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背の後ろ

「なんでアンタみたいなのが公爵家に!」


 ね。それは私もそう思うわ。


「僕らは認めませんよ、品位なき男爵家ごときが!」


 ですよねー。


「公爵令息も所詮はただの男ということかしら?どうせ身体で誑かしたのでしょう?」

「あの類稀な美貌ともいえる端正な顔、しなやかな肉体、公爵家という身分そんなオールパーフェクトボンボンボーイが私のような女子力の欠片もない華奢どころかやや骨太ですらある大したことない男爵娘に誑かされるものですか試しに貴女誘惑してみてくださいよ私より全然美人ですし自信をもってほら行ってきてどうぞライオット様はいま学院教科室の数の方にいらっしゃいますよほら早くいかないと統治学科の時間になってしまいますよさあさあさあ!」

「うわっ!なんかすごい喋りだしたぞ!」

「ちょっと寄ってこないでよいやあごめんなさい!」

「なんなんだこいつ!」


 騒然となる教室に聞き覚えのある声が待ったをかける。


「ちょっとアルハ・リューン、落ち着けよ」

「逆に問いますが貴方はギル様が侮辱されたとして落ち着いていられるのですかワーゲンさん」

「いやワグナーだし」


 逆に問うなし、ギル様は侮辱される言われないし、とフォルクスはぶつぶつと呟きながら怒り肩のアルハをどうどうと諫めた。

 アルハも騒ぎを起こして良いことなどないとわかっている。ぼっちならぼっちで構わず講習を受けて終わるだけだったのに、回を重ねるごとに直接罵倒されることが多くなってきたのだ。それもアルハの悪口なら心中同意で頷いているだけなのだが、ライオットへの侮辱は許せるはずはない。迫らせていただいた侍女のお嬢さんは謝ったのでもういいだろうとアルハは努めて冷静に教室の隅まで戻った。


「ライオット様を讃える語彙にも限界がありますし、以後同様の侮辱を耳にしたらおっぱいのぺらぺらそーすと叫びながら襲わせていただきますのでご留意くださいませ」


 誰も知らないだろうが生物災害シリーズ後半のゾンビは走るからな、と。ふん、と鼻息を吹かして講習の始まりを待つ。フォルクスは気を配りながら侍従連中とアルハの間に立った。


「おい、なんだよおっぱいのぺらぺらそーすって!」


 口に出すのも躊躇われるゾンビの喚き声について声を潜めて聞いてくるフォルクスに、アルハは昔聞いたバケモノの鳴き声がそんなふうに聞こえたのですと教えるとフォルクスは顔面蒼白になった。魔物との交戦経験があるのかよ、と怯えられてもアルハも魔物が実在するのかよと戦慄くしかない。画面の向こうの配信動画を、もとい遠くから他人の交戦を眺めたことがあるといえば納得したようだった。

 講習自体は特に問題はなかったが、侍女たるもの喧嘩で乱闘したり物を投げたりは厳禁だと教えられ、おっぱいのぺらぺらそーすと叫ぶ際には瓶か鎌か何か投げつけようと思っていたアルハは肩を落とした。そんな様子を眺めていたフォルクスからは侮蔑と警戒心が薄れていき、講習が終わると、


「おまえ、変なやつなんだな」


 ギル様が気にするわけだわ、と言い捨てて去っていった。

 出入口が空いたあたりでアルハも退室するが、廊下で肩を掴まれ引き留められる。それはライオットを侮辱し誠意なく勢いで謝罪したお嬢さん、ではなく一番最初にアルハを罵倒したお嬢さんだった。


「貴女どういうことよ。なぜ未だリューンなの?どうしてライオネル家なの?まさかお嬢様と同じなの!?」


 何をおっしゃっているのだろう。アルハは首をかしげる。リューン家に生まれたからリューン姓だしライオネル家付なのはライオットがライオネルだからだ。お嬢様って誰。


「意味が分かりません。貴女の主人は悍ましい未来から逃れるため誰かに縋ったことがあるのですか?」

「ええ、ええそうよ。お嬢様はアンタに人生を踏みにじられないように必死なのよわかってるじゃない!」


 わかってないわい。

 後ろから引き留められた状態から向かい合わされ、正面から両肩を掴まれる。


「私は他人様の人生をどうにかするような気も手段もないです」

「アンタに力がなくても、アンタに侍る馬鹿野郎共がお嬢様を排除してしまうのよ!お嬢様は第二王子ウィルオスト様と王座に就くの!あんな頭空っぽの王子が王座についたらお嬢様が…!」


 肩を掴んでいる手がみしみしと圧をかけてくる。その両手首を掴んでアルハは侍女を睨みつけた。なんだか今日は聞き捨てならない毒をぶっかけられる。恩人を審美眼もない下半身野郎扱いされた次は、清廉純粋で不器用な天使の権化をあっぱらぱー呼ばわりかと。


