贈り答える
「セレネアおはよ」
「アルハ様おはようございます!」
セレネアの蟠りも解け、一緒に出掛けた効果もあってアルハとセレネアの親密度が上がった。アルハとしてはタメ語呼び捨てに応じるにあたりセレネアにもそうしてほしいのだが、なにやらどうしても無理らしい。二人で唸っていると見かねたライオットがアルハに慣れろと命令し、アルハは受け入れざるをえなくなってしまった。すっかり頭から抜け落ちていた外出時の購入物については、屋台の食べ歩きを始めたあたりでセレネアが懇意の店に配送を頼んでくれていたらしい。ライオットの時間が取れる昼にお披露目しようとそれぞれの役目に奔走した。
ライオットに昼食を寮室でとってもらいながらセレネアとアルハは購入物を床に広げていく。無地の絹のハンカチ数枚に色とりどりの刺繍糸と刺繍枠に指南書、セレネアと使う予定の華美でない実用的な刺繍箱、多面体の水晶。並べながらアルハは袋から出した一つをそっとライオットの机の端に乗せる。
「あの、ライオット様に使っていただきたいのですが」
水流を象った流麗なインク壺。ライオットは食事の手を止めて手に取り、ふっと目元を緩めた。どうやら受け取ってくれるらしい。張り合うようにセレネアが小箱をアルハに差し出した。
「セレネアからもアルハ様に贈るのです!」
正直そんな気はしていたけれど、改めて差し出されるとアルハははしたなく喜色に染まってしまう。ずいと伸ばされた腕の先の繊細な小箱を震える手を叱咤しながら受け取って精一杯の笑顔で謝意を伝えると、セレネアも幸せそうに笑った。
「入れたいものがあったら入れてみてほしいのです!」
小箱には薄紫色の光沢ある小さな座布団が敷かれていて受入体制万全でセレネアの言葉も相まって急かしているように思える。アルハは一言断って使用人部屋の収納棚から大事な物を取り出してきて、呆気にとられるライオットの前で小箱に収めた。そんなもの入れてどうする、と呆れた言葉は慈しむように小箱を眺めるアルハには届かない。セレネアは全てわかったうえで用意したのだろう何度も頷いて満足そうにしている。そんなアルハとセレネアの二人を見ているとライオットにも自分の拙い失敗作の試作品が何か別の貴い物に思えてくるのだから面映ゆく、緩む口元を悟られぬよう手で隠した。
「セレネア、本当にありがとう!大事にする」
「どういたしましてなのです!そういえばお楽しみを知りたいのですがよろしいですか?」
「ああ、水晶玉!これセレネアに贈ろうと思ってたの」
吃驚するセレネア。嬉しそうではあるが、戸惑ってもいる。そら卵サイズの水晶玉のペンダントなんてどうしたらいいかわからないよね、とアルハは苦笑いした。アルハは水晶玉についた鎖の引き抜き、引き輪をヒートンに通す。ダウジングでもするんですかといった状態のそれを窓の方に持っていく。すると真昼の強い日差しは水晶に吸い込まれ、カッティングされた表面や内部の亀裂が多方面に陽光を弾き飛ばした。
思惑通りの現象にアルハは心中でガッツポーズだ。
「これは…」
「ふわあ!とても、とても、きれいなのです…っ!」
ライオットに相応しいしっとりと落ち着きのある寮室にちりばめられた小さな虹の欠片。アルハが鎖を撚ると虹色の煌めきが部屋を巡り、より幻想的な光景を生み出した。
「サンキャッチャーです。実用的な物じゃないし、使用人部屋なら私も楽しめちゃうからずるいとは思ったんだけど」
「さんきゃっちゃー…」
「サンが太陽、キャッチャーが掴むっていう意味の英語で」
「えいご…」
「イギリス発端の白人種の主な言語ですね。世界で一番共用語に近い言語です」
「いぎりす、世界の、共用語…?」
「はっ!すいません忘れてください!」
光に魅せられながらの浮ついた会話で余計なことを口走ってしまったことに気付いてアルハは慌てて取り繕う。ライオットは心非ずな状態で半ば譫言のように単語をおうむ返しにしていた。アルハの取り繕いでようやく我に返るもこれは魔術か何かなのかと問うので、アルハは単なる光の屈折なことや光を構成する可視光線である七色が反射の過程でずれて映し出されるといった不確かで曖昧な解説を披露する羽目に。
一方、セレネアは感動に震えながらずっと小さな虹達を眺めていた。
学院生活も二ヶ月経過し、恙無く日々は過ぎている。誘拐事件は誘拐というより放火に重きを置いていて、犯人達は処罰されたものの黒幕は追求されず終いだった。いつの世も何処の世も権力者は法に囚われないらしい。まぁそうだよね、とそんな気はしていた。
