尋ね問う
「スカイラーラ姫は王女だよ!?」
「はいい!?」
尋問らしい空気もなくお互いに叫んだところでコンラードは咳払いをし、今日一日のアルハの行動を調書にすべく聞き取りを開始した。
ライオネル家の侍女と一緒に街に買い物に繰り出し、その後帰る際に馬車が遅れていたこと。馬車がようやくきたと思ったら立ち位置の関係でアルハが攫われたこと。大人しくしていたら乱暴な扱いはされず、他二人より拘束が甘かったこと。
そして、彼女たちがこの世を創作物の世界だと思い込んでいること。この説明はどう伝えたら伝わりやすいかとアルハは頭を抱えた。
「この世界が創作された物語だなんて到底信じられないな…」
「でしょうね。私もあ、頭おかしいんだなって思いましたし。でも侍女の方の口ぶりだと妄想の根源はノルウェット嬢みたいです」
「ノルウェット・ローズ公爵令嬢か。なぜ公爵家がスカイラーラ王女を貶めるような発言を…」
「そういえば、彼女達はウィルオスト第二王子殿下と成婚し王座を取__」
「待って!!!!」
あまりにも大きな声に吃驚したアルハがコンラードをみやると真青になっていた。コンラードのペンを持つ手は震え、逆の手で頭を抱える。わなわなと目を泳がす彼をアルハは見守ることしかできない。
「アルハ、それは、口に出すだけで国家反逆罪になりうる、大罪だ」
万が一にも、自分の意思でなくても、口に出してはいけない。そう咎められてアルハは頷いた。
「誰にも話してないね?」
「今、コンラード様にお話ししただけです。でもライオット様には時間をいただいて話すつもりです」
「なぜか聞いても?」
「彼女たちは私との応酬の中で明確かつ直接的な言葉でオルガイア殿下を貶しました。オルガイア殿下の後見であるライオネル家の嫡男としてライオット様は把握しておく必要があると思います」
それはそうだね。と、ついにペンを落として両手で額を抱えるコンラード。なんだか派出所のお巡りさんが国際テログループと対峙させられているようだ。
「彼女たちの妄想では三人の女性が主人公として設定され、そのうちの一人が幸せを掴むとあとの二人は人生の奈落に落ちることになっています」
「その三人はアルハ、ローズ公爵令嬢、スカイラーラ王女だというんだね」
「おそらくは」
あれだけ目の敵にされ、敵意と言葉をぶつけられたらアルハも三択の一人なのだと察するに難くない。
「アルハと一緒にいたライオットの侍女にも話を聞きたいんだけど名前は?」
「言えません」
きっぱりとした拒絶にコンラードは首をかしげる。アルハの情報はローズ公爵令嬢への嫌疑とスカイラーラ王女という可能性を示唆するのみで、連れの侍女を隠し立てる理由がないからだ。
一方、アルハは思い出したセレネアとの記憶から、彼女が表舞台で注目されることを厭う立場にあると思い至り、ライオットの懇意の友人とはいえみだりに晒すべきではないと判断した。
話せ、言えない、の押し問答を繰り返し、アルハが言えない、をライオットに聞いてくれと変更したことでコンラードも引き下がる。
「君のことだからわかっているとは思うけど、君とローズ嬢らとの扱いの差があったのは救出隊の面々が目撃している。それは君にとって不利な状況を生むだろう。公私の私としては君を疑う気持ちはないが、外野はそうはいかない。それだけは留意しておいてくれ」
聴取を終え、簡単な食事と清拭をさせてもらい客室に泊まらせてもらった。寝具はやはりライオネル家のものが一番だな、と失礼な感想を抱きつつアルハの意識は霧散していった。
二日後、朝食に招かれ腹ごしらえを終えた後にライオット達が仕事を終えたからと馬車を手配され学院の寮室に送られた。他人の領域でガチガチに凝り固まった精神と身体を引きずっていると、己の居場所を無意識に定めていたことを自認させられなんとなしに頬が緩む。かと思えばライオットやセレネアに何を言われるのか、どんな反応をされるのかといった不安も襲ってくる。寮室が近くなればなるほど抜き足差し足忍び足になっていく。ついに辿り着いてしまった扉の前でまごついているとガチャリとドアノブが回った。一呼吸おいてそうっと開いていくその隙間からゼロ距離でライオットがぬんとアルハを見下ろしていた。
