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僕、悪役になりました

 筑摩さんのドジはあるものの、それは撮影に関係ないものだったので撮影自体はスムーズに進んでいました。しかし、それは嵐の前の静けさだったのです。


 その日も、筑摩さんは僕の前で転びました。僕も他の役者さんもスタッフさんも、またかと達観した眼差しで彼女が起き上がるのを待ちます。


「・・・そんなに、憎いですか」


 大きくない、だけどよく通る声はその場の全員に届きました。僕は何が何だかわからず、ただ筑摩さんを見つめるのみ。


「主役を取れなかったから悔しいのはわかります。でも、もう私だって限界なんです!」


 段々と大きくなった声は、最後には絶叫と言うべき叫びになっていました。上げられた顔は涙に濡れ、じっと僕を睨んでいます。


「主役を取った利根先輩が憎いけど、手を出せない。だから利根先輩の後輩でモブの私を苛める気持ちはわかります。でも、もう我慢出来ません!」


「ああ、あの時の既視感はこれか」


 前に感じた微かな既視感。それの正体がわかりました。何もやっていない相手に虐められたとして断罪する。某小説サイトから大流行して、悪役令嬢ものでの鉄板です。


「筑摩さん、この撮影でよく転んでいたのは知ってるけど、他所の事務所のタレントにそんな言い掛りつけるのはどうかと思うよ」


「私、何もない所で転ぶようなドジじゃありません!学校のシーンの撮影で、私転んでましたか?」


「確かに、筑摩さんが転んでいたのはカオルちゃんがいる撮影だけだけど・・・」


 僕は僕がいない所で筑摩さんが転んでいたかは知りません。ですが、スタッフさんの困惑したような顔を見るにその通りなのでしょう。


「私、どんなに嫌がらせされたって利根先輩に主役を降りるように言ったりしません!だからもう止めてください!」


 悪役令嬢ものではヒロインは嫉妬から虐められたと言うけれど、この場合は主役の座が欲しくて主役の後輩である彼女を苛めていたと言い張る訳か。


「それは無理がある。だって、ここまで撮影を進めた以上主役の交代なんてあり得ないでしょう」


「そんな事もわからないから、虐めなんてやったのでしょう?あれだけやっておいて、言い逃れは止めて!」


 筑摩さん、聞く耳持ってくれません。このままでは、やったやらないの言い合いで埒があきません。


「結局、何が望みなの?」


「今までの虐めを認めて謝って下さい。そして、利根先輩と私の前に二度と現れないで下さい!」


 筑摩さんの要求を聞いて、僕はため息を堪える事が出来ませんでした。彼女達の前に出ないということは、彼女達が絡む撮影に出るなということ。

 つまり、今受けている北本有紀役を降りろと言っているに等しいのです。

 しかし、先程も言いましたが撮影はかなり進んでいます。今更配役を変えて撮り直しなんてほぼ不可能。最悪作品自体がお蔵入りとなります。


「それが、周囲にどれだけの迷惑をかけるのか知っていて言うのね?」


「そちらの方が大手だから、苛めくらい黙っていろと言いたいのですか?」


 騒ぎを聞いて駆けつけた長門さんが問うと、事務所の力で好き放題やっているような言い方をしました。周囲で聞いているスタッフさんや監督さん、顔が真っ青です。


「スタッフの皆さんは、大手だからって武蔵芸能の味方をするのですか?私が転ばされていたのを見ていたでしょう!」


「確かに、筑摩さんが転んでいたのは見ていたけど・・・」


「それがカオルちゃんのせいだとは言えないからなぁ。カオルちゃんがそんな事をするとは思えないし」


 筑摩さんの言う通り、彼女が転んでいたのは皆が見ています。そして、僕がやったと断言できないように僕がやっていないとも断言出来ないのです。

 僕には一応動機があり、それをやることが可能だったのだから。


 両者共に証拠がない状態での言い合い。事務所を通して話し合ったとしても疑いが残るでしょう。


 誰か、「こんな事もあろうかと」と言いつつ解決してくれないですかね。

 




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