないからか。呼ばれていないのに当然のようにいるアリスはローズとセットだからだろうか。


「遠いなぁ」


 主人公であり悪役でもあるらしい自分はしかし、彼らの物語上ではモブに等しい端役であるらしい。勇ましい口上と歓声が会場を彩るのを褪せる心で受け止めながら感覚が精彩を欠いていくのを唐突な衝撃が阻んだ。


「アルハ!」

「オルちゃん!あいやオルガ殿下!」

「森の妖精みたい!かわいい!お花かいてある!お花咲いてる!かわいい!」

「オルガ殿下こそ…天使です…!」


 アルハの腰に抱き着いたオルガイアを友人三人衆が慌てて引き剥がし、引き剥がされた後もぴょんこぴょんこと跳ねながらアルハを褒めそやすオルガイアをマゼンダが口を挟むこともできずおろおろと見守っていた。学園生は儀礼服というより金持ち私立幼稚園の制服のようで半ズボンのスーツに散りばめられた装飾が幼少期特有の色を引き立てている。


「ふん、すっかりしてやられたね。ライオネル公爵令息たる者が陛下の勅命を事前に知ることもできないと周囲は受け取った。アルザ辺境伯を味方に引き入れたという成果はぶちこわしだ」


 ユユギがアルハに言って聞かせるように零す。

 アルハは二人の行動が、元々確固たる優位性のある第一王子陣営としてのパフォーマンスというよりアルハの庇護のためのやり取りだったように思えたのでユユギの言葉に項垂れてしまう。自分の所為でいらない恥をかかせてしまったと。


「ユユギは穿ちすぎじゃない?勅命の前座にされた感は否めないけど、アルザ様もライオネル様も巡礼一行に選ばれてる。勅命の前に暴行の憂き目にあった侍女を庇護したって受け取り方もできるよ」

「暴行の憂き目?」

「ユユギがリューン嬢をつついてる間にアルザ様が壇上を爆破していた」


 デザーディとエンシュロンの言葉にアルハとユユギがばっと壇上を振り返るも惨事の影はない。アルハの手を取って振り回していたオルガイアがからからと笑った。曰く、アリスに同行を許すならアルハが同行してもよくないかとギルスナッドがぼやき、ローズが暴行事件を画策して自爆するような愚かな令嬢は巡礼に値しないと貶め、ギルスナッドが不服そうにアリスの関係者をアルハが唆してアリスを襲わせるとか意味わからんだろうと暴露したのだとか。暴行者達の実名まであっけらかんと述べたらしい。連なる者達は真青だろう。


「公の場のさらに壇上でもって犯罪者の実名公開のうえローズ公爵家の者を貶めたのか。さすがアルザ様。オレには真似できないね」

「間違いなくギルは何も考えておりませんわ…」

「ちょっと待って。リューン嬢?アルザ嬢?もライオネル家の侍女だろう。これは公爵家同士の代理闘争みたいになっているのではないかな」

「公爵令息が最近拾った悪党男爵家の娘と、孤児とはいえ公爵自身が娘に宛がい一緒に育ててきた娘。公爵家としての存在感を足さなくてもアリス嬢が圧勝でしょう」

「リューンとかアルザとか迷っちゃうならみんなアルハって呼べばいいよ!ね、アルハ!」

「は、はは。お好きなように…」


 各人適当に会話する中、壇上では人形のような無機質な美しさを持つ少女が巡礼の儀の証として腕輪を渡していた。アルハはオルガイアの袖を軽く引き顔を寄せる。


「オルガ殿下、あの方は?」

「スカイラーラだよ」


 スカイ、空と名につくに相応しい蒼天の髪は結わう必要もないほどで、まっすぐさらさら天使の輪!とうたいながら輝きを放っているよう。あれが第三のヒロイン兼悪役かと観察するも何も感じることはなく。


「ラーラは僕のひとつ下の妹なんだ。お部屋も近いからこれからおはなししたりするかも?」

「かも?ですか」

「ラーラは恥ずかしがり屋さんだからね。それより!ライライが巡礼の間はアルハとずっといっしょだ!うれしいなー!」

「お世話になります」

「おせわしてもらいます!えっへへー」


 話を通さなくてもライオット不在の間のアルハの身柄はオルガイア預かりで決まっているらしい。巡礼の勅命とお披露目が終わると会場は社交の場としての歓談の空気を取り戻した。緩やかに楽団が演奏をはじめ、会場の中心に空間が開く。


「アルハ踊ろ!」

「ひぇっ」


 アルハの手を引いて駆け込む第一王子殿下を阻むものはなく、既に幾つかあったペアもそっと順を譲る。眩しく照らされた空間にオルガイアとアルハのただ二人。第一王子殿下を慮って軽やかながらもゆったりと優しい曲は、緊張と動揺と未熟さで拙いアルハを屈託ない笑顔でカバーするオルガイアの凸凹コンビを柔く包み、幼く未熟な周囲の令息女達から躊躇いを取り払う。

