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脳みそ筋にく

 学院生侍女の日常である部屋の整頓を終え、自由参加である使用人用の講習に参加したあと、アルハは学院の訓練場に訪れた。

 剣の修練があるらしく、替えの衣類を頼まれている。一応汗拭きや薄めの塩砂糖水アクエリもどきを作成しつつ持参しているが、氷などはなく入れておけば冷えるという素材不明な水筒にアクエリもどきの命運を委ねていた。よもや水筒に冷却システムが備わっているとは。爆発しないか心配である。

 爆発といえばついついメイドインチナの記載を探してしまうのは無理もないことだろう。もちろんあるわけないけれど。

 訓練場は剣のぶつかりあう音や気合の声が響き、中々に騒がしい。

 訓練場の外側には学院の制服を着た女子がきゃいきゃいとはしゃいでいる。部活のエースを覗きに来たファンみたいでどこか懐かしい光景。微笑ましい気分で彼女たちの熱視線を追うと納得の見知った顔が苛烈に戦っていた。


「ライオネル様ー!!」

「きゃー!アルザ様ー!!」


 この二人です。闘技場を踊る灰紫と赤葡萄は髪色のように対極にあるようだ。

 最低限の動きで隙なく鋭利に攻めるライオット、豪快に剣を振り躍動的に攻めるギルスナッド。柔と剛の鍔迫り合いは剛の勝利で終わった。勝敗の禍根なく手を差し伸べ、その手を取り、肩を組んで退場していく。


「仲睦まじいわぁ」

「いま、いま!ライオネル様が笑ったわ!」

「うそ!あー見逃した」

「見目良し、地位良し、資産良し!はぁ、射止められたいものね…」

「ライオネル様は硬派だから無理そうだけど、アルザ様は遊んでくれそう!」

「アルザ様は辺境伯よ?結婚は荷が重いわ」

「ライオネル様は公爵ですし左団扇ができそうかも」

「そう甘くないわよ」


 囀りに紛れる少女たちの野望に逞しさを感じながら、アルハは噂の令息のもとへと控え室を探して彷徨う。


「きゃっ」

「うぇっ!?」


 曲がり角から突っ込んできた美少女とぶつかってしまった。咄嗟に可愛らしい悲鳴がでるのは美少女故の女子力なのだろうか。その高い女子力に相応しい白磁の肌にピンクブロンドの柔らかな直毛がいっそ眩しい。か弱い肩幅に胸以外はペタンコの華奢な肢体は女子の理想の権化だろう。体型的女子力はDNAに握られているのだ。


「申し訳ありません。大丈夫ですか?」


 遺伝子の敗北を受け入れながらカースト最下の使用人としての義務としてとりあえず謝る。謝りながらも内心は令嬢が通路を走るもんじゃないよと悪態をついて。

 理想女子の彼女はアルハとは面識がないはずだが、アルハの顔を見るなりきゅっと眉を寄せた。


「あなたには負けない」


 喚くでもなく叫ぶでもなく謎の宣戦布告を突き付け、アルハの差し出した手を景気よく叩き捨てて起き上がり理想女子は走り去っていった。


「…『まけないっ』」


 青いうんこ型の帽子を乗せた白い鳥の坊やや橙色の着ぐるみ猫、目玉がとびでる幽霊、たらこ唇の魚人、宇宙人などのキャラクターがかけっこする様子が思い浮かんだ。なんとなく変えた声色はどのこだっただろうか。などとしょうもないことを思うのは現実逃避だろうか。

 そもそも制服が令嬢用と使用人用で分かれている時点で身分の勝敗は決している。女子遺伝子も完敗。理想女子となにを勝負すればいいのだろうと首をかしげながら彷徨い、目標地点に到達した。


「アルハ、よーお」


 出迎えてくれたのはギルスナッドで、シャワー室で汗を流したらしく濡れた髪をタオルでがしゃがしゃ掻き混ぜながらアルハを手招きした。ライオットはアルハを待たずに汗を流している最中らしい。アルハの手荷物から着替えとタオルを拝借すると傍らの少年に手渡した。


「こいつおれの侍従な。フォル、これライオットの侍女」

「フォルクス・ワグナーです」

「アルハ・リューンです」


 ワーゲンじゃないのかと少し惜しむアルハと、悪名高いリューンの名を聞いて侮蔑の色を滲ませるフォルクスはお互いに浅く頭を下げる。フォルクスはアルハをキッと睨みつけ、ギルスナッドから受け取った荷を持って奥の部屋へと消えた。

 通常使用人は主人の家名を背負うので名乗るのは名だけだが、学び舎では貴賤なき子息交流の場の意味合いもあるので使用人であっても家名を名乗るようになっている。リューン家はしがない男爵家ではあるが、その卑しさと狡猾さの悪名は高いらしく、おかげさまでアルハはぼっちだった。アルハとしては覚えなくてはならない顔と名前が少なくなって助かってもいるが、ライオネル家もといライオットの風評が気がかりではある。


