僕、既視感を覚えました
今日も内緒のアイドル声優の撮影です。主人公の親友友の子が自宅に来るシーンの撮影なので、珍しく店長さんと顔を合わせました。
今は主人公の自室でのやり取りを終え、撮った内容を監督さんがチェックしています。
「お疲れ様でし・・・きゃあっ!」
今日の収録でも、利根さんの後輩の筑摩さんは見事に転んでいます。何故か転ぶのは僕の目の前だけでなので、嫌でも目についてしまうのです。
「あの子、あれで役者とか大丈夫なのかな?」
「あら、普段はあの子転んだりしないわよ」
不意に返ってきた返事に声の方を見ると、店長さんが紙コップを両手に立っていました。そのうち片方を差し出してくれます。
「バナナコーラとファンタビール、どちらがいい?」
「出来れば、どちらも遠慮したいです」
未成年でビールと名のつく飲料を飲むのはマズイですし、バナナコーラも嫌な予感しかしません。
「冗談よ。両方笹の葉茶だから安心して」
「脅かさないで下さい。あれ、架空の飲料ですよね?」
「あら、今も売っているかは知らないけど実際に販売されていたわよ」
それ作った飲料会社、チャレンジャー過ぎます。冷や汗かきつつ笹の葉茶を飲んでいると、筑摩さんが紙コップを持ってこちらに来ました。
「カオルさん、お疲れ様です。ファンタストロベリーを・・・」
どうやら飲料を差し入れに来てくれたようですが、私の手には笹の葉茶が入った紙コップがありました。
「あはは、そうですよね。私の差し入れなんて飲んでもらえる訳がないですよね」
筑摩さんは声をかける前に僕の前を横切り駆け出して行こうとしました。
しかし、またもや見事に転倒。紙コップは華麗に宙を舞い、中身を倒れた筑摩さんに振りかけた後頭部に逆さになって鎮座しました。
「・・・普通、狙ってもこうはいかないわよ。これはこれで貴重な人材ね」
「そんな事を言っている場合ですか!筑摩さん、大丈夫ですか?」
呆れ顔で呟く店長さんを放置して、筑摩さんを起こすためにかがみこみます。
「あ、大丈夫です。大丈夫ですから」
少し怯えたような表情で起きあがり、トボトボと歩いていく筑摩さん。すぐに利根さんが駆けつけて、控え室の方に消えていきました。
「でもあの子、何を考えているのかしら?」
いきなり深刻そうな顔になって考え込む店長さん。一体、どうしたというのでしょうか。
「ファンタストロベリーを持ってきたと言っていたけれど、炭酸飲料なんか飲ませたら、セリフを読む時に支障が出るかもしれないのよ。やはりそこは柿の葉茶にするべきよね」
「店長さん、貴女にシリアスを期待した僕がバカでした」
見た目はまともに見えるけれど、この人は一般に流通させたら色々と問題のある商品を商う店の店長さんです。護身用にと空間位相兵器を薦める人に、常識を期待してはいけません。
「今日の撮影はこれで終了です。お疲れ様でした」
撮った内容のチェックが終わり、解散となりました。長門さんが迎えに来たので、店長さんと別れて車に乗ります。
「カオルちゃん、どうしたの?」
「何だか、気になって」
筑摩さんのドジっぷりを、何かで見たような気がします。それが思い出せなくて、喉に魚の骨が刺さったような不快感が消えません。
「思い出せない・・・あっ、そう言えば、この仕事を受ける時に新しい仕事を二件受けたと言ってませんでした?」
もう一件仕事があるならば、そちらもこなさなければいけません。予定は長門さんに任せるとしても、どんな仕事かは把握しておく必要かあります。
「あっ、それは気にしないで。先方の都合で放送はちょっと先になりそうなのよ。だから撮影の事は気にしなくていいわ」
何か変な感じがしましたが、仕事のスケジュールは長門さんに一任しています。変に気にするよりも、今受けている仕事に専念した方が良いでしょう。
そう考えた僕は、先程まで感じていた既視感をすっかりと忘れてしまったのでした。
店長さんこと岡部友子さんが登場する「内緒のアイドル声優」は、昨日より公開しています。