二つ重ねて
学園でショタに囲まれて数日経過したある日、フォルクスに呼び止められた。つんけんした態度の彼は呼び止めておきながら唸り、悩み、頭を掻きむしったかとおもったらアルハの腕を掴んで強引に空き教室に連れ込んだ。
「一体全体完全体なんですか、マイカルシネマさんでしたっけ」
「変なことはしない!誓う!これはそのっ…て無警戒だなおまえ。つかどう覚えたらそんなけったいな大間違いをやらかすんだよワグナーだフォルクス・ワグナー!」
「そう!それ!車の方でしたね!」
「はったおすぞテメェコラ!わけわかんねぇなもう!」
切羽詰まった雰囲気が霧散してほっとするアルハに、出鼻を挫かれたフォルクスは一息ついて改まる。
「おまえ何した?」
唐突すぎて意味の分からない問いに眉をしかめ顎が前に出てしまうのは仕方のないことではなかろうか。僅かに近づいた距離を離すように寄った眉間に人差し指を捻じ込まれ、アルハは痛みに呻いた。
「ライオネル家に入り込んだことに他意はないってギル様から聞いてる。けどな、なに考えて第一王子殿下に近づいてやがんだ」
「何もなにも、ライオット様もご存知のことですが殿下に気に入られてます」
「なんで!?おまえの魅力なんて顔は、いや、胸が…若干でかいか…?微妙だわ!なんなの?お偉方は変人嗜好なのか!?」
失礼なヤンキーだな、敬語どこ行ったよと思いながらもギルスナッドの侍従に無碍な真似はできない。正直に怖い。
フォルクスの実家はアルザ辺境伯の影響下にあるものの、ブルーム子爵家と懇意らしい。第二王子はウィルオスト・ブルーム・イフスエル。すなわちフォルクスのワグナー家は第二王子陣営に片足突っ込んでいる状態。ショタ討論会参加以降オルガイアの株が急上昇し、第一王子でありながら王位に消極的だった姿勢も最近になって翻しているので急にどうしたと周囲は騒然としているらしい。王位を譲られる可能性があるんじゃないかと少なからず期待していた第二王子陣営はてんやわんやなのだとか。
だからって第一王子陣営筆頭ライオネル家の嫡男ライオットの友人であるギルスナッドの侍従のフォルクスに情報を探らせるのは人選ミスも甚だしいだろう。フォルクスも自覚しているようだが、探るような器用な真似はできずに直球で聞きに来た有様だ。大丈夫か第二王子陣営。
「第一王子殿下が動いたのはおまえとの接触後ってのは噂半分だったが先日の殿下主催討論会で決定的になった。第一王子殿下を動かしたのはおまえだアルハ・リューン。殿下に取り入って実家を再興させたいとか?ライオネル家の嫁にでもしてもらうつもりか?わからんけどオレが親父に報告しても大丈夫な何か教えろ」
大丈夫か第二王子陣営。
王家なんてイラネ、と嫌味を言われてしょんぼりしていたオルガ殿下に、王室って長く続けば続くほどいいっすよ、王様ができた人間なら奇跡さえ起こせるっすよと皇室リスペクトを聞かせただけである。アルハとしては敵陣営にどういう情報を渡せばいいのかは判断つかないのでまずライオットに相談させてほしい。恐ろしいのは目の前のヤンキーだけではないのだ。
「持ち帰って上司の指示を仰ぎたいので後日でもよろしいでしょうか?」
「いや、それはだめだろ。ライオット様に相談するってことだろ!?ギル様にまで芋づる式にばれてクビになるわ!」
「いやいや、今日のことを相談するか報告するかの違いなので、どっちにしろギル様にばれるか否かはライオット様の御心次第です」
「まじかよ!」
黙っておく理由も配慮するほどの親密さもないのだから当たり前の話だろう。と、この世の終わりのように床に膝をついて頭を垂れるフォルクスにアルハは呆れる。それでも、どこかギルスナッドに似たこの侍従に悪感情は抱かなかった。怖くはあるが憎めない。こういう気質の輩は本当に生き易そうで羨ましい。
「ライオット様に情状酌量をお願いしてはみますけど、今件を知ったところでギル様は気にしないんじゃないですか?」