「アルハ、これもらうぞー…うっま!なにこれうっま!あ、やべぇ全部飲んじまった。わりぃ」


 アクエリもどきが御臨終なさった。持ってくると告げてあったものでなし、別に構わないだろう。お口に合って何よりですと告げればギルスナッドはおう!と笑った。その気負わない引きずらない憎めない気質はまこと羨ましい。

 ふわり、不意にギルスナッドがアルハの団子頭から離脱しているうねった後毛(おくれげ)を撫でる。


「…俺んとこ来ねえ?」

「私はライオット様のものですので」

「だよなぁ、あーあ。取られちまったなぁ…」


 その気落ちした声が惜しむ色はわからないが、取られたとは。確かに助けてくれるならばコンラードでもギルスナッドでも他の誰でも良かったのだろうけれど、助けてくれたのはライオットなのだ。


「父親に犯されたあげくどこぞの不良物件に売り払われる、なんてことになる予定だった身としてはライオット様に拾われたうえギル様に再会できた奇跡に感謝しかないのですが」

「あ、やめて。俺の心が死んじまう」


 夜会の日の罪悪感は健在らしくギルスナッドは乙女のように両手で心臓を庇う。アルハはそんなに気に病まないでほしいのだがなかなか折り合いがつかないらしい。


「あのライオットが自分から声かけた女だぞ?しかも公爵令息を坊や呼ばわりだぜ?サシで話がしてみたくて、俺んち来いよって手紙書いたんだ。親はあの家に関わるな娘は単なる指金だって、ろくなことにならねぇぞって諫めてきたけど。俺はあんたがそんなんだって思えなかった。興味があった」


 親の諫めを振り切って出した手紙に返事はなく、娘を伴わず嬉々として乗り込んできたリューン男爵夫妻が揉み手をしながら何かしら捲し立て対応した父親が激高する応接間を覗き見る結果となった。(アルハ)はやはり親の差し金だったのだと思い知ってしまった。

 リューン男爵夫妻を追い払った親は再度関わるなとギルスナッドに念を押し、ギルスナッドも頷いたのだ。


「俺がなんとかしてやれてりゃあ今頃俺の侍女だったかもしれねぇのによ、俺んちは一家で脳筋だからな。馬鹿な小細工でどーにかなる家じゃねぇけど、女一人引っ張る小細工も弄せなかったんだわ」


 辺境伯は貴族というより国境を守る軍としての色が強い。国外から突き出された槍は弾き返すが、国内の些末な面倒事は躱す。


「ライオットみてぇに色々考えられたらいいんだろうけどなぁ。単細胞の脳筋ってバカにされるわけだわ」

「脳筋ってそんなに悪いですか?」

「悪くねぇのか?」

「良し悪しというか。突き抜けるととてつもないんですよ脳筋って」


 脳みそ筋肉。略して脳筋。悩むより動け。思考能力を司る脳みそが行動力しか引き出さない。それは、悪いことだろうか。


 日本軍にフナサカヒロシという人がいた。伝説の生身のサイボーグ。生身でサイボーグなどと意味が分からないがかの伝説は常人にはほんとに意味が分からない。

 彼はパラオで戦役についたのだが、まずグレネード的なやつと火砲で敵国米兵を大量にぶっ殺す。敵の砲撃で鉄製ヘルメットがへしゃげても中身の頭部無傷。部隊としては敗走しながらもゲリラ戦で敵兵をぶっ殺す。戦いの最中に左足の肉が抉れる重傷を負い敵の銃撃のなか放置され、ようやく訪れた軍医には手遅れだと自決用の手榴弾を渡された。しかし彼は瀕死の体で這って自陣に戻り翌日には歩けるほど回復。また敵兵を狩るべく銃をぶっぱなし、敵兵から銃を奪ってはぶっぱなし、身に弾を刃を受けながら一石三鳥を体現したり銃剣投げて脳天抹殺しつつまた瀕死。味方が死屍累々となりもはやこれまでと自決の流れに従うも手榴弾不発。絶望し腹に蛆を涌かせながら死ねないなら敵将をぶっとばそうと単身切り込みアタックを仕掛け、ボロボロを通り越した身体で突き進み、敵の本陣に到達!突入!敵も固まる一対万!手榴弾を振りかぶるも頸部を撃たれて敵に死亡判定されるのだ。まじぱねぇサムライだったと敬意をもって運ばれた敵の野戦病院で三日後キリストも吃驚の復活、慈悲など恥だ殺しやがれと大暴れしたという。

 捕虜になった彼は当然のように瀕死の重傷であったが、捕虜の身で秘密裏に火薬庫を爆破。さらに脱走し飛行場炎上を二度企てて阻止される。なんだかんだで生きて母国の土を踏んだ。死んだことになってたので自分の卒塔婆を抜き、その後本屋を営んだ。


 という話を創作小説で読んだのよ、というようについ興奮しつつ紹介した。創作ならば出来すぎた都合主義でしかなく鼻白むような話だろう。アルハは前世における伝説と呼ぶにふさわしい実話だと知っているが、ギルスナッドにとってはただの創作話。


