外に出ると
社交辞令というのをご存知でしょうか。今度あれしようぜこれしようぜと約束はするもののそれは真なる約束に非ず。挨拶を交わすがごとく行われる不義の契り。嬉しいけど、気を使うし、本気なの、どこまで踏み込んで大丈夫ですかとコミュ力の低き者の精神をごりごり削る強者の罠。
正直、懐かれ具合を鑑みて期待はしていました。先輩なのに後輩である私を様付けしたうえで私からの敬語は不要だとのたまう。いつもとても親切。しかし傷つくのが嫌なので深く考えないようにしていました。疑ってごめんなさい。まことに申し訳ございませんでした。
心中で独白謝罪会見をしつつアルハは揺れる馬車の中の隣人を盗み見た。ふんわりボブの華奢な少女はセレネアに違いない。特筆すべき白銀の髪がありふれた茶髪でなければ。肌は一般的白人種の薄桃色でアルビノ特有の無機質さはないものの、色々尋ねていいのか測りかねている。
「馬車に酔ってしまわれましたか?」
「いえ、あの、あのですね、日光とか大丈夫ですか?」
「おっと敬語がでていますよ!」
アルビノは日光に弱いと聞いたことがある。回りくどく心配するとようやく合点がいったようだった。セレネアはそこまで日光に弱くありませんよと、今日は変装してるのでこんな色ですが変ですかと身体を右へ左へ傾けながらアルハの様子を伺ってくる。それが本当に小動物みたいで可愛らしいのだ。既視感がある。そうそれはまるで
「オコジョさん…」
白くとも茶色くとも変わらない愛くるしさに胸を押さえつつ呟くと、きらきらとセレネアの瞳が輝いた。
「そうなのです!おこじょさんでセレニアなのです!」
なんだか既視感。アルハの惑いを感じ取ったセレネアは湧き上がるような感動をその笑みに乗せた。馬車が止まり、降りれば王城のお膝下、歩行者天国な商業区表通り。今日はセレネアとお買い物にきたのだ。
「セレネアさんは何を買う予定ですか?」
「むふふっ!セレネアは大事な方への贈り物を探しに来たのです!ライオット様からお金もいただいておりますのでアルハ様も色々買って回るのです!」
お世話になりっぱなしの身なので結構です、というアルハの辞退は受け入れられなかった。セレネア曰く物欲のないライオットに市井の物品を触れさせるセバストの作戦指示なのだとか。
幾何学模様を描く石畳に白壁の店が連なる。日除けを張った店先やガラス窓から覗くだけでも心が躍ったが、主に雑貨が異世界文化すぎて夢中になって眺めた。革張りの日記帳、蔦の生えたガラスペン、インク壺一つとってもデザインが凝ってて飽きない。前世でもオタク心や乙女心をくすぐるアンティーク調雑貨はあったけれど、それがグレードアップして満ち満ちているのだ。アルハはもはや店内を眺めるだけで至福を感じていた。
「アルハ様はこういった雑貨がお好きなのですか?」
「え、はい。なんか夢と浪漫を感じるから好きで、す、すごく好み」
「では、これはどう思います?」
濃紺の天鵞絨生地を燻した青銅色の金属と革細工が飾り、正面と天面が無色透明のガラスになっている小箱をセレネアが差し出すと、アルハは思わず魅入ってしまった。ちんまりした猫足のついた小箱自体の魅力はもちろんだが、これにアレをいれたら思う存分眺められる、と。もちろんセレネアは計算ずくで勧めているのだが。
「…ヤバいこれちょっと語彙力が足りない。とにかくすごく素敵だと思う」
「むふふ、よかったのです」
値札の桁の長さを見てさりげなく戻すも、セレネアはひょいとカウンターに持っていく。どうやらセレネアが購入するらしい。セレネアが大事な方への贈り物と言っていたのでアルハもそれに習うことにする。安価で負担にならないような備品か消耗品がいいだろうかと趣向を凝らしたインク壺を物色していると脇に置いてあるガラスペンに目が行ってしまった。ペンの背にミラーボールのような多面体のガラスがくっついている。ガラスペンとしては好みではないが、その丸い多面体が反射する光がとてもきれいで。
「かわいいガラスペンなのです。買いますか?」
