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夜に会う

 打撲、捻挫、肋骨にヒビその他諸々。残る鈍痛も最もだなと思いつつアルハは暇な日々を過ごしていた。

 セレネアは姿を見せず、ライオットは課題や書類を隣室でこなしているらしい。手間も気も遣わせてるなと申し訳なさに業務に戻ろうと試みた事件翌日、床に伏したまま動けないでいるのを発見され休養を厳命され、以降暇を享受することしかできなくなっている。

 何事も過ぎると良くない。折角の安息も暇に変換されてしまった。

 窓の外の景色は幾多の雨粒が遮り、薄暗さがますます気分を陰鬱にさせた。あのときこうしていればああしていれば、から、次はああしようこうしようと考えあぐねるのは前進か足踏みか。


「ライラーイ!ライラーイ!あーけーてーよー!アルハ貸ーしーて!」


 隣室の扉をべちべち叩いているらしい姿も見えないオルガイアに和んだのは末期症状かもしれない。


「ライラーイ!ライ兄さまー!オルガイアだよー!もうっ!ルルス開けて!」

「ええ!?ぶちぬけばよろしいですか?ライオット様、殿下命令なのですみませんいきます!」

「…入れ」

「わーい!アルハー!いなーい!」


 折れたライオットにはしゃぐオルガイア。

 主のお部屋の前で喚かないでください、そこに私はいません、働けてなんかいません。幾ばくの風にもなれないアルハは双方への申し訳なさで起き上がるも痛みでそのまま横に倒れてしまう。視線の先の扉が開き、オルガイアがひょこっと愛想よく顔をのぞかせた。


「アルハー!」

「オルちゃ…オルガ殿下!ふぐぇっ」


 抱き着かれ呻いたアルハにオルガイアの眉がハの字になる。どうやら詳しい説明は何も受けてないらしく、オルガイアはアルハの紫斑の残る頬やら腕やらをそっとなぞっていく。躊躇いなく掛布を除け鳩尾まで上着をめくるものだから、アルハはやすやすと一番酷い有様の腹部を晒してしまった。羞恥に目覚める前にそっと手が当てられ、子供体温なのかその温かさがじんわりと染みて心地よい。


「殿下」


 咎めるようなライオットの声にオルガイアは手を離し、くの字に横たわったままのアルハをぎゅっと抱きしめた。


「アルハ、すごくすっごくがんばったんだね」


 オルガイアは抱きしめながらアルハの頭から肩へ背へと手を当てていく。繰り返される「がんばったね」に「はい」と何度も頷きながら湯船に浸かるような安堵に浸りふわふわと意識が朧げになる。確かめられる痣にぼんやりと暴行の追憶を終えると、再びぎゅっと抱きしめられた。


「もうだいじょうぶ」


 その一言に心も体もふわりと軽くなった。霞む思考の霧が一気に晴れて、終わったんだ、そう不思議とストンと胸に落ちた。


「ライライ」

「承知しております」


 朗らかなオルガイアと研ぎ澄まされたライオットの対照的な声色に首を傾げていると、オルガイアはアルハに屈託なく笑いかける。


「僕も今度の夜会でるからね。アルハもはやく元気になって一緒に踊ろ」

「うぐ、はい」


 心の片隅で欠席できるのではないかと期待していたアルハの応はひきつっていた。いち女子として煌びやかな衣装に興味はあってもそれは個室と鏡があれば一人で楽しむのでぜひとも放置をお願いしたい。夜会という舞台での衆人環視と己という土台に上達しそうもないダンスやピンヒールによる足首危機などの不安材料の比率が高すぎて正直辞退申し上げたいと思っている。


 が、とうとう辞退できずに夜会の日を迎えてしまった。

 オルガイアの来訪時がピークだったのか、痛みは夜会前に引いたものの薄っすらと各所に緑や黄色の斑点が残っていた。暴行後からすっかり姿を見せないセレネアの代わりに着替えを手伝ってくれたセバストも化粧ばかりはどうしようもなく申し訳なさそうにしていたのでライオットの支度に回ってもらった。