「ギル様にも情状酌量お願いしてくれお前の口から!頼むから上目遣いとか駆使して!頼むから!」
「人の魅力を扱き下ろしておいてその要求はあんまりじゃないですか。ふつうにお願いするぶんにはしてみますけど」
「まっじっで!頼む、頼むわ…」
フォルクスは一縷の望みに泣いて喜ぶ勢いでアルハの手を握ったそのとき、教室の扉が軽快に開け放たれた。
「おーい!フォ、ル…」
凝視される握りしめた手。この世の終わりのように青ざめたフォルクス。アルハは己の手から伝わる骨ばって固い男性の手の感触に気を取られていた。前世でも今世でも男性との接触がない生活だったのでなんだか感慨深い。唯一であるライオットとの接触中はそんな余裕はなかったのでことさら。
止まった空間に一人焦るフォルクスの手が震え、強まる圧にようやくアルハの目が覚める。
「ギル様。ワグナーさんがご実家から情報収集を命ぜられて困ってるみたいなんですけど」
「お、おう。あ?なに?」
「ワグナーさんが、スパイを命じられて、困ってるんですって」
血の気のないフォルクスが動揺のまま握りしめるので、アルハの手はミシミシと軋み痛みを訴えていた。しかし、切り捨てられるのを恐れる様子が他人事には思えないアルハは痛みを耐えたまま、なんでもないようにギルスナッドに端的に状況を説明する。ギルスナッドはアルハの顔と手に視線を往復させながらもアルハの言葉を理解しようと努めるがうまくいかないらしい。
「フォルが、スパイ?で、アルハを…どうしてんだ?」
「ワグナーさんが、父親であるワグナー子爵にオルガイア殿下の最近の様子を探るよう言われたみたいで私に事情を聴きに来ている、という」
「オルガイア殿下…あぁ、ライオットの従兄弟な。第一王子だっけか」
アルハが肯定すると、ギルスナッドは腕を組んで首を傾げた。どうやらというか案の定というか、ギルスナッドは政局に興味がなく情勢を理解していないらしい。ライオネル家が血縁であるオルガイア第一王子陣営ということは見当がつくものの、ワグナー家が第二王子陣営とは知らなかったようだ。
素朴な疑問としてギルスナッドの家であるアルザ辺境伯はどの陣営なのかアルハが問うも反対側に首を傾げるのみ。緊張から覚めたフォルクスがアルハの手を解放し、こめかみを押さえながらアルザ辺境伯家はどの王子が立太子しても構わない中立なのだと教えてくれた。ギルスナッドの無関心さにも納得である。
「ライオットの従兄弟な。あんのフワッとしてニコーッとしたやつだろ?あれがいずれ王になるってのはあんま実感わかねえわ」
「イフスエル王国は戦禍の世でなく治政の世ではないのですか?オルガイア殿下に相応しい王座だと思いますけど」
「…わりい。何言ってんのかよくわかんね」
「ギル様、リューン嬢は戦争中ではない平和な我が国にはあのフワッとしてニコーッとした第一王子がぴったりだと言っているんですよ」
ふーん、と気の抜けた声を零しながら理解しているのかしていないのか察しがたいギルスナッドに、アルハとフォルクスは本当に興味がないのだな、と納得した。
「んじゃ俺が聞くわ。アルハ、オルガイアだっけ?第一王子と仲いいのか?」
「ええ」
「なんで?」
「ええと。それはライオット様にどう答えていいのか聞いてみないと回答いたしかねます」
「ライオットに聞きゃいいの?んなら、聞きにいこーぜ。フォル!」
「ええー!?」
それでいいのか。軽すぎるギルスナッドに困惑しながらもホッとしているフォルクスを連れて、一行はライオットのもとへと。
「――で、ここにきたのか」
呆れ目をしかと受け止めた侍従二人と、おう!と軽い調子のギルスナッド。ライオットはアルハを見やり目を細めると、ギルスナッドに気安く話しだした。