「ううん。この丸い部分だけ気になっただけなの、で、大丈夫」
二件目三件目と店を周り、二人で刺繍をしようと絹のハンカチや糸を選んだり、手作り一点ものの誘惑によって濃淡を使い分けた爽やかな青い水流模様の丸胴に躍動的な水流を象った筆置きとしても機能しそうな蓋のガラスのインク壺を購入したり。
大通りを進むと広場にでて、そこには路上販売者が敷き布に商品を並べていた。前世の懐かしさもあってつい覗いてしまう。路上販売といえばアルハは怪しい兄ちゃんによるシルバーアクセのイメージが強いのだが、ここでは店を持てない見習いや地方からの腕試しなどが許可をとって風呂敷を広げるらしく小さなガラス細工や貴金属、髪留め、絵画など一点集中の多様な品が並べられている。見て回っていると半貴石を扱う者なのか、敷き布の隅で拙いながらも多面にカッティングされた水晶と思わしき鶏卵ほどの珠が転がっているのに目を奪われてしまった。
「おー嬢ちゃん見てってくれ。オレァまだ半人前だから安くするよ!これから腕上げて名ぁ上げる職人の過去作になっから投資と思って買ってくれや!」
調子のいい販売人のお兄さんに愛想笑いをしながら水晶玉を眺める。カットは粗めで均整ではないが中には亀裂が入っていてアルハの琴線に触れた。
「これ、チェーンを通せるような金具がつけられたりしますか?」
「おー任せぇ、ヒートンつけたるわ待っとって」
「アルハ様はこの丸いのをペンダントにするのです?」
「違うよ。これは後でのお楽しみです」
「それは楽しみですー」
幸い高価ではなく、首に通すための丸革紐も一緒に購入し、あとは屋台で買い食いをしながら来た道を戻り馬車を待った。
今日の買い物でセレネアとアルハは何を話したのか忘れるほど他愛のない話をした。互いの服装を誉めちぎり、雑貨をみては品評し、あれはこれはと歩き回り、買い食いする串やパンの感想を言い合う。あぁともだちだなぁとアルハは内側からじわじわする胸に手を添えた。最後くらいは勇気を出してみてもいいはず。
「セレネアさんは私の一番の友達で、だね!」
「光栄です!嬉しいのです!」
締まらなかったが受け入れてもらえたので無問題とした。アルハにとって初めての街歩きだった今日、もしかしたらもしかして何か事件が起こったり巻き込まれたりするやもしれぬとやや夢見がちな不安のような期待のような気持ちも抱いていたが、凡人の人生は凡庸である。今日という一大イベントはあとは馬車に乗って帰るのみだ。
「ふむ。馬車が遅れているのです」
アルハが妙な心境を内心描いたことも、セレネアの何気ない言葉も、きっとフラグだったのだろう。ロータリーに近づいてきた馬車に近寄ったアルハが違和感を覚えて身を引く前に、伸びてきた汚い腕が半歩後ろのセレネアに伸びた。遅速効果もないリアルな一瞬の逡巡。アルハはそっとセレネアを押し退けることしかできなかった。
「くそっ!アルハ・リューンを捕まえ損ねた!」
捕まったアルハとしては心外な悔やみが聞こえてくるが、それより衝撃的なものが馬車内に転がっている。女子の理想を追求した外見的女子力の権化と、先日アルハを薬中呼ばわりした言いがかりマンと思わしき少女二名が布を噛まされて縛られて転がっていた。アルハに気付いたのかふごふご呻きながら睨みつけ、芋虫のような姿で釣った魚のように暴れている。彼女らのように拘束されるのは仕方がないが、できればご遠慮いただきたいので大人しく隅で体育座りをするとそのまま捨て置いてくれた。
手持無沙汰なので乱れた髪の枝毛除去作業に専念することにしたアルハだが、指でちぎっていては意味のない行為である。
「どうするんだ!余分な嬢ちゃんは放り捨てるか!?」
「いや、アルハ・リューンと一緒にいたってことはライオネル家の侍女だろう。代わりの人質ということにしておこうや」
アルハ・リューンは私ですけど、と名乗り出ようか髪を千切りながら迷っているうちに中流居住区の屋敷の一つに連れ込まれ、広い物置に突っ込まれてしまった。芋虫二匹ほどではないがアルハの手足も結ばれ、柱に繋がれている。縛った少女三人に抗う術はないとみたのか見張りは室外に立てたらしい。色々と雑すぎるのは気のせいだろうか。