 骨盤までのマーメイドラインからふわりと揺れる裾布。落ち着いた深緑に抱かれた萌黄色に小花のようにちりばめられた白いレースが平凡な肉体ラインを錯覚でカバーし、大きく開いた背中には刺繍レースが咲き誇っていた。鏡に映るも見事にドレスに着られてしまった自身。下手に盛って主張するよりドレスに主役を任せたほうがいいな、と頬に残る痣をみてドレスと共に用意された化粧道具を手に取った。

 身の丈に合わないドレスやら、夜会やら、非日常の興奮にアルハは正直浮かれていたのだ。


 着馴れないドレスに慣れないヒールの靴を履いて、裾を踏まぬように足を挫かぬようにとそろりそろりと隣室の扉を開けるとセバストの姿はすでになく、モノトーンに紫の差色をした儀礼服を着こなした流麗な紳士が佇んでいた。いわずもがなライオットではあるが、アルハはのぞき込む姿勢のまま身動きが取れなくなってしまう。


「どうし、た」


 アルハへ振り返ったライオットすらも目が合うとはたと動きを止め、しばしの静寂が満ちる。

 見惚れることより凝視されるいたたまれなさが徐々に勝ったアルハが目を逸らしてようやく時間が動いた。


「痣は隠さなかったのか?」


 ファンデーションで縁取り、ステンシルの色味となって控えめに咲いた紫斑の花。アルハはうまいことやったなと自画自賛していたのだが、指摘されて後悔の波が押し寄せる。


「ご、すみません直してきます」

「待て、いい。それでいい。ほかの痣も…してあるな。肩は手が届かなかったのか」

「は、はい」

「道具を持ってこい。私がやろう」


 露になっている箇所は施したもののライオットが指摘した場所は自力ではできなかった。ライオットが自ずからやってくれるとは、と晴天の霹靂に等しい衝撃を受けつつ用意をするもしかし、数分後眉を寄せたライオットにアルハは身を震わせた。


「思ったより難しいな…」


 ルアーの試作品の件と合わせ、ライオットに芸術的センスはないということなのだろう。麗しきパーフェクトボンボンボーイの意外な欠点に緩む想いと申し訳なさにアルハの心中は揺れ、繰り返される白粉の塗布に緊張して体温が上がり変な汗がでてくる。

 結局肩の紫斑は花模様ではなく、花を模した幾何学的な何かとなって化粧は完了した。どことなく納得のいかない視線は感じるが気付かないふりをしてやりすごす。


「あの、セレネアさんは来られないのでしょうか」


 部屋をでる直前に投げかけた言葉に対して僅かに表れた表情の陰りに、よくない事態を察した。

 アルハが察したことを察したライオットは、素っ気なくエスコートの手を差し出す。


「その衣装にはセレネアの想いも込められている。憂いは棚上げして胸を張れ」


 会場までの道程でアルハは何度かライオットに頭を触られたが、廊下を彩る花々を手折って髪に活けられているとは思わなかった。

 茜色が僅かに残り、星が彩る夜の帳がすぐにおりるだろう空を潜るとアルハは絢爛な会場に狼狽えてしまうが、手を引いてくれている隣のライオットを見習ってしゃんと背筋を伸ばした。主役はライオットであり、贈られた衣装だ。綺麗でしょうすごいでしょうこのドレスはとなんとか胸を張った。

 会場半ばまで進むと、赤毛の女の子を伴っていたギルスナッドが気付いて早足に寄って来る。


「おー!アルハ!尻!胸!いーじゃんいーじゃん!」

「自重しろギルスナッド」


 両手で枠を作り撮影するかのように視界を切り取るギルスナッドをライオットが窘めた。いいのか?と己の尻と胸を確認に触りだしたアルハを続けて窘めるライオットの髪をギルスナッドが搔きあげる。ギルスナッド自身の整髪料を梳きとってつけられたライオットの髪は軽く撫でつけられ、より洗練された美男子へと進化を遂げた。

 その辺境伯令息と公爵令息のやりとりに令嬢たちの興奮の声が湧く。アルハは近すぎて声すら出なかった。


「ん?どした?俺に見惚れた?」


 お二方に薔薇の世界を垣間見ましたと言うわけにもいかず、アルハはカクカクと頷いた。濃紺に臙脂色を差した儀礼服に身を包んだギルスナッドは確かに見惚れるに値するが二人のやりとりに容量が追いつかない。


