僕、また役を貰いました
「相当お疲れのようですね。大丈夫ですか?」
「ダメだと言ったら、お休みを貰えるのですか?」
武蔵芸能の応接室の机に突っ伏した僕は、気遣ってくれた相手である武蔵社長に棘のある言葉を返しました。不可抗力であったと判ってはいても、言わずに居られないハードスケジュールだったのです。
僕の初出演にして初主演映画、デュアルワールドが公開されて、その舞台挨拶の為に全国行脚の旅に出ました。しかしそれに専念出来た訳ではなく、レギュラー化したバラエティーやクイズ番組の収録の為頻繁に東京に戻っていました。
実労時間は短くとも、移動が長いので体力も精神力も削られます。精神力に関しては、移動中にサインや写真撮影を求められたのが原因です。
「人気が無いよりは良いですが、他のお客さんにも迷惑になるのがキツイです」
「ファンの追っかけ問題は、他の事務所でも問題になっているからなぁ」
人気商売なので強く言えず、かと言って放置も出来ません。武蔵芸能ではまだ大事になっていませんが、他社ではコンサートツアーを中止するほどに問題となっているそうです。
「そんなお疲れのカオル君に、新たなお仕事のお知らせです」
社長が机に置いたのは、一冊の台本。どうやらまたお芝居のお仕事のようです。僕は役者になるのでしょうか?
「僕はタレントよりも役者の道に進むということでファイナルアンサーですか?」
「いや、そういう訳ではないよ。実際、バラエティーやクイズにも出ているでしょう。断っていますが、モデルの仕事も来ていますよ」
断った仕事の内容を聞いてみました。水着や下着、バストアップの健康食品らしいです。武蔵社長、これからもお断り続けて下さい。
「話を戻します。今回のお仕事は、主人公の妹役です。原作者さんの希望でカオル君に決まったそうです」
台本に書かれたタイトルは「内緒のアイドル声優」。女子高生が声優にスカウトされて、正体を隠して声優業をこなすというお話です。
主人公が高校一年生で、妹は中学二年生。年齢的には丁度ですが、実年齢よりも若く見える僕には不適格に思えます。
「カオル君の懸念はわかる。だが、原作者さんがその辺の設定を書き換えて台本を書いたそうだ。なので、逆にカオル君にしかこの役は出来ない」
「その原作者さん、何を考えているのですか?僕が断ったらどうするつもりなんでしょう?」
「まあ、デュアルワールドと同じ原作者さんだから・・・」
その一言で僕は全てを納得しました。変人に常識は通用しないのです。なので、いかなる突っ込みも意味を無くしてしまいます。
「断る理由もありませんし、やろうと思います」
「気苦労はあるかもしれないが、頼みます。顔合わせや撮影のスケジュールは長門君に伝えるので、彼女から聞いてほしい」
社長とのお話が終わり、事務処理をしていた長門さんと合流しました。
「カオルちゃん、下着を買いに行くわよ」
「長門さん、今日はもう帰宅ではなかったのですか?何故に下着を?!」
いきなり下着を買いに行くと言い出した長門さん。怪しい手つきと目付きに、思わず後退りしてしまいます。
「あの仕事受けたのでしょう?有名テニスプレイヤーという設定なのだから、テニスのシーンもあるわよ。その時、確実にこれが邪魔になるのよ」
「あっ、ちょっ!」
素早く僕の後ろに回った長門さんが、僕の無駄に大きい胸部装甲を揉みました。たまたま近くにいた男性社員の方が、盛大に赤い液体を鼻から吹き出して倒れます。
「デュアルワールドでは胸を支えるような衣装でフォローしていたけど、次はテニスウェアで撮影するからそれか出来ないわ。だから運動用のブラを作る必要かあるのよ」
「わかりました、わかひましたから離して下さい。長門さん、この惨状どうするのですか!」
武蔵芸能の廊下は、自らが流した赤いモノの上に倒れ伏す社員の方々で埋まっていました。男性はわかるとしても、女性まて混じっているのは何故でしょう?
「長門君、ちょっと良いかな?カオル君、少し待って貰えるかい?」
長門さんの肩を掴んだ武蔵社長の鼻には、丸めたティッシュが詰められていました。
その後、長門さんが連れ込まれた社長室の怒鳴り声が止んだのは一時間を経過してからでした。