敵対勢力の貴族に口撃を受けたオルガイアがライオットの寮室に逃げ込み泣いていたところ、気付いたアルハが迷い子だと勘違いして慰みに会話した。結果気に入られた。それはライオットの把握する事実そのままで、フォルクスもギルスナッドもぽかんとしている。まさかそれだけかと問う二人にライオットは頷くだけだ。
「要は話相手だ」
「一体何を話せばあの第一王子殿下が気に入るのですか?おべっかをつかう相手なんていくらでもいるでしょうに」
「それは私も把握していないが、問うつもりもない」
「ふーん。ライオットはフォルがこれを持ち帰ってもいいのか?」
「構わない」
「おー!よかったなフォル!」
「よかったです!ありがとうございます!!」
喜ぶ二人に温い目を向けるライオット。アルハの目も同じ様相をしていた。フォルクスが手土産にしたささやかな情報がワグナー子爵あるいは第二王子陣営を満足させる可能性など欠片もないだろう。
「フォルクスといったか。代わりと言ってはなんだがそちらの情報も提供してはくれないか。ギルスナッドとのよしみでフォルクス君さえよければ私と顔見知りという認識を持ってもらって構わないから」
「俺大したこと知らないですけどわかりました。あとはどういうことでしょうギル様」
「んー。俺とライオットの仲だろってことでフォルもライオットのダチ扱いでいいじゃん?みたいなもんか?」
「そんなところだ」
「公爵令息様とダチとかオレには畏れ多いですよ。えっと第二王子陣営はですね――――」
フォルクスは情報を脳みそから絞るように強く目を瞑り、自身が持つ第二陣営の情報を語った。
母親の爵位の低さによって大した期待もなかった第二王子陣営が王位への期待を持った理由。その全てはウィルオスト第二王子とローズ・ノルウェット公爵令嬢が親しくなったことから。現在十五歳であるローズ嬢は十二歳からの学院生活でウィルオスト殿下筆頭に粒ぞろいの令息たちと少女漫画のような恋愛劇を繰り広げているらしい。王手をかけているウィルオストにローズ公爵自らが接近したことで第二王子陣営は沸いた。低爵位の母であっても王家の血を持つ公爵家と縁を繋げれば、王位に興味のないほややかな第一王子のこと、ひょっとすればひょっとするかもしれないと。
「ローズ・ノルウェットってったらノルのことか。あいつウィルオストとくっついてんの?」
「相思相愛だという噂ですけどどうなんですかね。殿下は首ったけだそうですよ」
そんなにべらべら吐露して大丈夫なのかと心配するアルハを他所に、ギルスナッドがローズ嬢に反応したことで世間話のように内情が綴られていく。
「ギルスナッドもローズ嬢と親しくしていると聞いているが?」
「ダチだけど?おもしれえよあいつは。あー、そういやちょっとアルハに似てるわ」
「あのローズ嬢がこのリューン嬢に!?大丈夫ですかギル様!」
「フォルクス君はローズ嬢とは?」
「ギル様には申し訳ないすけど気に食わないですね。あいつオレに『あなたは対象じゃないわ』って言い放ったんすよ!?あんな典型的な女子はぶビッチ!オレの方からお断りっすよ!」
アルハは興奮のあまりヤンキー敬語になっているフォルクスにほほえましいものを感じながら、ビッチは今世でも通用する言葉なんだなと語源に首を傾げた。そしてフォルクスの言葉から察するにローズ嬢は乙女ゲー転生主人公なのだろう。彼女が前世の記憶と混同して妄想に生きているのか、今世が彼女の記憶に付随しているのか、アルハには検証する術はない。
「フォルクス君、ローズ嬢が王妃になる未来をどう思う」
「ウィルオスト殿下一人にきっちり定めて勤め上げるならいいんじゃないですかね。オレ個人としては気に食わないので歓迎しませんけど」
「フォルクス君。王位継承権第一位であるオルガイア殿下は今現在王位を望んでいる。それを覆そうということは国家反逆だということはわかるね。つまり、与する者は共犯者ということも」
下馬評じみた会話の、なんとなく立っているその立ち位置の危うさが、ライオットの言葉でじわじわと浮き彫りになる。さすがにフォルクスも理解できたらしく彼は再び青く染まった。