 例年踊る学院生を学園生が眺めるだけの夜会は一変し、幼少入り乱れ朗らかに笑いあう微笑ましいものになったのだった。


「ノル、私と踊ってくれ!いこう!」

「はい。ウィルオスト様」

「あー!殿下ズルい!ノル、俺とも踊ってよ!」

「僕ともぜひお願いしますねノル」

「断る!おまえたちの番などないからな!」


 お決まりとなっている一行のやり取りを眺めつつ、ライオットは会場中心の注目の的を眺めた。やがてウィルオスト達が入ったことで曲調が少しずつ上品に洗練されたものに変化していく。学園生の体力を考えても妥当な判断だろう少しずつ年齢層が入れ替わっていき、ふらつきはじめたアルハにオルガイアも区切りをつけて退場していった。アルハの髪から散った花弁を幾人かが回収したのを観察しているとギルスナッドが肩を叩く。


「行こうぜ!」


 能天気にローズ公爵家をぶん殴った今夜会最大の功労者にライオットは快く導かれるも、まさか男同士で踊ろうとしているとは予想がつかなかった。上品な曲調は令嬢達の喜色めいた悲鳴を合図に野性的で激しい旋律へ変化していく。仕方なく合わせて踊るものの眉間に皺が寄る。ちょいちょいとギルスナッドに視線を誘導された先に真っ赤になってこちらを見やるアルハがいて、ライオットの口元が弧を描いた。

 ローズ嬢とウィルオストの面目を潰すついでだとひと汗かいたあと、令嬢達の興奮を背にアルハ達と合流したライオットは給仕に飲み物を頼む。ギルスナッドは踊り足りないのかマゼンダを連れて再び輪の中に旅立っていった。


「ライライ!」

「ええ」


 愛称を叫ばれただけで、おつかれさま、巡礼選抜おめでとう、アルハはまかせてね、などの言葉を聞いたかのように受け取れるのは付き合いの長さがなせる業か。アルハが遠慮がちに差し出したハンカチで汗をぬぐいながら給仕の持ってきた果実水をあおった。


「ライオネル様、お見事でしたね」


 苦笑しながら礼を取り労うのは第二王子に連なるブルーム子爵家の次男エンシュロン。オルガイアの取り巻きのようなものになっている一人かと確認しながら彼の言わんとしていることを想像した。会場の流れはアルハのアルザ家養子による第一王子陣営の話題から、勅命によって第二王子陣営側に取って代わるもローズ公爵家の醜聞が挟まり、ファーストダンスを担ったオルガイアとアルハにより引き戻され、ウィルオストとローズ一行による巻き返しもギルスナッドとライオットの異色のダンスで叩き潰した、と。

 傍から見れば確かにそう見えたかもしれない。


「あくまで結果ですので。あまり買い被られませんように」


 尊敬を宿した視線を滑らかに受け流すとエンシュロンも満足したのかそれ以上言葉を重ねることなく友人と歓談を始めた。その友人も第一王子陣営とは言えないが要の子息たちだ。オルガイアもギルスナッドも思惑もなしに上手く事を運ぶものだと感心する。

 いつの間にかギルスナッドは相手を替え、取り巻きから攫うようにノルウェット・ローズの手を取っていた。真意か否かはさておき憶測でアルハを詰ったことを謝るローズを快く受け入れていれているのだろう。言葉は聞こえなくとも顔色や態度で反省の意を周囲によく示している。うまく使われたなと呆れるものの次に誘ったアリスをすげなく躱すあたり、ギルスナッドが単にローズの悪意を察することなく単なる勘違いからの悪口を許したのが読み取れた。結局アリスの起こした悪事は揺らがぬ事実と周知される。ローズもこれ以上のフォローはできないだろう。

 珍しく出張っているオルガイアのおかげで有象無象の輩との接触をする煩わしさも少ない。一仕事終えたようなもので肩から力が少し抜けた。


「殿下、料理が運ばれています。アルハ」

「はい。行きましょう殿下」

「いこー!」


 好みを聞いて取ってこいという意図を受け取ることなく、オルガイアと連れ立って歩きだしたアルハに苦笑が漏れる。結局のところ侍女とは主の不興を買わず侍り世話するのが仕事だ。オルガイアが構わないのならそれでいいだろう。互いの好みと料理への期待を語り合う二人を眺めながら立食式の配膳場所に向かうと、運動を終えて食い気に支配された葡萄色の親友が待ち構えていた。


「アルザ辺境伯家が引き受け、ライオネル公爵家令息が囲い、第一王子殿下が目にかける元男爵令嬢。それを害したローズ公爵家令嬢付き侍女に壇上で濡れ衣を被せようとしたローズ公爵令嬢、ね」


 力なき高の知れた伯爵位は下手に騒がず風見鶏に徹していろ、そう軽んじられて久しくない。コンラードはアリスに嘲られるがまま下手にも上手にも騒げなかった。ただ、ライオットの勧めでギルスナッドとの会話に暴漢の身元とアリス嬢との関係性を交ぜただけ。もたらされた結果に空いた胸の心地よさを諫めつつ、誘いの目を向ける令嬢に人好きのする笑顔で手を差し出した。

 夜は長い。

誤字報告ありがとうございます。大変助かっています。

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