僕、疲れました
歓迎を受けた僕達は、ロビーで泊まる部屋の案内をされました。同性で二人か三人が纏めて呼ばれていきます。
僕は一人で個室です。見た目がこれだから男性と同室という訳にはいかないし、かといって女性と同室というのはもっと問題です。
部屋に少ない荷物を置いて一休みします。備え付けのお茶を啜り茶菓子を食べてまったりしていると長門さんがやってきました。
「カオルちゃんと同室だと期待したのに、岡部さんと同室なのよ。絶対におかしいわよ!」
「いやいや、僕は男ですからね。妙齢の女性と同室は、どう考えても不味いでしょう」
お茶を飲みながら管を巻く長門さんに、淡々と正論を説きます。長門さん、僕が男だと忘れかけてないですか?
頻繁に念を押しておこうと心の中のメモ帳に赤丸つきで記載した時、新たな乱入者が現れました。
「長門さん遅い!とっくに準備出来てますよ!」
「ああっ、忘れてました。カオルちゃん、お風呂行くわよ。今なら空いてるから」
どうやら長門さん、お風呂に誘いに来たのにお茶飲んで愚痴溢していて忘れてしまったようです。
怒鳴りこんできた岡部さんは、浴衣に着替えてタオル持参。長門さんは慌てて部屋を出ていきました。恐らく浴衣に着替えて来るのでしょう。
「僕ら以外にも団体客がいるようですし、空いてるうちに入浴するのはアリですね。僕も着替えます」
温泉に入るなんて、僕が引きこもる前で物心つくかつかないか以来です。浴衣を取り出して服を脱ごうと手をかけた所で岡部さんと目が合いました。
「あの、着替えたいのですが」
「うん、気にしないで。私は全然気にしないから」
暫しの沈黙。気にしないでと言われても、僕は大いに気にします。
「そうはいきません!廊下で待っていて下さい!」
「やはりマトリョーシカ無しではダメかぁ」
背中を押して追い出す事に成功しました。扉には施錠してチェーンもしっかりとかけておきます。
素早く着替えて廊下に出ると、長門さんも浴衣になっていました。
浴衣姿の美人二人に両脇を挟まれ、大浴場に向かいます。この時僕は浮かれていました。温泉に入れるという事象に気を取られ、自らが抱えている問題を綺麗さっぱり忘れていたのです。
それを思い出したのは、大浴場に着いた時でした。大きな暖簾が掛かった脱衣場に到着し、男湯に入ろうとしましたが両脇の二人が腕を離してくれません。
「長門さん、店長さん、僕はこっちだから」
「あら、何を言っているのかしら?一緒に入りましょう」
当然のように混浴を薦めてくる店長さんに、僕は一瞬硬直しました。
「こんなに立派な胸部装甲を装備して、男湯に入れる訳がないでしょう」
「だからと言って、女湯に入るなんて出来ませんよ。お客は僕らだけではないのだし。部屋に戻って内風呂に入りますから」
大浴場に入れないのは残念ですがこのホテルには混浴はないようですし、あっても恥ずかしくて入れません。一人で内風呂に入るのが正解でしょう。
「それなら大丈夫よ。ちゃんとカオルちゃんが女湯に入る許可は取ったから。カオルちゃんの事情は知れ渡っているから、ホテルの人も快諾してくれたわよ」
無駄に手際の良い根回しを済ませていた店長さん。その手際の良さはもっと別の所で発揮して下さいよ。
両腕を拘束され女湯に引摺り込まれるのを阻止しようと足掻いていると、脱衣所から仲井さんが出てきました。彼女から二人を説得して貰いましょう。
「ああ、丁度お着きですね。今入浴中のお客様もカオル様が入る事を承知して下さいましたよ。上がろうとしていた方が戻っていましたが、逆上せなければ良いのですが。私はここでこの後来るお客様に説明の為待機しますので、心行くまで御入浴されて下さい」
うわぁ、仲井さんの気遣いが細かすぎます。ネットなどで広めたい良いホテルです。だけど、今回の気の使い方はベクトルが違ってます!
その後の事は、思い出したくありません。剥かれて、洗われて、浴槽で囲まれて、目のやり場に困りまくりました。僕と同年代らしき娘もいたのですが、隠す素振りさえなかったのです。
風呂からあがり、部屋に帰った時には精神的に疲れはててしまいました。
疲れを取るはずのお風呂で疲れ果てるとは。この疲れは、宴会で美味しい物を食べて回復させるとしましょう。