状況を把握するためアルハは己の手縄を解き二匹の芋虫の噛ませ布を取ってやると、どちらともなく喚きだした。
「正直に答えなさい!貴女の仕業なの!?」
「アンタお嬢様をどうするつもり!」
アルハはとりあえず布を噛ませ直して一息つく。自分は奴隷売買という大罪を犯した男爵家の娘ではあるが、世俗からも悪事からも隔離されていたある意味箱入り娘深窓の令嬢の類である。なぜアクティブに悪事を引き起こすと思われているのか甚だ疑問だ。
「私はこの誘拐事件に関与していません。冷静に状況を打破する気があるなら布を取りますがどうしますか」
問いかけたものの、布轡でふごふごでは通じるはずもないなとしばらく暴れる芋虫を眺めるしかなかった。彼女らが暴れ疲れてぐったりとした頃合いで再度問うと首を縦に振るので布をはずしてやる。
「貴女でないならスカイラーラだわ。このイベントの黒幕は三択だもの」
「これは催し物なのですか」
「アンタはノルウェット様と同じなのでしょう!なにしらばっくれてるの!?」
「アリス静かに」
「すみません!」
スカイラーラって誰だろうと首を傾げながら、アルハはとりあえずこの事態が事件ではなく催し物ときいてほっとするのだがそう単純ではないらしい。
理想女子はノルウェット・ローズ、言いがかりマンは孤児出身のアリス。彼女らは今世は物語の世界だと宣う。選択式ヒロインである三人の内一人が幸せを掴み、あとの二人は悪役としてざまぁな結末を迎えるとのこと。つまりこの二人、頭がおかしいということでファイナルアンサーでしょうか。
「選択式であろうとヒロインたる存在がざまぁされるなど製作側の意図がわかりかねます」
「恋は闘いなのよ!『愛を掴み取れ!フラグオンゲット』略して愛フラを知らないの!?」
「知りません48です」
「フライングじゃないわよ!」
前世ネタが通じたことでアルハは頭を抱えた。確かにお嬢様ノルウェットとアルハは同類だと。
ノルウェットは愛フラなる乙女ゲームの内容を掻い摘んで教えようとしたが、アルハはそれよりも現状打破が先と切って捨てた。
この誘拐事件は悪役を担うヒロインとして選ばれなかった誰かが悪漢を唆して引き起こしたもので、選ばれしヒロインを攫って身代金要求、交渉決裂か妥結かは各ヒロインの資産状況と好感度で左右されるが、どっちにしろ口封じに屋敷に火を放たれるのだとか。助けに来てくれるかどうかは好感度次第。下手すればゲームオーバー。完璧なる他人頼りな展開である。
「絶対ウィルオスト様が助けに来てくれるわ!それまでの辛抱よアリス!」
「はいお嬢様!!」
「悪漢達が暴力なしで火を放つのなら、彼らが逃げた後に脱出すればなんとかなりそう」
同時に発された希望と算段は相いれず。逃げる算段を立てたアルハは苦難に酔っている二匹の芋虫から注意を逸らし、はやく火を着けに来ないかなと扉に目を向ける。と、違和感に惑う。注意深く周囲を見渡すと物陰からひょこっとセレネアが顔を半分さらした。目が合うと驚いたあと泣きだしそうに歪む。
既視感。
茶会で俯いて必死に息を押し殺す幼女がいたような。彼女は誰にも関わってはいけないと、覚えられてはいけないのだと寂しそうに零してなかっただろうか。
扉が開き、悪漢が三人粗野な足取りで入ってくる。
「お嬢ちゃんたちおりこうさんにしてるかー?ヒッヒッヒ」
「二人組のお嬢ちゃんたちは愛されてるねー!無事に返してくれるならっておじさんたちにたくさんお金をくれたんだよーゲヘヘ」
「でもさ、君たちおじさんたちの顔見ちゃってるからね、無事に返すわけにはいかないんだわ。わかるかい?」
「『私は人の名前とか、どうせすぐ忘れちゃうから大丈夫だよ』」
「なんにも大丈夫じゃねぇんだよ愛されてないほうの嬢ちゃん」
「とりあえず三人仲良うくたばってくれや。イッヒッヒ」