「ギル!置いてかないでくださいまし!」


 駆け寄ってきた令嬢は猫のようなアーモンド形の釣り目をさらに吊ってギルスナッドの脹脛(ふくらはぎ)を蹴ってからライオットへ淑やかに礼を取った。ギルスナッドに合わせたような濃紺のプリンセスドレスは夜空のように宝石が散りばめられ、燃えるような赤い髪と黄の瞳が聖火のようでアルハは貴い方々は誰もかれも綺麗だなぁと目を奪われた。


「ってえな。アルハ、これ俺の従姉妹のマゼンダ・ナイトマン」

「ギル!格下にこちらから名乗ってどうしますの!そちらの令嬢が恥をかきますのよ!?」


 マゼンダの言葉に慌ててアルハは礼を取る。


「失礼いたしました。リューン男爵家長女のアルハでございます」

「侍女だからと言って油断は禁物ですわよ。ナイトマン子爵家が三女、マゼンダですわ」


 男子の発光光の最後はハム、すなわち男爵家の一つ上の爵位のご令嬢様かとアルハが確認していると、急かすようにマゼンダが咳払いをした。はっとさせられたアルハは次句を紡ぐ。


「まっマゼンダ・ナイトマン様、ご機嫌麗しゅう…」

「とろい挨拶に付き合わされてお生憎様ご機嫌斜めよ」

「申し訳ございません…」


 みるみるうちに小さく項垂れていくアルハとしっかりしなさいよと檄を飛ばすマゼンダの傍ら、ギルスナッドは女っていちいち面倒臭いよなと眉を顰めてライオットに囁いていた。


「ところであなた、ドレスはまぁ合格だとしても貴金属のひとつもつけずにどうしますの。首元、耳元!貧相でしてよ…あら?あなたいくら見目に華がないとはいえ肌に花を描けばいいというものではありませんわ」

「すみま、申し訳ございません」

「私に謝ってどうなるというの?謝罪一つもよくお考えなさいな」

「ふぐっ」


 儀礼から服装にダメ出しが移行し、紫斑の誤魔化しすら否定されたところでギルスナッドが割って入った。


「ほー、痣の形が変わってらと思ったら確かに花だな!うっわ全部花にしてんの?すげー。これ一個だけ下手くそだなっはっは!」

「うるさい」

「やっぱライオットかー。アルハ、もう痛みはねえの?だいじょぶか?」

「はい、お陰様で」

「イヤリング用意するって言ってなかったっけライオット」

「用意すると言った奴が反故にした」

「なんだそりゃ。じゃ、ネックレスもう渡すわ」


 え、え、え、と混乱するアルハに、ギルスナッドは自分の首から外した細身のネックレスをアルハに装着する。鎖が短く、アルハには確認できないが、それをみたマゼンダが血相を変えた。


「二角狼に炎の剣!?アルザの紋章じゃないですの!?何を考えているのですかギル!」


 ギルスナッドとライオットは周囲の注目を確認してから頷きあい、ギルスナッドは知らしめるように声を張った。


「アルハ・リューンは今日からアルハ・アルザ!俺の妹になった!俺は俺の妹を引き続きライオネル公爵令息ライオットに奉公に出す!」


「「ええええええ!??」」


 アルハとマゼンダの声が重なるもその音は二つに収まらず、会場が揺れた。

 公爵令息の拾った低爵位の侍女が、侯爵に等しい辺境伯家の養子となり、引き続き公爵家に属する。アルハに辺境伯と公爵の後ろ盾がついたと同時に政局から距離を置いたアルザ辺境伯家が第一王子陣営に与するに等しい宣言となった。

 この夜会を乗っ取る勢いの話題として周知させればアルハの身の安全に大きく繋がる牽制となる。結果は上々だなと顔を見合わせたギルスナッドとライオットの安堵を割くように第二王子ウィルオストの声が響いた。


「静粛に!陛下よりお言葉を賜っている!」


 視線の先の壇上で、アリスとローズが嘲るように笑っていた。

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