権力のやるせなさをしみじみと感じつつ、アルハは学園舎でショタを眺めている。ローズ嬢の侍女アリスとの対峙を終えたあの日に殿下が連れていただろう面子が議論を戦わせていた。ふわっふわのきらきらおーらを振りまいている天使が物陰から窺うアルハに気付き論戦に水を差さないよう仕草で呼び寄せるも、興奮の最中にある論戦者以外の取り巻きは王太子に呼び寄せられた侍女に不審な目を向ける。
「アルハ、これあげるね」
渡された紙にはかわいらしくかつ読みやすく幾人かの家の属する陣営や相関図が記されていた。難しい単語はまだわからないので読めない部分が多いが、とりあえず論戦を観戦しようと耳を傾けることにした。
「なぁ、誇りで飯が食えるか?民衆の支持で金が産まれるか?貴族は貴族だ。そこに誇りも矜持も必要ないね」
「なんだと!?領民の暮らしがあって俺たちは糧を得ているんだ。民を尊重しなくて何が領主か、貴族か!」
「そもそも君のとこは慕われているけど民衆に選ばれたわけではないからね。一度根底から見直すべきだと思うよ。誰に従うかを選ぶ権利が誰にでもあるはずだ」
「そんな権利があるなら従わせる方も従うやつを選ぶ権利があるんじゃないか?オレのとこのゴミを引き取ってくれよ。オレは塵芥に等しい役立たずはいらない」
「爵位がなくとも同価値の人間だぞ!?ユユギ!貴様その言い草はひどすぎる!」
「同価値なものか。オレの親がくたばる損失と破落戸が一人減る損失は等しくない」
「極論だね。ユユギの親が死んだって次に誰かがその席に座るだけだと思うけど?」
「誰にでも座れるような椅子に座っているつもりはないね」
「それは!貴族の!誇り!?」
「エンシュロンは叫ばないで。ユユギ、民衆は民衆という型通りの人形じゃない。素質あるものはいくらでもいるんだよ」
物陰から窺っていた時から思ってはいたが、オルガ殿下の天使っぷりな佇まいと議論が合ってない。ついでに小学生の中から高学年にかけてのまだあどけない少年たちと飛び交う論が合っていない。率直に違和感がすごかった。
「な、なにを話し合っているんです?」
「あのね、議題は『貴族と王室の役割と意義』だったんだけどね、ディとエロンとユユギはいっつもこうなっちゃうんだよ」
殿下、天使具合と単語が合っていません。アルハは口には出さず眉尻を下げ、しばらくお決まりだという言い合いを聞いていると、天使が突然お告げを下してきた。アルハはどう思う?と。ぎょっと向けられる四方八方からの視線にアルハもぎょっとする。背丈も年齢も性別もこの場から浮いているというのに視線に祭り上げられてしまった。
「女に政治の話はできないだろう?殿下がそんな冗談で人を晒すとはめずらしいね」
女が政治の話から遠ざかるのは不毛だからだとアルハは思う。どうにもならない誰かが勝手に動かしている遠いお上の愚痴を言うより、どうにもならないにしても近場すぎる隣人の愚痴を吐きたいのが女というものなのではないだろうか。それに…。
「アルハ、ぼくがゆるすから自由に話してみて?」
オルガ殿下の言葉に戸惑い、そんなきらきらした瞳を向けられてもご満足いただける言葉は到底吐けませんよと視線を逸らすも、周囲の無遠慮な注目に逃げられないことを悟ってアルハは仕方なく口を開く。
「女性が、政治の話から逃げるのは賢明だと思います。不毛なので」
「?」
「貴族の女性が家督を継ぐことはめったにありませんよね。家単位で立場ががらりと変わるこの世界において、指定されるまま嫁ぐ未来が大抵である女性が独自の見解・慧眼をもって主張を始めると家庭の火種にしかなりません。父に夫に追従を求められる女性には、未来を切り開く力より与えられた環境に適応して生きていく力が求められるのですから」
ふむ、と考え込む幾人かと、生意気な女だな、言い訳だなと嘲る小声が人込みに澱む。
「殿下が目にかけるだけの思考能力はあるようだな。で?」
で、とは。首を傾げるアルハに、三人のお決まり議論についてだよとオルガイアがにっこりと告げた。ディさんとエロンさんとユユギさんのお決まりパターンを打破しろとは無茶ぶりすぎやしませんかね、と半目になりつつアルハはしばらく茫洋としてから言葉を紡ぐ。
「御三方は領地を持つ貴族、ということですよね」
それぞれ是を表する三人にアルハは問いを重ねる。
