僕、心配しました
「はい、カット。オッケーです。確認入ります」
監督さんの胃壁と頭髪が心配だった撮影は、予想に反して順調に進みました。当初は心配された店長さんですが、問題なく役をこなしているそうです。
と言っても、店長さんが出るのは主に学校のシーンで、私は妹役なので出番は家庭内でのシーンです。なので店長さんと絡むことはなく、伝聞で聞いたのですけど。
「利根先輩、お疲れ様です。タオルを・・・きゃあっ!」
主役の北本遊役の女優さん、利根さんにタオルを持ってきた女の子が、私とすれ違う際に転びました。擬音を付けたくなる程に見事に転び、顔面を強打しています。
「大丈夫ですか、怪我はありませんか?」
「あっ、だ、大丈夫です」
一瞬体を固くした女の子は、差し出した僕の手を取らずに自力で立ち上がりました。転んだ拍子に落としたタオルを持つと、セットから駆け出して行きます。
「こんななりでも男だし、手を出したから怖がられたかな?」
「あんな気弱じゃ、モブでも使えないわよ。利根さんの後輩らしいけど、やっていけるのかしらねぇ」
スタッフさんの情報によると、彼女は利根さんの事務所の後輩で筑摩さん。利根さんの付き人補助兼モブ要員として勉強するために撮影に同行しているそうです。
「それを聞くって事は、カオルちゃんに挨拶しなかったの?」
「俺達スタッフはいいとして、メインの役者さんに挨拶無しは無いだろ」
僕は本業で役者をやろうとは思っていないので、それについて何かを言うつもりはありません。しかし、主役の付き人補助だとしてもモブをやる下っ端がメインの配役に挨拶しないのは軽蔑するに値する行為らしいです。
「すいません、タオルをお持ちしま・・・」
落としたタオルの代わりを持って走ってきた筑摩さんは、僕達の目の前でまたもや転倒しました。
「走らなくていいから。ゆっくりと、落ち着きなさい」
気落ちした筑摩さんは、利根さんに連れられて控え室へと戻って行きました。
「役者になるにしても、付き人になるにしても、あれで大丈夫なのでしょうか?」
「他人事みたいに言っているけど、あの子がNG出せば撮影スケジュールが狂うのよ?」
筑摩さんを心配した僕の発言に、スタッフさんからの突っ込みが入りました。
「そうですけど、それならば監督さんの胃壁の方がダメージ大きいのではないでしょうか?」
一つの問題が解決したかと思ったら、また新たな問題が発生しそうです。監督さん、一度お祓いにでも行った方が良いのではないでしょうか。
「氷川神社に熊野神社、浅草寺や善光寺、高崎達磨寺も鹿島神宮も日光東照宮も成田山新勝寺も太宰府天満宮も金比羅さんも諏訪神社も伊勢神宮もお参りしたけどねぇ!」
「既に神仏にすがった後でしたか」
口に出ていたようで、背後に来ていた監督さんから巡った神社仏閣の名前がスラスラと出てきました。これだけ巡ってダメだとなると、僕には思い付きません。
「一番簡単なのは使わない事だけど、事務所からのプレッシャーがねぇ。利根さん降ろされたら困るし」
所属事務所が大手で発言力が強いため、こちらから強く出られないようです。監督さんには胃薬に加え、良く効く育毛剤も差し入れするべきでしょうか。
「ともあれ、今日の撮影は終了です。くれぐれも裏営業で信用出来ない会社のパーティー等に行かないで下さいね!」
言われるまでもないと言い返したい所ですが、十人以上の芸能人が謹慎処分を受けたばかりです。全員無言で頷きました。
ド新人の僕が心配する事ではないのでしょうけど、最近の芸能界、どうなっているのでしょうねぇ。