「何故入ってこない」
そっちエアコンついてますか、と問いたくなるほどの寒気を感じたアルハの足元からびびびっと痺れが走り、冷や汗が背を伝う。
「こ、この、たびは、ま、またしても、大変なご迷惑をおかけして…しまって…」
ライオットを仰ぎ見ながら左に右に逃げる視線が、尻すぼみになる言葉と共にしゅんと項垂れていく。そんなアルハにライオットは溜息一つ零して室内に入るよう命じた。ライオットの外界を遮った寮室には部屋の主の他にセレネアとセバスト、黒髪で褐色肌の姉弟、あといくつか気配がある。アルハがキッツ家で行った調書の写しをライオットに渡すと、ライオットはすぐに筒状に丸められた調書の封蝋を解いて一瞥し口元を緩め、アルハの頭をぽんぽんと軽くたたいてから二列に向かい合った一行の手前の隙間にアルハを残し奥を繋いだ。
「紹介は省く。開示する情報を己が陣営へ持ち帰ってくれ。
まず、オルガイア殿下はカクタス伯爵、ブルーム子爵、マッカーレ侯爵、アゲンスト子爵の子息と親交深めおそらく取り込んでいることを知らせておく。そして、第二王子ウィルオストにマッカーレ侯爵ローズ公爵他数名が接触。ローズ公爵令嬢が全王子へ接近、陛下と宰相が目をかけている王太子側近候補への接触と交友を開始している。今回のローズ公爵令嬢含む三名の誘拐だが犯人達はスーヴェ公爵領の破落戸と判明。使った屋敷もその親類の所有であった。繋ぎは孤児のアリス、ローズ公爵令嬢の侍女だ。帰結としてローズ公爵家の仕業だろう。
さらに、今回巻き込まれた私の部下によると、ローズ公爵令嬢はこのアルハとスカイラーラ王女に敵意があるとのことだ。犯人達は無抵抗に徹したこれの扱いに差をつけた。今件をライオネル家に押し付けさせながらも、スカイラーラ王女が今件の黒幕だと叫んでいたらしい。…ローズ公爵令嬢はこの世界と自身を物語の一部と考え第二王子殿下と共に反逆を望んでいると。注視しておくが各自判断は任せる。ローズ公爵家とみるかローズ公爵令嬢とみるかの差は大きい。
と、こんなところだ」
ライオットが語り終えると見えない気配は霧散し、アルハの見知らぬ人は黒髪褐色姉弟のみとなる。その姉弟もライオットに目配せするとさっさと出て行ってしまった。部屋にライオット、セレネア、セバスト、アルハと見知った人のみとなってようやくアルハの肩から力が抜けた。正直ライオットの口にしていた情報は右から左を通ったのちどこかへ旅立っている。
呆けているとアルハをライオットが呼ぶ。あたふたと応じるとライオットはアルハの視線をセレネアへと弾いた。セレネアはセバストを盾に身を隠しながら気落ちした様子でアルハを伺っている。
「何か言ってやれ。あれでは使い物にならない」
と言われても、セレネアが何故気落ちしているのかアルハには見当がつかないのだ。とりあえずセレネアとの過去を思い出したことを伝えてみると、セレネアのみならずライオットもセバストも揃って驚きの目を向けてきた。詳しく話すと三者三様に考え込んでいる。
セレネアの使った術は優れた諜報員がよく使うもので、よっぽどの激情が絡まない限りそうそう復古するものではないという。考え込んだが結局各々の見解ははぐらかされた。懸念しているものと全く違う話題に気を取られたからか、セレネアはおずおずとアルハに問う。
「セレネアはアルハ様を助けずに犯人の追跡に向かいました。それをアルハ様は咎めないのですか?」
「は、へ、あぁ。そもそも自力で逃げだせそうと思っていたし、私のことなんてああいった事態の際は捨ておくべきでしょう。セレネアさんがセレネアさんの役目を果たすことに、その、咎めたいとかそんな偉そうなこと思うわけも言うわけもないです」