「彼は生まれつき傷が治りやすい体質だって自認していたようだけど。いや、そういうレベルじゃないけど!でもそれだけなら死んでた。彼は勉学に明るく優れた技術を修めていたそれ以上の気力とド根性と執念の炎で生身を超越し伝説になった。まさしく脳筋!物事理性的に深く考えたらとてもじゃないけど彼のような行動はできないでしょ?」


 ていうか本当に損傷度と駆動率がおかしい。自己治癒力も行き過ぎている。彼はきっとなにがしかの守護霊か大和の神の加護やら愛やらを受けていたに違いない。オカルトですふふふ。


「思考を武器にする人って諦めるのが早いのよ。不利になると挫けてしまう。脳筋はどんな状況でどれだけ不利でも全力でしょ。良し悪しは場合によるけど単純に尊敬するわ!」


 前世の自分がどのような人間でどんな人生を歩んだのかは思い出せないが、創作物の戦闘バカや現実での部活バカ、戸惑いを知らず躊躇いを振り切って自分の世界を突き進む彼らに憧れていたような気がする。


「ライオット様は理性的で頭脳派でしょう?仲の良いギル様が肉体派なら無敵じゃないですかね?」


 アルザ辺境伯の立ち位置がどこにあるのかは知らないけれど、令息の仲が良いということはそう悪い関係ではないのではなかろうか。これに人脈派のコンラードが支えに入るのなら本当に次代は安泰と思える。

 呆けた様子でアルハの話を聞いていたギルスナッドは困ったように笑った。眉尻は下がっているものの憂いはもう感じさせない。


「極めるわ、脳筋」


 ギルスナッドはそこまで脳筋脳筋いうほど馬鹿っぽくもないし、まるっきり直情型ではないようにアルハは感じているのだが実際はわからない。とりあえず前を向けたなら前世の記憶も価値があったということで。


「で、他にやべぇ奴いねぇの?俺本読まねぇから教えてくれよ」


 超絶特攻スナイパー爆撃野郎『白い死神』、撃墜王と呼ばれた男。アフリカの星。名前は曖昧ながらとにかくSUGEEEな話が好きだったらしい前世の引き出しを披露しつつ、今世に機関銃や戦闘機、戦車の概念がないことを知った。騎馬や歩兵での合戦が主なのだとか。

 空想モノは夢があっていいなと上機嫌なギルスナッドにアルハは温い笑みを浮かべつつ、殺傷力の強化はろくな事態を生み出さないので空想は空想で終わらせておこうと記憶の引き出しに封をした。本当に創作の方の引き出しを開けいざなにを話そうかな、としたところでフォルクスがギルスナッドに声をかけて歓談は終わる。


「何を誑かされているのですかギル様!」

「おお!フォル知ってるか!?指一本で魔法みたいに人に穴をあける武器とか!レールなしに少人数移動できる汽車とか!俺、空想小説読むわ!今度図書館で見繕っといてくれ!」

「は?」

「今いくつか空想小説の話を聞いたんだけどよ!おもしれぇんだよ!」

「空想小説?子供向けの冒険譚とかですか?」

「ちげーよ!そんなレベルじゃねえんだよ!」


 興奮するギルスナッドについていけないフォルクスがアルハをちらちら睨みながらわいわい話しているが、アルハの視線は遠い。今世に空想小説なるジャンルの存在があったとしても、どうあがいてもアルハの語った物語は綴られてはいないのだから。


「…ギル様はラノベよりジャンプ読んでそう。絶対異能系バトル好きだわ」

「『じゃんぷ』ってなに」

「ひぇっ」


 耳元に囁かれた声にぞわりと冷たいものが走り、背後にライオットの気配を認める。肩に手を添えられ振り向かされると、湯上りのしっとりとした色気を纏うライオットがその瞳に興味を浮かべていた。


「『らのべ』と『じゃんぷ』と『いのーけーばとる』、だっけ?」


 中指一本でアルハの顎を上向かせ、口付け間近まで顔が寄る。


「今夜は眠れそうにないな、アルハ」


 全然眠れますけどと思うものの、口に出してはいけない気がするアルハは必死に曖昧な笑みを浮かべていた。

 視線を外したライオットがアルハの手荷物に水筒を見つけ、持ち上げて、眉を寄せる。


「あ、アクエリもどきは御臨終なさいました」


 気まずげに逃げた視線は犯人のもとへ。察したライオットは『あくえりもどき』と復唱したのち、揺らりと侍従と戯れるギルスナッドの背後へと。


「ギールー。喉が渇かないか?」

「いや?俺さっき飲ででで!悪っ!悪かっ!ぐぇっ」


 ギルスナッドの頭に顎を乗せ、凭れるように肩から両手を垂らすと、ライオットは一転首を絞めにかかる。ギリギリと軋む首に悶えるギルスナッドと、薄く笑うライオットの戯れる微笑ましい男子の姿。

 なんだかごちそうさまです。アルハは腐った方々を差し置いて眩いものに触れた罪悪感を抱きつつ、二人を茫洋と見つめた。

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