「天使殿下が何ですって!?畏れ多いわ薬中か!ラリってんのか!?私は侍られるような身分じゃない!どんな妄想も巻き散らして牙をむければただの悪漢だわこのチンピラ!責任能力がないとか関係ないから!他人に危害を加えたら裁かれろ!」


 言いがかりで詰られるなんてここは都会の路地裏かと。なぜ侍女の皮を被ったチンピラに煩わされなくてはならないのかと。ここまでの憤りは今世で初めてだろう。もし前世で朝のニュース占いでも見ていればこう言われたかもしれない。


「――のあなたは最下位、大事な人達を貶されてイライラする一日になるでしょう、てか!せいっと、せいや!」


 押し掴んで、引いて、重心をずらしながら両手で弧を描き、転がした女をそのまま放る。付け焼刃の護身術よ燃えろ大宇宙!と支離滅裂な心中にふさわしい拙さであったものの成功。転がった女はアルハを親の仇かのように睨んでいた。


「ヤクチューはどっちよ。なんでもかんでも生い立ちの同情と無知なお子様脳でどうにかできると思ったら大間違いよ…!」


 もう、向けられる悪意も女の発する言葉もアルハには理解不能だったのでとりあえず逃げた。気を落ち着かせるため人気のない小庭の隅でギボジムの葉を齧ると、独特の青臭さと苦みが口内に広がった。

 咥えた葉を上下に揺らしつつ、先ほどの出来事を反芻する。あのどこぞの侍女はお嬢様と共に第二王子のなんとかさんと王位を狙っているという。すなわちオルガ殿下の敵。オルガ殿下の敵ということは後見人であるライオネル家の敵でもある。すなわちアルハが敵対行動を敵対行動で返しても問題はない、はず、きっと、おそらく。

 身内ともいえる知己以外と関わったのはこれが初めてで、アルハの手や膝はいまごろ笑いはじめているのだ。ライオットにはすぐにでも報告したほうがいいだろう。しかし、もし。ライオットに苛立たれたり落胆されたりしたらと思うと憂鬱だった。それでも身を奮い立たせる。アルハはライオットに誠実に忠実であるべきなのだから。

 噛みつくした葉を庭の隅に捨てて立ち上がる。そうだ、仕事をしよう。寮室にもどろうと。報告はその後だ。


「あれ?アルハだー!」

「オルちゃ?オルガ殿下!」


 通路に出るなり舞い降りた天の御使いの声はアルハの気丈であろうとした精神を崩壊させた。両脇に控えた近衛とご学友を置いてアルハの元へ駆け寄ってくる殿下にアルハも駆け寄り、衝突手前で膝を折り両手を広げる。映像であれば遅速処理と光量増幅他特殊効果が施されたであろう感動の再会からの抱擁シーンが演じられた。

 呆気にとられる外野はさておき、当人達はいたって素面である。


「オルガイア様、そちらの方は?」


 追いついた外野のご学友と思わしき坊ちゃんの一人が気圧されながらも問う。ライオネル家の侍女だというと納得していたが、リューンの家名を知ると少しどよめいた。しがない男爵家の悪評の轟具合が逆にすごい。

 殿下はアルハと交流したことで色々な見識や考え方に興味を持ち、身分や派閥を問わず友人を作り始めたのだとか。まともな交流一発目がキャットファイトに等しい己とはとても比べられないコミュ力にアルハは慄く。流石穢れなき天使と心中で讃えた。ぎゅむぎゅむと抱きしめあってアルハの蟠りも浄化されていく。

 二名の近衛を除いた三人のご学友を紹介され、計四人の礼儀正しいショタに心癒されたあと、大きく手を振りながら学び舎へ戻っていく殿下をアルハは見送った。

 紹介されたブルーム子爵次男、マッカーレ侯爵三男、カクタス伯爵長男。なんだか聞き覚えのあるようなないような。さらっと紹介されても覚えられるわけもなく、家名を必死に覚えていたら案の定名前がもうわからない。己の記憶力ほど不確かなものはないのでアルハは一行が去ったあとすぐにメモを取ったが並ぶのは前世文字。少しずつ今世の文字を勉強してはいるものの、習得は遅々としている。前世では英語が苦手だったに違いない。


「これはこれで機密保持に適しているということで」


 自分を慰めるように言い訳を呟きながら今世に言語がいくつあるのか今度殿下に聞いてみようとついでに書き記しつつ、ストレスから解放されたアルハは清々しい気分で今日の仕事に従事するため寮室へ向かった。

 いつものようにライオットの方の部屋を清掃整理整頓し、使用人部屋の備品の補充も済ませると収納場所をついつい眺めてしまう。そこにしまわれたものを想うとついつい頬が緩んでいく。出し入れすると紛失しそうで手も触れられないのだが、心地よい気分を味わうようにアルハは異界の旋律を囀っていた。