「ウィルオストは馬鹿ではないが、ローズ公爵という後ろ盾に踊る可能性は否定できない。が、彼が王位に就くということはすなわちオルガイア殿下が害されるということだ」
「あの、その、オレ、あの」
「オルガイア殿下の後ろ盾は我がライオネル家。私は殿下を生涯支え、守り、導く。その意味が?」
「わかります!ローズ嬢が王妃になる未来なんてないです!ハイ!ありえないです!」
「私はフォルクス君の立場もわかっているつもりだ。だから君が私と繋がっているという事実は君にとってとても良いことだろう。ありえない未来が実現することはないが、この件は私一人で預かる。心配はいらない」
「よくわかんないですけどありがとうございます!」
よくわからんのんかい。と、突っ込みたい衝動をアルハは下を向いてやり過ごした。上下関係の認識の速さと妙な素直さはやはりヤンキーだなと思う。関わったことはないけれどイメージ的に。
「ライ、俺にもわかるように言って」
拗ねたように口を挟んだギルスナッドにライオットは端的に説明した。
王位継承権一位のオルガイアを押し退けて王座に就く過程は犯罪ありき。つまり王座を狙うワグナー家が与する第二王子陣営は犯罪一味になる。無事王座を奪ったのならそれでいいだろうが、それを許すライオネル家そして嫡男ライオットではありませんよと。しかし、ワグナー家令息フォルクスがライオットと通じていたとなれば第一王子陣営の間諜でしたとして身の安全を図ることができる。第二王子が無事王座を奪った場合でも生き残れるように第一王子陣営の間諜だというこの計らいはライオット一人の胸に収めておくと。
これほど不器用な人物に対する好条件の二重間諜条件はないだろう。
「ワグナー家はアルザ家の配下だし、部下は俺が守るって言いたいとこだけど無理そうなん?」
「無理だろうな。表立って戦をするわけではない。反逆者一味として磔にされることを防ぐことも、磔にされたのを救うことも、アルザ家およびギルスナッドにできるとは思えない」
「そっか。フォル、ライオットに任せとけ」
「任せます。よろしくおねがいしますライオット様!」
「ああ、任された」
こうしてワグナー子爵令息フォルクスは第一王子陣営の二重間諜となりましたとさ。ちゃんちゃん、である。ギルスナッドとフォルクスを見送ってライオットとアルハが残った空間に、アルハの呟きは思いのほか響いた。それは今日何度も何度もよぎった一文。
「大丈夫か第二王子陣営…」
応援している訳ではないけれども。ついつい遠くを見てしまうアルハにライオットの目元が緩む。
「大丈夫ではないだろう。味方に無能を抱えることよりも役割に対し人選を誤ることの方がはるかに悪手である、という典型だな。私は御しやすい駒を手にし、ギルスナッドを縛る紐を一つ増やせた」
ギルスナッドを縛る紐というが、ギルスナッドはライオットに手綱を預けているように思えるアルハはただ黙す。ライオットは手でアルハを招き、従ったアルハの頭を撫でた。
「お手柄だな、アルハ」
ご褒美案件ですかと身構えるアルハの手をとって、ライオットは目を細めて囁く。
「この手はどうした?」
「未来に絶望をみた者は渾身の力を籠めて縋ります。その気持ちは知っていますから」
だから咎めないでくれと乗せた想いはライオットに無事届いたらしい。アルハの両手に散った赤い斑点は後日青みを帯びていくが、いずれ消えるもの。
「私のものに他人の痕跡があるのは気に食わないな」
「はい?え、ええ!?いっ!!」
斑点の多い方の手の甲を噛まれ血が滲んだ。血はすぐに止まる。赤い歯形もそのうち治る。痛みはやがて薄れる。それでも今この瞬間、赤に赤を重ねた醜い色の手をうっそりと見つめるライオットの仄暗い愉悦の表情は、いつまでもアルハの記憶に残り続けるだろう。
遅くなりました。色々寄り道していてすみません。