怖かったかというならそりゃあ一息ついたら生まれたての小鹿のように震える程度には怖かった。助けてほしかったかというならば助けてほしかったかもしれない。それでも、恨み辛みがあるかと問われるなら答えは否なのだ。そもそも今件において誘拐監禁という物騒な単語の割にそれほど酷い目にあったわけでもない。
「でも、そうですね。今後拷問やらいっそ殺せ的な窮地に陥った際にはどうにかしていただければ幸いです」
「「そんな目には遭わせません!」」
えらい剣幕で爺と孫のコンビが声を張ったことにびくついていると、ライオットが長く息を吐いた。
「コンラードにセレネアのことを伏せたのは賢明だった」
「あ、りがとうございます」
「察した結果だと思うが再度伝えておく。セバストとセレネアはライオネル家のカゲ、諜報員だ。故に姿も名前も明言は避けろ」
対応と推測に太鼓判を押されてしまいなんだか気恥ずかしいアルハに、ライオットは解散を告げる。そこでアルハは待ったをかけた。
先日、ローズ公爵令嬢の侍女アリスとひと悶着有ったこと。調書に記載されていないオルガ殿下への暴言、アルハに対する見当違いな警戒と、薬中、無知、お子様脳という不明瞭なキーワード。誘拐の際の悪漢共の人違い発言に本気か否かローズ公爵令嬢によるアルハ犯人疑惑発言。ライオットは覚束ないアルハの言葉をじっと聞いていた。そして、すべて聞き終えて一つだけ解を示した。
「君は幼少期より精神に作用する悪薬を嗅がされて育っている」
「へ!?」
「彼女らの妄言は薬漬けが成功した状態を指しているのかもな。何故その情報を持っているのか疑問ではあるが」
前世。アルハのなかでカチリと嵌った。アルハ・リューンというヒロインはきっと、擁護欲をさそう天真爛漫さとあどけなさを武器に対象者を攻略していくのだ。幼少期で停止した精神は貴族社会でささくれた少年達の殻を剥がし、無垢に対する安心感と生い立ちの同情に加え背徳感を誘う同年代の身体が彼らを籠絡していくのだ。
見た目は少女、頭脳は幼女、それを操るプレイヤー。我ながら恐ろしいがそんなアルハ・リューンはこの世には存在しない。
「私はなぜ思い出したのでしょうか。本来の私はどこへ…」
「可能性の一つを本来と定めてどうする。企みに嵌らなかった現状に故を求めることは有意義でも、自己否定に走るなら無駄だ」
悪薬を退け、実父から逃げ、ライオットに膝を折った。誰の推測から外れようが、己は己であることに変わりはないと。淡々と紡がれる言葉は遺跡を掘り起こすように不要な土塊を削ぎ落としていく。そこに気遣いなど感じられないのに優しいなと思ってしまうのは何故か。その故もアルハは求めてはならないような気がした。
「さて、褒美を与える」
首元を緩めながらの唐突な発言にえ、やらまさか、やら反応する暇もなく迫られあっというまにベッドに組み敷かれる。
「ちょっ!セレネアさんとセバストさんが!」
「とうに消えた」
「うえっ!?」
「与える」
「えっと…」
「受け取れ」
「…はい」
首筋や唇を食み、口内を舐りながら胸を弄る掌がアルハを温く甘い沼に沈めていく。初回以降は言語を発することのないただ熱に耽るだけの行為に、珍しくライオットが言葉を零した。
「主人公になどなれるものか」
__お前はすでに僕のものなのだから
互いに荒くなる呼吸。汗ばんだ衣服を脱ぎ捨てたい衝動は片手で絡め取られた両手に押さえられ、触れられない場所を含めた身体中が熱く燻されていく。
しかし、それは突然終わった。
ライオットは身体中から情欲と色気を奔出させながらもアルハから離れ、アルハは火照った心身を持て余しながらライオットを潤んだ目で見やる。焼きつくように映ったのはしてやったりの悪戯な微笑みを浮かべた灰菫髪の美少年。
絞りきるような痛みに胸を押さえた。カラカラになった心臓が少し膨らみを取り戻すとアルハは清々しく笑んだ。
主人公にはなれそうもない。
セバストに見つかると面d ry
ライオットさんのつらつら報告は右から左で大丈夫です。