 学園の中庭の一角でアルハにショタと括られた者たちと天使扱いされている王子がのほほんと卓を囲んでいた。四人の内三人の視線は一人に注がれている。


「で、リューン家の令嬢を招き入れて何を考えているの殿下の従兄弟は」

「人身売買に手を出して未だ首が繋がってるのは不思議だと思ってた。ライオネル家らしくないね」

「あの人俺らと会う前ローズ公爵令嬢付きの使用人と乱闘騒ぎ起こしてたらしいな」


 柔らかな非難にもオルガイアの笑みは崩れない。


「アルハの話はすっごく面白いの。それに抱き着くとすっごく気持ちがいいんだよ。今度皆でアルハとお話ししてぎゅってすればいいんじゃないかな。あ、でもぎゅっとするのは僕だけがいいなぁ」


 あまりの邪気のなさに苦言を呈した三人の方が眉尻を下げた。侍女であろうがなかろうが女性にみだりに抱き着く貴族子息はいない。そんなふわふわしてるから舐められるんだぞ、と一人は眉間を押さえた。


「よーし、じゃあ今話題の『民主主義』について、民主化における各派閥の定義と主張について整理しよっか。王室の在り方と貴族の在り方については現状はこんなかんじかな?って僕が把握してることをまとめた資料を作ってきたから渡しておくね」


 議題が出たことで三人の表情が変わる。姿勢を正し、幼さを感じさせない目つきで資料を受け取り議題について己の家の主義主張と己の意見をそれぞれ語りながら、語られたそれらを聞き受け止める。そして、己が感じた疑問を忌憚なく晒し、各々で議事録すら作成する。

 ブルーム子爵家は第二王子の後盾、マッカーレ侯爵家は国外の公爵を娶っていて視野が広くイフスエルへの忠誠心は低い、カクタス伯爵家は民衆に寄り添った統治をする民主化推進の一翼だ。オルガイアは敵ともいえる彼らを招き、懐に入れた。個として招き、子としての見解と意見を引き出し、各々に最適解を求めさせ不備を認識させるのだ。

 声をかけられたときは誰もが呆れたものだ。無邪気に笑っているだけの悪意を切り離した世界に安座する能天気な第一王子は己の敵味方も判断つかずおともだちごっこがしたいらしいと。しかし、拍子抜けするほど無害すぎて相手をしてやれば、無垢な瞳のまま笑んだ口から英知を覗かせたのだ。誰をも非難しないその口が悪態のひとつも奏でないその声が、子細な事実と膨大な把握事項を紡ぎだしたときは肌が粟立った。

 底知れない畏怖が身体を走り抜けたその瞬間さえ、目の前のオルガイアその人に対し全く警戒心が湧かないのだ。三人ともその異常さに気がつかない凡夫ではなかった。

 オルガイアは議論を促し基本的には聞く姿勢をとる。立場の違う三人の意見はときに重なるも根底として異なり、整えられた流れはぶつかり合って白熱し濁流となり、感情に任せて混迷の兆しが見えるとオルガイアがあっけらかんと整え再放流する。


「__ここまでにしよっか。今日の議題はまた後日、資料の最後に次の議題があるからまたみんなでおはなししようね!」


 肩で息をするほど興奮した三人の内の二人は憮然としながら議事録と資料を握りしめる。理解できないことは理解しなくてはならない。納得できないことには対案を用意しなくてはならない。来るまた後日までに。

 時間を置くことでピースがかちりと嵌ることも欠けた箇所に気付くこともある。オルガイアは三つの陣営の人間をそれぞれの枠にいれておいてはくれないらしく、自分の信じていた世界が、自分が慕っていた大人の教えが、意見を交わすごとに綻びていく。三人が三様に枠の内外で迷子になっている気分だった。

 底の淀みを掻き混ぜられて残った貴族の矜持、民への思い、犠牲を厭う自己保身がぶつかり合いそれぞれの合致点を探りあっている。


「三人ともなかよくなってきて嬉しいなぁ。たのしくおはなしできるのってすごいことだもんね!次は僕もがんばってはなすからね!」

「仲良くはない。お互いの意見を一旦飲み込むことができるようになってきたから建設的議論として成り立ってきているって言えばいいだろ。なんでそんな頭弱そうにするかな」

「えへへ、ユユギはかっこよく纏めてくれるからすごいね!」

「うるせー」


 つんつんするユユギ・マッカーレ侯爵令息にぺかーっと笑顔を向けるオルガイア。エンシュロン・ブルーム子爵令息とデザーディ・カクタス伯爵令息はいまだぐぬぬふぬぬと睨みあっていた。

きな臭くなってまいりましたが小難しいのは苦手なのでふわっと解決します。たぶん。

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