「御三方は領主として第一に必要なものがなにか、ということに重きを置き交わらぬと反発しているように見受けられます。…御三方は競技としてのかけっこに必要なものは何だと思いますか?」
かけっこ?唐突に出てきた単語に戸惑う少年らにアルハは異世界用語だったかなと不安に思うも、天の御使いが挙手と共に元気よく答えてくれた。
「はい!はやく目標地点に到着すること!できればいちばんに!」
「オルちゃ…オルガ殿下、その通りでございます。競う理由の有無、出場の背景、意気込み、狙う順位は走者によって違うでしょうが、走者は一様に出発地点から目標地点まで到達しなければならない」
おかしい。なんか友人三人衆も周囲も聞き耳を立てている気がするのだけど。と、動揺しながら続ける。
「領主とは国より預かった領地を治め課せられた税を納めるものと考えるとします。すると、誰に選ばれたとか、誇りとか矜持とか、関係なくないですか?領主はただ領地が国の領地であるよう、領民が従順に税を納めるよう取り計らえば目標地点に到達しているといえるのですから」
かけっこするのに『俺、一番になったらあの子に告白するんだ…』とか『出場できなかったあいつのためにオレは走るんだ!浮ついた奴はすっこんでろ!』やら『何言ってんだ!かけっこは自分の力を試す場だろ!』と言い争いをしているとしよう。外野は『いいからはよ走れや』と思うのではないだろうか。
三人はあんぐりと口を開けて、しばらくしてわなわなと震え、顔を真っ赤にした一人が叫んだ。
「俺たちの話は!無駄!?」
「そういうことになりますね。不満ではありますが」
「いや、役割だけ果たせば構わないというなら殿下の討論会の過半は無駄な議題になるぞ」
混乱する周囲と三人に、切って捨てただけになったアルハは慌てて言い募る。
「ししし資料を拝見し、御三方の意見を拝聴するに、『民意反映』『貴族尊重』『自己保身』の三竦みのように思えるのですが、対立するような必要性を感じなかったといいますか!かけっこは前置きといいますか!」
民意を募ることは行政の視野を広げられ反映することで叛意を押さえられるが、民衆の要求が強くなり場合によっては叛意を煽る。貴族尊重による自尊心と矜持はうまく働けば自制心と勤勉さを生み民衆から一目置かれるが、領民との意識乖離による叛意の増長や汚職を生み出しやすい。自己保身は安定した領地管理が望めるが、経済の停滞や汚職や他国からの唆しに弱い。
アルハがやけくそながら語ると三人は今度は各々頭を抱えだした。
「僕が民主化推すのって、民意が強すぎてもううんざりだからなんですよ…もういいから、自分らでぜんぶやってって感じでほんと面倒で跡継ぎたくない…」
「親戚の腐敗が許せないけど公にするわけにもいかず…領民から慕われていないから、従わせている領民に領主の弱みを見せるわけにいかないから…」
「親父めっちゃ母上の国の人に唆されてる…領地収入年々減ってる…」
だから話し合えばいい。歩幅を合わせよう姿勢を揃えようではなく、それぞれの利点と特色とを把握して自領と照らし合わせて自領に必要な情報を取り入れ役立てればいいのではないでしょうか。と締めると一人が突っ伏して大きく息を吐いた。
「なるほどね。お互いの意見を一旦飲み込んだ建設的な議論なんてできてなかったわけだなオレたちは。見知らぬ食材を食わず嫌いして皿の端に避けてただけってことかよ…ガキすぎる…」
いや、ガキな年齢ですよおかしくないです普通ですとは口に出せない。彼らは彼らなりに貴族令息としてこの学園にいるのだという自負があるのだろう。
「ねぇ、俺のとこ民意なんて表立って聞くような真似できないんだけどどうしよ…」
「表立ちすぎると僕のとこみたいにつけあがりますよ…」
「あ、ボクの父上は平民上がりの手の者を酒場なんかに飲みに行かせてるよー」
「ワタシの兄上は出来高の高いところと低いところに視察に行きますね」
「なにそれ詳しく…」
ぐったりとした三人はぐったりなりにのろのろと周囲の者を加えた自領の悩み解決相談室を相談者として開催しはじめた。思いっきり趣旨がずれている気がするのだけれどいいのだろうか。困惑の顔を向けたアルハをオルガイアはぺかーっと笑顔で労った。
「アルハ!みんななかよくなったね!すごいすごい!」
いいらしい。純粋無垢な天使殿下はわーいみんな仲良しー!という笑顔できらきらを振りまいているが、一瞬細められた眼差しの穏やかな柔らかさは天使というより神だった。
誤字報告ありがたく頂戴しています。本当に助かってますありがとうございます。




