閑話 転居の理由
「はぁーっ、疲れたぁ!」
バッグを床に投げ、着替えもせずにベッドにダイブする。はしたないけれど、誰が見ている訳ではなし。こういう時は、自由気儘な独り暮らしに感謝したい。
私は、中堅の芸能事務所に勤めている。最近まで志望していたマネージャー職に就かせてもらえなかったけど、漸く念願叶って新人タレントのマネージャーになることが出来た。
小柄な体に、愛らしい顔。それでいて胸部装甲は超弩級という属性をこれでもかと詰め込んだ女の子。
だと思ったら、なんとなんと男の娘っていうから二度ビックリ。礼儀正しいし優しいし、両親は五菱のお偉いさん。是非ともお婿さんに欲しい超絶優良物件でした。
そんな彼のマネージャーとなり、初めの仕事であるコマーシャルをこなした。メディアに出た瞬間、彼の人気は爆発した。ある意味予想の通りで、ある意味予想を超えていた。
某人気番組にレギュラーで出ていたアイドルの不祥事と、某人気番組の人気コーナーでのやらせ発覚。その余波は他のテレビ局にも及び、その目を逸らすために白羽の矢を立てられたのが私が担当するカオルちゃんだった。
相次ぐ出演依頼にスケジュールはあっという間に埋まり、マネージャーの私も目が回る忙しさとなった。その狂乱もやっと落ち着き、明日は丸一日のお休みを貰える事となった。
労働基準法?それ、どこの国の法律ですか?
ともあれ、明日は仕事の事は考えず好きな事に集中出来る。食事はお弁当や冷凍食品を買い込んできたから、一歩も外に出ずに済む。
疲れた体に鞭打ってお風呂の準備をして、入浴して就寝。目覚ましをかけずに寝られるなんて何週間ぶりだろう。
翌朝、洗顔を済ませると昨日買っておいたお弁当で朝食。飲み物を手元に準備して、スマホに没頭します。
くっ、昨日追加されたSRのカオルちゃん十二単バージョンが出ない!お昼を立て籠り事件で有名になったカップラーメンで済ませてガチャに戻る。
夜ご飯を冷凍食品のパスタで済ませ、九時頃に漸くカオルちゃん十二単バージョンをゲット。ちょっと確率低すぎない?金剛さんに文句を言わなくては。
伸びをして体をほぐし、風呂の準備をしに浴室へ。蛇口から少しの水が出ていて、浴槽が溢れそうになっていた。慌てて蛇口を閉める。
完全な水なので、追い焚きするより全部抜いて自動給湯した方が楽ね。浴槽の栓を抜いて、水が抜ききれるまでソシャゲの続きに戻る。
・・・ちょっと待って。何で浴槽に水が溜まっているの?自動給湯か追い焚きしか使わないから、蛇口なんて触らないわ。
それに、お風呂から出たら蓋をしているから、何かの理由で蛇口が緩んでいても浴槽には貯まらない。
じゃあ、誰かが蓋を開けて水を入れた?この部屋は私が一人暮らしで、今日は一日部屋に居たから玄関も風呂場のドアも開いていないのを知っている。
残る可能性は、浴室の窓のみ。でも、窓は頭が漸く通る大きさのガラスが斜めに開くタイプで頭も通せない。しかも、金網が張ってあるのでそこからの侵入は不可能。
浴槽に水を満たした犯人は、一体何処から入ってきたの?と言うよりも、犯人は人間なの?
そこまで思い至った私は、財布とスマホを掴むと最寄りのホテルに駆け込んだ。
翌日、朝一番で不動産屋に飛び込み新たな住居を借りたのは言うまでもない。
このお話、ほぼ実話です。
作者は正月の夜にこの体験をしました。
今年に入ってから体調悪いのは、これが祟っているのでしょうか・・・