アルハは悪漢に向き合いながらも、その言葉は記憶を辿っていた。ありふれた濃茶の髪、小刻みに動く様がまさに小動物で、お菓子を両手でつかんで齧りつく仕草と相まってオコジョのような可愛らしさの。彼女は話した相手の記憶を消して帰らねばならないのだと言っていた。
『よくわかんないけど、いいよ。また会えたときに声かけてくれたら』
いるのにいない、それが自分に求められることなのだと幼女は泣いていた。認識されない、名を呼ばれない。自分を認識してくれた相手の記憶から自分を奪うことも辛いと。生きているのに幽霊のようで寂しいと。
アルハはどうせ忘れる記憶を故意に消されたとしても結果変わらず特に何も思わない。ならば会えた時にアルハを使って生きている時間を作れば多少の慰みになるのではないかと提案したのだ。
茶会の終わりにセレネアの忘却の術によってアルハから発せられた小さく淡い光の玉。それがアルハから取り出されたセレネアとの記憶なのだろう。某ゲームで愛用していた緑属性の神セレニアの自領から魔力を生み出し吸収するスキルを思い出した。
「『何度忘れても、教えてくれれば何度でも呼ぶよ。地の女神セレニアでオコジョな__』」
奪われ消されたはずの記憶を思い出し終えると、すでに悪漢たちの姿はなく火が放たれていた。セレネアの姿も気配もないが、とりあえず悪漢がいないのであれば脱出する他ないだろう。アルハは足縄を解き、柱から自らを解放した。
「ちょ!私たちの縄も解きなさいよ!」
「はやくしなさいよ愚図!」
助けが来ると確信しているなら転がっておけばいいのではないかとアルハは思うのだが、思いのほか広がりの早い炎に焦っているらしい。仕方がないので解いていると、ドタバタと数人のイケメンと騎士が雪崩れ込んできた。
「助けに来たぞ!ノル!!」
「ウィルオスト様!!」
突進してくる濃紫髪の色男に理想女子を譲り、エンダァーイアーと小さく歌いながら喧騒を抜けようとそそくさ出口に向かう。不思議な道具から霧のようなものを発生させ消火活動を始めたのだろう騎士たちの間からぬっと腕が伸びた。
「ひぇっ」
「大丈夫かい?アルハ。あ、名前呼びは砕けすぎか、だけど家名は呼ばれたくないだろう?どうしたらいいかな」
「キッツ様!?」
アルハの腕を掴んだコンラードに驚きつつ、呼び捨てで大丈夫だと伝え、なんだかんだ消火を手伝う羽目になった。鎮火した屋敷は炭と煤で黒く染まり、暮れはじめた空は茜色に。
「あぁ、今度は空を消さないと…」
疲れ切って座り込み、馬鹿な事を呟く。
「ははっ、君らしいね。ほらお疲れ様」
差し出された瓶を受け取ろうとして失敗する。二人で覗き込んだアルハの手は震えていた。一拍おいてコンラードが傍らに座り、アルハの頭を撫で背中を摩りだすとアルハは己の身体全体がわなわなと震えていることを思い知らされる。
「いくら冷静で聡明な君とは言え女の子だ。すまない、配慮が足りなかったよ」
「いえ…途中でぐだらなくてかえって良かったです」
「そっか。今、ライオットが犯人達を追跡してる。裏舞台がもうひと段落するまで私が君を預かるように頼まれているんだ。もう少ししたら私と行ける?」
「はい。お手間おかけします」
連れられた居住区のキッツ別邸は人払いがされ、アルハは何もない部屋の真ん中に設置された机と椅子まで誘導される。一目見て思い浮かべる前世の取り調べ室。広さ以外はそのものだった。
「これは私の独断だ。すまないアルハ、尋問を受けてもらいたい」
コンラードは言葉とは裏腹に申し訳なさの欠片もない強い眼差しでアルハを見つめる。幼少期からずっと、コンラードほど実直に公明正大であろうとする人間をアルハは知らない。今もコンラードの目に雑念はなく信念が宿っている。
「記録、取るんですよね。後で写しをいただいても?」
大人しく椅子に座ったアルハは軽く笑んでコンラードを仰ぎ見た。瞠目したコンラードもすぐに笑みを浮かべ、対面に座った。
「今回の件だけど__」
「彼女たちはスカイラーラが犯人だって言ってましたよ」
「えええ!?」




